第九十二歩「眺めていた者の想い」
――それはほんの出来心だったんだ
〘ハッシャクサマ〙。良く分からない大型の女性の姿をした存在。
おそらく精霊か死霊か、あるいはそれらを模した人造の魔法生物か。
彼女がこの森に来てからもうそろそろ一ヶ月以上は経っているだろう。
色々な事が起こり、状況が変わり、今まさに戦が始まろうとしている。
字面だけで見たら、ただの不幸を呼び寄せた災厄の化身に過ぎない。
〘セイント・シール・エルフ〙の子供でしか無い僕にとって
彼女はまさに異型であり、異物であり、好奇心を煽られる存在だった。
――悪い存在ではない
彼女の一挙手一投足はその得体の知れない姿と力とは裏腹
滑稽で、愛らしく、それでいてとても優しかった。
演技ではない。そう信じたいのと言うか、確信に近いものがあった。
この地域一帯で栄誉と共に名を上げられる百英傑。
それを二人も相手取って撃退している。傷つけず帰したと言うだけ
その力は強大な筈なのにちっとも偉そうにしたり、怖がらせる事すら
自身から嫌っている様に見える。
――本当に本当に
僕と一緒に過ごした数週間だって彼女はただの大きい女性だった。
姉さんの声を発し始めた時には本当に驚いたけど
彼女は聡明で、無知で、愚かで、懸命なだけだと知る事が出来た。
だから……そう。僕が今、こうやって眠っている彼女の心の中を
少し知ってみたくて使ってみたスキル〘リンク・アクセス〙。
パートナーの魔獣達へと繋ぐ為にお互いの心理を読み合わせるスキルで
本来は心を開くために精神をシンクロさせる用途に使われる。
――アレは一体
実は族長からこのスキル系を使うことを固く禁じられていた。
本来、魔獣やある程度気心の知れた精霊などに使うスキルで
復讐心や恨みを持つ凶悪な死霊や精神構造が複雑な人類、亜人類等に
使ったりするのは警戒されたり、読み取ろうとした魔力の侵入経路から
逆に攻撃や精神汚染をされる可能性もある。
〘ハッシャクサマ〙は時々、物凄く無防備になる事がある。
普段寝ている時とは違って、意識を失う様に動かない時があって
前に姉さんが蹴りを入れてみたが気付かなかったそうだ。
――今夜もきっと見ていないと思っていたのだろう
彼女がそうなる時は大抵、誰も居ないか他のエルフたちから
離れて寝ている時だ。僕と一緒に過ごした日々の中で一度だけ
僕が寝ているのを確認した後に、同じ様に意識を失った事があった。
彼女は自分の限界を見誤る事があった。それだけ記憶の欠落は
悪影響を出していて、気が緩むと気絶してしまうのかも知れない。
だから、彼女のために何か自分が出来るかもしれない。
そんな善意と言い訳と好奇心が混ざった行動から
僕はスキルを使ってしまった。そして、それは予想外の心象風景だった。
――誰なんだろう。あのエルフ達と人間みたいなのは
彼女は居た。緑生い茂る外の森なのだろうか?
其処には〘ヒビ割れ〙の影響が凄まじい侵食度で出ているエルフも居た。
肌も普通の〘フォレスト・エルフ〙みたいにそこそこ日焼けしていたが
何処かで見覚えのある顔立ちのエルフの少年少女の集団と共に
[ゴーレム]と戦う様子を見知らぬ人間達と眺めていた。
――あの[ゴーレム]だって
僕も深く見知っている訳ではないが魔術砲撃用や
白兵武装を携えて、繊細な動きをする[ゴーレム]なんて
大国同士の戦争でしか使わない超が付くほどの高級品だ。
なにせ、普通の全身鎧ですら都会に屋敷が建つ位なのに
大型の[ゴーレム]の駆動を考慮されて作られる甲冑鎧なんて
まず、市場なんかに出回らないから、本来は軍事国家が所有するものだ。
魔術砲撃戦を考慮した武装なんて並の魔術師じゃ設計すら出来ない。
――起きて……るよね?
僕はそんな光景を目の当たりにしてからすぐに自分の寝床に戻る。
寝た振りをしている。いや、もういっそこのまま寝てしまいたい。
どっどっどっと胸が高鳴っていき、些細な音すら耳に入ってくる。
ああ、彼女が起き上がる。ぎしりと軋み鳴らす床の音。
天井に頭が当たりそうなの背丈を腰を屈めて僕の方へと近付いていく。
――怖い
そう、僕は怖かった。このまま正直に告げて聞いてしまえば良いのに。
アレはただの夢なのか、意図して生み出した空想劇なのか。
それとも何処かで見知っていた過去の情景を思い起こしていたのか。
それが出来なかった。怖い、怖くて怖くて仕方がなくて僕の唇を閉じていく。
――彼女に、〘ハッシャクサマ〙に嫌われてしまうんじゃないか?
