逃げられないチェーブ
チェーブは恐怖を抑えようと、寒さに耐えるように腕を擦った。それでも消えない。自身の勘の良さで何度も助かっているが、その勘が頭の中で警鐘を鳴らし続けていた。
「ちょ、鳥肌が立ちっぱなしなんだけど。」
「分かるぜ。明らかにやべぇよな。」
「ああやばい。今の話で俺の勘が、ギルドには近づくなって警告してる。」
「よかったじゃねぇか。明日は休みだな。」
「休めねーんだ。契約も丁度明日まで残ってるしよ。クソッ、運がねーにもほどがある。」
タータがおどけるように明るい声で言うが、チェーブの表情は晴れない。自分でも説明できない強烈な不安を感じ取っていた。
「こういうときの勘はそうそう外れねーんだ。骨を折ったときもそうだった。このチームに入るとやばいって気がしてたんだ。こりゃあの貴族が来るな、間違いねえ。」
「腕折ったときは、やべぇと思ってて狩りに出たのか?」
「ああ。単独になったからビビってるだけだと思ってたんだ。そしたらチームは壊滅、俺は怪我で腕もろくに動かなくなっちまった。」
「お前の勘はホント、昔からよく当たるよな。」
少し茶化し気味に言ったタータだが、その顔は下を向き何か考えてるようだ。もしくは思い出そうとしてるのかもしれない。
「しかも明日は午後からフェレストさんがいないってのによ。なんてツイてねーんだ。」
「1人なのか?」
「そうなんだ。だから休めねえ。俺まで休むとギルドが閉まっちまうから、事前に領主の了承がいるんだ。」
「そいつは・・・ちょっと不味いな。」
「あの貴族は明日も来る。俺の勘がそう言ってる。でも何をしでかすか、それがまるで分からねえ。」
「フェレストに居てくれるように頼むってのは?」
「ダメだ。貴族案件だからフェレストさんは行かなきゃなんねえ。」
「そうか・・・。なら、無理言ってでも、衛兵に近くに待機して貰え。」
タータが顔を上げ真剣な声で助言する。衛兵はほとんどが爵位のない貴族だが、領内の治安における領主の代理でもある。他領の貴族であれば軽視はできない。件の貴族、ヴナトールはこの領の者では無いのだから、抑止力になるだろう。
「飲み仲間はいるが、聞いてくれるかどうか・・・。」
「俺を調べてる貴族がいたって報告は上げてんだろ?それなら来て貰えるはずだ。」
「そう・・・だな。頼んでみる。」
そこでタータがまた顔を寄せ、周りに聞こえないよう小声になった。
「ついでに、ヴィーラン子爵に護衛が頼めないか伝えてもらえ。動いてくれるかもしれねぇ。」
「ヴィーラン子爵?貴族に知り合いがいるのか?」
「依頼された程度だが、俺の名前は覚えてくれてるはずだ。」
「貴族が聞いてくれるかな?」
「普通なら無理だろうが、ご子息がちょっと変わり者だったからイケると思う。」
1人の平民からの言葉で貴族が動くことはまず無い。意見としてまとめられた陳情書、所属する組織からの言葉、利権に直結する事案でなければ動いてはくれない。しかし、タータは大丈夫だと思っているようだ。
「ご子息は病弱なんだが何が楽しいのか、狩猟者の話を聞かせてくれって依頼してきてな。10回以上通った。」
「そんな依頼があんのかよ。聞いたことねーぜ。」
「変わってんだろ?“この依頼を受けてくれたのは君だけだ、何かあったときはいつでも頼ってくれ”って言われた。社交辞令かもしれねぇが、多少は融通してくれるだろ。」
「そんなことあったのか。」
「お前が弟子だって名乗ってもいい。そっちのが話が早いかもしれねぇ。」
「何て名前なんだ?」
「ご子息はドルミトールだ。ドルミトール・スラブ・ヴィーラン。あまり表に出てねぇから、平民が名前を知ってるってだけで気を引けるはずだ。」
「分かった。それも言ってみる。」
子爵であれば男爵よりも身分が上だ。万が一衛兵では止まらなくても、子爵やそれに連なる貴族がいるなら無茶はしないだろう。それでもチェーブの暗い顔は晴れない。貴族すら躊躇なく殺す相手では、それでも不安なのだ。
「まだ暗い顔してんな。よし、じゃあ俺もギルドに居てやる。」
「えぇ?!大丈夫かよ?!」
「心の傷も治さなきゃいけねぇし、ちょうどいい荒療治だ。」
「悪化したらどうすんだよ。」
「そしたらゆっくり治すことにするさ。どうせ明後日には街を出るんだ。当分関わらずに済む。」
軽く笑っているが、心の傷はそう簡単に治るものではない。悪化すれば狩猟者として致命的になる。つい先程まで街から逃げる気だったのだから、本心では関わりたくないはずだ。ただそれでも、弟子の手助けを選ぶのがタータの性格だった。
「それに英雄目指してんなら、女子供には手を出さねぇはずだ。」
「んなこと・・・言えるのか?」
「あぁ。野郎は英雄になるって言ってんだ。どんな物語でも英雄ってのは女子供を救うモンだ。殺すヤツぁいねぇ。ガキで女の俺なら、さらに大丈夫だろ。」
「で、でもよお・・・。」
「俺がいりゃ近付いてくるのも分かる。来るのが分かりゃ、心も体も状況も用意が出来る。これなら万全だ。」
「・・・すまねえ。じゃあ・・・頼む。」
チェーブの鳥肌はやっと収まった。少女に姿を変えたとはいえ、頼もしい元師匠の心意気に安心してしまったようだ。見習いを卒業してから10年は経つのに、とバツの悪い表情になってしまう。
「クソっ、恐怖が収まっちまった。我ながら情けねえ。」
「俺がそんだけ頼りになる弟子ってことだな。」
タータが笑いながらチェーブの肩・・・には届かずに背中をバンバンと叩く。周りに聞かせるように言うのは、この話は終わりだということなのだろう。
「でも心の傷の相手なのによ・・・。」
「なに、隅っこでガタガタ震えてるだけだ。気にすんなよ。」
気にするに決まっていることを言いながら、タータは軽く左手を挙げて笑った。
おかしい・・・プロットじゃここまでで3Pのはずだったのに・・・




