第六十八歩「イケヅキ監視報告」
「イケヅキ。此処、数日ご苦労じゃったな」
「はっ」
僕は数日振りに里へと帰ってきていた。と言っても走っていけば
半日も掛からない距離なので、出て行った感覚というのも薄いのだけど
それでも姉さん以外の存在、そして女性と一緒に過ごしたと言うのは
僕としては生まれてから初めての経験という事になる。
僕は物心ついた頃から族長と姉さんしか知らないから
中々新鮮な気持ちと体験をさせてもらった。
家事ってあんな協力出来るもんなんだね。初めて知ったよ。
「聞かねばならん事も多い。ただ、まずは漠然と感想を聞いておくかの。
どうじゃった。あのお嬢ちゃんと一緒に過ごした時は」
「そうです……ね」
以前と同じ様に族長と同年代の老人たちが一同に会している小屋に集まっている。
以前よりは緊張感はなく、普段の態度と対して変わらない印象だ。
前は流石に緊急事態かつ異常事態という認識だったのだろう。
いや、言ってしまえば、今もその状態には変わりはないのだけどね。
そして、族長の問いに僕は数日の過ごした昼夜を思い返していく。
最初は水汲みから大変だったし、一日目の夜は自らの無知に嘆く様が
痛々しいほどであった。魚の干物を作っていたらしいが腐って捨てる時
火を付けるのすら上手くいかなくて、木も登れない。
やはり、化け物としての脅威が見えなくはなかったが
その後の筍の試行錯誤や優しく接する態度は嘘偽りは無いと思いたい。
「僕は姉さんと姉さんの友達以外あまり女性を知りませんが
彼女は悪い存在ではない。これは最初のときと変わりません」
「根拠は? 何かあったのかの?」
「詳細は後で報告しますが単純に協力的であろうと彼女は努めていました。
手伝いもするし、教えも乞うし、力になろうとする。
僕が接して見た範囲では何かを騙ろう、騙そうという素振りは
ありませんでした。これが一つの証拠です。ご査証下さい」
そう言って僕は器に入った筍の水煮を取り出す。此処数日の
試行錯誤の末の成果の一つだ。最初は食べ物の一つ程度と思っていたが
短期間で長期保存できるであろう食料となった意義は大きい。
何よりも形として彼女の努力が見られると言うのは初めてだ。
水煮が入った器をしげしげと見つめる族長たち。
「筍かの」
「ほぉ、竹林に行ったのか」
「掘り返された後があったの。野豚か猪の所為かと思ったがお前さんだったか」
張り詰めた空気は若干和らぎ見つめられた筍をまじまじと見つめるが
誰一人手を出そうとしない。やはり、苦味がある事は皆知っている。
だからこそ、〘ハッシャクサマ〙がこうやって食べられる様にしたのは
驚いてくれるかとは思ったが……皆、何処か遠慮している様にも見えた。
ココで気圧されては努力が水の泡だ。ちゃんと食べてもらわないと。
僕は背筋を伸ばし直して、言葉を続けていく。
「コレは数日経ったモノを煮ました。森で自生した植物の根の摩り下ろしを
一緒に煮る事によって苦味やアクが取れる様です」
「ほぉ。なるほどの……」
「族長……そのまずかったでしょうか。これを食べられる様にするのは」
「……ん? 嗚呼、すまんすまん。ちと、懐かしくてな」
僕の言葉の後でもやはり手を付ける人が居ない様子に思わず
喉が鳴っては緊張の気配を晒してしまう。老人たちの視線の先には
やはり、髭を撫でている族長が居た。族長が手を出さないから
皆が遠慮している、あるいは信託しているというのはこの里で
時々見られる傾向だが、なんだか何時ものそれとはわずかに違うと
僕は感じていた。思い切って本人に尋ねてみれば、感じ入っていたのか
少しテンポの遅れた返事が帰ってきた。
「その植物の根を知っていたのですか?」
「いや、そうではない。実はのイケヅキ。この竹をこの森を持ち込んだ
シィナという……まぁ、スルスミの祖母じゃな。
彼女が筍には試行錯誤をしていてのぅ」
「じゃったなぁ。まぁ、時々採れたてを食うのは良いのじゃが
保存に向かんかったからな筍は」
「懐かしいの。150年は前じゃったろーか?」
族長の反応から堰を切ったように皆、口々に筍、竹について語り出す。
なるほど、故人の関わる話だったから皆遠慮していた。
それに姉さんの祖母という事は僕の祖母でもある。ん?
