第七十六歩「八尺様式トレーニング」
拝啓、居たかも知れないお母様へ。
多分、試験管ベイビーで人工子宮とかで産まれたとかじゃなければ
私には母親が居る筈、そんな細かい設定まで要らんので以下略。
お母様、私は少女エルフとイケヅキ君の前で何故、こんな事をしているんでしょう?
自分でもよくわかりません。ただ、これがこの場面におけるベスト!
私の脳がそう判断してしまっているのです、仕方ないでしょ?
「ぽっ!ぽっ!ぽぽっぽっ!(いちっ! にっ! さんっしっ!)」
「うん、想像より動作は普通だね」
「ダナ」
今、私は皆に見られながら〘ラジオ体操〙をしているのです。
こんくらいしか覚えてないもん! 仕方ないもん!
まぁ、言い訳は置いておいてやっぱりストレッチって
大事だなと思うんですよ。体育の授業で最初にやるでしょ?
話を聞いてみたら軽い柔軟で手足関節をばたつかせたりするけど
この子達、いきなり走ったり跳んだりしてるんだよ!?
危ないって! せめてアキレス腱伸ばそう?
英雄射られる位に急所なんだよ?
【英雄アキレスは現在この世界に存在していません】
あ、やっぱりこの世界にはアキレスさん居ないのか!
この箇所なんて呼べばいいの? アキレスさんカムバァーーク!
アキレス腱射られる為にこっちの世界来てくんないかな!
「……(『最後に』『深呼吸』『指先は』『伸ばす』っと)」
「終ワッタカ」
「……(『コレが』『身体』『動かす前』『良い』っと)」
「ええと〘レディオ・タイソー〙でしたっけ?」
基本的に掛け声以外は出来るだけ〘霊話〙を使っていく。
そして新たな発見だったのだが、意識さえ集中していれば
呼吸が乱れていてもしっかり言葉が伝わるので
コレはなんか水中やら五月蝿い場所での会話でかなり重宝しそうだ。
いや、そんな状況に迫られる方が圧倒的に嫌なんだけどね?
頭の片隅に入れておいても良いかも知れない。
【以上、〘ラジオ体操・第一〙の再生を終了します】
そんな訳で妙にネイティブな発音になってしまったが
私は彼女らの前でまず前段階のストレッチとして〘ラジオ体操〙を
披露してみた。身体を温める踊りみたいなものだと説明してからだったので
無骨で面白みの無い踊りを見てしまったのか皆のリアクションは鈍い。
折角、システムさんが気を利かせて私の脳内であのラジオから流れる奴を
再生してくれたというのに。ちょっとこの空気感は辛い。
視線でイケヅキ君に助け舟を出すよ!
「いや、なんていうかその」
「オマエ、軍隊デモ居タノカ?」
「ぽっ、ぽぽぽっ? ぽぽっぽぽぽっ?(さ、さぁ? なんで急に?)」
「いえ、その今の踊りですがリズムは単調で動作も遣りやすいんですけど」
「思想ヤ祈リ、感情ガ見エナイ。身体ヲ動カス為ダケノ踊リデ
修行程キツクナイカラナ。訓練トシテ精錬シ過ギダ」
「……(体操ってそういうもんなんだけどなぁ)」
言葉を濁すイケヅキ君に対して、スルスミちゃんから意外な質問が
飛んできた。体操とかって結構古くからあるイメージだったけど
そう考えたら、祭りの踊りとか儀式以外で集団が同じ動きをするって
そもそも発想としてあんまし無いのかな?
軍人さんの訓練って言われれば、しっくり来るのは解らないでもない。
「チョット、アタシモヤッテミルカラ、モウ一度ユックリ頼ム」
「ぽぽぽっ。ぽっぽっ、ぽぽぽっぽっぽぽっ
(はーいっ。まずは、深呼吸からね)」
「……ンッ……アレ……意外ト……コレ……筋ガ伸ビルナ」
「ぽぽっぽぽっぽぽぽっ、ぽぽぽっぽっぽっぽぽぽっぽぽぽっ。
(ゆっくり手を降ろして、背筋に力を入れて伸ばすと負荷が掛かるよ)」
「ウォッ!? ナンカ、身体ガ張ル!? ……意外トヤルナ」
立ち上がるスルスミちゃんのリクエストに答えて、もう一度最初から
ゆっくりとした動作で見本を見せていくと、スルスミちゃんも
その動作を追う様に手足を伸ばしていく。
普段使わなかったり意識しない筋肉を伸ばしたりしているので
スルスミちゃんも動作を実際していると驚きを隠せない様子だ。
見ている少女エルフたちも見よう見まねで手を伸ばしている。
ちょっとその動作がなんか初々しくて実に可愛い!
