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第六十一歩「姉さんが事件です」

「姉さん、あのその、アレはね」

「イケヅキ、大丈夫ダ。殺シタリハ禁ジラレテル。事故死トカハ知ランガ」


 小屋の外の開けたスペース。作業場として確保されている為

草木も生えておらず、真っ白い土がむき出しになっている。

イケヅキ君の姉スルスミちゃんは念入りに身体をほぐしている。

手足の関節をきちんとストレッチして、膝やアキレスも屈伸していて

準備は万端だ。やっぱり、こういう所の知恵は違和感を感じる。

ロシカさんの指導なのだろうか? まぁ、それは今はどうでもいい。


「……(デケェなこの子)」

「あ、えーとまだ見てませんでしたね。

 〘パートナー・ホワイト・パイソン〙のトゥータです」

「アタシノ相棒モ久シブリニ運動シナイトナ」

「シャァアア」


 そう、驚くべきことに今“私が見上げている相手”だ。

その視線の先には白蛇が居る。居ると言うかもう鎮座している。

デケェ、本当にデケェんですけど。えーと、人を悠々と丸呑み出来るであろう

頭の大きさに太い巨木がそのままうねり動く様に、テカテカとした硬そうな鱗を

ギラつかせている白蛇様がおる訳ですよ。舌とか時々チロチロ出してんだけど

それも子供の腕位ぶっといの。やばくない? やばいよね?


