第五十八歩「青き竹の春の一幕」
そう、それは監視同棲三日目の夜。
一日目はあまりに心が折れてそのまま寝てしまった。
二日目も色々と試してみては全然上手く出来なくて失意の中寝てしまった。
三日目、色々と諦めは着いたというかイケヅキ君もある程度把握出来たのか
そんなに試みることも無くなり、穏やかに料理したり小屋を掃除したりしていた。
そして、これはそんな夜のこと。
「……(くっ、眠れん!)」
横目をちらりと見ると寝息を立てている美少年エルフのイケヅキ君。
警戒を示す為に傍らには石斧と石槍をきちんと用意している。
その辺りはきちんと言い付けを守っているのだろう。
私も一応まだ危険生物として扱われ、認識されている事には変わらない。
ただ、それでも、それゆえにもう無防備な訳ですよ。
可愛い寝息を立てている訳です。超可愛い訳ですよ、ええ。
「……(落ち着いて見るとなんと愛おしい可愛さよ。
耳がぴんっと立っていて肌も白い上に性格も良いと来ている)」
くっ、凄まじい据え膳状態だ。これがポルノな展開だったら
もう私はアレやソレをしている訳なんだけど、これから暫く
下手したら何十とか何百年行っちゃうんじゃね?位のお付き合いを
するかも知れないエルフのお子さんに手を出すなんてとんでもねぇって話です。
しかし、可愛い。可愛いはセイギな訳ですよ。セイギが敗れてしまうのか!
「……(あー、そういえば忘れてた。[レガシーピース]見ておくか)」
【[レガシーピース]の一覧を表示します】
私は一日目の水瓶運搬の際に立ち寄った白い竹林の墓地で
手に入れた[レガシーピース]〘青き竹の春の一幕〙を
宙空に描かれる画面を指でタップしては探していく。
もう、なんか眠れないから動画サイト見るか位のノリで
人様の過去を見てしまうのは如何なものかと思うが
眠れないんだから、仕方ない。仕方ないよね?
「……(あったあった。ぽちっとな) 」
【[パーストポータル]〘隠蔽されし森人の罪〙を展開します。
[レガシーピース]〘青き竹の春の一幕〙を再生します。
舞台展開中。現在時刻より地球時間200年程遡ります。
詳しい年月日等は現段階では特定出来ません。
現在、データを読み込み、構築中です】
システムさんの声が頭に響くと同時に私の意識はブラックアウトする。
前回と同じセリフという事は多分年月日的には変わらないのだろう。
再び世界が暗転から書割の様にべたっべたっと背景が描き上げられて
立ち上がっていく。お、今回は昼の時間帯で森林の中っぽいね。
木々がバシバシ立っているが普通の木っぽいよ?
白くない新緑を感じさせる茶の幹に緑の葉が生い茂っている。
読み込みの速度は前回より大分短い様子だ。
「……(お、シィナさんともう一人は弟くん、名前はシツネだったかな?)」
登場人物も描かれてはばりっと地面から紙が跳ねる様に浮き上がる。
まず、出てきたのはシィナさん。相変わらずのフード姿の民族服で
両手には……これは石で出来ているのだろうか?
下腕に革紐で括り付けられた、黒い石で出来た刺突する武器が
両手にあり、手の平も何やら滑り止めの様な革布があしらっている。
あ、なんか石の刃っぽい部分に革のカバーみたいなのが着けられている。
鞘から出していない感じだね。
対するシツネ君も短く切り詰められた細い木の棒を持っていた。
イケヅキ君が持って来ていた槍と同じ位のサイズだ。
服装は身軽そうだがイケヅキ君の普段着とあまり変わらない。
【データ読み込み終了。再生を開始しますか?】
「……(お願いー。今回はどんなのかな?)」
【[レガシーピース]〘青き竹の春の一幕〙を再生します】
私が声を掛けると同時に世界が始動し……っていきなり武器を構えたまま
二人は闘い始めたよ? え? 何か揉めたのかな?
シツネ君の棒はまっすぐに構えており、ずっずっとシィナさんの身体を
狙う様に突き入れていく。動きは若干硬い印象を受けるのは
エルフのお爺ちゃんや英傑二人の動きを見ているからだろうか?
