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第五十二歩「老人たちの皮算用」

「……以上となります」

「うむ、ご苦労じゃったな。薬は今、用意させておる」


 昼過ぎに里を出たイケヅキが夕闇迫る頃合いに急報を受けて

戻ってきたのは先程。食料や数日の生活用品は持っていたが

治療薬などは持って来て居なかった為、報告がてら戻った次第だ。

なんというか此処数日、色々とあり過ぎじゃろうて。

この子等が産まれた時以来じゃよ、こんなに里が慌ただしいのは。


「解りました。では受け取り次第仕事に戻ります」

「ちと、待て」


 そう言って立ち去ろうとするイケヅキを

わし〘セイント・シール・エルフ〙の族長リトモは呼び止める。

年寄り連中が集まっているところはやはり、居心地が悪いのか

それともあの倒れた〘ハッシャクサマ〙が心配なのか知らんが

浮足立っているのは目に見えていた。わしはそれを呼び止めると

向き直り緊張した面を見せてくる。うむ、そんなに畏まらんでものぅ。


「やれそうか? 正直に言うと良い。荷が重いなら代わりを付ける」

「いえ、大丈夫です。僕である必要はあるか解りませんが

 〘ハッシャクサマ〙はその……なんというか」


 言葉を濁すと言うより、言葉で表現出来ぬ様子のイケヅキ。

あのお嬢ちゃん、〘ハッシャクサマ〙と名乗る

あの背の中途半端にでかい白い巨女の事でわし等は引っ掻き回されている。

洞窟の警戒符術も作り直さなきゃならなかったし

まるでそれを狙い澄ましたかの様にケントゥリオ勇国の英傑殿が訪れる。

それらを追い払って、少し様子を見ようとした所でこの有様。

監視のイケヅキも半日経たずにこの慌てようじゃ。


「ふむ、続けよ」

「はい。アレ自体は確かに恐ろしい化け物なのでしょう。

 あの底の知れない何かは対峙した経験上

 僕が今、生きているのが不思議な位に危険です」


 最初の被害者イケヅキはそう語る。確かにあの力は凄まじい。

一騎当千、わし等が2~3桁単位で囲んでようやく倒せるであろう

あの英傑を難なく二人倒したあの〘ハッシャクサマ〙は

里総出で駆除しなければならん程の危険性を有している。

イケヅキの顔にはうっすらとその恐怖の色合いが表情から見て取れた。


「ただ、当人の性格か、種族の特性かは解りませんが

 自分も周りの他者も脅威を感じさせず、意識もしていません」

「じゃろうな」

「むしろ、脅威を感じられる事に慣れていない様子でした」


 報告を受け、皆一様に頭をうつむかせては考える。

純粋な化け物としての脅威は確かにあるのだが

むしろ、そのただの化け物であって欲しかった側面もある。

わし等はあの化け物が座り、笑ってはナニかを伝えようとするのを

見知ってしまい、遂には〘霊話〙で話すことまで出来る様になってしまった。

話し合いが通じるという事は理性があり、自分たちにとってきちんと

対応対処せねばならないという事だ。全く、面倒臭い。


「解った。何かあったらまた、報告を頼む。行って良いぞ」

「はい。では、失礼します」


 イケヅキをそういって小屋へと戻す。慌ただしい様子はなんとも

それだけあのお嬢ちゃんは危なっかしいのかも知れんの。

さて、残った老人たちでの話し合いを再開する。

此処連日、話し合いが行われているワシの住処は腐れ縁の

老人達の寄り合い所になってしもうた。辛気臭くてかなわん。

そのおかげで現状対して打てる手と言うのは既に出し切っては居るがの。

流石に300年近く生きておるがこんなに知恵を絞り尽くす日々は二度目。

全く、生きている間にナニがあるかわかったものではない。


「にわかには信じられんの」

「そうじゃな。子供に水汲みを命じられて素直に従う。

 自分のスキルを水運びの為だけに使って倒れる」

「頭は良くない気はしていたが」

「午後の間だけでもこれだけ話を仕入れてくるとはのぅ」


 老人どものため息の大合唱なんぞ、ナニが楽しいものか。

全く、平穏な日々というのはやはり努めて維持し続けるものじゃな。

ざっと100年位上手くいっとったから油断をしてしまっていたわい。

皆一様に腑抜けているからの。まぁ、それは良い。

これで何度目かあの〘ハッシャクサマ〙の正体について皆考える。


「やっぱり、魔術師か錬金術師の実験生物じゃないかの?」

「そうさなぁ。逸れたか捨てられたか。

「いや、あのポテンシャルを見るに主は殺されて

 その情報を封じる為に記憶を閉ざしている可能性もある」

「転送魔術かなんかでこの森に飛ばされたってだけのオチかの」


 〘ハッシャクサマ〙、あのお嬢ちゃんが受けた報告には

どれも驚かされるばかりじゃ。しかもあれだけの戦術性を練られた

対人スキルを有しているのに、なんともお粗末な顛末に一様に驚く。

となるとスキルの運用実験名目で作られた人工生命系の路線が強い。

スキルは使える、使えるが使い方が下手過ぎると言うのは自然に

習得したり編み出したものではないのじゃろう。


「嘘や隠しているんじゃないって所が面倒じゃな」

「山の連中とそっくりじゃて。裏表が無さ過ぎる」

「やっぱり人造生命とはいえ、モデルは必要じゃろう。

 かつてのわし等がそうじゃったようにな」


 最近は顔を合わせていない山の連中が一様に脳裏に浮かぶ様だ。

やはり、体躯から性格っていうのは似てくるのかも知れぬ。

