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第八十五歩「百の英雄譚 Episode8 "仮面越しの真実"」

「(手勢が少なすぎる)」

「(稚児同伴の席を案内されるとは。やはり、偽者か?)」

「(如何しますか、族長)」


 それはあのお嬢ちゃん〘ハッシャクサマ〙をワイバーンが居る隠れ場所へ

送り届けた後の事であった。わし等〘セイント・シール・エルフ〙に対して

拝謁の要請があった。つまり、わし等野良のエルフとは身分が違う

上の貴族あるいは、もっと上位とされる人物との会見。

森を少し抜けた先に野営地を作られ、少数の騎士達と

大層な大きさのテントを張られておりそこに招待をされた。


「(いや、止めておけ。多分、アレは本物じゃろうて)」


 おかしな話である。わし等エルフにとって敬うべき王は

長き時の間におらず、各々が自分たちの森で生活を謳歌している。

時折、国の如く大きくなる事も確かにあり、地域を支配した事が

無い訳でもないが、基本的にわし等エルフはその土地土地の森に所属する。

故にわし等の上に神すらもおらず、自然の精霊と共に大地の営みに

組み込まれている一部。それが、エルフという存在である。

こうやって今、わし等は〘古代エルフ語〙で話をしていても

専門で学ばなければ何を話しているかも解らぬ秘匿の民よ。


「〈ケントゥリオ勇国〉第四位勇者皇帝継承権保有者

 銀仮面の君の御前である。面を上げよ」

「ははっ」


 ただ、この時代この地域においての例外がある。

それがこの若造に付けられた札〘勇者皇帝継承権保有者〙。

〈ケントゥリオ勇国〉は[勇者]と呼ばれる決戦戦力を生産、保有し

地域の平定を根ざした帝国であった。百数十年より以前は

あくまで人類、亜人類の剣として〈深魔海〉への戦線を維持する軍事国家。

それがある日を境に帝国主義へと目覚め地域の平定に乗り出した。

まぁ、間接的にそうさせたのはわし等なんじゃけどな。


 その頂点に立つと言われている〘勇者皇帝〙は現在空位。

子孫達が次の継承を争っていると聞く。あの帝位の紋章が入った

銀の仮面を付けた男こそがその4人目の息子であり

銀仮面の君として、軍を率いていると言うのはこの国において

隠遁したわしらですら入ってくる程に喧伝されている。


「今、名は明かせぬが私は銀仮面の君。

 〈ケントゥリオ勇国〉にて〘勇者皇帝〙を戴く者である。

 ソチラが種〘セイント・シール・エルフ〙の代表の者で相違ないな。

 名を名乗ることを許そう」

「はっ、〘セイント・シール・エルフ〙代表、リトモと申します」


 仰々しい挨拶と共に促され顔を上げて名を名乗る。

昔取った杵柄のおかげで薄ら寒い言葉はつらつらと出るが無礼は無かった様だ。

礼節を求める相手には礼節を返せば油断と信頼を勝ち得る。

そして、その挨拶の後に空気がやや変わる。目配せと共に近くに居た

騎士数名が一度テントから出ていく。残ったのは銀仮面の君と

傍らに先程から居る褐色肌の稚児が一人。


「さて、此処からは非公式にして貰いますね。

 何分、多民族国家と言うのは特定の種に対して厚遇不遇を付けられない。

 全ての民の上に〘勇者皇帝〙が君臨するのは幾ら隠遁の民とは言え

 ご存知ですよね? 其処から必要ならそれから話しますが」

「はい、勿論でございます。我ら、隠遁せし森の民と言えど

 この地域一帯を勇国の加護が無くては生きていけぬは道理」

「建前でもそう言ってくださる程度には理性的で助かりますよ」


 物腰の柔らかい態度と言葉を選ぶ青年だなと言うのが第一印象。

本来の人間性において畏敬と畏怖を抱かせると言うのは得意ではない。

よくある貴族の三男坊以下に見られる謙遜と不釣り合いに持たされた権威を

捨てることが出来ない典型的な板挟みの態度。若い頃によく見たもんじゃな。

人類はそこら辺の進歩は中々無い様じゃ。わし等より世代サイクルを

回っていくのが早いのじゃがな。ま、それは向こうさんの都合じゃろうか。


「さて、では本題から。まず、私が派遣した百英傑の二名。

 コレが非であるとは立場上認められない。継承権保有者という段階でも

 〘勇者皇帝〙の判断に間違いがあってはならない。それを踏まえた上で」

「……はっ」

「まずは二人共存命した状態で返してくれた事を嬉しく思います。

 人質にもせず、交渉材料にもせず、ただただ追い返した。

 それは貴方達なりの慈悲であると私は解釈します。

 立場上、感謝も受け入れる訳にもいきませんがね」


 意外な言葉であったがあの若造の態度と言葉から

それが本音であるというのは理解の範疇に収まっていた。

もっと怒ったり、悲しんだりするのかと思えば意外と冷静だ。

本来ならば、冷静に突き放すのが王たるものという意見もあるらしいが

存外、わしはこの若造の態度を気に入っている。

“懸命である”。そういった印象をわしは抱いたからだ。


「それを踏まえた上で、貴方達が封じているモノについて

 〘百英傑〙では信頼を勝ち取れなかった。

 こちらも虎の子の二人ではありましたが」

「お言葉ですが銀仮面の君よ。若いエルフを含んでいたとは言え

 子供二人では土台無理な話ではないのでしょうか?」

「それが〈ケントゥリオ勇国〉の在り方の一面です。

 民は[勇者]の伝説を求めています。今回はあの二人も決死の思いで

