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第五十三歩「ほろ苦な甘い目覚め」

 身体は温もりが背中を中心に感じられる。肌触りと温度から推察するに

使っていた毛皮だろう。ふわふわとした感覚がするから下に藁が積まれて

藁ベッドに寝かされてるのかな? ええと、そうだ。

確か、スキルを使って大きな水瓶に水を貯めて汲んできたんだっけ。

んで、すっごく疲れて、倒れちゃってえーと? どうなったんだっけ?


「……(温い)」


 なんだろうか。口の中が生温い液体が注がれていくのとぐにぐにと

なんだか押し付けられるな生暖かく柔らかい感触。身体は自然と軽くなり

薄れていた意識はそのほろ苦な味覚と共に意識を覚醒させていく。

フクロウか何かだろうか、薄暗い部屋の中には僅かな鳴き音が耳に入る。

これは、呼吸音? まぶたをうっすらと開け始めれば

それには白い何かが……っってええええ!?


「……(いいい、イケヅキ君にキッスされてる!?)」

「ん、ぅっ……」

「……(しかもガチな方だよ!? ディープキッスって奴ですか!)」


 目をくわっと見開きつつもあまりの事態に私の眠気やら

怠惰な意識やらが蹴り起こされて、そのまま虚空の彼方に飛ばされそうになる。

な、何事ですかい!? え、どういうこと? 王子様のキッスで起こされる

シチュエーションを希望した事はあてくしなくてございますですことよ!?

鼻息が! 僅かに耳元を掠める様に聞こえる鼻息がもうとてつもなく大変だよ!


「……(アレか!? 以前の魅了が遅延で来てるのか!?

    幼気な美少年の童心を弄んでいるのか私!? このビッチが!)」

「……ん。ああ、目が醒めましたか」

「ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっ!?(ええ、それはもうね!?)」


 そう言って、私一人がなんだか嬉し恥ずかし気が動転どころか

七転八倒の4アクセル、4ルッツで金メダルを狙いに行く勢いだったが

イケヅキ君はまるでそれにまるで動じることはなく、唇を離す。

とろーんっと伸びる唾液のそれを見れば、まだ胸の高鳴りが止まらない。

ちょっと、どういうことなのまじで? アレなの、小悪魔系なの?

あんな顔をして、キスも初めても済ませて遊び人なの? チャラいの?


 私はそんな様子で自らの下唇を触っている。あわわわ、どどどうしよう。

さっきまで私ちゅーしてたよ、ちゅー!? 待って、まだ逢って数日どころか

数時間も話してないよ! むしろ、私は水汲みに行ってたから

下手したらタワラの方が長時間なお付き合いだよ!?


「ああ、えーと煎じた薬草は効いてますか? 

 一般的なスキルの使い過ぎによる体力気力の朦朧化だと思って

 滋養強壮系の薬湯と乾燥させて粉末にした薬草を飲ませました」

「……(おぅっ!? て、言うことは)」


 私のファーストキッスは薬草味か! なんだか随分ファンタジーだな!

そりゃ、体力回復で胸の心拍数も上がるってもんだよ!

心臓あるか解かんないけどね。けど、ロマンスは欲しいよね?

レモン味とかもっと色々と選択肢があった筈だよ?

まぁ、ハーブと考えれば、オシャンティなのかな?


私は段々と落ち着いてきた胸の鼓動を抑える付ける様にしていると

その様子すらイケヅキ君は気にする事はなく……薬研だっけ?

あの理科室で粉末作りそうな道具類を片付けている。

そう、改めて場を確認する。此処は滞在している小屋で

寝かされていたみたいだ。辺りはすっかり夜で

かまどの火が僅かな灯りとして中を照らしている。


「……(ええと、〘霊話〙で聞こう。『何故?』『口移し』っと)」

「ん? やっぱり珍しいんですかね。いえ、魔力は体液交換でも

 循環しますので回復が早まります。後は実際に気絶している人に

 液体を無理に飲ませると吐いちゃうのでこうすると良いと教わりました」

「……ぽっ、ぽぽぽっ(な、納得?)」


 良いのか私、納得して良いのか? このウェーブに乗るべきか?

頭の中で理性と本能がキャットファイトで組んず解れつしている。

い、いけませんわ本能さん!? その締め方は理性さんの

アレやそれが色々と見えてしまいますことよ!?