彼奴らも性格は良く従順な方と言うのは共通点か。

それでもあのお嬢ちゃん程に生きていくのが下手ではなかったが。

あー、彼奴らにもそろそろ話を通しておかねばならぬか。

全く、面倒事は重なるモンじゃな。


「しかし、あのお嬢ちゃんは……救いの女神足り得るかも知れぬ」

「神殺しのわしらが神頼みとはのぅ」

「殺せておらんじゃろ。そういうのは殺神未遂って言うんじゃ」

「しかし、これを見てはの」

「まさか、“シミ”抜きが出来るかも知れぬとは」


 救いの女神。なんとも皮肉な単語にわし等は全員乾いた笑いが漏れる。

卓へと上げられた右腕。黒ずんだその皮膚はぼろぼろと剥げ落ちていく中

中には赤と白の混ざった血肉の色合いを僅かににじませていく。

かさぶたの様に浮き上がるそれを見て、わし等は過ぎた希望を胸に

抱いてしまう様になってしまった。全く、これで駄目だったら

そのままぽっくり逝ってしまうわい。下手に夢は見たくないというのに。


「スルスミは兎も角、イケヅキまでシミが残っている事。

 これは確かに堪える現実じゃったが」

「うむ、わしらは流石に耐えきれぬじゃろうが

 若い者には可能性が残せる。良いことじゃて」

「選択肢は多いほうが良い。しかし、迷いが多きは歩みが鈍る」

「ただ、歩みは止めてはならぬ。明日はより良い筈なのだから」


 頷き唸る声はまた重なっていく。だから、五月蝿いんじゃて。

はっきりとその言葉を聞いたわけではない。ただ、その並べられた

理知的かつ希望を滲ませるその言の葉の音は

かつての里の柱であった賢者ロシカを思い起こさせる。

そうそう、あの者ならばそう言うじゃろう。

そして、あっけらかんと当たり前の様に前に進む。

むしろ、止まることを不思議がる。そういうお人じゃった。


「賢者殿……はもう頼れんしの。相談したいことは多いが」

「ある程度結果が解ったら伝える位は良いかも知れぬ。

 まだ、生きてればの話じゃがな」

「かかかっ、あの賢者様なら墓前でこんな話を聞いたら

 きっと棺桶から這いずり出るぞい」

「違いないのぅ」


 自虐と自嘲に近い笑い声が部屋の中で木霊する。

それくらいすれば、わし等もまたあの賢者殿に顔を出せるかのぅ。

ま、何はともあれあの〘ハッシャクサマ〙は有効活用させて貰うわねば。

懸念がない訳ではない。むしろ、わし等としては大分冒険をしてしまった。

今度こそ里が滅ぼされるやも知れぬ。故に日々の最善を積み重ねなければ。


「勇国の英傑殿達もこのまま黙っているとは思えん。

 事は急ぐが派手に動く事は出来ぬ」

「ふん、息を潜めるのを何百数十年やっていると思ってるんじゃ。

 もうすっかり爺さん婆さんになっちまったろぅ?」


 苦楽を共にし、暗くなっていく一同の顔。対して上手くないの。

そんな中、ドタドタと足音を殺す事も知らん里一番のヴァカ娘の

殺意と怒気の気配が扉の向こうから迫ってくれば

皆重苦しい老いた腰を上げていく。皆で息を殺し、気配を消して

開け放たれた扉と怒声と同時にわし以外の者は得物を構える。


「てめぇ、其処に居るのは解ってんだぞ、この糞ジジイ共g――」

「やはり、聞きつけおったか!」

「って、なにしやがんd――」


 扉を開けるということは右腕、あるいは利き足を上げた状態になる。

踏み込み、片手を封じられた事への動作の一歩の遅れは死を早める。

怒鳴り込みに来たスルスミの利き足は右。となると左側頭部及び

左腕の意識は甘くなる。本来はそういった対処も頭に入れるのだが

このヴァカ娘は攻める事しか脳が無いので、部屋の中を見回す為に

頭を突っ込んでくるのは明白。其処を刈り取る様に回し蹴りを叩き付ける。


「お前に言っても聞かんじゃろう。ならば、身体で語るしかあるまい。

 血の気も余ってるよーじゃし、遊んでやるわい」

「ぶっ殺s――」

「初撃が当てられんのなら、口より先に手を出さんか馬鹿者!

 ぴーちく喚けるのは首が繋がっている間だけじゃぞ?」


 キレが悪い。今ので昏倒させられるのは朝飯前だったのに

年は取りたくないものじゃ。食って掛かる様に前に出るスルスミへと

そのまま回転を活かした肘打ちと共に説経を食らわす。

このヴァカ娘はすぐ手が出る癖に怒ると口を開く悪い癖がある。

早めに修正しておかんと、ろくな事がないのに学習せんヴァカさ加減じゃ。


「おー、リトモとスルスミは元気じゃなぁ」

「まぁ、肩慣らししとかんとの。こっちも軽く殴り合っておくかの?」

「あー、やっといた方が良いかも知れん。

 英傑殿相手の際に鈍りを実感したわい」

「じゃな、リトモみたいに日々殴り合っておかんと駄目じゃわ」


 そう言うと他の老いぼれ共も得物をしまい込めば、適当に相手を見つけて

殴り合いを始めていく。最終的に何時もこれじゃ。掃除する手間も考えろと

思わんでもないが、まぁそんな事はどうでもいい。

やはり、拳は振るえる内にやっとかんと駄目じゃな、ほんと。

わしはそんな事をしみじみ感じつつ、よろめくスルスミの腹部に

右の拳をみぞおちへと叩き込む。ほれ、この程度踏ん張れんと

いつまで経ってもわしを倒さんままで、勝ち逃げしちまうぞ?


「わし等の最期の大戦は近いじゃろ。わし程度、早く倒して見せよ」


             第五十三歩「ほろ苦な甘い目覚め」に続く

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