第六十三歩「笑顔に応えて」
「……(困った、そーーーぜっつに困った!)」
そう、私は今〘セイント・シール・エルフ〙のスルスミちゃんと
喧嘩をしている。決闘って感じの正々堂々感は一切無い上に
それだと勝利の景品がイケヅキ君になってしまうので
色々と問題過ぎる故に喧嘩という事になっている。
まぁ、そんな事はどうでも良い。取り敢えず、目潰しナシの喧嘩を
私はおっ始めている訳である。現にガードの上から硬化した拳による
一撃一撃はまぁー、痛いのでマジで細かい事はどうでもいい。
「……(これ、どうやったら終わるんだ!?)」
そう、あてくし記憶は無くとも現代日本で
女子やってたであろう身として、殴り合いの喧嘩とか初めてでございますの!
いや、馬上槍だの、水で出来た武器やら龍との戦闘経験はあるが
ガチンコ素手マッチとかは初な上に……こう、アレなんですよ。
勝ち負けが分からんのです。ええと、相手が気絶すればいいの?
けど、気絶させるってどれくらい殴ればいいの?
ノックアウトでカウント取ってくれるルールなの?
くっそ、此処らへんきちんと確認しておけば良かったよ!
システムさん! こう、HPバーとか見える設定無いの?
【スキル〘ステータス可視化〙を保有していません】
「……(あるのか!? 色々と見えちゃうのか!?
ただ、それはそれで命のやり取りが見えそうでなんか怖いな!
HP残り1桁とか見てるだけで心臓に悪いよ。心臓無いけど)」
久しぶりのシステムさんとのこういうやり取りにほんわか感を感じつつ
改めて存在を噛み締める。それに構わず叩き付けられるスルスミちゃんの拳。
痛い、痛いのだがまぁー言ってしまえば武器によるダメージよりは
全然効いてはいない。慣れたのか? ソレも嫌な話だけど
やはり、筋肉とかが無いから打撲とか内出血がないのかな?
「ソンナ拳、当タラナイ! アタシノガキノ頃ヨリ弱イ!」
「ぽっぽっ!(避けないでよ!)」
まぁ、そう言って当たってくれるなら苦労しないしよね。
やはり、経験の差か私の拳は彼女の上半身にも
でかい蛇の図体にすら当たらない。一見、あんだけでかいのに
なぜ当たらないのかと思ったが、蛇の身体のうねる動きは
ボクシングとかの動きに近い様でぬるぅっと軌道を逸れるのだ。
ではうねっている根本を狙おうと頭や姿勢を下げると
上から叩き付ける様に頭に拳骨を落としてくる。
元々、身長の高さは蛇の身体+スルスミちゃんの半身分で
ぶっちぎりに私より高いので動きもほぼ見られている。
うう、無駄なんだか考えてるんだか解らないナーガ形態である。
「ホレ! 前出ナイト逃ゲ腰ジャ届カナイゾ?」
「ぽぽぽっぽぽっ(届かないって言われても)」
困った、命中率が此処まで低いというのはどうしたものか。
拳が空を切るばかりで殴る度にカウンターが2~3発飛んでくる。
いや、私もなんでこんな殴り合いに順応してんだろ、マジで。
ただ、痛みには慣れて居るのだろうが止まっていると
相手のペースになってしまうし、大技でもっと痛い目を見るだろう。
幸い、まだ疲労感は感じないから良いんだけどね。
相手もスキルを使ってるんだが私も使うしかないかな?
よし、両腕をちょっと上げて相手が頭を庇う様にガードを上げる。
スルスミちゃんは私が素人だろうと思っているから
自然とこうなる位は不自然さを感じない筈!
「シャアアアラッッ!!」
「ぽぅっ!?(来た!?)」
くっぅっ!!! お腹にきついのを一発貰う。
思わずよろけそうになるがこれは好機だ。歯を食いしばって
相手が突き出した腕を両手でぐっと掴みかかる。
当たらないのなら相手から当てて貰うのが一番だ。
そして、それはある程度弱い所に打ち込む大ぶりなのを一発!
「ダカラ、ドウシタクソガァア!」
「ぽぽぽっ?(お、怒ってる?)」
怒らせちゃったのかな? ブラフがあからさま過ぎた?
