第六十七歩「踏み入れた先に」
「……(嗚呼、これはもう)」
リイエさんの呼吸が止まった。多分、亡くなっている。
昔って出産自体が命懸けだったってのは何かの本かネットの情報で見たけど
コレは異常だ。やっぱり流行り病か実験の影響なのだろうか?
その場に居たロシカさんもリトモさんもリリーサさんも
その様子を眺めるだけだった。寝台に広がる赤黒いシミに反して
赤ん坊は目を覚ますことは無く、寝息を立てている。
「冷たくなっては赤ん坊の体調に関わります。
腕を切り落として離す訳にはいきません」
「解った……よ、リリーサ。君が戻って来てくれて助かった」
そう言って、ゆっくりとリイエさんの指を開いていって
赤ん坊こと幼き日のスルスミちゃんを取り上げて寝台へと戻していく。
私はその集まりの傍らで首をひねっている。
恐らく、〘バンブー・エルフ〙のシィナさんの娘がリイエさんで
そのまた娘がスルスミちゃんと言うことになる。
リトモさんの……ええと、なんだ。呼び方が分からん。
【叔父の娘は姪、その娘は姪孫、あるいは又姪と呼びます】
「……(あ、システムさんありがと! ぱっと出てこない単語だったよ)」
そう言って少しでも考えを明るい方向へと持っていこうとするが
それでも目の前の凄惨たる光景は中々打ち消せない。
寝台に寝かしつけたのを見れば、リリーサさんは
赤ん坊や妊婦の様子を見回り、リトモさんとロシカさんは
は小屋に残っている遺体を二人で協力して外に運び始める。
小屋にわずかに残っていた人員も手伝っては居たが
この場に居続けるのが辛いのかすぐ離脱してしまった。
黙々とお互いに言葉を僅かに交わし合いながらも
溢れる様な一言から再び会話が始まっていった。
「しかし、ある程度想定はありましたが……この子、スルスミは
影響が言葉通りに色濃く出てしまいましたね」
「そうですな。この世代は〘ヒビ割れ〙の率も減りましたが
まさか、白が全く混じらない子が産まれるとは」
「これでも大分死亡率は下がりましたが……難しいですね。
いえ、私も命を軽々しく変えられるとは思っていませんが」
ロシカさんのため息は重く苦しみに満ちていた。
飄々とした以前の雰囲気はざっと100年位経過しても変わっていないが
それでもこの出来事にはやはり、精神的消耗が激しい様だ。
そういえば、リトモさんの会話からこの頃から既にリトモさんの肌は
少年時代の健康的な肌から真っ白い肌になっているのが解る。
肌の色の変調は既にこの年代では起こっている様だ。
うーん、他の赤ん坊は今のスルスミちゃんみたいに
黒い線が入ったり、全く入ってない白い肌の子ばかりだったから
やっぱり、ロシカさんの実験起因の可能性が高くなっている。
「いえ、並の御方なら苦しみもがき、狂っている所でしょう。
ロシカ様は逃げ出さず、我々にまだ協力して下さる。
今日だけで何人の赤子と母親が助かったことか」
「力及ばずすいません。本当はもっと人手や環境も良くしたいのですが」
「それは我らが咎でもありますので。この森で大事には出来ません」
「……(あ、違和感は此処か)」
私はふと、会話の中で妙に感じがしっくりしない事があったのだが
この会話を持ってようやく確信に至れた。本来はロシカさんが
実験の影響でこんなにエルフがバタバタ死んでいる状況ならば
もうちょっとロシカさんに申し訳無さがあったり
エルフ側からの当たりがきつかったりしても良い筈だ。
それが、どういう事かリトモさんは相変わらず謙虚に扱っているし
リイエさんは死ぬ間際に名付け親を求めたりしている。
「……(んえ、全然分からん)」
病気説の方がやっぱり正解ということだろうか?
