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第五十四歩「流れぬ泪に濡れた初夜」

 私が〘八尺様〙になって初めての夕餉を終える。

うむ、洗剤もスポンジも無いので後片付けは汲んできた水洗いだけで

さっさと終わる。一息ついた所、そう言えば灯りはどうしてるんだろ?

小屋にあった簡易な作りの土竈の火はわずかに灯っている。

どうやって火を点けたんだろう? やっぱ魔法でぼわっと?


「あ、火は怖いですか?」

「ぽぽっぽっー。ぽぽっぽぽぽっ(大丈夫だよー。触るのは怖いけど)」

「じゃ、灯りつけますね」


 私が竈の残り火を眺めているとイケヅキ君に声を掛けられた。

私も化け物というかそもそも獣扱いだから気を使っていたみたいだ。

うむ、なんて出来た男の子だろう。指導の賜物なのかな?

私は頭を左右に振ってアピールをすると荷物から斜めに切られた

白い竹の筒を取り出す。中にはなんだか白い固形物が入っている?


「……(あ、なんか中にヒモっぽいのがあるから多分、ろうそくかな?)」

「火を点ける台ですから倒したりはしないで下さいね」

「ぽぽっ(はーい)」


 そういって、残り火から一部枯れ枝の先端に火を移しては

そのろうそくへと灯し始める。竹の中が僅かに温かい光を出している。

斜めに切られた高い部分の方はぼこぼこと穴が開けられていて

そこから幻想的に灯りを漏らしていてなんとも素敵な燭台になった。

工芸品として売れそうな感じの素敵な作りだ。

私は興味津々に眺めているとイケヅキ君は首を傾げて見せる。


「そんなに珍しいですか? 森の外でも〈ガス灯〉や〈魔石灯〉は

 中々普及してないので大抵ろうそくか篝火の筈ですが」

「……(『綺麗』『細工』『好き』っと)」

「なるほど。竹はここいらでも珍しいです。気に入って貰えて良かった。

 途中でも同じ植物の林があったでしょう? あそこから切り出しているんです」

「ぽぽっー(うんー)」


 途中で出てきたワード。聞き慣れないが多分、過去の歴史であった

ガスをつかった灯籠かランプの事だろう。バーナーやコンロは兎も角

ガスを使う灯りは珍しいのかそれとも最先端なのかな?

後者はなんだかとってもファンタジーなアイテムの予感がする。


 そんなことを考えながらもイケヅキ君は灯りを3台灯して向き直る。

敷物に胡座をかく様な感じだがなんかぴしっとしているので

時代劇のワンシーンみたいなデジャヴュを感じていた。

私も合わせて向かい合う様に座りなおす。当然、正座だ。


「改めて、数日一緒に居させて貰うイケヅキです。

 最初の邂逅もそうでしたが、姉スルスミがご迷惑を掛け、申し訳ありません」

「……ぽぽっぽっー、ぽぽっぽぽっ(いえいえー、とんでもない)」


 きちっとした挨拶を交わされた。私は当然、そんなことを言われるとは

思ってないのでへこへこと頭を下げてはその礼節を受け止める。

真剣な眼差しはドキドキとしてしまうよ。瞳に吸い込まれそうだ。

いけないいけない、内容が大変シリアスなので自重しないとね。

私はこふっと軽く咳払いするのを見て、イケヅキ君は話を続ける。


「では、これからですが〘ハッシャクサマ〙の安全性を知る上で

 僕とタワラがずっと監視する訳ですがそれではただ息苦しいでしょう」

「……(う、まぁそういう事だよね。見張られて生活なんて

    子供の時以来な感じだよ。それも24時間って感じだし)」

「ですので私達〘セイント・シール・エルフ〙を知って頂く事や

 〘ハッシャクサマ〙の此処での生活のお役に立つ事を教えたり

 また、里の者と協力出来る事の模索をしたいと思います」

「ぽっ、ぽぽっぽぽぽっ!(あ、凄い助かるそれ!)」


 なんと! 最初は監視軟禁か強制労働チックなノリを覚悟していたが

中々の好条件に思わず声が上がってしまう。大変嬉しいし、ありがたい。

しかし、これは族長のリトモさんのトップダウンの決断な様にも思える。

善意に有頂天になっていたが、此処は真摯に受け止めないと駄目だね。

あの人は何かと良くしてくれるのだから期待に応えないと。


「今、此処は客人用の仮住まいですが〘ハッシャクサマ〙の安全と

 役立つことが解れば、住まい等も考えるそうです」

「……(『ありがたい』『大丈夫?』っと。至れり尽くせり過ぎるよね)」

「僕達の種族は閉鎖的な指針を取っていますが何も冷酷な訳ではありません。

 〘ハッシャクサマ〙は此処で生きるにしろ、他所に行くにしろ

 今のままでは未知に対する不安を振りまくだけでしょう」

「ぽっ、ぽっぽぽっ(う、そうだねぇ)」


 イケヅキ君の指摘に思わず唸ってしまう。私は確かに化け物なのだが

問題は“未知”の化け物というのが厄介だ。

私自身もよく分からないのだからそれは他人からすれば尚更

恐怖したり、知りたくなったり、排除したくなったりするのは当然な訳だ。

此処まで優しいのはやっぱりロシカさんの影響かそれとも

彼らの元からの性質なのだろうか?


