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第九十三歩「賢者の学び手」

「はぁ~、しっかしこの軍はほんと正義の走狗だな。

 こんな田舎の森まで我らが君の御威光を照らさなきゃならんとは」

「前見ないと潰されちゃいますよー」

「こんなトロい奴に踏まれたらおっさんの稼業も終い時だ」


 隣で盛大に愚痴っている中年の男性キョーゴクは文句垂れ流しながら

木箱を運んでいる。顔を大きく腫らしているのは彼の自業自得。

むしろ、懲罰がこの様な雑用で済んでいる時点でかなりの温情だ。

本来はその処置に感謝し、肩身の狭い想いをする筈なのに

僕の[ゴーレム]と併走しながらだらだらと仕事をこなしている。


「まぁ、それで平和になるなら良いじゃないですか」

「皇帝になるかも知れねぇってお偉方が駈けずり回って何が平和なもんか。

 あんなのはどかっと構えてサインをして、判子押してるもんだろ?」

「〈ケントゥリオ勇国〉は昔からそうですよ」


 この度、〈第四勇者軍〉は急な募兵と予備役の招集があった。

幾分急な話であって、彼の様な隣国で勤しんでいる傭兵達も

集められておりは異例尽くしだ。無論、[勇者軍]と言う仕組み自体が

治安維持の目的が大きい為、素行不良の者は事前に弾かれる。

と言っても数が必要らしい。まぁ僕、リーマ・チェワードの様な

考古学助手の〘ゴーレム・オペレーター〙すら集められている有様で

規律維持を担う職業軍人達は大分手を焼いている様だ。


「知ってるよ。うちの爺さんの爺さん辺りは此処の出だ。

 昔は[勇者]を送り出す以外はフツーの国だったらしいぜ?」

「ええと[勇者]に力を授ける神龍がまだ存在していた時代ですか」

「んだ。アレ以降はおっさんみたいな傭兵は殆どこの国には

 居なくなっちまった。全部国がお抱えで管理してっからな。

 おっさんの爺さんの爺さんもそれで他所の国に行った口さ」


 そう、この〈第四勇者軍〉は次期勇者皇帝継承権を持つ

通称、銀仮面の君が率いている。この〈ケントゥリオ勇国〉の

皇位継承はこういった地道な活動や各々の実績を吟味し

選定される仕組みになっているらしく、得意分野はそれぞれだ。

共通しているのはこうやってそれぞれの勇者軍を持っており

治安維持を行い、地域の平穏の為に常に努めること。


 特に銀仮面の君は宗教勢力と関係が深い事以外は

取り柄が無いらしく、この活動に対しては積極的だ。

それもあってか問題事が起きた事へのアフターケアに関しては

かなりノウハウを積んでいるらしく、国民からの支持も獲得している。

と言っても文官からはやはり、政治実績の無い人物として

あまり評価をされていないと言うのが巷の噂である。


「僕はキョーゴクさんみたいな傭兵は初めて見ましたよ。

 [百英傑]のお尻触ってふっ飛ばされて生きてるんですから。

 お説教こっちまで聞こえましたよ?」

「〘古代エルフ語〙で罵倒されたって、こちとら学がねぇから

 何言ってるかわかんねーよ。坊主の説教みたいなもんさ」

「……(〘ケントゥリオ共用語〙だった気がするけど)」

「それに尻を触ったんじゃねぇよ。ついてるか確かめよーとしただけだ」

「はははっ、なるほど」


 どかっと物資の詰まった木箱を置いては其処に腰掛けるキョーゴクさん。