「主に姉さんとか、姉さんの女友達はそんな感じで対処してます。

 良く傷作って帰ってくるんで」

「……(そいつ等、全員確信犯だな!

 故意犯と本来の意味、両方居るに違いない!)」


 良くやった! 私は内心その女性陣に賛辞を叩き付ける。

きっと、言葉が通じずとも上手い酒が飲める筈だよ。

しかし、そういう騙しプレイは楽しいけど現実でやっちゃうと

切なさと申し訳無さとこのまま騙し通したい罪悪感で

一杯になってしまうもんだね。くぅ、なんて罪深い事を!

後、確実にこれは『可愛いは正義』で押し通しているのも居るだろうね。


「……(まぁ、私も当然黙っていく訳だけど!)」

「あ、起きるのが辛かったらもうちょっと待ってて下さいね。

 ご飯、今作ってますから」

「ぽっ、ぽぽっぽぽぽっ(あ、ありがとぅ)」


 さて、あまりの事態にびっくりぽんだが、そろそろ現実に目を向けないと。

うう、ちょっと頑張り過ぎちゃったかな。私はイケヅキ君の見立て通り

恐らく、スキルの長時間使い過ぎと言う奴だろう。

前に使ったときは〘魂削りの愛撫〙で回復しながらだったし

何より短時間にばばばばっと使用していた所為で気付かなかったが

〘黄泉より追い縋る手〙は結構体力の消費が大きいみたいだ。


 なんだか意識は無理矢理、覚醒させられた感はあるが

身体のダルさは抜けていない。立ち上がろうとしても若干、視界が歪む。

壁に手を付くがこれはお料理の邪魔をしてしまう気がする。


「……(『迷惑』『ごめんなさい』っと)」

「気にしないで下さい。むしろ、大きい奴を渡した僕も不親切でした」

「……(『お手伝い』『したい』)」

「ん。では明日からで。今夜はもうちょっとで出来ますから。

 あ、鍋敷きとお椀出して貰えます?」


 そう言うと視線の先にはイケヅキ君の荷物がある。

あんまし人様の荷物を漁るのは気が引けるが指示を受けたのなら仕方ない。

此処にはボールやかんたんな入れ物はあったが流石に食器類は無かった。

まぁ、あくまで出先の避難小屋みたいな目的で建てられたのだろうか。


「……(お、これが鍋敷きかな?)」

「あ、はい。それですー」

「ぽぽぽっぽぽっー(こっち並べるねー)」


 中を見ると木の皮で包まれた木の椀と皿が数個。

少し焦げた様な跡があるのでそうだろう。それを掲げてイケヅキ君に

確認を取る。テーブルがある訳ではないので

私は敷物と鍋敷きで大体此処に座れば良いという位置を決めた後

土間の上り口付近に椀を並べておく。なんと私の分もあるよ。

おお、至れり尽くせりと言うか本当に申し訳ない。

これはちゃんと私も働かないと駄目だね。


「出来ましたー。熱いですよー」


そう言って振り返るイケヅキ君の手には土鍋が!

ああ、そっか。適正は兎も角、土はどこにでもある訳だから

陶器はそりゃ使うよね。なんだかんだでほぼ、素材が今まで

石か木で作られたモノが多かった所為だろう。

土鍋はなんだか新鮮に映ってしまい、なんだかほっこりする。

厚手の布で左右の取っ手を持っている様はもうほんと家庭的だ。


「っと、そう言えばそもそも食事ってするんです?」

「ぽぽっ、ぽぽぽっ(多分、大丈夫)」


 私は自信なさげにこくこくと頷いてみせる。

そう言えば、今まで水しか殆ど飲んでない。

まぁ、スキルで木やら魚やらの命を吸っていたのだが

何気に初めての食事だ。楽しみを抑えられずに土鍋を覗き込むと


「……(なんか白い)」

「これが僕達の常食です。魚や肉も食べますが

年中と言う訳にはいきません」


 いや、まぁ当然だ。白い森なんだから食べ物もそりゃ白い。

恐らく芋っぽい何かがどろどろに磨り潰されるか煮崩れていて

白いしいたけが刻んであり、白い豆も浮かんでいる。

白い菜っ葉だろうか? 葉物野菜も入っている。

水で煮ているから水煮ってカテゴリーになるのかな?

