第八十歩「染まる身体」
【悩殺で死ぬ精神構造ではありません】
「……(いや、いやいやいや)」
石造りの部屋。居るのはシツネ君、リトモさん、リリーサさん、ロシカさんか。
シツネは上を脱いでいてロシカさんとリリーサさんは普段着のローブと喪服だ。
喪服が普段着ってどういう事なのかはもうこの際どうでもいい。
診察と言った感じかな? この様子だとなんだか深刻そうにも見えるなと
思って回り込んでみた瞬間、ソレが目に入った。
「……(おおぅ。インクぶちまけたみたいに背中が真っ黒に)」
「ふむ、意外と身体への反応が出るのが早かったね」
「ロシカ様。僕はその大丈夫なんでしょうか?」
「うむ、色味は悪いと言えば悪いけど、特に異常や悪い魔力は感じないね」
「体調はどうなのでしょうか? 不調の兆候は見えませんでしたが」
背中に大きく広がる黒いシミは〘ヒビ割れ〙と呼ばれていた
スルスミちゃん達……いや、産まれたばかりのスルスミちゃんが
染まっていた皮膚の色そっくりだ。〘セイント・シール・エルフ〙達よりも
少し暖色に近い皮膚から黒いシミは大きく背中より広がり
あちこちに線を作っている。まるで、そこだけサナギが脱皮しているみたい。
まぁ、これはちょっとした騒ぎになるのは仕方ない。
ちらっと視線をやると何人か顔を覗かせている少年少女エルフたちが
入り口の方でたむろっているのが見えた。心配なんだね。
私も見てて心配だよー。そっちの雰囲気は待合室前とかそんな感じっぽい。
「……それがすごく良いんです。何ていうか朝の目覚めもいいし
身体の疲れも無くて、集中力が中々切れないし、ご飯も美味しいです」
「ロシカ様。確かにシツネの最近の鍛錬は目覚ましい。
これは実験成功の兆候なのでしょうか?」
「ふーむ。しかし、皮膚の変色が此処まで激しいのは珍しい。
っと、少し切って調べたい。えーと、リリーサ」
「はい。そろそろお湯と清潔な布は準備出来ています」
言葉振りからして切除手術開始という事だろうか? 医療器具は
この世界の文明レベルなのでほぼ、武器と同じ様な短刀だった。
しかし、形状はメスにも似ているので構造的な形態は行き着く先は
一緒なのかな? 寝台にシツネ君を寝かせている間に
リリーサさんはテキパキと布やら桶に入ったお湯やらを用意する。
阿吽の呼吸ってほどでもないけど、随分とまぁ手際が良い。
なんというか賢者と呼ばれているけどほんっとお医者さんって感じだよね。
「後は舌を噛まない様に何か咥えていてね。
悪いけど、麻酔はまだ開発が上手くいかないから気合で頑張って?」
「は、はい!」
「……!(くっ、これは!?)」
シツネ君が布を咥えて居る姿が――エロい!
やばい、これR-18じゃないの!? 大丈夫? あ、少し短刀が当たって
身体が跳ねたりするのを抑えて受けているのとかもうこれ! ねぇ!?
ほんと大丈夫なの? CERO大丈夫なの!? ねぇ、システムさん、ねぇ!?
【R-15規定判断内と判断します】
そ、そうか! OK、解った! なら多分、大丈夫!
私は食い入る様に切除シーンを見つめている。いや、別にグロいのとか
エロいのが見たい訳じゃないんだからね! 皮膚を5cm位の正方形に
切り取られるとじんわりと血が滲んでいる。
切り取られた背中の一部の肉は黒く変色しており、肉体の内側から
その色が変わっているの解った。それはそれで怖いな。
人間だって肌の色は色々とあれど、確か筋肉は赤かった筈。
中身まで真っ黒とかもうナンカ怖い! いや、私も中身真っ黒だけども!
