第六十七歩「墨の落とし子」
※今話ではグロテスクなシーンがあります
「♪~~(っと、後もうちょっと!)」
私は鼻歌交じりに食器洗いと片付けを終わらせていく。
竹串は焦げたりした部分を石の小刀で削って再利用。
竹の道具はなんだか学校で作った竹とんぼみたいな感じがする。
こういうのも経験しておくもんだね。まさか役に立つ日が来るとは。
「……(さてっと)」
振り返ればおっさんの如く、無防備に寝ているスルスミちゃん。
それを包む様に巻き付きながらも枕になっているトゥータ。
タワラとイケヅキ君の時もそうだが、動物と添い寝ってなんだか
羨ましいもんだなと改めて思う。しかし、夏はタワラとだと暑そうで
冬はトゥータだと冷たそうだがうーむ。アタシもペット欲しいかもだが
まずは独り立ちが出来てないと論外さんだよねぇ。
今は、エルフのご厚意に食糧事情や住処は安定しているが無ければ
木々を枯らしながら野宿するしかない生活力だ。
そんな事を考えながらも竹串と椀を洗い終わって一息つけた。
明日の朝には出立するので……いや、何処に何日位か全く聞いて無いんだけど
まぁ、元々使われてない小屋だった訳だ。次、何日後に戻ってもいい様に
立つ鳥跡を濁さず運用で行こうね?
「……(さーってっと)」
私は窓や小屋の戸を閉めていく。スルスミちゃんが居るから
ちょっとやそっとの獣は大丈夫だろうがそれでも用心は肝要だ。
僅かな星空と月明かりのみが小屋を指す。まだ、暗さには慣れないが
エルフとの監視同棲生活のおかげで寝付きに苦労する事はなくなった。
ま、今夜はおまけがついて回っているんだけどね。
私はステータスウィンドウを開いて、件の[レガシーピース]を探す。
「……(ステータスオープンっと。[レガシーピース]一覧の中から
あったあった。コレだね?)」
【[パーストポータル]〘隠蔽されし森人の罪〙を展開します。
[レガシーピース]〘墨の落とし子〙を再生します。
舞台展開中。現在時刻より地球時間64年程遡ります。
詳しい年月日等は現段階では特定出来ません。
現在、データを読み込み、構築中です】
む、何となく想定の一つとしてはあったが
今回の設定年月日はどうやらスルスミちゃん(64歳)の
誕生秘話と言った具合だろうか? 意識がブラックアウトし
展開されていくのは……何やら薄暗い小屋だ。今回は登場人物が多い。
里で見た〘セイント・シール・エルフ〙の人達だ。
何人か布が巻かれているが……大体、女性が多い印象を受ける。
これはひょっとして野戦病院って奴だろうか?
私は足元に紅いとも黒いとも言えない赤黒い液体が
あちこちに水たまりになっているのに思わず足を引っ込めてしまう。
「……(ちょっと待って、グロ注意ですか!? え、えぇ?
なんか、伝染病か紛争でもあったのかな?)」
【この[レガシーピース]にはグロテスクな描写があります。
データ読み込み終了。再生を開始しますか?】
「……(システムさーーーん! 遅いーーー! びっくりした!
本気びっくりしたんだからね! うう、怖いのか)」
まさかの展開に思わず脳内で声を上げてしまう。
いや、勿論こうやってちゃんと警告してくれるのは助かるんだけど
もうちょっとね? こう、開始前に一言欲しかった訳ですよ。
まぁ、再生映像なので濡れたりなんだりってのは無いんですが。
しばし、心の葛藤で佇む私。流石に躊躇してしまう。
……よし! ちょっと考えたが明日から族長さんが何らかの仕事を
任される可能性もある。その場合はまた、他のエルフと一緒かも
知れないからこうやって[レガシーピース]を見れる機会は当然減る。
何より心を開いてくれたかも知れないスルスミちゃんのエピソードだ。
コレはきちんと見知っておかないとダメな気がする。
「……(ええい、ままよ! 頑張れ私! システムさんお願い!)」
【[レガシーピース]〘墨の落とし子〙を再生します】
そして、情景が景色が始まった。思わず、私は口元を抑えてしまう。
そう、一斉にすすり泣く声がまるで秋の虫の大合唱の如く
辺り一帯から静かに静かに響き渡っていた。
皆、一様に哀しむ声、うめき声が響いていく。
「ごめんねぇ……本当にごめんねぇ」
「……仕方ない。何人かは生き残っているんだ」
「ううう、ううわあわああああああ!!」
私はまるで贖罪をするかの様に声を上げるエルフの女性へと近寄り
そして、理解することが出来た。彼女が持っている布の中身は赤ん坊だ。
恐らく、息はしていない遺体なのだろう。
いや、正確に脈や呼吸を確かめた訳ではないが流石に私でも解る。
此処は臨時の産婦人科という事か? つまり全員妊婦なの?