シィナさんはそれを薙ぎ払いのける様な動きは柔らかい。
「……(あ、稽古なのかな?)」
「ていやああああーーー!」
「んっ!」
そして、シツネ君の息が少し上がった頃合いを見ると
今度はシィナさんの動きが凄かった。身体の動きがカンフー映画の様に
腰を低くして一撃当てた後、すっと後ろへと下がる。
追撃する様に迫って来る棒の突きを跳躍したと思ったら
あの長い手で枝を掴んで猿の様に枝にくるりと登ってはそのまま
枝を大車輪でくるりと回った後、蜂の一刺しの様な蹴りが跳んでくる。
慌てて棒で裁こうとするが棒はそのまま足で踏み付けられる様に
叩き落されてしまう。
「ほんと、身軽ですね!」
「それほどでも」
「でも、まだまだ!」
感嘆の声を上げるシツネ君は腰に刺していた短い木の棒を二本。
短刀の変わりという感じだろうか。今度は懐に入り込んで
切りつけようとするがそれもかつんかつんっとシィナさんの
両腕武具に弾かれるが、果敢に攻めている。なんだかおどおどとした
受け身な少年エルフのイメージだったが、とってもハツラツとして楽しそうだ。
リーチは短いが手数で勝負と言わんばかりに腰を低くして食らいつく。
「んっ! たぁあ!!!」
「気合は良いです」
「ひゃぅっ!」
兎に角、自分に発破を掛ける様にシツネ君は息が切れつつも
手を止めることはない。しかし、それもなにもかシィナさんの
手先の往なしで軌道は逸れ、あらぬ方向に力が入り体勢は崩れていく。
なんというかシィナさんの動きは相手の勢いを殺して弾いて
腕に括り付けてた石の刃で打撃を加えると言った感じだ。
「とぉっ!」
「空中は軌道が難しいですよ」
「ぬっ!?」
シツネ君がシィナさんの足払いを高く上がると同時
右腕を後ろ手に引く予備動作に気付いていたが逃げる事は出来ず
大きな踏み込みとともに放たれる掌打にシツネ君の身体が吹っ飛び
木の幹に叩きつけられる。凄いね、軽く木々が揺れる位に
震脚が地面に鳴り響いていた。多分、気功とか魔術とかの力も
乗せているんだろう。じゃないとあんなワイヤーアクションみたいな
吹っ飛び方は流石にしないもの。そして、シツネ君もまた丈夫だな、おぃ。
「それまで! 動きは良くなっています。
経験が無いなりに組み立てていくしかありません」
「ててて、あ、ありがとうございます」
「ま、焦らずに。ロシカ様の実験開始までは期間がありますので。
少し休憩としましょう」
「はいっ!」
そういって倒れ込む相手に手を差し伸べるシィナさんに
それで立ち上がるシツネ君。うむ、解りやすく師弟っぽさを感じる。
武術鍛錬って感じなのかな? シィナさんもなんか達人っぽい
キャラに見えていたけど、実際に動ける人なのは凄いなぁ。
そして、話を聞いた所、ロシカさんの実験は開始が決まった様だ。
エルフの進化実験。それでシィナさんも森に滞在してるって事なのかな?
「成長著しいです。やはり、エルフは若い内に鍛えると凄いですね」
「そうでしょうか、僕なんてまだまだです。それにしても」
「なんでしょうか?」
うむ、なんだかこの謙遜している様はイケヅキ君を彷彿とさせる。
少年期のエルフはどうもお爺ちゃん達の若返った際の印象が強かったが
本来はこういった清涼感溢れている少年なのだろうか?