男の子Verも見たかったが、男子にも広がれば見れるかも知れないね。
「スルスミ姐サン。コレ、試シテ見ルノモ良イカモデスネ」
「ソウダナ。ット、コレハ準備ナンダロ?」
「ぽぽぽっぽっー(そうだよー)」
「デハ、次ヲ」
「ぽぽぽっ(はーいっ)」
そう言って、私は地面に手を着く。クラウチングスタートの様な
姿勢から足を伸ばしていく。うむ、私の身体のサイズからなんとも
えらく伸びている感が否めないがやはり基本の動きと言うか
筋力の動作は変わらない様子だ。しかも意外と筋力は備わっているのか
腕立て伏せもスイスイ出来ている。前の私がドコまで運動神経が良かったか
覚えては居ないがこうやって身体を動かすのが苦でないのは良いことだ。
「……(『コレが』『腕立て伏せ』っと。うん、まぁ地味かな?)」
「似タ様ナノハアッタ気モスルナ」
「ぽぽっぽっ、ぽぽぽっ(次は、誰か足首持ってー)」
「あ、では僕が」
今度は座って、イケヅキ君に足首を押さえつけてもらう。
次は〘腹筋運動〙、〘背筋運動〙。別に私はトレーナーとか
そういうのが好きだった記憶も経験もないから基本的な形しか
出来ないが、ふんすふんすと鼻息を僅かに荒げて動く様を
もくもくと見せている。うん、地味だ。
一応、腰を捻ったりとかの変化も見せては居るのだがすこぶる地味だ。
「サッキノ〘レディオ・タイソー〙モソウダケド」
「オッパイ凄イ。ママヨリ大キイ」
「妬マシイ……タユンタユン。〘ハイ・キン〙ダッケ?」
「アレヤルトデカクナルノカナ? 〘フッ・キン〙ハ大変ソー」
うむ、男子を後回しにした理由でもあったんだけど
女子エルフ達にもこうかはばつぐんだった模様で、ええほんと。
私が跳ねたり、身体を揺らす度にまぁ視線が行く訳ですよ、胸に。
もう、全員ガン見な訳です。男子よりもある意味遠慮の必要が無いので
私が動く度に視線と首が追う様に上下するのです。
別に誘ったり、見せつけている訳ではないのだけど
これから、まだまだ発育途上であるお嬢さん方にとっては
闘志の投資をしている結果に落ち着く訳ですね。
まぁ、薄々こうなるんじゃないかと思ったよ!
ちっぱい率そこそこ高いのは目に見えて解っているし
ご老人方のハッスル破廉恥を我が身に体験してるからね、私!
「色々アルンダナ」
「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽぽっー(基本的な鍛錬だけどねー)」
「動作としては簡単そうですけど」
「ダナ。道具モ要ランノハ楽ダガ」
「……(『コレが』『筋トレ』『一通り?』っと)」
「フム。〘キン・トレ〙ネェ」
一通り見せては見たがさっきの〘ラジオ体操〙よりも反応は更に鈍い。
まぁ、見た目としては反復動作の地味な印象だものね。
回数の調節、負荷の掛け方でいくらでもハードにはなるんだけど
それを子供に理解しろってのもまぁ無理な話か。
うーむ、となると……っと、閃いた!
「ぽっ、ぽぽぽっ、ぽっぽぽっぽぽぽぽっぽっ?
