第六十ニ歩「姉は何ゆえ殴るのか」
切れるとアタシはいつもあの頃を思い出す。
アタシは産まれた頃、一人だった。まぁ、親が居て産んだらしーんだけど
親の顔も知らないし、どこに居る?と聞いたら遠いところと言われた。
まぁ、死んだのだろうとわかったのは大体48になった位か?
アタシと同じ親なしの子は多かった。理由は族長が教えてくれない。
まぁ、戦か病気かそんな所だろうし、居なくても生きなきゃならない。
「らっしゃああああおらぁああ!」
「ぽぽっ!?」
今はこうやってこのどこから来たかも知らん化け物女を殴っている。
里の奴は大抵、暴力はダメだと言うが口だけだ。
手を出さねぇとどうにもならねぇ事ばかりだからやってるんだ。
トゥータとの〘シンクロ・アクション〙も絶好調。
相手にボカスカ拳を叩き込めて、最高に気分が良い。
トゥータはアレなんだよ。強いんだけどデカく育ち過ぎて
移動するのに手間取るのがでかい。アタシ達が早過ぎるのもあるんだが。
それがどうだ? 今日はゆっくり此処に来れたし、外だから状況は最高だ。
ご機嫌に尻尾振ってこの化け物女をぶっ飛ばしている。
「別にてめぇがイケヅキに惚れようがイケヅキがてめぇを好こうが構わねぇ!
ただ、気に入らねぇからぶっ飛ばす! ぶっ飛ばさねぇと先がねえんだ!」
「ぽぽっぽっ」
本当は嫌なんだよ。イケヅキは大切な弟で唯一の家族だ。
ただ、弟だからアタシと番にもなれねぇし、子供も作っちゃダメらしい。
だから、いつかは他の女と番になるんだろうな。まさか、コイツとか?
まぁ、ぶっ飛ばさない理由にはならねぇから良いんだけど。
改めて気に入らねぇコイツを睨みつける。十分化け物の癖に
アタシの一睨みで少し怯えたりする様子はなんとも滑稽でやり辛い。
コイツはさっきの拳の握り方すら解らねぇ位の格闘は素人だ。
ただ、やっぱり硬いつーか、中々倒れない上に無駄にガッツはある。
いっちょ前に反撃しようってのはむしろ、印象がいいくらいだ。
大抵は、うずくまって亀みたいになるか、泣きを入れて
さっさと終わらせようとするからな。
「姉さん無理させないでー!」
「解ってるよ、ったく!」
「〘ハッシャクサマ〙ーーー! 頑張ってーー!」
イケヅキはアタシよりコイツの方が心配な様で
視線はずっと化け物女の方へと向かっている。すこぶるムカつく。
こういう時はイケヅキの事を考えて集中力を取り戻すか。
……確か、イケヅキと最初に逢ったのは産まれた直後だったっけ。
アタシが16位の頃か? まだ、背がちんちくりんのガキだった。
いきなり、族長が赤ん坊抱いて見せに来たたんだっけか。
『お前にはイケヅキと言う弟が出来た。お前は姉らしく振る舞え。
唯一の家族だから大切にしろ。面倒が見れるまではワシが預かる』
確かそんな事を言われた。嬉し過ぎて細かい事は覚えてない。
ただ、それまで生きていて最高の日だった事は覚えている。
「そんな温い拳が当たるかクソが! アタシのガキの頃より弱いぞ!」
「ぽっぽっ!」
何せアタシがガキの頃は最悪だった。
大人たちは『親なしの子は里の子だから皆で育てる』って
言ってたがそれでも親ありの子とは色々と差は出るし
まぁー、つまんねぇ事を結構言われるもんだ。
特に親なしの子は〘ヒビ割れ〙が多かったから弄りやすいんだろ。
だから、アタシは嫌だと言っても止めねー奴は全員ぶん殴っていった。
殴り返す奴や年上の奴も居て負ける事もあったから
族長の爺に闘い方を教わって強くなった。
正確に言うとぶん殴りに行くと何倍もぶん殴り返されて
細かい動きや闘い方のダメ出しされた感じだったな、最初は。
「ほれ! もっと前出ねぇとそんな逃げ腰じゃ届くもんも届かねぇぞ!」
「ぽぽぽっぽぽっ」
アタシも里の同年代位のガキ相手連中には誰にも負けねぇ様になったら
今度は大人たちが出て来た。大人にも最初は勝てなかったから
族長に大人の倒し方を教わった。スキルも使うし、武器も使う。
大人すらも倒せる様になって族長以外には負けなくなった。
そしたら、今度はアタシ以外の〘ヒビ割れ〙連中を狙う様になった。
そりゃ、当然だ。アタシは里で二番目に強いので手を出したくない訳だ。
実を言うと老人連中で相手をしてくれたのは族長だけで
他の老人連中の戦ったところを見たことはないので分からんが
兎に角、族長以外に負けなくなったアタシはそいつ等もぶん殴って
ついでに他の〘ヒビ割れ〙や親なしの連中も
相手を殴り返せる様に闘い方を教えていった。
そうして、〘ヒビ割れ〙も親なしの子も変に絡まれる事はなくなった。
アタシはいつの間にかその子等から『姉さん』と呼ばれる様になった。