叩きつけられた幹に並ぶ様に腰掛けては腰元から
なんだか小さい木の実を取り出して分けてポリポリ摘んでいる。
美味しそうと言うかちゃんと色が着いている食材もあるんだね。
この森に来てから食べ物が何もかも真っ白だったから
色彩感覚がなんとも懐かしくなってくる。うう、赤だの青だの色々あるよ。
「いえ、シィナさんも大分訛りが抜けましたね。
最初は聞き取りづらかったですが」
「んっ、そうですか」
「あ、失礼でしたか!? ご、ごめんなさい」
「いえ、気にしないで下さい。むしろ、嬉しい感情も強いです。
恥ずかしいのは確かですが」
なんだか茹で上がった様に赤面するシィナさん可愛すぎな件。
こう普段は毅然と構えているクールキャラがふとした所で
素の感情を見せるのってたまんねぇっすよ、ほんとにね。
それにつられて赤面して慌てるシツネくんの愛らしいことよ。
手をぱたぱたと振っている様はどこか喜劇じみている。
「まだ子供にする話では無いかも知れませんが聞いてくれますか?」
「ど、どうぞ! シィナさんの話は面白いので」
そんなイチャコラな何かを垣間見ている内にいきなり空気が変わる。
どこか儚げな瞳を見せるシィナさんの見据える先は木の枝の先の
青い空よりももっと遠くの先に見える。変わらぬシツネ君の態度と空気に
私も思わずほっこりとしつつも腰を据えて話を聞く態勢に入る。
「私達〘バンブー・エルフ〙は元々〘フォレスト・エルフ〙なのは
聞いていますね?」
「あ、はい! 盗み聞きでした。あのときは本当に」
「気にせずに。今はこうやって姿も名前も変わり、現実を受け入れて居ますが
〘フォレスト・エルフ〙としての日々を忘れている訳ではないのです」
シィナさんが見つめていた先は過ぎ去りし過去と言う奴かな?
なんだかしんみりした口調。まだ、片言が抜けていないのか
丁寧な真面目口調なのがより一層、悲壮感というか語り口に哀愁を漂わせる。
その様子にじっと聞き入るシツネ君がまた物静かで絵になるんですよ。
「訛りもそうです。〘古代エルフ語〙は〘フォレスト・エルフ〙時代の象徴。
懐かしみ忘れぬ為、頑なにあの言葉を私達は受け継いできました」
「あ、それでその……古い喋り方だったんですね」
「ええ、そしてツィーベッドは私達が居た森の名前です。
名字など私達にはありませんでした。ただ……ただ、忘れぬ様に」
そう言って居たシィナさんが途中で思わず感極まったのか体育座りのまま
頭を膝に突っ伏しては顔を見せない様にしている。
シツネ君もその様子に最初は驚いたが気遣う視線を向けたまま
じっと相手の言葉を待っている。僅かな沈黙、静寂の時が続いた後
シィナさんは話を続けていく。
「少し解りません。今、シツネさんに言われて私は嬉しい感情があります」
「ええと、その」
「困らせてすいません。その私がロシカ様に同行しているのは
勿論、恩義があるということもあります。それともう一つ」
頭を太ももの間に挟んでいるのか照れ隠しなのか解らない。
くぐもっているシィナさんの声はまるで絞り出して漏れた様に
その感情の色合いを静かに聞かせていく。さっきまでの凛とした
整った声色とは違い、戸惑いと震えながらもそれを小さい少年へと
聞かせてしまうほどに気持ちが揺れているのだろうか?
「〘フォレスト・エルフ〙へ戻れるかも知れない話ですか?」
「はい。私達を受け入れてくれる森はありませんでした。
ロシカ様の話が無ければ私、達はただの同じ言語を介する異種としか
此処の人には見られなかったでしょう」
「……(なるほど!)」
そう言えば、盲点だった。そうか、シィナさん達が竹を育てていたら
〘バンブー・エルフ〙に変わった訳だから、普通の森で過ごしたら
元の〘フォレスト・エルフ〙にまた変化する可能性は0ではないのか!
あー、ただ、まぁーシィナさんのこの姿で同じエルフですってのは
確かに中々難しいかも知れない。そりゃ、一部受け入れられるかも知れないが
それはあくまで一部の人の話で当然、近寄らない人、絶対受け入れない人も
幾らでも出て来るものね。集団生活ってなれば。
「そんなことありません!」
「シツネさん?」
「シィナさんはシィナさんですよ!
どんなエルフだろうと変わらないじゃないですか!」
「……シツネさん」
私がそんなシリアスに考えている中、立ち上がるシツネ君!