声を荒げると本当に化け物さんみたいだよ。折角、キレイな顔してるのにね。
大声で怒鳴りつける様な言葉と一緒に来るのは予想してなかったが
誘導が上手くいった事には間違いない。
「……(〘魂削りの愛撫〙を発動!……ってえ!?)」
【スキル〘魂削りの愛撫〙は魔力耐性を突破できませんでした】
「……ぽぽっ!?(いふぁい!?)」
そう、スキルをいざ発動し、スルスミちゃんの有り余ってる元気を
貰い受けようとした途端、口元にガキンッ!と金属を噛んだかの様な
感触と歯がぐらつく感覚が襲ってくる。コレはアレだ。
ご飯の中に少し乾燥して固くなっているのが不意打ち気味に
歯に襲ってくるアレだ。私、アレすっごい嫌い、マジで嫌い。
「ハッ、ソリャ、鋼鉄二命ハナイ、食エナイゾ!」
思わず手を離しては口元を抑えていく。うう、あの黒くなるのは
硬くなる上にスキルへの耐性みたいなのも上がる?
里で一回、族長さんに対してやっているのをこの子は見てないが
事前に想定してきたってのか。なんでそんなに真面目なんだよ!?
バトルマニアなの? 闘いが生きがいなの?
もっと、乙女として色々出来るとあてくしは思うわけなのよ!
そんな事を屈みながら考えていると、それを打ち破る様に
私の額へと黒く硬くなった拳がぶっ飛んでくる。
「……(き、きっっつぅっ?!)」
声も出ない位にクラクラしてきた。流石の私も頭に一撃貰うと
意識が揺れるのか。これは以後、頭のガードはちゃんとしておかないと。
脳みそとか入ってんのかなこの体でも。つぅっと何やら額から垂れる
液体の感覚は血ではないあの黒い何かが漏れているのだろう。
うう、それはそれで恥ずかしい。血はそのまぁ、グロテスクだが
命の有り様な訳で良いのだがあの黒い何かは私の今の身体が
血肉の詰まった命で無い事がありありと出てしまう。
普段は背がでかい人間ぶっている感があるので
なんとも感覚としてはもにょもにょしたモノになってしまう。
――ただ、私はそれで初めて彼女の顔を見て、気づけた事があった。
「ァー、ヤリ過ギ?」
「姉さん、そろそろ」
「ンー、ダナァ……ッテ、アリャ?」
「ぽぽぽっ!(うっっしっ!)」
私は黒いどろどろが垂れる現実を振り払う様首を振って
気合を入れ直す。出るもんは出るんだから仕方ない!
あっちはあっちで姉弟でなんかアイコンタクトでイチャコラしてるが
此処は私も頑張らないと! まぁ、なんか良いところ見せたいってのは
男の子的なモン過ぎるから多分、違う。
スルスミちゃんには一回目は矢で射られて
二回目は石の刀で斬られかけるっていう
なんだかヴァイオレンスな邂逅ばかりだ。
ただ、それでも今は殴り合いとは言え、彼女なりの理性と
誠意を持って対峙していくれている。
「ヤハリ、ガンバラネバ、アタシハ姉ダカラネ!」
「ぽぽっぽぽぽっ!(まだまだ行くよ!)」
殴り合いで友情とかは解らない。痛いのは嫌だし
暴力が好きか嫌いかで言えばやっぱり嫌いだ。
ただ、この世界には色んな人が色んな心の通わせ方を求めている。
コレが彼女にとって一番だと言うなら私はそれに応える。
これから先どんな人と出会うか解らないもの。
こういう事だからって逃げ回ってたら、相手の誠意すら見逃しちゃうよ!
