第六十六歩「墨は友情に濡れ溶ける」
「ぽぽぽっぽぽっぽぽっ!!!(いぇえっふぅぅっ!!!)」
「其処マデ嬉シイノカ」
床下の隠し収納から出された岩塩に私の喜びは止まらない。
塩ですよ、塩! 塩味が久しぶりに食べられるんですよ、ええ!
此処数日は殆ど、芋とキノコの雑煮ばかりで足りない分は
適当に木を枯らしての凌いでおりましたが、此処に来て塩味です。
そりゃ、がしっと両手のひらを組みうっきうきを体全体で表現する訳ですよ。
「ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ?(これ、どうしたの?)」
「ココハ元々山カラ来ル客人用デ、ソイツノ置キ土産ダ」
「ぽぽーっ(へーっ)」
「貴重ダカラ、里デモ滅多二使ワンガ、マァ今日ハ特別ダ」
他種族と交流あったのか此処のエルフ。
てっきり、隠遁引きこもりを徹底していたと思ったがなんとも意外な事だ。
山ってことはやっぱり岩塩な訳ですね。嬉しいなぁ、嬉しいなぁ。
お塩が、お塩が味わえるんだよ。ほんっとね。
塩の確保って此処まで大変だったんだねと改めて感じる。
私が最初の頃、作ろうとした魚の干物も結局腐らせただけで
イケヅキ君が来た初日に捨てる事になった。正直、凹んだもんだよ。
干物にはそこそこの塩が要るらしく、保存食としては燻製の方が主流らしい。
「ホレ、コレデ粉二シテクレ。アタシガ肉ヲ切ル」
「ぽぽぽっ(はーい)」
私はそう言われて道具箱からすり鉢とすりこぎを出して
岩塩を砕いていく。ああ、ただの半透明の白い石が見慣れていた筈の
食塩の形へとなっていく。しかもちょっと値段が高い奴風味だ。
少し色味がかっているのは天然モノの証ということだろう。
ゴリゴリとすりつぶしながらも目の前でスルスミちゃんは
獣の生肉を解体していく。手には先日私に切りかかってきた
石刀があり、まぁざっくざっくと良く切れたもんだ。
骨とか一刀両断してるし、手慣れたもんだね。
流石に狩猟生活が長いだけの事はある。
「アレダナ」
「ぽっ?(ふぇ?)」
「摘ミ食イトカシナイノダナ。チョット舐メテモ良イゾ?」
「ぽぽっぽっ? ぽぽぽっ、ぽっぽぽぽっ。
(ほんと? じゃあ、ちょっとだけ)」
なんというか不思議と言うよりは物珍しそうに私の事を見て
スルスミちゃんはそんな事を言う。うむ、まぁ確かに期待値は
うなぎ登りだが、そういう事しよーなんて思わなかったからねぇ。
やはり、そこら辺は倫理観とかの違いなんだろうか?
私がそこそこの実感として大人な気味な精神ってことなのかな。
そして、許可が出たので指先でちろりと塩を付けて舐めてみる。
……控えめに言って最高ですね、マジで。ちょっと甘味のある塩っ辛さ。
天然岩塩のお塩の味。人工岩塩ってあるのかな? くっ、ネットで検索したい!
嗚呼、塩分が、塩分が身体に染み渡る訳ですよ、ほんぅっとうにね!
震える! 身体が震えていく訳です、塩分の摂取に!
「……其処マデ行クト引ク」
「ぽっ、ぽぽぅぽぽぽっ(あ、ごめんなさぁい)」
何故だろう。まっこと失礼ながらもスルスミちゃんに引かれた事に
凄まじいダメージを感じてしまう。こういう時は作業だ、作業。
私はゴリゴリゴリと丁寧に岩塩を砕きすりおろしては粉末へとしていく。
ちょっと、荒くてもまたそれは味わいなのである。
私がそんな地味な作業をゴリゴリやり終えて顔を上げると
なんだか食べやすいサイズに切り分けられた元四足獣の肉塊が
山盛りにされていた。うむ、骨と内臓取り除いても結構な量だな。
「ホレ、次ハ串打チダ。食イタイ所ヲ刺シテイケ」
「ぽぽっ(なるほど)」
関心の感情で思わず声が漏れてしまった。長い30cmはあるであろう
竹串が道具箱にあったがこれ用だったのか。スルスミちゃんは
脂身が多い部分とやたら硬そうな肉の部分を選んではざくざくと串に刺していく。
つまり、自分で食べる分だけ自分の串に刺して勝手に焼けという事らしい。
私はなんかモモとか胸肉っぽいところをひょいひょいと拾っていく。
勿論、脂身も食べたい! けど、女子としてそれをガツガツ行くのはダメなの!
