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第五十一歩「黄泉の手も借りたい」

「ぽぽぽっぽぽぽっ~(こっちも冷やっこいなぁ~)」


 私はくり抜いた岩の中に溜まった湧き水を桶で掬って手を洗っている。

うむ、川の水も大自然の冷たさであったが

こっちの湧き水は更に温度を低く感じさせる。森故に木陰も多い訳で

此処は夏もそれなりに過ごしやすそうだね。避暑地って感じだよ。


 私はそんなことを感じ入りつつも、濡れた手を払う様に外へと

水滴を跳ねさせて、桶に残った水を一端捨てる。指先は匂い残ってないかな?

すんすんっと鳴らす鼻先は僅かに植物の青臭さが残る。

まぁ、石鹸とか無いもんね。これくらいで我慢しておこう。

あんまし、遅くなると心配させてしまうし、日も暮れてしまう。


「……(っと、まずは軽く洗うかぁ……でっかい陶器だから怖いね。

割らない様にしないと。しかし、これも手作りなんだよね)」


 桶で水瓶に軽く水を入れた後、手で掻き回していく。

縁や底に埃やら色々と汚れも溜まっているのが水面に浮かんできた。

嗚呼、こんな事なら余り布でも持ってくれば良かったかな。

いや、此処は布も貴重そうだし、となるとワラかな?

なんか、ラノベか漫画かでスポンジ代わりにしてるのがあったよーな。

私はそんなことを考えながらも一通り掻き回し

手で縁を濡らして撫でた後、その水も近くの土へと捨てる。

うむ、入れる量よりも捨てる水の量の方が今のところ多いぞ。

むー、イケヅキ君用の水瓶は最初からちゃんと綺麗にしてたからなぁ。

いっそ、途中の川なり寄って洗っとくべきだった? 段取り悪いぞ、私!


「……(ま、それは良いや! さて、それじゃ後はこれだね)」


 切り替え切り替え! 私は頭を軽く左右に振りつつも水瓶へ

水を注いでいく。さて、此処からがちょっと大変だ。

全体の2割位まで注いだら、まずは縁を掴んで此処に来る時と

同じ姿勢で持ってみる。持って行けるかな? ずっしりとした水の重み

は腰や肘膝にダイレクトに伝わってくる。関節を痛めたりしたら大変だ。

そもそも、私に骨すらあるのか怪しい所であるが。


「……(ふむぅっ。けど、これじゃ半分位入れたら運べなさそうだよね)」


 いっそ、背負子って言うんだっけ? リュックみたいに背負いたかったが

何にせよ手枷が邪魔だ。ちゃんと邪魔しているのは役割を全うしている証拠だが

如何せん、不便を享受する訳にもいかない。桶を棒に何個も吊るして運ぶ感じ?

江戸時代の物売りみたいに運ぶのもアリかな?


「……(うむ、地味に歴史を知っているって大きいな)」


 こうやって、過去の生活様式をそのまま応用できる利便性を実感する。

試行錯誤の末に生まれた工夫をぽんっと思い出すだけで運用出来る。

なんとも贅沢でありがたいことだよ。ただ、今はこの水瓶を何とかしないと。

うう、折角行ったのにタワラにばっかり大荷物にさせて、

私が少量と言うのはなんか嫌だ。私だってお役に立ちたいのだ。


「……(さて、しかし重いからなぁ。猫の手も借りた……あ、そうだ!

    システムさん、ステータスウィンドウ出してー)」


【ステータスウィンドウを表示します】


「……(よし、それじゃぴっぽっぱっと)」


 私はシステムさんに出して貰ってステータスウィンドウを操作して

項目を引き出す。あったあった! この間、突発的に覚えたスキルだが

まだ残っていた様だ。暴走時限定なノリかと思ったが登録されている。

えーと、怪異スキルの〘黄泉より追い縋る手〙だったね?

ちゃんと説明を読んでおこう。


【怪異スキル〘黄泉より追い縋る手〙[怪異][召喚]Level1

 自身の影から怪異の手を多数召喚する。

それらは自身の影から離れる事は出来ず

[接触]のタグを持つスキルをその手の先から発動する事が出来る】


「……(ふむ、本当に手を出すだけのスキルなんだね。

いや、実際にかなり尋常ではない事態を招いてたが)」


 思い出すだけでもあの惨劇というか展開はびっくりしたものだ。

道中の枯れた一帯とかは元に戻るにはそれこそ時間の掛かる事だろう。

ただ、今回はそういう目的ではない。〘魂削りの愛撫〙が自動発動する

心配も無さそうかな? よし、試しに使ってみよう。


「……(スキル発動! 〘黄泉より追い縋る手〙)」


【〘黄泉より追い縋る手〙を使用します】


 私が念じ、システムさんが応えると私の影からぞろぞろと生白い

女の人の手が現れてくる。昨日出てきた時は、発動した瞬間に

辺りを掴み掛かっていたが、今は大体8本位出た所で止まっている。

アレだ、千手観音系の仏像みたいな事になっているのかな?