ええと、多分そうだよね? なんで、姉さんのって言い方をしたんだろ。
僅かに疑問が思考を掠めるがそれは後回し位でいい。
話を聞くにお祖母ちゃんが竹を持ち込んだらしい。
僕も姉さんも親の顔なんて知らないからそれこそ祖母の話なんて
聞くのは初めてかも知れない。シィナお祖母ちゃんか。
「その、シィナお祖母ちゃんはどんなエルフだったのですか?」
「シィナは外から来た元々竹を育てるのを生業としたエルフでな。
まぁー、この土地で筍に苦味が強く残るのが解ると色々と考えての」
「育てる方で頑張っていたと」
「然り。水が悪いと思えば、湧き水を撒ける様に取水場を作る。
土が悪いかと思えば、狭い箇所を開梱し土を入れ替える。
育て方が悪いかと思えば、間伐して日のあたりを良くする。
まぁー、色々っと知恵を巡らせていた訳じゃよ。
娘のリイエも後を継いだが、ついぞ上手くいかんかった」
「あの竹林にはそんな歴史が」
族長の言葉は閉じたまぶたの裏側に映る生き様を語っているのだろう。
シィナお祖母ちゃんは外から来たエルフ、そしてこの土地に竹を
根付かせようとしたエルフ。初めて聞いた事で何処か現実味がない。
今まではずっと姉さんだけが家族だったし、姉さんとの日々は
結構大変だったので親の事なんて考えたことも無かった。
「そうじゃ……まぁ、そりゃこうやって工夫すれば
幾らでも食う道はあったのじゃろうて。
ただ、シィナやリイエの頑張りを見るとそういう気は起きなくての。
ま、せっかくじゃ。皆、摘んで見るかの」
「うむ、匂いはそんなに悪くないの……ふむ、硬さも採れたてと変わらんか」
「ほほっ、コレは悪くない。後で里の者に教えを残してくれるかの」
「はいっ!」
族長を皮切りに一つ、一つと摘まれては食べられていく筍。
ただの新しい食べ物や料理という事よりも
なんだか色んな想いが込められた事になってしまった。
そして、肝心の筍は絶賛とまでは行かなくとも
食べられるという判断になり、食料の調理法として残される事になった。
今はそれだけは喜んでおこう。一通り筍の試食が終われば
族長たちは思い思いに昔を懐かしんでいた。
「さて、話が大分逸れた。すまぬすまぬ」
「い、いえ。こちらも」
「まぁ、教えておらんもんを知らんかったのかと責める程、耄碌しとらんよ。
で、他はどんな感じじゃ?」
「っと、そう言えば聞いて下さい」
そう言えば、一応報告をしておかないと。影響が大きいスキルだとは
思わないけど、いきなり聞いたらびっくりしちゃうかも知れないね。
族長に促されて先に伝えた方が良い事を出す。
そう、〘ハッシャクサマ〙が新たに取得したスキルの事だ。
詳細は自分でも解って無かったがあの短期間の習熟を考えるに
中々の高位スキルの予感がする。自然発生した事も考えられるので
彼女の成長の伸びしろも僕達が想定しているよりも大きいのかも知れない。
知識や経験は差し置いて、単純に彼女は魔物として完成されている印象があった。
「丁度、姉さんが来て僕が戻る時なんですけど、スキルを獲得したみたいで」
「なんと。まだ、成長途中なのかアレは」
「はい。そうみたいで……ええと〘霊話〙みたいな感じではあるんですが」
「ふむ」
「あの『ぽぽぽっ』って言う鳴き声は変わらないんですが
薄っすらと姉さんの声で言葉が通じるんです」
「……あのお嬢ちゃんがスルスミの声で喋ってる様に聞こえると」
場が一気に凍り付いたかの様に静まり返る。
やっぱり、影響がないとは言え、言葉が通じると言うのは恐ろしい事だ。
命令系の魔術の効き方にも関わるし、情報が得られるという事は
脅威としての認識が上がってしまうのだろうか? 沈黙が続く。
各々がうつむいたり、天を仰ぐ様に顎を上げたり、腕を組んで考え込む。
その沈黙を打ち破ったのはやはり、族長であった。
「………………ぷっ……がははああはああああああはははっ!?
なんじゃと、あのスルスミの声であのお嬢ちゃん喋るのか!」
「は、はい」
「……うぅくっ。くはああははははっははっ。そ、それは不味い!
わ、わしもう無理じゃ……あんなボケっとしたのが」
「うくくくはははあははっ、わしもダメじゃ。
あれで声がスルスミじゃと? 本当か!?」
「は、はい。『大丈夫ぅ~?』とか『良かったねぇ』とか聞こえます」
「がはっ!?」
「い、いかん。下手なスキルより怖いぞそれ、ひぃぃっ!」
族長含め、その場に居た老人が蹲っていくが笑いをこらえる事も出来ず
その場は爆笑が乱れ飛んでいた。うん、姉さんの普段のアレから考えるに
解らないでもない、解らないでも無いんだ。
ただ、族長は皆、姉さんを鎮圧する時にいつも駆り出されており
老人たちも姉さんのそれを普段からよく見ている。
それの声だけがあんなにおっとりとしたおとなしい女性の姿をした者に
出されたとなれば……あ、ダメだ。僕もその色々思い出してしまう。
そ、そのギャップがなんとも凄いので僕はなんだか
姉さんが生まれ変わったみたいに聞こえてしまって
……結構……そのドキドキしてしまうんだ。姉さんもアレくらい優しくて
丁寧に大人しいと……い、良いのかな? けど姉さんは姉さんだし。
「あ、まぁ、そのはい……やっぱり変ですよね」
「わ、わしはなんとか耐える。が……こりゃ、予定変更じゃ。
他の者はとてもじゃないが……ふははははっ」
「がははははっ、とてもじゃないがまともに対応出来んっ」
「すまんが、任務引率はお前達に任せるzっくははははっ」
「これ、絶対慣れるの無理じゃてえええぁあああははははっ」
族長達が転がり、さんざん笑った後、僕は他にも色んな事を報告した。
塩が好きでどうやら島国や沿岸地域の傾向が見られる事。
医療知識、礼儀作法など高度な教育を受けている節がある事。
ただ、逆に生活に必要な知識が壊滅的に無く、それを中心に学習意欲があった事。
大事な話は一杯一杯あったんだ。けど、少し話題がずれると
姉さんの声で丁寧に謙虚な対応をする〘ハッシャクサマ〙というのが
想起されて散々笑い転げて話が中断する。
そんなことがこの報告中に何度も何度も何度も起こり
僕も途中でそれは諦める事にした。僕はそんなに嫌いじゃないんだけど
やっぱり皆からするとおかしいらしい、姉さんの声で話すあの〘ハッシャクサマ〙は。
第六十九歩「平和な遠足道中」に続く