そんな訳でスルスミちゃんとBBQタイムが始まる。
余った肉はトゥータの口へと投げ入れられていったのを見て
エコっぷりに驚いてしまった。なるほど、確かに全部食べればゴミは出ない。
木の実だの塩だの振って各々好き勝手に竈で焼いていく。
香ばしい肉の香りとちょっときつい獣っぽい香りをハーブやら木の実で
何となく打ち消しながらも男の料理的な夕餉へとなっていた。
「ぽぽぽっ~♪(お塩~♪)」
「市ダト値ガ張ルモンダガ……アレカ島国カ海岸沿イ出身カ?」
「ぽぽっ?(多分?)」
そういう割にスルスミちゃんも結構豪快にぶっかけている。
そして、いよいよ食うに至る訳ですよ。脂滴るそれに鼻先くすぐる香り。
やばい、リアル飯テロですね。こう、スルスミちゃんが“市”ってワード出したり
恐らく、何処ぞの近郊に商業市場があるのと海の存在を知っている事とか
色々と私は考えを巡らせねばならん事由が散見してるのだけど
そんなのはどうでも良いのです。目の前の塩味の肉を食うのです。
――至福!
ああ、なんでお肉って塩振っただけで美味しいんだろう。
私って前は肉食系女子だったのかしら? まぶたを閉じて噛み締める。
肉汁、脂、何もかもが脳に幸福感を溢れさせてくれる。
いや、甘いキノコと芋雑煮とかがダメって訳じゃないんだよ。
アレもお腹一杯になれるしね。筍さんもようやくアク抜き出来て
食べられるってのはまた有意義なんだよ。
けど、それを踏まえても尚、塩味の肉というのは美味いものなのです。
私とスルスミちゃんは黙々と焼いては口に運んでいく。
椀に水を汲んで渡す時もお互いに会釈をする程度の空気。
そこでふと気づく訳です。
「……(チョット待て!? 女子同士の食事会がコレでいいのか!?)」
おっさん同士が焼き鳥屋で相席してんじゃないんだよ!?
嗚呼、いかん。もうそう思った瞬間、スルスミちゃんの動作が
ほぼおっさんにしか見えなくなっている。コレは大変失礼過ぎる。
半分眠たそうなジト目で肉を眺め、焼いていくだけの所作に
乙女らしさとか少女っぽさとか何もかもが足りない。
唇の端から脂がだらだら垂れてたり、もう腰元からずり落ちそうで
恥骨が見えてるレギンスのゆるい履きっぷりとか何もかもが
ツッコミどころとして散見されている。
「……(しかし、どうしたものか)」
私は焼きながらも考える。今まではイケヅキ君は少年って事もあり
私の〘少年狂愛〙の効果で〘霊話〙にしろ、〘映し鏡からの呼び声〙も
よく聞こえていたがスルスミちゃんはコレでも女子なので
スキルの通りが大分悪くなる。後、話題はどうしよう。
なんだかんだでイケヅキ君とは生活のあれこれで会話は途絶えなかったが
逆にこのバーサーカー兼森の狩人なスルスミちゃんと何を話そう?
イケヅキ君の事は聞きたいが変に勘ぐられても困る。
うーん、趣味……は止めておこう。ま、年齢かな?
「……(『質問』『年』『いくつ?』っと)」
「ンー? 嗚呼、アタシハ64ダ。イケヅキハ48ダナ」
「ぽぽっ!?(マジで!?)」
「ァン? ガキッポイッテカ?」
「ぽぽぽっ(違う違う)」
64ってマジか。初老じゃん!? もうちょっとで年金貰えるじゃん?
いや、私の知っている当時の年金受給開始年齢がその年であって
今現在どうなっているか知らないけど、マジで後一年経てば貰えるじゃん!
【〘封印の白き森〙一帯に年金制度はありません】
何!? スルスミちゃん年金もらえないの!? マジか!
くっそ、厚生労働省め! また、受給年齢を上げやがったな!
……違う! 落ち着け私。年金制度が始まったのは現代日本であって
此処にそんな制度は無い。昔の人はどうしたか知らないけど!