おお、なんか未成年の主張が! 多分、20歳超えてるんだろうけど
エルフ的には全然少年っぽいからセーフということで。
うむ、最初のおどおどした印象から打って変わってだ。
これはそのやっぱりアレですか。憧れのお姉さんに恋した少年は
大人の階段を一歩一歩上がっていくんですか?
彼の言葉は力強く、そして想いに裏打ちされたものであったろう。
静かな森に熱い言の葉が放たれていくのでなんとも印象的だ。
「あ、ご、ごめんなさい。子供の僕がこんな事を言っても」
「いえ、今の言葉も……その嬉しいです」
そう言って言いたいことを言い放った後、その場にへたり込むシツネ君。
少年よ、君はかなり頑張ったと思う。ほら、シィナさんも
ちょっとポカンっとしているけどその後、めっちゃ笑顔になっている。
おー、クールで真面目なお姉さんの優しい笑みか。
女の私でもちょっとくらっと来るぞ、コレ。完全にシツネ君は赤面して
ノックアウトされている。誰かタオル投げて上げてー。
「シツネさん、その言葉を忘れては駄目です。
貴方達も実験で変わってしまう。姿形も、里の人の態度も
ただ、それでもシツネさんはシツネさんです」
「は、はい!」
嗚呼、見てられませんよ。私は両手で顔を覆って指と指の間で
その様子を眺めている。くっ、私に血が流れてたら
漫画ばりの鼻血を出していたと思う。まじで尊くない?
え? もうちゅーするの? そんな手とか握り合って
もうラブラブなの? お姉さんそれで良いよ。ほれほれやっちゃえよ!
「おーーい、シツネー、シィナさーんー」
「あ、兄さんです……ね」
「ですね。その……」
「また、気が向いたら稽古、付き合って下さい。僕も強くならないと」
「はい……また、いつでも」
そして、しばしの甘い一時を覗き見していた中、その静寂を打ち破る
快活な声色はリトモさんか。うん、お約束な流れであまりの爽やかさに
お姉さん、ここで切られても文句は言わないぞ☆
顔を見せぬ様にあらぬ方向へと頭を向けるシィナさんと
わざとらしく立ち上がってリトモさんを探して
キョロキョロするシツネ君の姿だけでもうお腹いっぱいでございます。
そして、いい頃合いと言うのはシステムさん側でもそうだったみたい。
【[レガシーピース]〘青き竹の春の一幕〙は以上になります。
任意のタイミングで覚醒して下さい】
ふぅ、今回は派手なエピソードではなかったが色々と聞けた。
シィナさん関係から〘バンブー・エルフ〙の事は
意味はないのかも知れないが聞いた意義は大きかった気がする。
そう、多分このままロシカさんの実験と〘セイント・シール・エルフ〙の
話へとつながっていくのかもしれない。まぁ、それは良いんだ。
今、シリアスな事を話すよりも私は今ぶちまけたいパッションがあるのだ。
「……(あまぁああああああああああいいぃっ!!!)」
くっそ、何だこれ!? 私、殆どの間、黙っていたよ。
なんかただただ、青春模様を実況しているだけだったよ。
モブどころか空気だったよ。完全に背景の一つだったよ、この図体で。
いや、まぁこの状況に置いては空気で間違いないんだけどね!?
私はあまりの感動と言うか感情の隆起にこの情景から目が離せない。
「……誰ぞ知らぬが、因果なものだな」
「……(ん? まだ続いている? いや、けど)」
誰かに声を掛けられた気がする? あれ? けど、再生は終わっている筈。
実際に世界は静止していて木々の葉も空の雲も、目の前の二人も止まっている。
システムさんの声とは違う。いや、けれども聞き覚えのある声が
私に話し掛けた様な? 気の所為? いや、けど確かに。
「私だ私。お前が見ている女……シィナ・ツィーベッドだ」
「ぽっ、ぽぽぽぽっぽぽっーーーーーぽっぽっ!?
(しゃ、しゃべっったーーーーーだとぉ!?)」
第五十九歩「遺された声と想いは……ソレでいいの?」に続く