私は前傾姿勢気味になって拳を繰り出していく。当たる当たらないではない。
習った握り方を引っさげて同じ舞台に立てと言われたんだ。
だから、私はこの八尺丈の姿で立つ。一週間、私をどうするか考えて
挑んでいる彼女の誠意と闘う事に躊躇を挟むことこそ失礼なのかもね。
「ハァッ! 生意気嫌イジャナイ!」
「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ!(てりゃりゃりゃりゃりゃっ!)」
私は見てしまった。なんだか解らないがスルスミちゃんの顔は
私が化け物とかどうとか関係無く、ただ純粋に怒り、妬み
期待している剥き出しの感情を晒け出していた。
私が一人、どう見えるかとか恥ずかしがるとか関係ないと言わんばかりに
目の前の事に対して貪欲に、向こう見ずに何とかしようとしている。
果敢に攻める私の手は呆気なく払われてしまうが彼女はそれを
とてもとても楽しげに手を振り抜いて、拳を打ち込み返していく。
それは暴力が好きだとか弱者を嬲りたいとかそういう笑顔ではない。
そして、満面の笑みのまま、彼女は私に大ぶりの一撃を入れに来た。
両手が払われバランスを取り、胸元が開いている刹那を狙う一撃。
今回はブラフではないが……好機でもある!
「……(今! 来て〘ヨミちゃん〙! その後、〘魂削りの愛撫〙発動!)」
【スキル〘黄泉より追い縋る手〙、〘魂削りの愛撫〙を発動します】
対策はされているかも知れないが構わない。私の影から白い手が
数本、蛇の巨体へと掴み掛かっていく。スルスミちゃんへも
当然その手は伸びていくがその動きすら彼女は寸前に気づいていた様だ。
実に楽しげに私の奇襲を打ち破ろうと画策する顔をしている。
「トゥータ二コレヲ使ワセル上出来!
トゥータ! 〘エスケープ・シェーディング〙! 」
「……(皮が剥けた?!)」
「〘ブランブル・バインド〙!」
スルスミちゃんが声を掛けると同時にずるりと白蛇の皮が剥けて
その手の群れから文字通り抜け出す様に跳び上がる。
真っ白い巨大な皮がその場に残る様に打ち捨てられたかと思った
次の瞬間、地面から茨が一気に生えてきてその皮を押し付けて
包み縛る様に茨が迫り生えてくる。〘ヨミちゃん〙達は為す術もなく
展開を皮で防がれて、現れた茨で一纏めにされてしまった。
ずるりと抜け出した蛇の巨体はそのまま飛び掛かる様に私へと
覆いかぶさってくる。ギラついた瞳に黒くスキルで変色した両腕は
エルフだ、ナーガだというよりも黒豹みたいな獰猛な肉食獣にしか見えない。
ただ、ネコ科みたいだと言うならこの手がある訳で。
「……ぽっ!(てぃっ!)」
「ナッ!?」
私は自由になっていた両手で思いっきり彼女の顔の前で両手のひらを叩く。
要するに『猫騙し』と言う奴で前傾姿勢、集中した視線に対して
破裂音と動作の衝撃に一瞬顔を下げるスルスミちゃん。
ただ、トゥータはその威力を貰っていない訳で突進は止まらない。
「ぽぽぽっ!(せぇえのっ!)」
「狙イハソッチカ!」
私は跳び箱の要領でスルスミちゃんの頭を両手で押し付け倒し
顔をずいっと相手の方へと向けていく。背骨は無理なく丸まり
私の目当てのソレへと身体を少し避けては辿り着く。
「……(スキル〘畏怖の眼差し〙発動するよ!)」
【スキル〘畏怖の眼差し〙を発動します】
「ぽぽっぽぽぽっ(やっと見えたぁ)」
そう、私が狙っていたのは最初からスルスミちゃんじゃない。
第六十四歩「君の声は」に続く
〘シンクロ・アクション〙[連携][精神]
特定のパートナーの魔物、動物等と動きの意志を一致させていくスキル。
長い年月連れ添い信頼関係を気付いた相手及び知能指数を合わせた
動作命令と思考系統を共有しなければならない等制約は多いが
一度発動してしまえば、まるで自身の手足の様に身体を動かす事が出来る。
あくまで能動的な手段の一致のみになるので反射動作や痛覚、感覚等を共有するには
別のスキルが必要になる。また、今回スルスミの同スキル発動について
パートナーのトゥータは蛇にしては頭が良く、スルスミはエルフにしては頭が悪い為
非常に精密な思考系統と動作命令を可能としている。