むしろ、それよりもイケヅキ君が年齢的にはおっさんであるというのが
中々の衝撃であった。仕方ない。エルフだから仕方ない。
イケヅキ君(48歳)と言う現実は仕方ないんだよ!
「マ、年ナンテ勝手二取ルモンダ。鍛エタ日々ノ方ガ大切」
「ぽぽぽっ(なるほどぉ)」
「オ前ハ……ワカンナイダッケカ」
「ぽっ、ぽぽっ(う、うん)」
そう言いながら、肉を頬張って会話が終わってしまう。
ぬぐぐ、なんとも会話の糸口を捻りたいのだが
さっきのスルスミちゃん(64歳)とイケヅキ君(48歳)が
パワーワード過ぎてもう、次の話題をどうしたら良いのやら。
そんな事を悩んでいたらもう刺した串が無くなってしまった。
相変わらず、肉は美味しいので片手間に悩み考えながらも
私はバクバク食べていた訳だったが……結局、年齢しか聞けなかった。
「ハーーッ、食ッタ食ッタ」
「ぽぽぽっぽぽっ。ぽぽぽぽっぽぽ(ごちそうさま。片付けておくね)」
恥骨と腹部を晒して横になっているスルスミちゃん。
おっさんっていうか、もうなんかライオンかなんかかな?
私はこの子の雑さ加減が心配になってきたよ。
イケヅキ君はこれを何十年も見てきた訳か。ほんっと大変だね。
私はそんな感慨にふけりながらも竹串と椀を水で洗っていく。
初日に汲んできた水も丁度使い切りそうだ。うむ。
明日の朝飲んだら、残ったのを捨てておかないとね。
何日掛かるか解らないし、カビが生えちゃう。
「……ン、アレダナ。オマエ。エート、〘ハッシャクサマ〙ダッタカ?」
「ぽぽっーぽっー?(なーにー?)」
「飯ノ時、五月蝿ク無クテイイ」
「ぽっ、ぽっぽっ?(そ、そう?)」
思わぬ賛辞にびっくりしてしまうが手は止めない。
はい、明らかに嬉しくてうっきうっきしているのは
隠せている自信なんて微塵も無い訳ですがねと閑話休題。
しかし、何か好印象な事を私はしただろうか?
ほんっとろくに会話もせずに食事をお互いに済ませちゃったんだけど
それがそんなに良いものなのかな?
「ぽぽぽっ(なんで?)」
「イケヅキハ、野菜食ベロトカ、脂ガトカ細カクテナ。
肉ナンテ焼イテ食ッテ、ウマケリャソレデイイダロ」
「ぽぽっ、ぽぽっぽっ(ああ、なるほど)」
「オマエハ美味ソウ二食ウシナ。
マ、今度イイ獲物ガ入ッタ時マタヤルゾ。
イケヅキ程ジャナイガ、良ク手伝ウカラナ、オマエ」
「ぽぽぽっぽぽ(ありがとう)」
「ウム」
うん、これが世にいう雄弁は銀、沈黙は金って奴なんだろうか。
いや、こっちの世界で言うかは解らないけど、イケヅキ君の気配り属性は
ココで培われていたのか。なんて良妻なんだ! 男の子だけど!
「ジャ、寝ル」
「ぽっ、ぽぽぽっ?(へ、早くない?)」
「朝、起キタラ朝飯ハ取ッテ来ルノデ何時モコンナモンダ」
そういって、とぐろを巻いているトゥータを枕に
そのまま寝転がっていると寝息を立て始めるスルスミちゃん。
すげぇ、一切片付けを手伝わないで私にぶん投げたぞ?
ほんっと、この子は中身おっさんか猛獣なんじゃないかな。
んーー。まだ、寝るには時間があるし、昼に手に入った
スルスミちゃんと喧嘩した後、手に入った[レガシーピース]見てみるか。
第六十七歩「墨の落とし子」に続く
〘エスケープ・シェーディング〙[魔獣][回復]
一部蛇などの爬虫類系の魔獣が取得しているスキル。
急速に身体の代謝を促して、脱皮をするだけなのだが
呪いや毒、麻痺効果などを全て投棄する皮に押し付けて
相手に弾き出す効果もあるので回復と奇襲、脱出と効果の範囲が広い。
ただし、脱皮直後の皮膚が柔らかくなり過ぎる事と体力の消耗が激しく
使った後は食事や睡眠を取る傾向になる。
また、剥がれた皮事態に魔力が残っている為、ソレを媒介に魔術を展開する事も可能である。




