朝は確認から
夏至が近い今の時期は日が昇るのも早い。空が紫から青へと変わり光が真横から照らすようになると、炊事の煙が家々から登り始める。山裾から顔を出した太陽は街の中へ朝日を届け始めた。
止まり木亭の2階の1部屋でタータは眠っていた。柔らかいベッドの上で少し身悶えをし、ゆっくりと目を開ける。手狭だが手入れの行き届いた部屋だ。年季の入った木壁を、窓から差し込んだ光が明るく照らしていた。
この宿は平民の建屋には珍しく、小さいが高級なガラスの窓を使っている。こだわりなのだそうだ。朝は光を浴びて起きるのが一番だからな、と胸を張って説明していた宿の主人をぼんやりと思い出しながら、タータは上半身を起こす。赤銅色の髪が陽の光を反射して、鮮やかな朱色に輝いた。
「んんー・・・、よく寝た・・・。日が昇るまで寝るってのも久々だな・・・。」
大きく伸びをして1人つぶやく。魔法使いの家にいたときは日が昇る前に目が覚めていたものだが、思ったより疲れていたようだ。久しぶりの街を堪能しようとウロウロし過ぎたのかもしれない。半ば寝ぼけ顔でワシャワシャと頭を掻いていると、誰かの息遣いに気付いた。
「フッ、フッ、フッ。」
窓の外は井戸のある小さな中庭だ。タータが窓を開け下を覗き込むと、チェーブが輪切りにされた丸太を両手にそれぞれ持ち、持ち上げては降ろすのを繰り返していた。縛り付けてあるロープを持ち手がわりに、規則正しく一定の速度とリズムで動作を繰り返している。
丸太は樹皮から察するに樫のようだ。高さも径も膝上ほど。この辺りで取れる樫は水に沈む種類なので、あの大きさであればかなりの重さだ。だが、怪力である狩猟者にとっては鍛錬に丁度よい程度になるのだろう。
「おはよぅさん。精が出るな、チェーブ。」
「ん?おお、タータさんか。」
声をかけられたチェーブが動作を止めて振り返る。よく鍛えられた上半身は裸で、うっすらと湯気が立ち上っていた。少し低めの背丈だがその背中は広く、逞しかった。
「腕は大丈夫か?」
「ああ。痛みもほとんど無くなったよ。おかげでこれも持てる。」
「そりゃ重畳。」
チェーブが左腕で丸太を顔の上まで持ち上げてみせると、タータは窓枠に頬杖をついたまま答えた。チェーブは丸太をゆっくりと下ろし、腰をひねりながら伸びをする。
「んー・・・ふぅ。まあ、こいつも今から薪になるんだけどな。」
「樫の薪たぁ、剛毅なこった。」
「ここの親父さんに約束してたんだよ。乾燥しきったら薪にして提供するから置かせてくれってな。でも腕折っちまって手付かずだったんだ。」
「なるほどね。そうだ、薪にするなら鉈使ってみるか?」
「いいのか?あの形が気になってたんだ。頼むよ。」
「しばらく待ってな。着替えてから降りるからよ。」
タータが部屋へ引っ込むと、チェーブは壁に立てかけてある斧を手に取る。
「さて、降りてくる前に大まかにバラすかね。」
誰へとなしに呟いて、首を左右に倒しコキコキと鳴らしながら、先程の丸太の片方を持ち上げた。
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「ほんと斬れるな、鉈って。びっくりしたぜ。」
「便利だろ?」
「ああ、引っ掛けて引き寄せるのも楽だし、座ったままやるなら断然こっちだな。同じの作ろうかな。」
「コイツが特別製なんだよ。普通に作ったら色々足りねぇと思うぜ。」
「そっかあ。羨ましいぜ、それ。」
2人は宿屋の1階で朝食を取りながら、朝方の薪割りについて話していた。チェーブは最初こそおっかなびっくり鉈を使っていたが、その切れ味と重量による切断力にはすぐに慣れ、楽しそうに薪を割っていた。新しい物に楽しさを感じれるのは、まだまだ若い証拠だろう。
「これなら持ってくる理由も分かるな。小さめの魔獣の足なら断てるだろ、これ。」
「スクゥハやハーゼイなら首もイケるぜ。ちょっとコツがいるけどな。」
「そりゃいいな。山刀じゃ無理だし、手斧じゃ刃渡りが足りねーんだよな。」
「朝から狩り談義とは、小さくてもほんとに狩猟者なんだな。」
宿の主人が感心したように言った。朝食は2人で最後のため、調理場の片付けをしながらだ。タータは少し得意げに鼻を鳴らしながら答える。
「ふっ、まぁな。」
