第五十五歩「百の英雄譚 Episode6 "銀仮面の君"」
ライコフ・ジノゴ。コレはそう呼称される。
ちょっとごつい印象があるかもしれないが十数年呼ばれ続けると
生きている間に慣れるものである。と言うか他に呼び名が無い。
万能にして無能、万象にして無象のコレの名だと
認識される程度には愛着というものが湧いている。
「コアタル・ゼンズィーの意識が戻った。
精神の疲弊が目立っていたけど、自力で復活したみたい。
呼んでいる魔術師に診せるのは良いとして、報告に来ると思うよ」
僕は勇国の〈第四勇者軍〉指揮官という地位が割り当てられている
責任者の野営テントに居る。コレの第一の仕事は
大体ココで寝転んで公務を続けている彼を眺める事だ。
そもそも他にする事がない。いや、実を言うとあったらあったで
大変な事になってしまうのだがそれは割愛させて頂く。
勇者軍というのは仕事がない方が良いのだ。
積極的平和の為に犬の様に駆けずり回る遊撃軍は
〈ケントゥリオ勇国〉の伝統ではあるのだけどね。
さて、そんな平和でのんびりした軍隊のお仕事が再動しそうだ。
「百英傑のお二人、お見えになりました!」
「ほら、おいでなすった。通して上げて」
「はっ!」
しかし、如何ようにし難く、慣れぬ、愛着も沸かぬ事象というのは
世の中に漫然と悠然と必然と立ちはだかるものである。
コレはそれらの全てが嫌いだ。ただでさえ、コレは自由が少ないと言うのね。
神様が居たとしたらなんて意地悪なんだろうか。
いや、悪意はあるのか? 善意はあるのか? コレにはそれが解らない。
ということでコレの全知がまた遠のいてしまった。悲劇だよ。
悲しくなんて微塵も無いけどね。さて、そんな悲しみの種が
雁首揃えて現れる。全く、肩を貸すには小さ過ぎるし、片方はフラフラだねぇ。
「ラナス・ノタカハ! 御前に!」
「コアタル・ゼン……ズィー! 御前に!」
「跪くのが辛いなら柱を背に立っててもいいよ」
「いえ! 大丈夫です」
「……大丈夫に見えないけど、そういう事にしておくね」
そう言って、コレと“彼”が鎮座するテントへと通される。
コレは相変わらず、布切れで出来た薄い服だけで出迎える。
アクセサリーは面倒だし、この子達の前で着飾る必要も無いしね。
コアタルはいつもの民族衣装だけど、ラナスの方は鎧を脱いでいる。
コアタルは精神攻撃を受けてのダメージがまだ残っている様で
姿勢が辛そうだったが言葉を掛ける事で律し直した。頑張りやさんだ。
そして、僕より後ろに鎮座するは〈ケントゥリオ勇国〉の第四皇子。
通称“銀仮面の君”だ。さぞ、緊張しているだろうねぇ?
無表情な銀の仮面を付けた偉い王族の方が高そうな服を来て座ってるんだ。
並の連中なら逃げ出したくなる様に服も仮面も威圧的に様相に仕立てている。
「さて、皇子とのお話の前に、コレから言わなければならないことが多い」
「はい!」
「結論、君達は結果を出せなかった。故に君達は無能という事になる」
「……っ!」
解りやすく嫌な顔をするね。まぁ仕方ない。
コレが今、為すべきことは適切な評価と分析と“罵倒”である。
きちんと罵られないと怒らないと前へ進めない。
それだけ百英傑が敗退したという現実は厳しいのさ。
国の税金で養っている訳だからね。しかも平時は風当たりが強い。
「まず、その前提として君達にとって擁護すべき点を上げよう。
ラナス・ノタカハ、君の奇跡は森では使い辛い。
本来は野戦や防衛戦向きなのは理解している。故に苦戦は解る」
「うn、は、はい!」
「返事間違えかけたね。ま、訂正する努力は認める」
「ありがとうございます」
「……続けるよ」
そう、彼の英傑の奇跡は言った通り集団召喚による圧殺がメインだ。
倒れ、死んでもボコボコと湧き上がる槍兵と共に英傑が突っ込んでくる。
攻められている筈が攻め返し、不利となれば文字通り脱兎の如く逃げ
また、大軍勢を率いて押し寄せてくる。嗚呼、面倒臭い子だよ。
心根はこんなに素直でまっすぐで御しやすいというのにね。
「同じく、コアタル・ゼンズィー。君の英傑の奇跡及び術式は
水がないと何も出来ない上に質量がモノを言う。
あそこでは水の調達も困難であったろうね」
「はい」
「まぁ、それでも〘古代エルフ語〙が話せて
尚且つ戦闘の荷物にならない子は居ない。
並の人材ならあの森で死んでたろうしね。百英傑すら負けてるんだから」
「……っ! はい、その通りです」
同じく、コアタル・ゼンズィー。この子も本来は大質量の水攻めを
基軸とした魔術戦線をメインとする。この子の単体での戦闘能力は
百英傑でも下から数える方が早く、一般の天才に負ける程度だ。
能力が柔軟な割に考え方がガチガチで硬いのは皮肉かな?