おかゆの様な芋とキノコの水煮を椀へと注がれる。

うむ、香りは香草混じりで悪くはないのかな?


「あ、食べる前に手は洗いましょう」

「……(お、ちゃんとしてる! うん、洗うよー)」


 意外な提案がされた。いや、当然と言えば当然だけど

昔話とかで手洗いが徹底されているイメージはあまりない。

フィンガーボールの様に木の小さいボールに水を注いでは

それでぴちゃぴちゃと水で濡らし洗っていく。

うん、なんというかやっぱり衛生観念がちゃんとしてるのは

文化のノリと合わないね。ロシカさんの指導が受け継がれてる?


「ええと、お口に合えばいいのですが」

「……ぽぽぽっぽぽぽっ(いただきまーす)」


 そう言って、その白いドロドロとした水煮を椀へと注がれる。

おたまは無いので注ぎ口の様に縁が加工された部分に傾けては

ゆっくりとその水煮が流れ込む様はなんとも焦らされた気分だ。

芋のでんぷん質がどろっとしており、白きのこの茶色がかった部分以外

本当に真っ白なそれが椀へと入れられる。

そして、いざ食べる前に私は手を合わせて頭を僅かに下げる。

その様子をイケヅキ君は不思議そうに眺めていてた。


「何かのお祈りですか?」

「……(『多分』『感謝』『覚えてた』っと)」

「食べ物の感謝と言うのはそう変わらないのかも知れないですね」

「ぽぽっ(だねー)」


 温かい食事は嬉しいものだ。向き合っている誰かと食事をする。

そんな事でも案外生活感というか安心が感じられるものだと驚く。

スプーンもないので椀を傾けて口へと流し込む。


「……(ふむ)」


 結論から言うと不味くはない。最初に来たのは芋の甘味だ。

里芋に近い感じの味がする。ぬとっとした粘性はそっちの品種に近いのかな?

その後、豆の甘味が来る。ぐにっと歯にくっつく様な適度な硬さと

滲み出る様な甘味が噛む度に広がっていく。

そして、控えていたきのこの淡白さはいい歯ごたえになってくれて

満腹感を後押ししてくれる。香草や菜っ葉も瑞々しくて甘い。


「……(うん、甘い。甘いのは良いんだ。自然の甘味だ)」


 品種改良もされていないのでこれだけ甘いのはとても頑張っている。

やっぱりエネルギーは大切な訳ですよ。糖分は生きていく上で必要な訳。

それを噛み絞っているのに何か物足りなさを感じる。

そして、私は数度甘味を噛み締めては原因に気付くことが出来た。


「……(塩分だ! 塩が圧倒的に足りない)」


 くっそ、そうか。WHOの勧告すら無視する日本食の塩分過剰摂取が

こんな所で足枷になるのか。ダメだ、“しょっぱさ”が足りない。

私が何人か解らないが、現代日本ベースの経験則からなる

圧倒的な塩分不足に私の味覚が不満を訴えているのか!

そう、そしてその気付きは更に加速する。その発覚に驚き

椀を見つめている姿をイケヅキ君はずっと見ている訳ですよ!


「ぽぽぽぽっ、ぽぽっぽぽっ!? ぽっ、ぽぽっぽっ。ぽぽぽっ!

(ああああ、ごめんなさい!? うん、美味しい。美味しいよ!)」

「あ、随分考え込んでたので駄目だったのかなと。良かったです」


 取り繕う様に声を上げて賛辞を送る。言葉は通じてないが

もうこういうのは勢いだよ。と言うかそもそも考え過ぎだろう、私! 

そりゃ数日ぶりに口から入れたご飯だけどさ!

イケヅキ君も私の無駄な考察時間を観察されていたが

それだけ相手に緊張を強いてしまったよ。

そんなタメ要らないでしょ、クイズ番組じゃあるまいし!

っと、折角だから聞いて見よう。言う事で〘霊話〙で会話をする。


「……(『塩』『無い?』っと)」

「あー、塩はココらへんでは貴重ですね。

 山や海まで行かないと採れないので」

「ぽぽっ(そっかー)」


 ふむ。まぁ、当て所無く夢も無いというのもアレだよね。

エルフ君達と仲良くなるのもそうだが……塩の確保も何とかしたいなぁ。

                 第五十四歩「流れぬ泪に濡れた初夜」に続く


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