「消毒します! 後、彼女はまだ?」
「そろそろ、来る筈だけど」
「んっーーーーーー!!!」
「しっかりしろ、シツネ! 俺がちゃんと居るぞ!」
瓶に入ったのは酒だろうか? それを切り取られた皮膚から露出した
肉体に掛けられた後、上からガーゼを被せていく。
大きく跳ねるシツネ君の身体はまな板の上の鯉っぽい。
まだ、痛いのか小刻みに震えながらも声を掛け、じっと手を握るリトモさんと
ガーゼで押さえつけるリリーサさん。手足を押さえつけているのは
ロシカさんだ。なんというかもう拷問みたいなんだけど
今の技術と道具で出来る範疇ではこれが最適解なのだろう。
「失礼。遅れました」
「……ぁ! ……ぅぅうっ」
そんな中、窓からすっ飛んでくる様にダイナミックお邪魔してくる
一人のエルフ。あ、何となく変化の兆候が見れるがシィナさんか!
暴れ気味だったシツネ君は寝台に突っ伏す様に顔を背ける。
一瞬だけ見えたが、顔が真っ赤だった! 畜生、青春継続中か!
うらやまけしからんが仕方あるまい。その様子をしばし見た後
ハッ!と数秒遅れて慌てたリアクションをしたリトモさんは
身振り手振りを大げさにしつつ口を開いては――。
「あ、シィナさん。シツネはその、これを見られたからと言う訳ではなく!」
「に、にいいいたたたったっ!」
「解っています! 少し痛みますが我慢を! 〘活経・修糸〙!」
見事な多段式赤面地獄を形成したのであった。なんという羞恥プレイ。
それに思わず赤面美少年フェイスを晒して抗議をするシツネ君の
なんと可愛らしいことよ。嗚呼、百数十年前だったっけ?
リトモさんの年齢を考えるとこの初々しい少年も今生きてたら
お爺さんか。時の流れのなんと残酷な事よ。
さて、そんな哀愁は置いといて、シィナさんの指先から
何やら細い緑色の光がぼんやりと浮かんだと同時にレーザーの様な
細かい光線がシツネ君の切断面へと照射されていく。
手をかざして暖を取る様な姿勢だが、これで治療の一貫の様だ。
どういう理屈か解らないが血を滲ませていた皮膚の出血は収まり
赤と白の混じった薄い皮膚が形成されていくと痛みも和らいだのか
あるいはもう観念してしまったのか突っ伏したまま微動だにしない
シツネ君の愛くるしい施術風景を私は眺めている。
絵面と立ち位置がほんっと私、亡霊か悪霊みたいだよね。
「うう、ロシカ様ぁ……なんで」
「回復系の術式はフリーハンドでやれる程、僕は専門家じゃなくてね。
何より里の人だと変に勘ぐられて印象を悪くするのは良くない」
「私も里のお手伝いが最優先ですので。勿論、了承は頂いて飛んできましたが」
シィナさんがしれーっとした態度と言葉のまま、湯を張った桶に
布を浸した後、出血した皮膚の周りを丁寧に拭いていく。
シィナさんもやっぱりこういった血みどろ修羅場には慣れているのかな?
別の薬草っぽい葉のすり潰したものを最後に塗りたくった後
布を被せ、上から包帯を巻いていく。シツネ君は恨み言の様に
突っ伏したままロシカさんへと尋ねていくが当人が応えられてしまい
ますます顔を上げられなくなるシツネ君。この子はこのチャプターの間
この赤面地獄から這い出る事は無理なんじゃないかな?
