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第五十六歩「百の英雄譚 Episode7 "仮面の下で思ふ事"」

 私、ケントゥリオ勇国帝位継承第四位、名を……まだ正式には名乗れない。

“銀仮面の君”なんて大層な俗称と権威特権を頂いているが

生憎、訳ありで生まれてすぐに母と離され、孤児院同然の教会施設で

幼少を過ごした身としてはそんな実感は沸かない。

一応、親に似たこの見た目だけは良いらしい面構えと

尼達が言うきれいな銀髪は親そっくりだそうだ。

なんでこう自己評価が適当なのかというと教会に居る子供達相手になれば

顔の良さも髪の綺麗さも皇帝の血も意味を為さないからだ。

何もかも体当たりで来るからね、子供っていうのは。


 だからと言って、私は国とこうした対処をした連中を恨んではいない。

そりゃ宗教のシンボルである聖女様と勇者皇帝の間の子なんてのは

存在価値としては大き過ぎて持て余すのは当然だろう。

しかも末弟で上には兄弟二人、姉が一人となると国側としての対応は

まだ殺されないだけマシなものだ。教皇猊下の野心が無くて助かった。


 さて、そんな長々とした身の上話なんかよりも大切なのは今だ。

私は自分の運営を任されている遊撃軍隊、〈第四勇者軍〉の駐留する陣地の

テントにて任務の結果こそ、芳しくもなくも無事生還を果たした

百英傑に名を連ねる二人を感激と感涙の赴くままに抱き締めている。


「ラナス君もぉっ、鎧なんてのはまた作ればいいんだからね!

 あんまし気にしないでね? もっと危なくなったらちゃんと逃げて?

 本当にね? 君達がとってもとっても大事なんだから」

「ご、ごめんなさぁい」


 彼に預けていた〈ミスリル銀〉製フルプレートアーマーは

ざっと帝都にお屋敷が3件建つと言われている超高給品でもある。

ただ、彼の戦力としての価値は勿論、国が子供を犠牲にしている中

命を落としてしまうなんて事に比べれば端金だ。

私はそれもあり万感の思いで彼を抱き締める。

もっふもふのぬいぐるみの様な小さい彼が意識を混濁させ

立つ事も儘ならない相方を連れてグリフォンで帰還した報を受けた際は

驚き過ぎて椅子に座ったまま気絶したのはつい先日の事だ。


「コアタル! 君もねぇ!? 色々あるのは解るけど焦らなくて良いから!