今回のことの様に〘深魔海〙勢力や太古の時代に居た魔物やら

他所の国から流れてきた亜人類などとの小競り合いが絶えないこの国は

調停及び退治をする関係から傭兵というのが殆ど居ない。

その手の腕の立つ人達は各々の勇者軍に入隊し、規律を叩き込まれ

予備役となっている者は衛兵やそれぞれの稼業を勤しむ。

むしろ、野良の傭兵は治安を乱すとされ、野盗と同じと見られがちだ。

それだけ治安機構として衛兵や各王子の勇者軍が精力的に働いており

少なくとも大きな内乱は100年以上起きていないという稀有な国でもある。

というよりも対外的な脅威で国自体が纏まっていると言うのが適切か。


「ま、何より今回のはきっとデカイ山だ。おっさんもお行儀良くしてるさ」

「そうなんですか?」

「ああ、明らかに規模も戦力も違うからな。どんな化け物が潜んでるやら」


 キョーゴクさんは傭兵としてかなり実績があるらしいが

こういった軽薄な性格故に勇者軍しかない〘ケントゥリオ勇国〙は

居辛いらしい。それでも彼がこの〈第四勇者軍〉に入れたのは

貴族用の礼節をきちんと弁えており、ソレだけ今回の件で

稼げると踏んだそうだ。目の前に生い茂る薄ら寒さすら感じる

真っ白な森にそれほどの何かが居るということなのだろうか?


「噂では[百英傑]の二人が既に一度敗退しているそうです」

「ははっ、まぁーどんなに強くたって場数の足りない子供にゃ変わりないさ。

 手練手管に奇襲、奇策とetc。賢いオツムで考え、本で知っても

 身体が覚えなきゃこの手のやっかい事にゃ対処出来んさ」


 実を言うとキョーゴクさんの言う事に関しては僕も薄々感じていた。

[ゴーレム]なんて本来は攻城戦や大きな砦を攻める時以外は使わない。

僕の〘ストーンゴーレム〙の〈ムートロ〉の用途も岩や木材などの

重い物の運搬をするのが専らで、戦場用に調整なんてされていない。

勿論、頭数としては十分過ぎる。[ゴーレム]は単純に戦列に加わるだけで

並の野盗は逃げ出してしまう程度には歩兵戦においては驚異な筈だ。

それほどの戦力を必要とするならば、それなりの危険度は推察出来る。


「一体そんなどんな手で勝つつもりなんでしょう」

「ま、一事が万事準備と緊張感は必要なもんさ。

 だらっとしてっと後ろから頭かち割られ――やべぇ!?」

「はぃ?」

「坊主、伏せろ! 頭を荷物で覆え! [ゴーレム]動かしてでも良い!」

「え、あぁ、はい!?」


 急に地面へと伏せて身を屈めさせるキョーゴクさん。

そしてまるで地面に引き摺りこむ様に手を引かれれば

そのまま野営地の荷物の影に隠れる様に倒れ込んでしまう。

僕が混乱を隠せない中、数秒後にけたたましい音と砂煙とともに

物資を溜め込んでいたテントに穴が空けられ、木箱が砕けていった。


「な、魔術砲撃!?」

「いや、そんな大規模魔術なら先に〘感知魔術〙に引っかかる!

 こりゃ、投石だ!」

「投石? え、コレ石なんですか!?」

「良く見てみろ!」


 そういって芋虫の様に地面を這いずりながらも砕けた木箱へと手を突っ込めば

それに撃ち込まれたモノを僕に見せる。それはただの変哲の無い石だ。

そして、そんな説明をされている間に再び、投石の雨が再度振ってくる。

今度は悲鳴があったので外の傭兵か兵士がやられたのだろうか?