「……(私もそこそこでかい筈なんだけど

    この世界だと悠々と追い抜かれる仕様なんだね、ほんと)」

「あ、目潰したりは駄目だよ! 僕が止め!って言ったら止まって貰うからね」

「解ッテルヨ、ッタク。ア、ソレトオ前、構エロ」

「ぽぽぽっ(はぁーい)」


 そう言って私はイケヅキ君に手枷を外し、帽子を持って貰い構えていく。

一応、手枷はもう一週間経ったから外して良いとスルスミちゃんも言っていた。

うん、なんか私もホイホイ言うこと聞き過ぎじゃないかとは思うんだ。

別に私だって喧嘩とか殴り合いをしたい訳じゃない。

ただ、これには訳がある。ココ一週間近く、イケヅキ君との会話で

彼の自身の事の他に話してくれた内容のほぼ8割が彼女の事である。

まず、聞かされたのが姉に酷いことをされた事。

次に姉がやらかした事に、それを謝り回っていった事。

他に姉を慕う周りの者達の性質と結果、疎遠になっていた他のエルフ達の事。

おまけ程度にタワラや今目の前に居る白蛇のトゥータの事や里の事は

もうなんか全体の1~2割位しか聞く事が出来なかった位

彼女の破天荒エピソード兼被害報告を延々と聞いていた。


 以上を踏まえた結果、もうこの子は拳で語る系じゃないと駄目だ。

うん、漫画みたいなんだけどいざ、こんなリアルバーサーカーを

前にして説き伏せる知力を持っていない。相手も持っていない。

故に肉体言語で語るしか無い哀しい現実って奴ですよ。


「……コレジャ駄目ダ。指ヲ痛メル」

「ぽっ、ぽぽぽっ?(え、ええと?)」

「下手ナ怪我シタラ、スグ終ワッチマウダロウ。

 良イカ? 拳ハコウヤッテナ。指先ヲ中ニ丸メテ

 親指ヲ曲ゲ過ギズ、小指ト薬指ハ出スナ。此処ハ弱イ」


 そして、彼女は聞いていた通り、悪い子ではない様だ。

すぐ、手足が出るとか人の話を聞かないとか

もうなんかドが過ぎるブラコン振りとか――

いかん、悪口になってしまう。違う、違うんですよ。

こうやってわざわざ素人の私の構えた拳を見ては

握り方から丁寧に説明し、自分で手本を見せてくれる。

多分、指導方法が良かったのかね? すごく解りやすい。

良い先生を持つと生徒も良い指導を拡散していくって事なのだと思う。

後、当人は大変ブチ切れているのは変わらない様子だが

こういう筋を通す姿勢というのは本当に偉いね。


「ヨシ、殴ッテミロ」

「ぽっ、ぽぽっ?(こ、こぅ?)」

「駄目ダ。良イカ、タッパハ有ルンダカラ、体重ヲ乗セロ。

 ソノ細腕ジャ、威力ハ出ナイ。腰ト足ヲ意識シテ前ニ出ル様ニ」

「ぽっ!(てぃっ!)」

「ソウ、ソンナ感ジダ」


 腰を僅かに落とした後、スルスミちゃんの放つ拳は

軽く空気を吹き飛ばす風圧と共に、辺り一帯の木の葉を揺らし

砂煙を上げる程度の踏み込みを披露してくれた。マジっすか。

私、今からこの子と殴り合うの? 木の葉みたいにぶっ飛ばない?

いや、回避ルートは無いのは解ってんだけどね、このイベント戦闘。

私も真似て打ち込んでは見るが、姿勢が猿真似になっている程度で

木の葉も揺れないし、土煙すら上がらない。


【格闘スキル〘徒手拳法初歩〙[無流派][格闘]Lv1を取得しました。

 [無流派]の為、これ以上の成長は特定の修練方法が無ければ上がりません】


「……(お、それでもスキルとして取得できるのか)」

「筋が良いんですかね? 様にはなっていますよ」

「マ、コレ位ハ子供デモ出来ル」


 エルフのお子さん達は幼少時から殴り愛の森生活なのか。

やはり、この世界のサバイバルは色々と厳しいもんだよ。

ようやく納得できたのかスルスミちゃんは監督モードから

ぶん殴りモードへと切り替わって私から離れていく。

一瞬で空気が変わるんだから、どんだけこのお姉ちゃんも

修羅場を潜っているんだって話だよ。

〈封印の白き森〉は其処まで危険なのかね?

今のところエルフ達の危険度を超えるもんに出会えてないよ?


「あ、それとちゃんと下は下着も脱いでよ。洗濯はしないからね」

「心配イラン。今日ハ履イテナイ」

「……ぽっ?(はぃ?)」


 んぅぅっ!? ちょっと待ってよ、ストップだよ、お嬢さん。

今、本来だったらどうなのか男女問わずに喧々諤々の議論を

酌み交わす命題をさらっと認めなかったかぃ、ガール。

え、履いてない? まじで? 彼らは下着を履かない文化ではない。

イケヅキ君も頻度は少ないが監視同棲中に下着を変えていた。

無論、着替えは覗いてないよ。ホントだよ!?


 私がそんな謎の自己弁護を繰り返していると

あちらの姉弟も何やら話を詰めている。くそ、落ち着け私。

今、ココで混乱を深めても意味がない。さっさと終わらせるんだ。


「マ、ソレジャチョックラ気張ルカネ!」

「怪我しないでねー」

「ァン? シナイト終ワラナイダロ」

「……(いや、スルスミちゃんよ……なんで、ほんとに脱いでるの?

    後、イケヅキ君もフツーに女子のレギンスを受け取ってるし)」


 ぱんっと両頬を叩いては気合を入れ直して振り向けば

其処には堂々と下を一切まとわず、仁王立ち気味で私に立ちはだかる

スルスミちゃんが居た。マジか、いっそ私も脱がないと駄目な流れなの?

一応、以前と違う点としてはなんだか腰元にベルトの様な太い革の

腹巻きみたいなのが巻かれているが本当に下は全裸だ。

姉さんが事件過ぎてもはや思考が追い付かない。

これ、他の人に見られない? 私が何か下盗んだみたいじゃない?


「ジャ、行クゾ。テメェニ取ッテオキダ!

 スキル〘シンクロ・アクション〙!」

「……ぽっ、ぽぽっぽぽっーーーー!? (な、なんだってーーーー!?)」


 そう、跳んだのだ。スルスミちゃんがそのまま女の子の色んな部分が

見えている事など気にせずに後ろ宙返りで跳ぶと、その着地点には控えていた

白蛇のトゥータが大口を開けている。アレ、コレってこのまま食べられない?