 君が細々と気を使っているのも、努力しているのも知っているから!」

「い、いえその恐縮です」


 彼……彼女? あ、えーとまぁコアタルの複雑な性と同じく種族の

事情も聞き及んでいる。禍根というのは百数十年過ぎても消えぬ訳で

挽回をする為とはいえ、粉骨砕身してくれるのは嬉しい反面危なっかしい。

せめて、もうちょっと年を……いや、エルフだからその年の経験も

長く無いといけないのか。どっちにしろ、今の現状のまま

彼らの急激な成長を求めると言うのは難しい。気長にやらないとね。

何しろ、百英傑という此度に生まれた英雄達は強力な奇跡を有しているが

大抵が若い上に実戦経験が多い者は少ない。

苦節苦難を知らぬ若者に増長する力なんて危なっかしい事この上ない。


「そろそろ良いでしょうか銀仮面の君。

 もっと抱きたいなら日が落ちてから夜伽でも命じた方が良いかと」

「ライコフ!? そういう冗談は止めてくれないかな!」


 私は慌てて二人から手を離す。ただでさえライコフの存在もあって

私に稚児趣味があるのではという噂があるのは知っている。

全く、子供相手に手を出すなんて発想が不届き過ぎる。

全力でぶつかり合わないと分かり合えない存在であり

此方が胸を開いた所で飛び込んで来てくれるまで

時間と信頼を積み重ねなければいけない大事な時期の相手なのにね。


「失礼致しました。少し拗ねた真似事をしてみただけです」

「うむ、では本題に入る。〈封印されし白き森〉に関してだ。

 君達の報告にあった背の高い女の化け物に関しては恐らく

 精霊系の存在で刺激をしなければ危険性は低いだろう」

「はい。信じ難いですが私自身、外傷はなく、確かに重度の精神汚染を

 貰いましたが私もラナスも存命しております。ラナスの話を聞いた所

 そもそも危害を意図的に加えるタイプではない様ですね」


 そう、今回の派遣に対して一番の想定外は

〘セイント・シール・エルフ〙の閉鎖的な態度ではない。

これ等は最初から予想出来ており、二人の成果が一朝一夕でどうこうなる

話ではない予定であった。しかし、本来は彼らと武力的にも交渉的にも

丁々発止を繰り広げる筈がこの不明な存在に全部持って行かれている。

百英傑二人が敗退と降参した後にエルフ達にグリフォンに括り付けられ

荷物事まとめて森から送り返されるなんてのは誰も予想していなかった。


「あの地域の守護精霊みたいなものなのだろうか」

「いえ、エルフ達も最初は解らない様子でした。

 意図的にけしかけもしませんでしたし」

「むしろ、僕達が最初に怒らせちゃったみたいだしね。

 けど、えーとコアタルが虐められているのを見て

 助けようとしてた……のかな? 倒されちゃった時」

「私は気を失っており、その後の事態を見ていたのはラナスだけです。

 この子は騙されやすいですが、心の機微に対しては敏感ですので」

「ふむ」


 冷静に分析した体を見せるコアタルと直感で感想を述べるラナス君。

コアタルは倒された自負もある故、危険性の認識は差異があるが

ラナスの言うこと自体に信頼を置いている感じだ。

故に印象はチグハグなれど、正体不明ながら危険性が低いと

推察出来るモノに敗退してしまったという実に後味の悪い結果になった。

コレが一冒険者や出稼ぎ傭兵の冒険譚ならまだ良いのだが

生憎、国費と国民の期待を一身に背負っている英雄の敗北は

そのまま『次は頑張りましょう』では許されない。


「二人にもう一度行ってもらう訳にはいかない。

 ただ、大人数で向かっても駄目だろうね。余計に態度が硬化しそうだ」

「仕方ない。我が君、此処は皇族血統でゴリ押しするしかないね」

「それは流石に危険では!?」


 エルフ達は話が全く通じないという訳ではない。

本来、責任者同士の交渉というのがお互いに面子を立てる意味でも

妥協点が探りやすくはなる。英傑二人に行かせるという段階で

反対意見が多くこの方法は通せなかったが、流石にこの事態となれば

問題無いだろう。あの森とエルフ達は此方の想定よりも数段重要度が高い。

あのまま、放置という訳には行かないし兄上達が動く事態になる前に

私がなんとかした方が良いだろう。


「ふぇ? えーと、我が君が直接行くの?」

「ラナス、気付くのが遅い!」

「大丈夫、コレと数名の近衛騎士が同行する」

「失礼ながら、君はそもそも戦闘能力があったのか?」

「うーん、戦闘は無いかな? まぁ、ただ死なせない」


 そう言えば、コアタル達はまだライコフの戦を見ていないか。

まぁ、彼が戦場で出たという時点で少なくとも敵は生きてられない。

実際に目にすれば解らない訳でもないだろう。何より話し合いとなれば

彼が居れば、ほぼ話がまとまる。圧力でと言うのは良いと思わないが

此処は折角頂いた権威、有効に使わせていただこう。


「はぁ、重ね重ねすまない。君達を行かせるよりも

 私達の少数かあるいは軍勢を率いて圧力を掛けた方がまだマシだった」

「我が君。英傑も大事だが貴方も大事だ」

「そうだよ。我が君! 僕達だって頑張りたいんだ!」

「私の力が及ばなかっただけに過ぎません」


 本当に難しいものだ。私は椅子に座りながらも大きく吐息が漏れる。

お互いが大事、そして事態の解明も大事、国も大事、民も大事

子供も大事、大人も大事、老人も大事、男も、女も何もかも。

そして、迎えるべき未来も紡ぎ伝えし過去も大事だ。


 私はまた、何度見たであろう思考の崖を見上げる事になる。

崖の上には顔も名前も伝記でしか知らぬ、我が父だった者が一人。

伝説を作りし勇者にしてケントゥリオ勇者帝国を築いた

偉大な男の背中を僕は眺めることも敵わない。


「我が君、また難しい顔をしているね。

 貴方様は本当に顔に出やすいのだから素顔を晒している事を忘れずに」

「む、すまないね。ええとだ。ラナス、コアタル。

 再度言うが君達は大切だし、子供である事には変わらない。

 失望もしていないし、まだ君達の成長にも未来にも期待している」

「は、有り難きお言葉です」

「え、あー、えと。嬉しいです!」


 即答したコアタルに対して、ラナスは言葉を考えて思考を放棄した様が

実に解りやすい。まぁ、本来咎めたりするものではないのだけどね。

コアタルが真面目過ぎる分悪目立ちしてしまうのは心が痛い。

ま、それも含めて二人はまだ事態を急いていない段階なのだから

成長のための環境と経験と時間を作るのが私達の責務でもある。


「では、既に告げた通り、二人共傷が癒えるまで待機だ。

 特にコアタルはこの陣地に精神治療の魔術師も呼んでいるので

 その治療をきちんと受けること、これは厳命だ」

「はっ! 承りました」

「解りました!」

「以上、英気を養ってくれ」


 そう言って私はにこやかにそして元気を分け与える様に

言葉を二人に送っていく。その返礼は覇気に溢れた子供のソレである。

うん、これなんだよ。本来はこれだけで良い筈なんだよね。

この子達にはただただ、希望と未来を抱いて笑って居て欲しい。


私が感じ入っている中、声を上げなければならない事を

きちんと理解している。それがライコフ・ジノゴと言う少年だ。

先程までの飄々とした声色が一転して、真面目で重苦しい低い声が

まるでその場を支配し、伸し掛かる様に響いていく。


「水を差す様で悪いが我が君との会話はくれぐれも内密に。

 人となり等は外部に漏らさぬ様にというのはいつもとおりだ」

「うう、また内緒にしないとね。こんないい人なのに」

「……ラナス、その……もう少し語彙を。失礼。

 我々の事に心を砕き、おもんばかって頂いている事

 身に余る光栄なのは私も同じです」


 ラナスは耳をへたらせて、コアタルは懸命に

わざわざ難しい語彙に言い直す様にして同じ気持ちを伝えていく。

うむ、私は毎度コレを言わないのは心苦しい。

と言うか、心苦しいだろうなという事は皆、先にライコフが言ってしまう。

言わせている訳ではないが、自分の使い所を解っているつもりなのだろう。

ぴりっとした空気と緊張感は二人を優しさに触れて温かい気持ちになった

子供の表情から戦場に身を置く英雄の顔立ちへと変えていく。


「我が君への忠義ならばその口を外では閉じてね。

 確かに君達にとっては良い振る舞いでも

 付け入る者、妬む者、侮る者色々と居るからね」

「皆が皆、君達の様に素直に受け取ってくれれば

 私も仮面を付けずに過ごせるのだがね」


 そう、まだ暫く私はこの冷たい銀の仮面で想いを封じていく。

平和な時代はもう終わりを告げようとしているのだ。

だから、少しでも長く、少しでも確実に。彼らを大人にしなければならない。

      第五十七歩「監視同棲という名のパワーワード」に続く

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