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第八十六歩「百の英雄譚 Episode9 "太陽の采配"」

 正義を実行すると言うのは難しい。

正義とは道徳的に正しいとした標榜された指針を元に行動する。

指針が正しくとも行為自体が不正義であってはいけないし

結果が不利益であったら、もはやただの独り善がりに過ぎない。

終始一貫して清廉潔白、結果もハッピーエンドで求められる。

我らが祖先〘勇者皇帝〙はそれを志し、国を興していった。


 今、このお忍びでの会合をした小さいテントでの

やり取りの様な細かい根回しもしたのだろうか。

それとも兄上の様に戦場での勝利を続けたのか。

はたまた、文官達と共に昼夜を問わず頭を働かせ続けたのだろうか。

きっと、私が思いつく以外の色んな要素の積み重ねが

今の〈ケントゥリオ勇国〉を形作っており、それが日々続いているのであろう。 


「コレの為すべき事は真実を暴く事にあらず。

 コレは〘勇者皇帝〙となる者の偉業を積み上げる事。

 銀仮面の君。軍が……大勢の兵士が必要です。五千は欲しい」

「それは……戦が必要という意味で良いかな?」


 当然、今の私、名を語れぬ“銀仮面の君”には無理だろう。努力はする。

それはこの血の流れる肉体に生を受け、今日この日まで生きてきた故の

宿命であり、天命であり、義務でもあるが、だからといって

結果が必ず伴う保証もないのもまた現実だ。しかし、撤退は許されない。


 ただ、そんな私の人生において、ライコフ・ジノゴの正義の執行は

無条件の信頼を置いている。正確に言うと彼が間違っていた場合

私は正義でもなんでもない、ただの殺戮者になるから一蓮托生なだけだ。

無責任な殺戮者はのうのうと生きてはいけないし、私自身が生き伸びさせない。


「ええ、今回はそもそも[百英傑]だけでも50人は必要な案件でした。

 なのでコレが戦場に出ます。今の段階で数十人規模の[百英傑]を

 動員することは諸々の面で難しいでしょう」

「ふむ、少し時間が掛かる。必要な事なんだね?」


 しかし、ライコフ・ジノゴが仕えるのはこの世で今のところ私だけだ。

彼は私に仕えているがズケズケと私には物は言うし

今みたいに段取りや具体策まで用意して、私を動かそうとする。

こうやって振り返り、幼い顔立ちで淡々と無茶な要求をしてくるのも

真に彼なりの的確な判断であり、今回は5,000人の兵士が必要だという。

5,000人か……正直多いな。ただの兵士として戦場に並べるだけなら

大した数でもないのだけど、彼が必要というそれはあくまで最低数。

故に数は多ければ多いほど良く、それだけ犠牲も多くなるということだ。


「〘セイント・シール・エルフ〙。否、元の名をコレは知っている。

 しかし、コレは話す事はない。ただ、一言聞けば解るだろう」

「……なんだと言うのです」

「コレは“全てを終わらせる”。故に出し惜しみは許されない。

 全てを掘り返し、全てを陽光の元に滅する事が我が君の最善」

「ライコフ殿。アナタにはそれが出来ると申されるか」


〘セイント・シール・エルフ〙の代表リトモは

最初から彼を見る他の怪訝な顔をするエルフの青年たちと違い

このテントを訪れ、中に入った瞬間からライコフに注意を払っていた。

本来は、刺客で自分たちを殺めるつもりかと意識していたのだろう。

しかし、今のライコフを見る彼の目は恐怖、畏怖、嫌疑の感情と

一抹の望みを見出すその道筋に惑っている。


 ライコフは多くは語らないが[百英傑]二人がかりでも

知り得ることができなかった彼らの真実へと触れているのだろう。

リトモの顔は怪訝さと眉間の皺をより深くし

じっとライコフの太陽の如きまばゆく光る瞳を見つめ返している。


「コレは太陽。ただただ、〘勇者皇帝〙の栄光を照らす者。 

 敗北した正義なぞ、ただの欺瞞となり果てる。

 欺瞞の廃棄物如きに太陽は陰る道理はない」

「疑いたくはありませんが、信じる材料がございません。ただ……」


 リトモはライコフの言葉に視線を泳がせては天を仰ぐ。

老人、まして長命のエルフ種にとって我々人間、しかも子供相手に

何か命運を預けろと言うのは難しいのは分かっている。


 今回の[百英傑]二名の派遣も無理筋ではあるがこの国において

それらを覆す奇跡もまた必要であるのも事実。

一つ一つの奇跡の実績がこの国を動かし、大望を成す礎となっている。

奇跡を起こし続ける事がこの国が周辺地域を支配し

運営し続ける事への信頼の担保へとなっているのだ。


「……わし等の罪が断罪されるというのなら構いません。

 ただ、願わくば何も知らぬ子供達だけは」

「不敬です。銀仮面の君は大変に慈悲深い方です。

 『あなた方が為した慈悲を無碍に返す』などと思うことをコレは許しません」


 先程まで疑心に凝り固まっていた老人エルフの姿はそこには無かった。

全てを悟り諦めに近い様な表情からそれほどの確信が

この会話の中にあったのだろう。次いで出た言の葉は純然たる命乞い。

お供に付いていた青年エルフ達は驚いており、話についていけていない。


 ライコフは断定した。近い日に目の前の老人は確実に殺される。

ライコフの手によって、それは跡形も無い程に滅せられる。

それは私もよく知っているし、リトモもそれに至るまでの力量を

既に想定しているという事だろう。ただの世迷い言を垂れる奸臣と

見ていればそれなりの抗議なり、もっと理に沿った手段を返せる程度に

私は目の前の老人は理知的ではあると思っている。

それらを一切放棄してのこの行動はライコフの言葉によって

この老人は既に追い詰められて逃げ場が無いということになる。