流行り病と実験が重なった影響ってのも考えられる……いや、それが正解かもね。
そんな何世代も続く様な病気を封じているから〘セイント・シール・エルフ〙で
〈封印の白き森〉って事なら何となく腑に落ちる。エルフ特有の病気だとしても
それを隔離するという意義をロシカさん辺りなら理解してそうだ。
遺体を大体運び終わった後、藁や雑巾で掃除を始める。
おびただしい血の量で床や土は色が変色してしまっている中
黙々と作業を進めている三人からは手慣れている様子が見てとれる。
うーん、これは一回や二回って感じじゃないな。
毎回出産のシーズンがあってこれやってるの? ハード過ぎない?
「ロシカ。私はコレが終わったらまた暫く離れるわ。
連絡はいつもの手筈で。リトモさんも次回は来れないかも知れません」
「そうか。寂しくなるよ」
「深くお聞きする気はありませんが……そちらも色々あったのですな」
ふと会話の中で、そういえばさっきリリーサさんは戻ってきたと言っていた。
一度、何らかの事情で別れていたって事かな?
ロシカさんもリリーサさんの二人共、200年位前の以前の映像と
姿形は変わっていない。若干、ロシカさんが老けてガサガサが減った位だ。
リリーサさんも不老不死属性なのか。無駄に多くないかこの世界の長寿系。
今のところ人並みの寿命な子、ウサギショタのラナス君位しか見てないぞ。
「面倒見ている子が増え過ぎてね。ま、徐々に減るでしょうけど
手間のかかる子程可愛いと言う奴です」
「ふむ、そんなものですかの。幸い、リイエは聞き分けの良い子でしたが
スルスミはどうなることやら」
「すっかりおじいちゃんの顔ですね」
【[レガシーピース]〘墨の落とし子〙を終了します】
苦笑気味にされる会話も明るさの上限が決まっているのかの様に
盛り上がらない。まぁ、あんだけ死体を目の当たりにしてきゃっきゃと
はしゃいでる方がおかしいと言えばおかしいが。そんな会話を最後に
今回の映像が終わってしまった。ううむ、インパクトとしては中々だったけど
結局、なんか出産時に一辺に死んじゃうって事位しか解らなかった。
後、ロシカさんとリリーサさんの動向に変化もあったけど情報が少なすぎる。
意識は真っ暗な中から薄暗い小屋の現代へと戻っていく。
改めてスルスミちゃんを見るが当然、何事も無かったかの様に寝ている。
出生の……秘密という程でもないがやっぱり大変だったんだね。
そして、さり気なく結構血筋としては特殊だったのだろうか?
うーん、それで浮いてるって訳ではないのだろうけどこの子だけ
特別に何か偏見があったのかも知れないのかな?
「……(しかし、〘ヒビ割れ〙はしてるけど、産まれた時は真っ黒だったのか)」
実際に寝入っている姿を見てからさっきの映像の中の
人種が違うんじゃないかって位真っ黒だったスルスミちゃんを思い出す。
ファンタジーの創作とかゲームとかの〘ハイ・エルフ〙位の
色白っぷりなのに対して、完全に〘ダーク・エルフ〙とか
〘ドロウ・エルフ〙とかそっち系の印象を感じさせる姿だった。
病気の影響ということだろうか? うーむ、謎が深まるばかりだ。
「……(ま、考えても仕方ない。寝よう)」
中々ショッキングな映像で寝付きは悪かったが、なんだかんだで昼間に
一喧嘩終えて、肉を喰らうという実に男の子な顛末だった為
結構ぐっすり眠れた様だ。起きたら、スルスミちゃんは居なかった。
トゥータも一緒に行ったらしくて久しぶりに小屋に一人きりだ。
「……(あれぇ? どしたんだろ?)」
日課気味になっている小屋の窓を開けて、空気の入れ替えをする。
色こそ真っ白だがこの森の朝の空気は通常と変わらず
静かに暖かくなる気候とゆっくりと登っていく朝日を
木陰の合間から感じるのはなんとも贅沢な感じがして好きになってきた。
私は部屋の片付けを続けているとスルスミちゃんが帰ってきた。
手に持ったザルにはビチビチと跳ねる川魚がそこそこの量入っていた。
「ぽぽっー(おはよー)」
「オハヨー。朝飯ダ、手伝エ」
「ぽぽぽっ(はーいっ)」
朝釣りとは中々粋ですな。朝ってそんな釣れるのかな?