「ハハハハ、昨日の心配は杞憂だったかな、こりゃ。」
「なんだよ親父さん、心配なんかしてたのかよ。俺が師匠なんだぜ?」
「だから心配してたんだよ。」
「こりゃまいったね、否定出来ねーや。」
3人とも揃って笑い合う。天気も、朝食も、場の雰囲気もとても良い朝だった。
「じゃあちょいと裏行ってくる。食い終わった皿はそんままでいいから。」
「あいよー。奥さんとの時間には割り込まねーから安心してくれ。」
「ハッ、割り込めるもんならやってみろってんだ。」
「相変わらず熱いねえ。コツを教えてもらいたいもんだ。」
「お前にゃまだ無理さ。もう少し落ち着いたら教えてやるよ。」
チェーブとの軽口の後、宿の主人はカウンター奥のドアから出て行った。タータは感心した顔でチェーブを見てしまう。
「お前、ホントすげぇな。」
「何が?俺、何かしたか?」
「上手いこと取り入るっつーか、気に入られるのがうまいっつーか・・・。」
「おいおい、もうちょいマシな言い方にしてくれよな?」
「ま、そりゃ置いといてだ。今日はどう動く予定だ?」
タータは強引に話題を変える。今日はチェーブの勘によれば例の貴族、ヴナトールが再びギルドへ来るはずだ。対策はあるのだから、きっちり行動しておかなければならない。
「とりあえず、朝は仕事前にフェレストさんに断って、衛兵のとこに行ってくる。」
「そうだな。出来れば3人は来て欲しいところだ。イケそうか?」
「厳しいと思う。それでも1人は確実に来る。領主様が絡んでるしな。それよりヴィーラン子爵だな。」
「衛兵に伝えりゃいいと思うが。」
「昨日考えたんだが、それじゃ間に合わねーかも。そういう伝言は後でまとめて、ってのが多いしよ。」
チェーブにはギルドの仕事で朝に衛兵に伝言を頼んだとき、相手に届いたのは昼過ぎだったという経験があった。わざわざ平民のために、迅速に動く貴族はいないのだ。
「あとは貴族街の門番に言伝を頼むか、手紙を渡すしかねぇだろうな。」
「貴族街か・・・場所によっちゃ厳しいな。」
「あの家は東の貴族街にあっから、衛兵のとこに行った足でそのまま周れるだろ。」
街の貴族で爵位の低いものは貴族街に固まっている。他領から来訪した貴族も爵位が低ければ、貴族街の来賓用の館に泊まる。子爵であれば郊外に館を構えてることもあるが、ヴィーラン子爵家は貴族街の方に館があった。
「すぐに対応してくれるかな?」
「言伝も手紙もご子息宛にして、俺の名前を出せば興味は引ける。下働きにも門番にも覚えられてたしな。ご子息の名前は覚えてっか?」
「ドルミトール・スラブ・ヴィーランだったっけか。」
「そうだ。あの家は門のすぐ横だから届くのも速い。あとは、返事が来るまで待ってるって言えばいい。多少は待たされんだろが、返事は迅速にってのが家訓だから大丈夫だ。」
「よく知ってんなあ。」
「俺は口下手だからよ。話相手の依頼を受けたはいいものの、話題が尽きりゃ相手のこと聞くしかなかったのさ。」
タータは自嘲気味に笑いながら言った。チェーブはどこが口下手なのか疑問に思いつつも、指摘するのも違う気がしてそのまま流すことにした。
「タータさんはどうする?本当にギルドに来るのか?」
「あぁ、行く。心の傷を治すにはまたとない機会だからな。」
「無理はしねーでくれよ?」
「大丈夫だ。やべぇときには離れる。あと、念の為に革鎧が売ってねぇかもう一度探すつもりだ。ギルドは昼になるかもしれねぇが、門は午後まで開かねぇから大丈夫だろ。」
「ええ?!昼まで開かねーの?んなこと初耳なんだけど。」
「昨日門番に聞いたんだ。門から出てくる馬車を見たいってガキっぽく聞いてみたら、無警戒に話してくれたぜ。例外は公爵家ゆかりの連中だけ、だそうだ。」
「そりゃありがたいけどよ。なんでそんなことになってんだろ。」
「さぁな。授与式が決まってからって話だが、貴族様のやるこった。考えたって仕方ねぇさ。」
空になった皿を重ねながら2人が席を立つ。あとは昼までに準備を整え、待ち構えるだけだ。
「毛皮の金の残りも頼むぜ。」
「あいよ、用意しとく。」
「じゃあ、昼にな。」
「ああ、じゃあな、タータさん。」
チェーブはそのまま外の路地へ、タータは一度部屋へ戻るために歩き出した。