「古典的な手だがな。石を高く投げ上げて、落下と共に魔力で上から

 叩きつけるとひでぇ威力の石の雨になるんだ。まだまだ来るぞ!」

「な、い、石でそんな?」

「おまけに瞬間的にしか魔力を使わねぇから経験してねーと

 気の所為位にしか感じられねぇ! 先手を取るにゃ下手な矢より効果がある」

「そ、そんなのを誰が!?」

「おっさんが知るか!」


 それからも数秒おきにあっちこっちから悲鳴と怒声が鳴り響く。

まだ、陣地形成も終わっていない上に本来はじっくりと包囲し

圧力を掛けていくという話だったが、完全に予定が狂ってしまった。

そんな思考を遮る様に石の雨は何度も何度も陣地へと叩き付けられていく。

テントの穴の数も大きさもどんどん増していって、骨組みも砕かれ始める。

向こうからしてみれば、石なんて何処でも転がっているのだから

いくらでも投げつけられるという事か。


「とりあえず、おっさんは前で様子を見てくる。[ゴーレム]の影に

 隠れる様に怪我人が運び込まれるだろうから此処を広くしておけ!」

「あ、はい!」


 〈ムートロ〉を覆い被せる様に移動させては

ようやく僕達は腰を上げて話すことができた。今も投石が止まらない中

そう言ってキョーゴクさんがテントから飛び出していく。

数秒後、あちこちから鳴り響く声の中、怪我人を担いだ兵隊さんが

僕が居るテントへと押し掛けてきた。装飾の入った装備を見るに

そこそこ偉い地位の居るらしく、兜の羽根飾りがぽっきり折れている。


「此処の[ゴーレム]を盾にするぞ! 構わんな!」

「は、はい! どうぞ、こっちに!」


 そう言うとその人を皮切りにどんどんと怪我人が運ばれてくる。

僕はそれらの人を横にさせるのを手伝いながらも[ゴーレム]を操作して

投石から怪我人を守る。担ぎ込まれた怪我人は

装備していた鎧や盾や兜ががべっこりと凹まされて

頭に石をぶつけられた兵隊達は大きなふらふらと血を流しながらも倒れ込む。

なんでも最初は盾を持った重装歩兵が頭をガードして

近づこうとしたらしいが、今度は相手がまっすぐに

有り得ない飛距離と速度を持った石が飛ばしてきたそうだ。

金属製の鎧や胸当てごと砕き凹ませ、鎖帷子なんかを装備していた人は

肋が折れた人も居たらしく、全く近づけなかったそうだ。


「な、なんだあいつらぁ」

「石はバカスカ投げてくるし、こっちの矢は当たるどころから

 そのまま掴んで投げ返されるし、どうすりゃいいんだよ」

「[百英傑]に任せるしかねぇのか?」

「いやだぁ、石がこえぇ! なんだよ、石って! なんなんだよ!」


 うめき声と共に怨嗟と恐怖の声がテントへと響いていく。

こちらも比較的後方とは言え、テントは穴が開いている。

さっきから、なんとか僕の〈ムートロ〉が身体で石を防いでいるが

それでも石が降り注ぎ、弾かれる音を聞く度に既にやられた兵隊達は

耳をふさぐ様に縮こまっている。これは前線で怪我をして来たなら

トラウマモノの怖さだろう。大の大人達が蹲って動かない姿に

思わず僕は息を呑んでしまう。


「ダメだ[ゴーレム]の影だけじゃ逃げ切れん!」

「今、穴を掘らせます! それに身を隠して下さい!」

「頼んだぞ坊主! 動ける者は手伝え!」

「「はいいっ!!」」


 その後から逃げ込む様に入ってきた兵隊達が入ってくる。

既にけが人は影に隠れるには狭い状況にもなっているらしく

テントの端っこの地面を〈ムートロ〉で掘って隠れ場所を確保する。

ソレを見て、動ける兵隊さん達も手伝って貰い、なんとか身を隠していく。

そして、後から来た兵隊さん達の言葉は耳を疑うばかりだ。


「あれ、どーするんだよ」

「俺の剣、普通に叩き折られたぞ」

「叩き折られるだけならマシだろ。見ろよ、コレ。

 何をどーやったらこんな風に切れるんだよ」

「つーか、相手は田舎エルフじゃなかったのか?」


 作業を手伝いながらもそんな話をしていた兵隊たちの装備に

思わず目を丸くしてしまう。叩き折られたと見せている剣は

鋭利な断面を見せる程度には綺麗に折れていた。