多分、〘ハッシャクサマ〙を正体不明の化け物としての恐怖が
全く、無い訳ではない。ただ、ソレよりも僕は〘ハッシャクサマ〙に
嫌われるのが怖かった。姉を真似た優しい声、慌ただしい言動ながらも
常に僕達のことを考えてくれた心根の暖かさを行動で示し続けた。
元々僕達に好意的に受け取られる表情の作り方なんて解らないのだろう。
ただ、それでも無理にでも笑顔を作ろうとしたり、気持ちを伝えようとする。
そんな、健気な彼女の信頼と好意を失いたくなかった。
「……ぽぽぽっぽぽっぽっ?(誰か入って来たのかな?)」
気付かれていた!? やっぱり、僕がスキルを使ったことがバレてる?
毛皮をギュッと握りしめて瞼を閉じたまま、まるで嵐が過ぎ去るのを
ただひたすら耐え忍び待っていた日の様に縮こまる。
いつもの様に『ぽぽぽっ』と言う奇妙な鳴き声と同時に頭の中で
姉さんの声でささやき語り掛けてくる。
声色か等読み取れるのは……なんだろう。
「ぽぽぽっぽっぽぽぽっ? ぽぽっ、ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽっ?
(大丈夫かな? いや、間違いは無い筈だけど?)」
しゃがみ込み僕の顔を覗き込んでくる。僅かにくすぐる甘い香りに
長い黒髪が肌に触れては、くすぐったさと胸が妙に苦しくなってくる。
姉さんはこういう香りは出さないし、やっぱり種族特有なのかな?
[淫魔]ではないと思うけど、[精力吸収]系のスキルは特徴が――
って、こんな時に考えている場合じゃない!
「ぽぽっぽっ? ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ。
ぽぽぽっぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっ。
(寝てるよね? うう、なんか変なのだった怖いな。
イケヅキ君ですら気付けないで部屋に侵入なんて)」
「……(他のモノがやったのだと勘違いしてる?)」
呼吸を乱さず、落ち着く様に意識と体を同調させる。
スキルは勘付かれるかもしれないから、ひたすら自然体に。
呼吸と身体を落ち着かせて、やり過ごそう。
このまま、勘違いしたままで過ぎて――本当にそうかな?
聞く機会を逸してしまうんじゃないか? 後から聞いた時
ショックがより大きくなって嫌われてしまうかも知れない。
僕はどうしたら良いんだろう?
悶々と意識が渦巻いてちっとも眠れそうにない。
「ぽぽっぽっぽぽぽっ? ぽっ、ぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっ
ぽぽぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっ。
(虫か何かの勘違いかな? ま、うん。なら良いんだけど。
大変だよね。まだ子供なのに住んでる所が戦争なんて)」
「……(っーーーーっ!!)」
白くて大きな手が僕の頭にかざされてそっと撫でていく。
ぽんっぽんっと一定の調子で叩かれるのと囁く声は
その……僕は産まれた時に既に亡くなってたから解らないが
きっと母親が子供を寝かしつける時ってのはこうするのだろう。
なんだろう、全然知らない筈なのにその感覚だと頭が告げている。
「ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽっ。ぽぽぽっぽぽっぽぽっ。
ぽぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽっぽぽぽぽっ。
(子供は戦わせちゃダメだよ。死んじゃうのもダメ。
だからさ。私も出来る事はやらないとね)」
「……(本当に)」
「ぽぽぽっぽっ(おやすみなさい)」
本当に彼女は〘ハッシャクサマ〙は何なんだろう。
疑うことを知らないのか、出来ないのか。それは僕達も取引で
彼女に色々と利していたのは事実だろう。それでも――否。
ソレがなくても彼女はこの言葉をやっぱり呟いていたんだと思う。
最後に言葉を残して手を離して、彼女は寝床へと戻っていく。
「……やっぱり、報告はしておかないと」
僕は彼女が起きる前に少し早めに起きる。
正確には寝付けなかったのもあったが、早く起きなきゃと意識していた結果