 情報を……いえ、異変と貴方達の苦境を持って帰ってくれた。

 そういう事になっていますので」


 若造の言葉が濁る。しかし、それは銀仮面の越しに聞こえる音としては

迷いの躊躇も一切感じられない。そういうモノなのであろうあの仮面は。

ただただ、正しく律し存在させられる。その規律を強いられた結果のみを

わし等は受け取らさせる。便利であり、また不便でもあるのじゃろう。

気を持ち直す言葉には先程の濁りが感じ取れない。

強い理念とそれに殉じる想いが言の葉に乗ってくる。


「やはり[勇者]と言うのはそうでなくてはなりませんか」

「ええ、年端の行かぬ少年少女が力を合わせて巨悪を打ち破る。

 未来への希望を提示する事により民草は日々を懸命に生き

 自らが生み出す子が巡り巡って[勇者]となり自分たちを救う。

 故に子を愛し、来たる日々の苦難に打ち勝つ勇気を抱く」

「人類とそれを礼賛する亜人類の希望を否定は致しません。

 しかし、我ら〘セイント・シール・エルフ〙はいかに力があろうと

 幼子達が無残に散る様を許容出来るほど冷酷ではない」


 何度聞いても恐ろしい思想であるものじゃ。

何が恐ろしいかと問われれば、コレが機能しているという事だろう。

わし等が産まれる何百年も前から[勇者]と言う少年少女の冒険者が

この土地を侵しに来る〈深魔海〉の化け物共から何度も何度でも

その妄執を断ち切っていったという現実。無論、種も仕掛けもあった。

だが、それでもそんな子供に全てを背負わせる様な所業が

平然と漫然と悠然と行われていたのが、この一帯の忌まわしき歴史でもある。


「本来はそれを覆すのも[勇者]の役割なのですが

 現実として、彼らはできなかった。敗退して戻ってきた。

 無論、一度の失敗で彼らの立場が揺らぐ訳ではありませんがね」

「ならば、此度の来訪はわし等が討伐対象になったという事でしょうか?」


 此処で一歩踏み込む。じれったいのもあるが何よりも

此度の意図をそろそろ聞かなければならない。

今までのはお互いの人となりと事情の通告を交換しただけの様なもの。

これから先の事を話さなければならない。話の口ぶりからすると

説得や交渉と言う事でもない……否、絶対にありえない。

〘勇者皇帝〙に敗北も取引も妥協も許されないじゃったか。

勝利の英雄譚しか語られぬ無敵の超人を求められるとは贅沢な話だ。


「そうしたいとは私は思いませんが、必要とあらば躊躇はしません」

「ではこの森とわし等を討ち取ろうとしないのならば、何用で?」

「最初からそれが目的ならば、軍を派遣していますよ。

 生憎と私はこの座から降りること無く、貴方達をこの銀仮面越しにしか

 見ることが許されない。この瞳に見えたモノは例え、真実がどうであれ

 〘勇者皇帝〙の見立て通り、正しく処理されなければなりません」

「心中お察しするのも憚られる大任と存じます」


 毅然と応える若造の言葉には感情を完全に失した事実の羅列が語られた。

因果の逆転。為した行いが正しいのではなく、為した事全てが正しいとされる。

此度の機会はどういう事であろうか。最初は純粋に子供二人を返した事への

謝辞をしつつもそれを踏まえた上で処理処分の話かと思ったが

ことはどうやらそれだけで終わらぬ様子じゃった。

つまり、踏み込むはこの若造達という事になる。


「故に私はこの子を置いています。ライコフ」

「は、御前に」

「例え、非公式と言えど私は真実を知り、最善を選択しなければいけません。

 それの積み重ねる日々と宿命が私の業です」


 そう言って先程から稚児と思われる褐色肌の少年が前へと出る。

布を巻き付けたかの様な服装は無駄に肌の露出が見えており

この誠実そうな若造とは裏腹、どうにも怠惰で退廃的な印象を与える。

しかし、口を開けばなんということか。まるで傀儡の如く

無感情で調子の無い声を響かせている。

とうの昔に壊れてしまったかの様な無表情さを見せる顔から

抑揚無くも妙に耳の奥底にこびりつく様な声が耳に入ってくる。


「この子は何を為さっているのでしょうか?」

「この子は太陽の子。そして、それが意味する事は」

「コレは天に昇りし太陽が写し身。コレが前に嘘偽りは出来ず

 コレの前に知らぬ過去は無い。リトモ、汝の罪を太陽が見知った」

「なっ……!?」


 そう、そのお稚児が目を見開くと同時に瞳が輝き始める。

それは黄金の様にまばゆく、白銀の様に濁りがなく

白金の様に滑らかにわし等……否、見ているのはわしじゃった。

魔力も詠唱もなく、ただただ温かい空気とこの部屋全体が

緩みに緩んでいた中、淡々と語る稚児の言葉に身構えざる負えない。

言葉の意味が、意図が、目的がその瞬間全てを察した。

今からこの者の首をへし折らねばならぬか?

その判断を吟味している刹那、稚児は変わらず言葉を続ける。


「太陽の奇跡〘お天道様はお見通し〙。

 陽光届く日々を生きる自然と大地を照らせし太陽は

 全てを見透かし、そして日々を刻んでいる」

「リトモ、この子は全てを承知している」

「……くっ」


 そう、終わった。わし等が百数十年為してきた事が

今、ただ一人の年端の行かぬ稚児に見透かされたのだ。

 第八十六歩「百の英雄譚 Episode9 "太陽の采配"」に続く

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