他に目をやると大きな布が巻かれていた女性へと近づく。
こちらは母体が息を引き取ってしまったのだろう。
傍らに旦那さんと思われる中年のエルフのおじさまが手を握っている。
若い夫婦も数組おり、正に出産寸前な妊婦さんまで居る。
「ロシカ様! リリーサ様! 妻が産気付きました!」
「リリーサ! 奥へ連れてきて!」
「はい! ささ、こちらへ。手が空いている者は
湯を、湯を沸かして下さい! 布を洗って下さい!
何か作業を! 手を動かしている内は考えずに済みます!」
「………解った」
「すまない。ちょっと手伝って来るよ。すぐ戻って来るから」
「ちょっと待っててね? お母さん手伝ってくるから……ね?」
何人かの男性とお産を終えたであろう女性が立ち上がっていく。
目は死んだ様に曇っており、ふらふらと歩く様はゾンビのソレだ。
一応に……子供や伴侶が亡くなってしまったのだろう。
奥へと連れられた若い妊婦さんを連れ添う者と
響いた声の主を私は知っている。
「……(ロシカさんとリリーサさんか。やっぱり、実験の影響?) 」
そう、私が以前、別の[レガシーピース]で見た賢者ロシカと
その助手か連れ添っていたパートナーのリリーサさんだ。
二人共白衣……正確に言うともう赤黒い液体に塗れた布を
下着の上にまとっている。積まれた洗濯物も同様の汚れた白衣だろう。
これはほんと、嗅覚の再現まで無くて本当に助かった。
悪いが私こんな状況で匂いまであったら吐いている、確実に。
「おぎゃああ! おぎゃああ!!!」
「よし! この子は生きてる!」
「お湯を! 絶対死なせてはなりません!」
奥から聞こえる産声にまだ意志と息が有る者は顔を上げて
そして、まるで堰を切ったようにぼろぼろと涙を流していく。
自分の子の様に喜び、自分の子ではない事に悲しみにくれていく。
もう悲喜交交なんて話じゃない感情の濁流が部屋に渦巻いている。
きっついなぁ、コレ。ハード過ぎて、口が塞がらない。
私はそんな喧騒を何分見ていただろうか? 恐らく、一番のラッシュの
時間帯にスタートした所為なのだろう。徐々に悲しみに暮れる人は
減っていき、妻や子であった筈の存在を布に包んで小屋から出ていく。
入れ替わる様に入ってきたのはリトモさんだった。
私が見知っている現在の年齢に比べて少し若くて
老人になったばかりと言った感じだ。うむ、この差が64年分かな?
何人か悲しみに暮れて動く事の出来ないエルフ達がすがる様に
集まってくる。皆、深く悲しみ傷付いている人たちの精一杯の歩みだ。
「族長……妻が」
「一晩経って、生きれぬなら儂らが介錯する。良く考えなさい」
「リトモ……ワシはもういい。娘も孫になる子も死んじまった。
孤独に生きるには残りの寿命はちと長過ぎる」
「解った」
「……(え!?)」
そう言って、リトモさんは腰から白金に輝く高そうな短剣を持った後
弱音を吐いた老人の背中を一突きする。抱き締める様に
深々と刃を突き立てた後、背中からは赤黒い液体が漏れて
シミが広がっていく。殺したの!? 殺しちゃったんだ。
私はもうさっきから口を抑えっぱなしだ。
老人の最期の言葉は驚いたが……妙に納得してしまった。
この阿鼻叫喚のソレを経て、明日を生きるには若いなら兎も角
年老いたとなればもうそれはしんどいとしか言い様が無い。
まして、エルフの寿命って考えたら……ひぃっ!?