(あっ、ならもっと、きっついのやってみる?)」
「ン? ソンナノアルノカ?」
「ぽぽぽっぽっぽぽっぽっぽっぽぽぽっぽぽっぽぽぽっー。
(後から痛くなるから気を付けるって約束してくれるならー)」
「加減位解ル。デ、ドンナンダ?」
お、やっぱりというかスルスミちゃんが食いついてきた。
私も知識的なのがメインでやりこんだことはないんだけど
うん、確実にきついという記憶だけは残っている。
しかも動きがすっごい地味だからさくさくやっちゃうんだよね。
「ぽぽっぽっ、ぽぽぽっぽっぽぽっぽぽっ、ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ。
(えーと、こうやって腕を振って、しゃがんで、立つの繰り返し)」
「コウカ? ナンダ簡単ジャナイカ。コンナノ幾ラデモ出来ルゾ?」
「ぽぽぽっぽっ、ぽぽっぽぽぽっぽっぽぽぽっ。
(ほんっと、後から来るから気をつけて)
「オマエガ、鍛エテナイダケジャナイカ?」
「ぽっ、ぽぽぽっ(じゃ、どうぞー)」
そう、私が教えたのは〘ヒンズー・スクワット〙。
腕を振ってしゃがんだり立ったりするだけなんだけど、辛いんだコレだ。
見本で一緒にやってみたんだけど10回で精神的にバテた。
肉体的には最初は疲れないんだよ、本当に。
そして、スルスミちゃんは普段から鍛えているのであろう。
すいすいと足を上げてはぶんぶん腕を回している。
うむ、ごめんよ。ただ、やはりこういうのは経験してくれないとね?
―大体10分後
「……ゴメ……コレ、キツッ……」
「ス、スルスミ姐サンガ悶絶シテル!?」
「マジデ!? ドウシタノアレ!」
「呪イ? 魔術?」
「姉さん! 大丈夫なの!?」
そう、それをちゃんと注意しつついきなり頑張っちゃう
スルスミちゃんはまるで生まれたての仔鹿の様に足を震わせては
突っ伏している訳なんですよ。いや、コレが男の子だったら色々とやばかった。
うん、まぁ男の子気質なノリでそりゃいきなり100回越えをやったら
誰だってあーなっちゃうよ。途中から数えられない位やってたから
むしろ、倒れないか心配だったよ。予想以上に頑張り屋さんだね。
「ス、凄イナ……スマン。侮ッテイタ」
「……(『私発案』『違う』『次から』『気をつけて』っと)」
「ウム」
「驚きました。その普段は鈍くさいのに知識は凄いですね」
「ぽぽっ(グハッ)」
「あ、いえ。悪い意味じゃなくて!」
果たして鈍くさいに悪くない意味とかあるんだろうか?
そこら辺はシステムさんの翻訳の問題なのかも知れないが
スルスミちゃんを看ているイケヅキ君から毒舌の応酬を貰う。
まぁ、痛い思いをさせてしまったのでこれはその分の罰だね、そう思おう。
「マァ、身体ヲ鈍ラセテモツマラン。
加減ハコイツニ見テ貰ウトシテ、アタシ達モヤルカ」
「「ハーイ」」
「男の子達も見てれば混じりたがるでしょう」
「……(よし、成功!)」
そんな訳でへっぴり腰で突っ伏しているスルスミちゃんから
GOサインが出た訳です。自分で痛い目を経験しては居るから
加減やギブアップはさせてくれるモノの結構ハードな事になったのは
覚悟の上、ココで倒す脂肪が明日の贅肉を少しでも減らしてくれる。
一縷の望みを託して、私達は走り鍛えていかねばならんのですよ。
翌日から若干筋肉痛の残るスルスミちゃんに煽動され
〘ラジオ体操〙と〘筋トレ〙を交えた運動が始まる訳なんですが
ここまでは良い。早朝ランニングは朝飯前には丁度良いんだ。
ただ、一点突っ込まなきゃならないことは
「〘敵〙ヲ! 殺セ! 〘命〙ヲ! 燃ヤセ!」
「「「〘敵〙を! 殺せ! 〘命〙を! 燃やせ!」」」
「ゴルァア! 腹カラ声出セ、声!」
「ぽぽぽっぽっ!!(はぃぃっ!!)」
「グオォォォッンゥッ!!!」
なんか、すっげーでけぇのが混じってるんですけど!
第七十七歩「ワイバーン・ラーニング」に続く
〘ラジオ体操〙[舞踏][鍛錬]
記録が無い事と実際に宗教儀式の踊りや鍛錬等に一部組み込まれていたのであろうが
体操と言うのは公式には大体1820年代前後に形式化されていた。
意外かも知れないが近代において作られたモノと言うのが簡易的な検索によって定義付けられる。
そして、1920年代辺りを境にラジオを通して国民の健康等を維持する為の運動が
世界各国で展開され始める(既に号令による徒手運動はあったらしい)。
10代未満の児童から老人まで同じ動作運動を習得すると言うのは
驚くべきことなのだが習慣化で無理なく受け入れられるというのもまた人の性である。