案外、エルフってのは思い込めば身体が応えてくれるものだと実感する。
小さい水瓶を持っていく。ついでと思わせておけばいくらでも言い訳が
……なんだかこうやって姑息に嘘を塗り固めるのはちょっと嫌かも。
「族長。おはようございます。すいません、早急にお話したい事があります」
族長たちが集まっていた小屋へと僕が足を踏み入れれば其処にはすでに
臨戦態勢、何時でも戦いに行く気であった老人たちの殺気立った空気に
思わず息を飲んでしまう。しかし、これは伝えなければならない。
使命感なのか、彼女のためなのか、それとも自分のためなのか。
そんなことすらも確信が持てていないがそれでもやるべきことはやる。
その意地だけで今、僕は今この場に立っていた。
「イケヅキ、どうした?」
「昨晩、〘ハッシャクサマ〙に〘リンク・シンクロ〙を使いました」
「何!? あれはダメじゃと!」
「過ぎてしまった事は……まぁ、良い。で、何が見えた?」
「はい。それを報告させて下さい」
僕の言葉に族長たち一同はどよめきを隠せていなかった。
落ち着いたら誰かそのうちやらせてみよう位には試みはあったのだが
戦でそれすらも吹っ飛んでしまい、誰も彼もが森の外に布陣する
人類種を始めとした軍勢のことにしか意識が向いていなかった中
突然動いた事態に顔をしかめ、叱責の声も飛んでくる。
「見たこともない[ゴーレム]を見ました。鎧や砲撃用の魔術を使う型です」
「……ふむ」
「リトモ、ひょっとするとソレって」
「まだ、分からん。続けよ」
皆、一応に不安がっている。何をそんなに怯えているのだろう。
僕には解らなかった。ただ、今必要なのは僕が見知ったことだ。
族長達にとって聞いておいた方が良いかは解らない。
今は戦に集中したいのかも知れない。ただ、知らせずに
済ませて良いかも判断出来ないなら報告に上げるのが筋だ。
その情報の取捨で命を落とすことだってある。
「はい。緑の葉の生い茂る森で〘ヒビ割れ〙の傾向が見える
〘フォレスト・エルフ〙達が戦っているのを眺めていました」
「なっ!? それは……本当か?」
「はい。外の森のエルフでしょうか? 肌は焼けていましたし
僕達の〘ヒビ割れ〙同様に黒い部分が多く見えました」
だから、見てきたありのままを。言葉を一つ一つ重ねて
それを確認する族長たちの言葉は一応に重く、暗くなっていく。
それだけ彼女の見た光景と言うのはなんらかの意味があるのだろうか?
〘ヒビ割れ〙のルーツかなにかに関係するのかも知れない。
患っている当人たちですら原因を知らされていない不治の症状。
〘ハッシャクサマ〙が来て、初めて治療を見出だせた僕達
〘セイント・シール・エルフ〙に見られる兆候が
あの彼女の夢の中に現れたエルフ達にも見られていった。
「後、近くに人間らしき存在も居て〘ハッシャクサマ〙は
それらの隣に立っていました」
「人間じゃと?」
「ええ、その……男女の一組で一人は魔術師っぽい感じで
もう一人は紅色の髪に喪服でしょうか? 黒いドレスを着ていました」
最後の一言、僕が発した二人組の女性の特徴で合点が行ったのだろう。
族長たちは何か思惑が確信へと変わった様子でぐっと奥歯を噛み締め
握りこぶしの力の入った様子が見え、革と皮膚が擦れる音が僅かに響く。
腰を据えて、睨みつける様な視線に僕は立っているのがやっとだ。
「間違いないか?」
「はい、恐らく。ただ、それがただの夢なのか
あるいは過去の記憶なのかはわか――」
「ふむ。そうか……ふふ、これはこれは。
わし等もいよいよ本気でやり合えという事じゃろうて」
「じゃな。これは、良し! 良い喝入れになったわ」
族長たちはもはや緊張と恐怖を吹っ切ってしまったのだろうか。
皆立ち上がり、弓なりに背を曲げては天を仰ぎ、笑い始める。
さっぱり事情は解らない。一応に皆、晴れやかな顔へと変わっている。
「わし等は生きて帰って来てあのお嬢ちゃんに聞いてみるかの!」
「イケヅキ、お前はあのお嬢ちゃんと一緒に例の丘へ。
わし等が戻ってこなかったから例の木で様子を見つつ
他の子達と合流せい」
「わ、解りました!」
こうして、族長たちは皆、外へ……恐らく森の外へと向かっていった。
多分、一度ことを構えるのだろう。僕は……僕の出来る事をしないと!
第九十三歩「賢者の学び手」に続く