「……(重いよ。激重だよ、何だよコレ?!)」
リトモさんは息絶えた老人をそっと壁に寝かしつけた後
他の者を見やっていく。気弱になっていた者ばかりだったが
実際に一人死んでしまった現実を前に立ち上がり、小屋を後にする。
其処にはもう引き取り手が居ないか亡くなってしまった遺体だけが
遺されていた。小屋の奥からはリリーサさんが現れる。
遺体に驚くこともなく、一瞥した後、背筋をぴんっと伸ばし直した。
気丈に振る舞うと言う言葉を体現する様な綺麗な姿勢は
むしろ、悲哀の様相ばかりが印象づけられる。
「リリーサさん。リイエはどうなった?」
「明日は迎えられないでしょう」
「……解った。少し顔を出す」
「お願いします」
そう言って言葉少なに交わした後、リトモさんは奥へと消える。
わ、私も行かないとダメだよねコレ。もうとっくの昔に足元は
竦み上がっていて、前に出る事も後ろに引くことも出来ない。
いっそ、このまま再生を止めてしまいたい。
ただ、それはダメだ。私は見知ることが出来てしまう。
それに意味があるかは解らないが、私は見知れるからこそ出来る事が
有るのかもしれない。だから、なんでもどんな事でも
この過去の幻想を眺める事を血肉に前に進むしか無いんだ。
「……(シィナさん!? いや、もっと若いって事は
やっぱり、お墓であったリイエさんってのは子供だったんだ)」
寝台には息も絶え絶えな妊婦が数名とすやすやと喧騒の中
疲れて寝入っているであろう赤子が数人。
後は物言えぬ遺体が……数えたくない。兎に角一杯だ。
そして、リトモさんが近づいていく女性の顔は私が[レガシーピース]で
見知ったシィナさんの面影が僅かに残る少し他のエルフ女性とは
造形の違ったエルフの女性だった。完全にシィナさんと同じ
〘バンブー・エルフ〙と言えるか怪しい程度に
〘セイント・シール・エルフ〙の特徴が僅かに見える。
恐らく二人のハーフという事は……お父さんはシツネ君かな?
「……叔父様」
「リイエ、よく頑張った。シィナもシツネも喜んでおるじゃろう」
「私の……私の赤ちゃんは?」
リイエさんは起き上がる事が出来ずに、手を震わせていた。
口を開けば、口元からはまるで口にインクを含んでいたかの様に
赤黒い液体が唇の端から漏れて寝台を濡らしていく。
〘セイント・シール・エルフ〙の血は黒の色味が強い。
私は兎に角、冷静さを保つために知識を頭に詰め込んでいく。
多分、この情景をもう一度見る事は精神的負荷を考えて無理だ。
だから今、私が覚えられる事は何としてでも覚えておく!
「……力至らず……すまない」
「……そうです……か。いえ、何人か生きているのを見れば。
ロシカ様が居なければ、もっと酷いことに」
「いや、僕が引き起こしたに等s――」
「ロシカ様。あの子を見せます」
そう言って、リトモさんは寝台の中から一人の赤子を抱き上げる。
他の子よりも多く布が巻かれていた赤ん坊が何人か居た。
まるで隠す様に、見せない様に配慮されいてたのかも知れない。
亡くなっていた子かと思ったが、違う様だ。
「リトモさん!?」
「……ワシが業を背負いましょう。リイエ。お前が産んだ、娘だ」
「叔父様! ……嗚呼………ああああっ」
リイエと呼ばれた女性は泣いていた。
声は嗚咽、悲しみ、喜び、もう私の語彙力では表現できない。
鳴き声の様で、泣き声の様で、歓喜の声の様な顔の先。
その赤ん坊を私も大変失礼ながらもリイエさんと同じ姿勢で
見ることにした。そして、理由は解った。残念ながら一目瞭然だ。
「……(黒い!?)」
そう、真っ黒だった。褐色とかそういうのではない。
まるでタールの様に、原油の様にランプブラックと言う奴か。
目鼻立ちは完全に〘セイント・シール・エルフ〙の姿だと言うのに
色味だけは墨汁に浸かったかの様な黒い肌だった。
それをリイエさんは抱く。弱々しく、今にも折れてしまいそうな手で
途切れてしまいそうな息を上げながらも抱き締める。
「ワシが責任を持って育てる。きっと強い子になるじゃろう」
「……叔父様。生きて……て良かった。
ロシカ様……この子に名を……新たな世代の
〘セイント・シール・エルフ〙として産ま……れた子の名前を」
もうリイエさんは最期の力を振り絞っているのだろう。
まぶたを開ける事すら叶わぬ様子で涙を溢れさせている。
その涙は枯れたと思えば、今度は真っ黒で真っ赤な血へと替わっていく。
私は手を伸ばすが……届かない現実に膝を突いてしまう。
そうだ、私はコレを見る為だけに此処に居るんだ。
「……解りました。スルスミと名付けましょう。
黒く美しく、そしていつまでも想いを連ね残す墨色の子よ」
嗚呼、私は知ってしまった。そして、見てしまった。
何も知らず、何も解らず、何も出来ない化け物の私が一部始終を!
第六十七歩「踏み入れた先に」に続く