そう、二人とも本来は戦争向きの戦略系スキルの持ち主である。
ただ、戦争以外で役に立てない英傑を甘やかせる程、我が国は寛大ではない。
何せ、一気に百人の英雄が誕生した世代だ。
当然優劣は産まれ、運用に対しても柔軟な対応が求められる。
そして、求められて結果を出せていないのも現状の我が国でもある。
「まして、〘セイント・シール・エルフ〙は大戦後、外交を閉じている。
個人の商取引程度は時々見ているが彼らはあの白い森から
出てくる事はなく、此処百数十年の間に情報は断絶。
未知の生態と思想を構築しているに等しいそれを言語が通じる程度で
懐柔など出来る訳がない。まぁ、それでもコミュニケーションが取れるだけ
マシな選抜だったのだけど、荷が重いことには変わりない」
「はい」
「君が悪夢にうなされながらも、書かれた報告書は目を通しているよ。
アレは初見じゃ無理だろうね」
そう、あの森を知る人間も他の種族も少ない。
エルフ同士の交流すらあの森は断っている。
結界を貼り、誰も寄せ付けず、急速に拡大し続けている謎の森。
今回の彼らの試練はその謎のエルフ族〘セイント・シール・エルフ〙の
交流機会と彼らの真意や今後の方針を聞き出す事にある。
その後の判断は国が行うだろうが、何にせよ下手な人員を送ると帰って来ない。
それ故の選抜だったんだけどねぇ。
「それらを踏まえた上で百英傑は不利な状況でも結果を求められる。
有利不利なぞ、その異変に関わる存在全てにとっては勝手な都合だ。
都合を救済対象に押し付けるなんて受けが悪く、他の英傑の評判に関わる」
「申し訳ありません」
嗚呼、僕は淡々と彼らにそう告げなければならない。
そう、結果は最悪だった。あの森で死ぬよりはマシだったが
ラナスは装備破損が著しい。全く、何のための〘ミスリル銀〙の鎧だ。
〘レイク・エルフ〙のコアタルと一緒という事で高い国宝を貸し与えたのに
ボロボロにして返ってきた挙句、彼らに破損した部品すら一纏めにして
返されてきた。復元も可能だろう、実に屈辱的で挑発的だ。
「弁明と謝罪を聞きたい訳でもないし、求めていない。必要なのは結果だよ。
解る? 救済し導かれる幸福な結末のみに君達は求められる」
「うう、ごめんなさい」
「嗚呼、責めている訳ではない。責めても結果は覆らない。
ただ、君達はそう評される程度の結果しか出せなかった。それだけだよ?」
全く困る。ラナス君のうるうるした瞳を見られても悪いが
同情なんて出来ないんだよ、コレにはね?
そういう役割だし、突き放すしかコレにはする選択肢がない。
難儀だなんて一度も思ったことはないし、最初に言っているんだけど
ラナス君を含めて一部の百英傑は泣き落としや感情を向けてくる。
毎度毎度、それを突っぱねるのは面倒臭い、時間のムダだよ。
そろそろ頃合いだろうか? コレがちらりと“銀仮面の君”を見れば
手を上げて合図を出す。全く、こういう役回りも何度目だろう。
嫌ではないが毎度毎度こういう流れなのはどうなのかな?
仕方ないし、コレが最適とは言え、様式化しているのよね。
コレは両手を上げて、苦渋を味わう二人の肩を叩く。
「はい。お説教は以上。顔を上げて下さい。
その怒りと悲しみと悔しさをしっかり噛み締めて下さいね?」
「解りました」
「はぃ」
「では、我らが君からのお言葉があります。
遮音の魔法陣起動。コレより何があっても内密ね?」
ま、二人共年相応、百英傑と言えどもこーいうのは堪える様だ。
今にも泣き出しそうなのは変わらず、気丈に振る舞っている。
その様子を眺めながらも銀仮面の君は立ち上がり近寄る。
耳に掛かっている金具を外して、ゆっくりとその仮面を
引き剥がしてコレに渡してくる。うむ、想定通り。
「よ゛か゛っっった゛よ゛お゛お゛お゛お゛ 二人とも無事でえぇえええ!!!」
「お、皇子!?」
「あ、あぅっ!」
ぬちゃぬちゃとした鼻水と涙でぐちょぐちょになった銀仮面を託される。
この悲しみに濡れ溺れた小汚い仮面を洗うのもコレの仕事の内だ。
テントの布が引きちぎれ、柱が割れんばかりの大声で二人を抱き締める皇子。
ラナス君は本当にこう見るとぬいぐるみみたいだねぇ。
実に結構、苦しそうなのもまぁ自業自得なのでコレは干渉しないよ。
「こ゛め゛ん゛っっねぇえええ! ほんっとぉっ! 私としても子供にさぁ!
こういうのやらせちゃ駄目ってのはわかってるんだよぉ!!!」
「い、いえ皇子」
「僕たちは百英傑だよ、だから」
この“銀仮面の君”こと第四皇子については国家機密になっている。
出生に問題があったというのもそうなのだが、当人はほんの数ヶ月前まで
自分が皇位継承のある事すら知らずに過ごしていた為
一般常識及び教養は高い水準であれど帝王学を学ばずに過ごしてきた。
何よりもこの多感で、感受性が人一倍強く、涙脆い性分は愛されはすれど
上に立つ者としての適正があるかと聞かれれば、首は縦に振る事が出来ない。
「そ゛う゛い゛う゛の゛は゛い゛い゛か゛ら゛ら゛あ゛あ゛!
私はふたりとも無事とはいえないけど、生きて返って来てくれたのが
嬉しいんだよぉぉっ!? 心配で心配でほんっとぉ心配だったんだからねぇ!?」
「ほんっと困ってたよ。寝不足と心労で数日お勤めのミスが頻発してた」
嗚呼、愛しくも無能で無謀。正しくも無意味で暗君であろう我が君よ。
泣くだけ泣いて、抱き締めるだけ抱きしめてくれ。話が先に進まないんだ。
第五十六歩「百の英雄譚 Episode7 "仮面の下で思ふ事"」に続く