「と言うのは建前で
『シィナが最初から居ると遠慮したりするかも?』
という可能性の為、後から来る手筈になっていました」
「リリーサ様!?」
「こらこら、ネタバレは良くないぞ☆
ほら、木の枝でずっとスタンバってたシィナが可哀想じゃないか」
「ロシカ様ぁ!?」
くっそ、相変わらずロシカさんは気を抜くとクズになる。
なんだか、きゃぴっと年甲斐もない100歳越えの老人のぶりっ子は
大した威力であるよ。まぁ、見た目はお肌がさがさの青年なんだけどね。
リリーサさんの繰り出される暴露に涙目になりながら抗議するシツネ君。
更に落とし穴に仲良く落とされるシィナさん。お似合いです。
「……(ただ、畏まった関係よりは良いのかもね?)」
最初の集まっていたチャプターや食事のチャプターでもそうだが
ロシカさんはまぁ偉い賢者様っぽい背景を持っているのだが
全くそれを気にさせる素振りもなく、三枚目な印象の方が強い。
演技なのか素なのか解らないが道化ポジションになっているのが解る。
「さて、しかし皮膚は兎も角、中の筋肉まで黒くなってたのは
想定が無かった訳ではないが随分と進行が早い。
これは5年位は掛かると思ってたけど」
「やはり、エルフは大地の魔力との結びつきが強い種族ですから
影響も色濃く出やすいのかも知れませんね」
「その、見た目としてはアレほどに変わってしまうのでしょうか?」
流石のすちゃらかな空気が続く事無く、シリアスな雰囲気でロシカさんは
瓶詰めにされたシツネ君の真っ黒い皮膚片を眺めている。
ホルマリンなのか知らないが中の液体の中でぷかぷか浮く
その黒い正方形はなんだか板海苔を沈めている様にも見えた。
そんな中、今まで寡黙気味もといこれ以上の失言を避ける為に
黙っていたリトモさんが手を上げて発言する。
うむ、此処でも律儀に手を上げるのか。かわいいな、おぃ。
「そうだね。多少の皮膚や髪の毛の変色はあるとは思っていた。
青や緑色、他の色になる可能性もあったけど黒になるのはある意味妥当だ」
「と言うと?」
「簡単な話、〈ケイオス・タール〉は高濃度自然魔力の液体だ。
色んな魔力の色を混ぜ続けて作る。んで色ってのは最終的に黒になる。
これは[闇属性]などの漆黒系の黒とは違い、混色系の黒だからね」
「そうなのですか?」
「うーん、此処らへんじゃ絵画も珍しいか。うん、考えておく」
「は、はぁ」
イマイチ絵の具のイメージが着いていないリトモさんやシツネ君共々
きょとーんっとした空気に包まれながらも説明を途中で切り上げた。
そういえば、元の時代でもそうだが、この世界の絵画は見てないね。
部屋に飾るってもんでもないし、やっぱ高いのか。
こーいうのは宗教画とかが寺院や教会にありそうだけど
そういった施設もこの世界に来てからは見ていない。
【チャプターの切り替え時間が迫っています。
次のチャプターシーンはそれから約六ヶ月後になります】
お、そんな中一気に時間が飛ぶ警告が来た。
次は半年後? この状況からの時間経過は結構心構えをしておかないと
いけない気配がする。どう考えても今の状況フラグだものね。
世界が静止し、再び視界がブラック・アウトしていくと
また、外の景色へと変わっていった。何時もの森、石造りの建物。
そう言えば、この時代の森もまだ白くはない。
至って平凡なと言う程、私は森林の記憶がある訳ではないが
特に違和感の無い森の景観である。
「……(うぉっ、コレは……すっごいな)」
そして、背景と小道具が終わった後、いよいよ人物たちの
再生に入るのだがもうこの時点でやばい雰囲気しかしない。
――黒い
エルフの少年少女。今まではやや健康的な褐色とまではいかない
日焼けの肌の色をしていたが既に大半が真っ黒に染まりきっており
どっちかというとゲームとか漫画のダークエルフより
更に色の濃淡が濃い真っ黒な肌に染まり始まっていた。
まだ、元の肌の色が残っている子も十分に居るのは居るのだが
それでもこの色の変わり様……しかも半年でこれか。
「……(それもそうだけど)」
ほぼ、全員が再生されていく。どうやら再び食事風景の様だ。
そして、このチャプター最後の読み込みは
豪快に焼かれていく牛か猪の丸焼きがどんっ!どんっ!と数体。
なんか、本来は飯テロな案件であるんだけど
流石にワイルド過ぎたのとお肉な日々で見てるだけでお腹が痛いよ!
第八十一歩「力の使い道」に続く