「して、我らに一体何を求めるのでしょうか?」

「貴方は己の罪を隠す者達と棄てられた正義と共に我が君の前に現れるのです。

 コレが我が君に代わって、全てを断罪し滅します」

「話はそういう事になりました。

 この子は口下手ですが最低限意味が解る様に話している筈です」

「…………ええ、理解しております」


 話が決まった。あるいは決まってしまったというのが適切か。

毎度毎度こういう展開になる訳ではないが、ライコフの判断で物事が

決まる時が稀にはある。彼が全てを見透かし、見知っているとなると

相手に言質を取り、的確に逃げ道を塞いで、私は必要なものを調達する。

そんな役割分担が馴染みきってしまっていた。それだけ彼は失敗をしない。


「私は何も知りませんし、ライコフも話さないでしょう。

 ただ、恐らく過程においてそれらの必要性を知ることになり

 そして結果としては幸福で、最善で、最適な正義が執行される」

「私もこのお人のことは解りませんし、今もそうなるとは信じ難い。

 しかし、仰る通りの事になる予感。それは私も感じております」

「ぞ、族長? その……」


 老人の目は死んでいた。ソレほどまでにライコフの宣告はショックであり

そして確定的なのだろう。毎度このパターンになると思うのだが

私も含めて、事情を察せない他の者達は急に生きることを諦めて

自殺の準備を始めているかの様に見えてしまうので大抵戸惑うのが常。

付き添っていた青年エルフ達も何事かとリトモへと困惑の表情を向ける。


「心配要らん。では、失礼ですが里に戻らせて頂きます。

 最期にやらねばならん事が見えてしまいました……な」

「努めよ。太陽は常に貴方の善行も悪行も見ております」

「との事だ。森の入り口まで送りなさい。客人がお帰りになる」

「銀仮面の君。お慈悲に感謝致します」


 外に控えていた近衛騎士達へと声を掛けてテントの入り口を開く。

眩しい日光がまるでリトモを天に召すかの様に包み込み

そのまま、視界の先へある真っ白い森へと歩み進んでいた。

毎度これではどちらが主人か解ったものではないのだが

ライコフがこういった行動を主導するのは稀であり、決して間違えない。

彼の行動の必然性はそれだけ事の重要性を示していた。


「このパターンも数度目ですが中々慣れませんね」

「我が君は慣れなくて良いとコレは判断する。

 でなければ、コレは我が君へ仕える意義が無くなってしまう」

「そういうものですか」

「コレは正解を、もっとも正しいと思われる行動を提示する事は出来る。

 我が君は疑う事は出来ても、抵抗する事は出来ない。まだね」


 ライコフは“まだ”と言ってくれる。こうやって何も出来ずに

全てを決められて、受け入れてしまう事しか出来ない私を見てもだ。

将来、私はこれをどうにか出来る日が来るのだろうか?

全くそんなビジョンは見えない。恐らく、実務能力なら兄上達

そして、情熱や執念なら姉上の方が全てにおいて上なのは

解りきっている。そして残念ながら、何故私に仕えるのかも解っている。


「ままならないものですね」

「コレは見るだけだ、滅するだけだ、照らすだけだ。

 何時の時代も、どの国でも、どんな苦境でも何かを成すのは[勇者]であり

 それを信じ支える名を記されることもない民草達との奇跡だけ」

「そして、[勇者]は世の平穏を導く〘勇者皇帝〙となる。

 作られた夢物語……を実現させるのが私達なのですね」

「理論上可能。故に日々努め、結果を残せるか否か。ただ、それだけ」


 意識は憂鬱へと沈みそうになる。しかし、私の顔へとへばりつく

銀仮面がソレを許さない。さて、これからが大変だ。

5,000の兵士を集めなければならない。そして、それを運用する。

兄上の軍から派遣を求め、地元の民から徴兵を、義勇兵を求める。

椅子深く腰掛け直しながらも頭の中の算盤をはじいていく。

計算は私よりずっと上手い兄上も居るのだけど、それはそれ。

兄上も兄上で日々、数字と格闘している。

嗚呼、これが終わったら一度戻らなければならないね。


「少し疲れた。休憩を求める」

「どうぞ、何時でも休んで下さい。これからは私の仕事です」

「努めよ……我が君よ、コレは君の作る平穏の世でこそ眠りたい」


 そう言うとふらふらと定位置のソファーへと猫の様に丸まっては

寝息を立て始める。黙っていると可愛いお稚児であるというのは

周りからの専らの評価であるが……こうやって寝ている間も

きっと彼は今後のことを見据えて、日々頭を働かせている。

私にはそう思えて仕方ない。


「彼を働かせているという点で私もこの国の一部という事でしょうか」


 私はライコフの寝顔を眺め、そっと髪の毛を撫でる。

透き通る様な色合いに指通りの良いなめらかな御髪

張りのある肌とあどけない表情と小さい寝息は

とてもさっきまで老人に死刑を宣告し、戦の必要性を進言し

自信満々に振る舞っていた超越したの存在と同一人物とは思えない。


「ライコフ、私はね。君が全てを終わらせるために人を幾ら殺めようと

 悪を幾ら滅ぼさせる事が正しいことなんて思えないよ。

 ただ、そう思うならば……私は君より正しくあらねばならないんだね」


 そして、私は立ち上がる。さて、仕事をしなければいけない。

嗚呼、仕事だ、そうだとも。任された事、私にしか出来ない事。

例え、どんな身分だろうと過去だろうと関係ない。

私は今から、自らの意志と願いを持って戦って死んでくれる

5,000人もの命を掻き集め、纏めなければならないのだから。

             第八十七歩「激動の外界」に続く

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