ただ、その大口はばくりとまるで釣り餌に食らいつく魚の様に閉じられた。


「……(ぶっ、物理的にメドゥーサっぽくなってる……だと!?)」

「ハハハッ! 格好良イダロウ!? タダ、ソレダケジャ無イゼ?」


 合体した!? いや、咥え込んでるだけだ!? バカじゃねぇの!?

腰に巻かれた腹巻きの様な部分に大蛇の牙を引っ掛ける様にして

上半身だけ口元から出す様な姿勢になっている。え、コレ強いの?

解かんねぇけど、視線だけは同じ位の高さになっている。

トゥータはやや顎を上げる様な形でスルスミちゃんの前傾姿勢を維持している。


「スキル〘カースド・アイアン〙! ウッシ、ジャア行クゼ!」

「は、始めーーー!」

「ぽっ、ぽぽぽっ!?(ちょ、ぉ待ってぇ!?)」


 酷い混乱状態の中、スルスミちゃんがスキルを発動させると

握りこぶしを作った両手が一瞬にして鈍色に変色したと同時に

その拳を私へと叩きつけてくる。その音と衝撃は先程の空を切るそれとは

段違いで、頭を抱え込む様にガードするのを真正面から粉砕しに来る。

明らかに人の皮膚の感触ではない。フライパンか何かの様な

固く重い一撃に思わず身体の芯がぐらついてしまう。


「……(蛇の身体ごと振りかぶってる!?)」

「ハハハッ! コレハエルフ相手ダト怪我スルシ、狩リジャ使エンカラナ!」

「ぽぽぽっっ!? ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽっ!

 (ええぃっ!? 体のいいサンドバッグ扱いか!)」


 最初に使ったスキルの影響だろうか、まるで自分の身体の様に

蛇の鎌首を左右に振らせるのと同時に自らの拳を私に当て込んでくる。

ミシッミシッと腕は軋むし、なんか本当に地味な痛さが続いていく。

ええっと、反撃しないと。私は構え直して此方も振りかぶろうとするが――


「足元ガ甘イ!」

「ぽぽっ!(くぅっ!)」


 差し込まれる様にさっきまでフリーだった蛇の尾が

今から踏み込む右足に対して、残りの身体を支える筈だった私の左足を

すくい上げる様に薙ぎ払われる。巨体の規模で言えば、あちらの方が上で

ぐらっと視界が横に揺さぶられてその場で踏ん張るのがやっとこだ。


「解除! 再度硬化!」

「ぽぽっぽぽぽっ!?(いっ痛ぃっ!?)」


 しかし、それすらも動きの流れに組み込まれていた。

一瞬、彼女が両手の変色、恐らく硬化みたいなノリなのだろう。

それを解くと両指をぐっと絡めて組み直し、まるでひとつの金属の塊の様に

固め直す。その直後、それを大きく上へと振りかぶって私の肩へと叩き付ける。

踏ん張って身体の力を入れている所を圧し折りに来たかの様な打撃に

思わず口を開いてしまう。 骨折れる! ほんと折れるよ!?


「……(この子! 格闘ならコアタルちゃんより強くね!?)」


 なんなんだこの世界のエルフは!? 皆、武闘派過ぎんだろ。

その後、再びスキルを解除しては両手を握り直して硬化させるスルスミちゃん。

なるほど、指が動かせない程に固くなるって訳か。

これ、このままじゃ本当に怪我しない? 絶対何処か折れるって。

私の反撃の拳は空を切るばかりでとてもじゃないが当たる気がしない。

うう、痛いし先に降参する? それとももう少し殴らせて落ち着かせる?


「姉さん無理させないでー!」

「ワァッテルヨ!」

「〘ハッシャクサマ〙ーーー! 頑張ってーー!」


 ………………ふむ。もうちょっと頑張っちゃおうかな?

          第六十ニ歩「姉は何ゆえ殴るのか」に続く

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