「なのでこの森に居る間は無下に扱わず、相互理解を深める。

これが族長の方針です。個々の思いや考えはありますが

 僕達〘セイント・シール・エルフ〙はそう接するでしょう」

「ぽっ、ぽぽっ(あ、ありがとぅ)」


 ちょっと泣きそうになってきた。しっかりしている。

なんて真面目と言うか、慈悲深いと言うか、此処まで面と向かって

大事にしてくれるというのを宣言されると此処まで嬉しいものなのか。

むしろ、此処の森で目覚めて4日目位なのに偉い進展だ。

私はこの華奢で色白な少年の温かい言葉に、優しさに

ただただ、頷くしか出来なかった。


「堅い話は以上です。そして、まだ夜も長い」

「……(うっ、密度は凄かったけど、たしかに)」

「〘ハッシャクサマ〙が何を出来るか教えて下さい。

 明日からソレ以外の知らない事、出来る事を中心に色々と

 模索してみる事になりますので」

「ぽぽっ!(はい!)」


 イケヅキ君との話は本当になんというか濃い感じだった。

少し言葉を返しただけなのに彼の言葉は重く、誠意に溢れていた。

これはそれほどにまで彼らが真剣ということなのだろう。

生死に関わる事になるだろうから当然と言えば、当然だけどね。


―そして、ほんの半刻が過ぎた結果を述べる。


私は壁へと顔を押し付けて、へたり込む様にしたままぶつぶつと

さっきの感動よりも深い悲しみが胸に響き、声は枯れ漏れていく。


「ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)」

「お、落ち着いて! だ、大丈夫ですから!」

「ぽぽっ、ぽぽぽっぽっ、ぽぽっ、ぽぽぽっぽっ、ぽぽっ、ぽぽぽっぽっ

 (私、何も出来ない、私、何も出来ない、私、何も出来ない)」


 嗚呼、物言わぬ壁の華になりたい。むしろ、壁になりたい。

なんで壁になれないのかな? 私もう壁でいいよ、壁で。

おっぱいか、この無駄にでかいおっぱいがあるから壁になれないのか!

うう、私なんで無能なんだろう、ばーかばーか、何も出来ないじゃんばーか。


 火も起こせない、木も切り倒せない、魚は捕まえられたけど

それは川の影響が多いから悪手過ぎて駄目、木の実も見つけられない

きのこの選別も出来ない、動物の解体も出来ない、血抜きも出来ない

木工も出来ない、木登りすら出来ない、動物の匂いや気配も解らない。

革を鞣すことも出来ない、木を削る事も石器を作る事も出来ない。


【状態異常:〘憂鬱〙になっています】


「言い過ぎました! 流石に本当の事でも

 『出来る事を探すことすら出来ない』とかは失言でした!」

「ぽぽっ!(ごふっ!)」

「誰でも慣れ不慣れがあります!

 『生きるどころか周りから生き残らせ方を悩ませる』とかも

 仕方ないです! そもそも、この森で生きる適正があったから

 此処に居着いた訳でもないんですから!」

「ぽぽぽっ!(へぶしっ!)」

「例え、苦労が多くても野垂れ死にはさせませんから!

 ほっとけない位生活力ないですよ〘ハッシャクサマ〙」

「……(返事がない。ただの〘八尺様〙のようだ)」


 そう、最初は出来る事探しだったんだけど、本当に何も出来ないんだ私。

文明の利器に甘えまくった現代人経験則しかない私が

いきなりこんな森にほっぽりだされても無理なんだってほんと。

嗚呼、私を慰め背中を撫でてくれるイケヅキ君の優しさが身に染みる。


 ただ、一つにして最大に残念な事は傷付けている彼が張本人なんだけどね。

イケヅキ君の善意と正論に溢れる言の葉が私の胸を抉っていく。

私は初めてエルフという存在の恐ろしさを知った。

彼は見た目通りの精神性と年齢なのだ。しかし、過ごした年月と

周りの大人達の影響でやたら語彙が豊富かつ言い回しが丁寧になる。

つまり、それはどういう事かと言うとですね。


「あああ、ええと、こんな何も出来ない存在初めてで

 どうしたらいいんでしょう? タワラの小さい時より役に立たない」

「……(子供の無邪気さと脇の甘さで投げつけられる

    大人の語彙力で放つ言葉の流れ弾が!)」


 私の心はわずかこの半刻で瀕死である。致命傷喰らい過ぎて

今朝の川の闘いよりよっぽど私のダメージは大きい。

そう、目の前の可愛い美少年エルフが善意とうっかりによって

私をぶっ殺しにかかっている。泣きたい、泣きたいけど

私はそれよりも生きたい。頑張らないと、頑張らないとね。

ただ、きつい。今はひたすらに彼の言葉が辛い。


「ぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっぽっ(生きててごめんなさい)」

「そうだ! もう遅いですから寝ましょう。

 ああ、僕も眠くなっちゃいました。明日! 明日にしましょう!」

「ぽぽぽっ……ぽぽぽっ(そう……だねっ)」

「別に寝た所で何か出来る様になる訳ではありませんけど

 そうやって嘆いても何も変わりませんから、ね?」

「ぽぽっぽっ!(へぐしっ!)」


 私はよろよろと立ち上がるがイケヅキ君の言葉の追撃に

倒れ伏す様に毛皮へと倒れ専有する形となる。彼は彼で別に毛皮を持って

来ているので寝床は大丈夫だろうが、今はそんなのはどうでもいい。

嗚呼、なんか駄目だ。もう、駄目、寝たい、寝る、寝させて。


「明日は何か見つかりますよ! 今は寝ましょう! おやすみなさい」

「ぽぽっぽっ(おやすみぃ)」


 嗚呼、なんか折角の新生活一日目の夜なのに、もう思い出したくないよぉ。

               第五十五歩「百の英雄譚 Episode6 "銀仮面の君"」

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