頑張ってぶん殴り続けたからアタシは皆の姉になったんだ。
そして、イケヅキと一緒に暮らせる様になった。だから、弟は大切だ。
アタシが姉で居続けないとイケヅキが居なくなっちまう。
「しゃあああらっっ!!」
「ぽぅっ!?」
色々と思い出して、迷いが出そうになったから声を張り上げる。
迷いは命取りだ。気合を入れろ。相手をよく見て最善を叩き込め。
そういや、聞くにはコイツは見た目の割に大人しいらしい。
胸もでけぇし、肌もアタシ等程じゃねぇが白いし、黒髪もつやつやしてるし
見るからに危ない感じもするし、何よりイケヅキに手を出したのは許せねぇが
まぁー、悪い奴でもねぇってのは解る。族長連中と対峙した時もそーだし
百英傑相手でも殺してねぇし、小屋に来た時はイケヅキを襲ってそうで
ぶちキレたが、肝心のイケヅキ自身が警戒をしていない。
ソレくらいに信頼は得てるってことだ。イケヅキの目に間違いはない。
「だから、どうしたクソがぁああ!」
「ぽぽぽっ?」
大きく振りかぶった拳が深々とみぞおちに入ったと思った瞬間
化け物女が私の拳を掴んで何やら暗いモヤを出して来た。
話に出てた生命吸収系のスキルか!? ちっ、小賢しい事を。
まぁ、アタシもスキルを使っているから、本気を出して来たって事か。
「ぽぽっ!?」
「はっ、そりゃ、鋼鉄は命がねぇから食えねぇわな!」
口元を抑える様にする化け物女。コイツの接触系のスキルは
〘カースド・アイアン〙で防げるって読みは正解だった様だ。
原理や術式は解らねぇが、接触面から魔力とか体力を
ズルズル吸い寄せる仕様なら、その接触面を硬化させちまえば
とてもじゃねぇがその硬化を引剥したり
貫く程の威力をポンポン出せる訳がねぇ。顎を下げた瞬間の
額に大ぶりの一発を打ち込んでいくと大きく首を仰け反らせて
首がちょっとやばい角度で上がっていく。
額からはわずかに黒い血みてぇなどろどろしたモノが漏れてる。
ようやく、有効打になったって感じかぁ? 硬過ぎんだよ、コイツ。
「ぁー、やり過ぎたか?」
「姉さん、そろそろ」
「んー、そうだなぁ……って、ありゃ」
「ぽぽぽっ!」
流石にこれ以上は怒られると思ったが、どうしてどうして。
この化け物女は拳を構え直してまだまだやるつもりの様だ。
あー、こりゃアタシも引く訳にはいかねぇな。
ちゃんと、やる気が有る奴には徹底的に付き合ってやるのが礼儀だ。
私も顎を僅かに上げて、目配せをすればイケヅキも解ってくれたのか
多少、不満は残った顔ながらも、うなずき返してくれた。
うむ、愛すべきは弟だな。弟が一番だ。だからよぉー。
「やっぱ、頑張っちゃう訳だよ、アタシはお姉ちゃんだからね!」
「ぽぽっぽぽぽっ!」
あいつもなんだか調子が上がってきたのか少しずつ動きは
良くなって来ている気がする。成長速度が早いのはポテンシャル故か?
まぁ、あの図体で尚且つ、あの細足と細腕でこの速度と耐久性を
維持しているんだから、筋肉以外の何かで動いてるんだろうな、あいつは。
つってもやっぱり動きは素人の域を出ないの軽く手で捌くだけで
相手の意気込みの割には楽に躱せている。そろそろ、終わらせるか。
まぁ、年季の違いはそう簡単にはひっくり返せ――いや、違う!
「はぁっ! 生意気だが嫌いじゃないぜ!」
「ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ!」
そう、飽いて来て私がトドメを刺す瞬間をコイツは狙ってきたのだ。
端から殴り合いじゃ勝てないのは解る程度には頭が働いている。
だからと言って距離を取ったまま逃げ回ったり
スキルに頼りっきりの情けねぇ闘い方もしない。
私が身体ごとコイツに接近するタイミングでスキルを発動させた。
トゥータと私にまとわりつく様に白い手が何本も影から這いずり出て
私の身体とトゥータを拘束してくる。こんだけの数の手に
一気に接触されたら、トゥータのでかい図体全体に
〘カースド・アイアン〙を付与させるのは難しく
この何本も生えてくる手からスキルを使えるって考えか。
「トゥータにコレを使わせただけで上出来だ!
トゥータ! 〘エスケープ・シェーディング〙! 」
だが、私は更に上を行く。『お姉ちゃん』だからな!
第六十三歩「笑顔に応えて」に続く
〘徒手拳法初歩〙[無流派][格闘] Lv1
格闘術は流派は数あれど構え以前の足さばき、拳の握り方などの
基礎的な部分での共通項は多い。逆に言えば、それらを意識し
理屈が存在するということを知る事で身体も徐々にそれに慣れていく。
これはスキルと言うよりもその前提意識を理解し
各々の流派へ門を叩く為の指針になるスキルとして扱われている。