胸元を指差す兵隊さんの胸当てに目をやれば、まるで薪を斧で割ったかの様に

ぱっくりと綺麗な断面とともに真っ二つに割れ、中の服まで切れている。

素人目なので正確とは言えないが、明らかに金属を切断出来る程の武具

あるいは魔術か能力を有しているという事になる。


「今、〘ウェア・ラビットリア〙の[百英傑]が前線を支えている。

 ただ、あいつら全然ビビらねぇどころか[百英傑]が出してくる兵隊を

 千切っては投げて遊んでやがる」

「マジか。どんだけ化け物なんだあいつら」


 後から後から怪我をして運び込まれてくる兵士達の証言を

横で聞きながらも穴を掘っては皆モグラの様に其処へと隠れ潜んでいく。

そんな中、見知った声が空の方から響いてきた。

え、待って空ってどういうことなの!?  僕はそうして声を上げた方向へと

顔を見上げると口をあんぐり開けて閉じられない。


「たーーーすーーーーけーーてーーくーーーれーーーー!」

「キョーゴクさん!?」


 なんと空から振ってくるのはキョーゴクさんだ。

待って、人ってあんな高くまで放り投げられるの?

死んじゃう! キョーゴクさんが死んじゃうよ!?

え、けど〈ムートロ〉じゃ受け止めてもそのまま岩に激突するのと

一緒だし、どうしよう!? ええと、破けたテントを広げ――

いや、そんなの間に合わない! キョーゴクさんがこっちへ落ちてくる!


「だ、誰か助けてーーーー!?」

「水妖術〘傘・幕滝(かさ・まくたき)〙!!!」

「ぬぎゃふあぁあ!」


 石の雨と共に降り注いでくるキョーゴクさんを水の幕が

受け止めては、濡れたボロ雑巾の様にべちゃりと地面へと落ちていく。

その幕が出された方向を見れば、巨大な水龍が僕達を守る様に

水を吐いては傘の様な幕を作って落石やら放り投げられた人間を

受け止めていた。近くにぐっしょりと水浸しになったキョーゴクさんが

起き上がると盛大に笑い始めた。あまりにも狂気じみた笑いに

僕たちは一応にしてドン引きしては距離を取ってしまう。


「お、おぃお前、頭でも打ったか?」

「あー、いやー大丈夫だ。否、こりゃやべぇ、激烈にやべぇ。

 むしろ、伝説のアレ相手にこの人数で挑もうってのが一番やべぇ」

「な、お前! あいつらがなんだか知ってるのか!」


 羽飾りの折れた兵隊さんが問い掛けると、手を叩いて見世物小屋の猿の様に

はしゃいで居たキョーゴクさんはすっと冷静な顔へ……いや、これは

さっきまでおどけていた気のいい中年の顔ではない。

きっと幾度の修羅場を潜り、命と明日をもぎ取って来た屈強な戦士。

そういう男がこういう表情をするのだろう。

思わず、背筋が伸びて緊張が走り、〈ムートロ〉の傍へ寄り添いながらも

その言葉を固唾を呑んで聞いていく。


「ぁー、勇者軍はあいつ等の事教えてねぇのか?

 ありゃ俺の爺さんの爺さん辺りの時代にここいらの戦場を荒らし回った

 賢者の学び手ロシカ・スチューデント達だ。並の軍隊じゃ束になっても敵わねぇよ」

「な!? ……あの言い伝えの奴か、実在したのか!?」

「まーだ、生きてやがったのか。人造生命体って話もあったが

まぁ、順当にエルフ達だったってオチかね」

賢者の学び手ロシカ・スチューデント……ですか?」


 そう、そして僕は身を持ってその賢者の学び手ロシカ・スチューデントと呼ばれる

集団の恐怖を知る事になった。

                     第九十四歩「戦眺め」に続く


〘ゴーレム・オペレーター〙[職業][資格]

[ゴーレム]と呼ばれる作られた巨体の魔法生物及び魔道具を操る事を

専門としている魔術師の総称。単純に〈ゴーレム・コア〉に覚えさせた

基礎動作を動かすだけの操作から自分で手動で[ゴーレム]を動かしたりと

段階ごとに難易度は違うが広くに求められている職業兼資格でもある。

整備の技術ノウハウを取得する事はあるが大抵は設計、製作まではいかず

各々の目的で[ゴーレム]を使役するに留まっている。

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