漁師さんが朝早いイメージはあるけど、アレは朝市に合わせてだろうし。
ま、それはおいといて朝ごはんは焼き魚だ。二人で夕餉同様に
竹串で魚を刺していく。スルスミちゃんの見よう見まねと前の記憶で
鮎の塩焼きを映像として覚えているおかげだろうか?
3匹目辺りでようやくまともに串が打てる様になってきた。
失敗した2匹はトゥータの胃袋へと摘み食いさせている。
「……(この子無駄に便利だな)」
最初、蛇という事でおっかなびっくりであったがスルスミちゃんに
懐いている所為もあり私も警戒感は大分薄れてきた。
〘畏怖の眼差し〙の影響は少ない様で私に対しても逃げることはない。
やはり、ペットと言うのは居ると良さそうだ。と言ってもそもそも
此処の動物の生態すらよくわかってないからなぁ。
「里ノ奴ガ来ル前ニ食ベチマウゾ」
「ぽぽっぽっぽっ(了解)」
間髪入れずに昨日作った岩塩の残りをまぶして魚を焼いていく。
ううむ、イケヅキ君と一緒の時はきのこと芋の雑煮ばかりだったが
随分と食が違うんだね。ほんのり漂う香ばしさと塩と魚の滴る脂。
朝っぱらから中々豪華な事である。魚は事前に内臓が全部抜いており
スルスミちゃんは意外と食方面では気が利くタイプの様だ。
昨日のショッキングな出来事の後とは言え、腹はやっぱり減る訳で
焼けた魚の腹を食らいつく。ちょっと焦げたパリパリした魚の皮。
その下に脂と共にみっちりと詰まっている白身。嗚呼、美味しい。
塩味って美味しいんだねほんと。まぶたを閉じて味を実感する。
「……頭食ワントハ、贅沢ナ奴ダ」
「ぽぽぽっ、ぽぽぽっぽっ(あははは、ごめんなさい)」
「マァ、里デモ食ワン奴モ居ルガナ」
そう言ってスルスミちゃんは頭からガリガリと噛み砕いていく。
相変わらずのワイルドアピールっぷりで私も真似ようとしたが
断念せざるおえなかった。やっぱ、川魚の頭は流石にきついっすよ。
うう、本当は贅沢言ってられないんだけどね。
これ、私がもっと化け物とか魔物みたいなのだったらそりゃ
虫だの獣だの生でばりばり食べてたのかも知れないけど
幸か不幸か化け物だけど女子な身体故、その壁は未だ越えられない。
「……(ううむ、まぁ窮したら木を枯らせば良いんだろうけど)」
砂漠とか大海原とかになったらそれも難しくなるだろうか。
そういう意味で森っていうのは命が豊富で生活はし易いのかな?
その分、野生動物とかの脅威はあるんだろうけど。
そんな事を考えながらスルスミちゃんと黙々と焼き魚を焼いては口に運ぶ。
相変わらず、オッサン同士の相席みたいな食卓だ。
ま、スルスミちゃんはそれが好みらしいので私も黙って食べ進めている。
「〘ハッシャクサマ〙。出立の準備は出来てますかー?」
「オー、今行クー」
「ぽぽぽっぽぽっぽぽっー(片付けるが終わるから待ってー)」
食べ終わった後、竹串を洗っていると小屋の外からお呼びが掛かった。
この声はイケヅキ君か。スルスミちゃんも気怠げに横たわっていた所を
跳ね上がる様に起き上がっては小屋を出て行く。
相変わらず、片付けは手伝わない勢な彼女であるが出る前に
水瓶の水を含んで口を濯いでいる辺りは実に女子な一面を見てしまった。
私が片付けを終えて小屋の前に出ると……そこは意外な光景であった。
「……(遠足の引率かな、コレは?)」
私が小屋から出るとエルフの里に居た少年少女達がほぼ全員
リトモさんに連れられて集まっていたのだ。
第六十八歩「イケヅキ監視報告」に続く