「……ぽぽっ、ぽぽぽっ?(水瓶、持てるぅ?)」


 私が軽く命令を出してみる。この間は『止まれ』『戻れ』だけだったが

……おお! ちゃんと言うことを聞いてくれるぞ?

生白い手達は水瓶を支え始めていく。

底の方を支える手と左右に揺れるを防ぐ様に押さえつける手が

それぞれ囲んでいき水瓶の安定度が段違いに変わっていく。

これは結構便利かも? どのくらいまで精密に動いてくれるのかな?


「ぽっ! ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ?

(よし! 重くなって無理になったら教えてね?)」


 私はそうして、手が支えていく水瓶に桶で水を注いでいく。

段々と中が満たされていけば、それに対応する様に手も増えていく。

水を注ぐだけでも結構な回数を繰り返していた。

人間だったら汗が吹き出していたかも知れないが

疲れはするものの、汗を掻く事がないまま作業が進む。


「……(私の身体って発熱どうなってんだろ? 汗無いのか)」


 確か発汗は体温を下げる為の反応だった筈だし

唾液とか水分は出るよね? ほんと不思議でよく分からん身体だよ。

まぁ、それでもこうやって一杯水を運べるというのはありがたい。

私は水瓶にある8割位水を注ぎ終える。

気付けば、手は倍位に増えてざっと20本に迫りそうだ。


「ぽぽっー、ぽぽぽっ。ぽぽっー(タワラー、起きてー。帰るよー)」

「がぅ……わぅ!?」

「……(『大丈夫』『お手伝い』っと)」


 私が声を掛けるとタワラはぱちりと目を醒ますと同時に思わず

顔を上げて驚き吠える。うん、びっくりさせちゃったかな?

すんすんっと鼻先を手に押し付けて、呼び出した手の匂いを嗅いでいる。

私は〘霊話〙で語りかけるとタワラは暫く眺めた後

諦めた様子で重そうに籠を背負ったまま立ち上がる。


「……ぽっ、ぽぽぽっ(さて、帰ろうかぁ)」

「がぅっ」


 なんだかんだでタワラはツンケンしているが

ちゃんと返事を返してくれる所は本当に好感を持てる。

私は来る時とほぼ同じ姿勢に〘黄泉より追い縋る手〙達に

補助をしてもらって水瓶を運んでいく。

うーむ、なんかスキル名とは言え長いよね。

もうちょっと呼びやすい感じで渾名を認識してくれないかな?

なんか〘ヨミちゃん〙とかもっと短くしたい。


【ショートカットワード登録申請を確認。

〘黄泉より追い縋る手〙の召喚及び命令時

〘ヨミちゃん〙でも認識する様にしますか?】


「……(おっ!? 出来るんだ! じゃあ、〘ヨミちゃん〙でお願い)」


【登録申請を受理。新規のショートカットワード〘ヨミちゃん〙を

 登録します。残り登録枠数は11/12項目になります】


「……(へー、12個も登録出来るんだ)」


 なんだか、そのワードと個数にどこか懐かしさを覚えつつも

やっぱり具体的な昔のことを思い出せずに漠然と認識だけを実感する。

多分、パソコンのキーボードかな? 確かF1からF12まであった筈。


まぁ、細かい指示出しが必要なのは〘黄泉より追い縋る手〙位かな?

後は触ったり、見たり、抱きしめたりだから身体の動き次第だし。

私はそんな機能のやり取りをしつつもタワラはそれを我関せずのまま

来た道を戻っていく。


「……(ううっ、半分はもう過ぎたよね?)」

「がうっ」


 それは小屋まで戻ってくる最中のことだ。身体がやたら疲れる。

足取りも重いし、少し膝が震えている様な感覚を覚える。

水瓶の重さ自体はそんなに感じないが妙な倦怠感に身体は包まれていく。

タワラもそれに気付いたのかペースを遅くしてくれている。

ただ、後もうちょっとなんだ、頑張らないと。


「……(あ、ひょっとしてなんかの状態異常か!? 敵?)」


【〘黄泉より追い縋る手〙の維持により体力を消費しています。

現在Levelで使用出来る本数の限界数で運用しています】


「……(そっちかぁ!)」


 私が一瞬、懸念を頭に思い浮かべるパニックになりそうになると

システムさんがすかさずフォローを入れてくれる。

なるほど、このスキルは体力を消費する系のスキルなのね。

つまり、本数やこれを動かしっぱなしにしていると

体力をゴリゴリ削られる訳か。いや、先に言ってくれね?


「……(そりゃ、こんなのがぽんぽん使えてたらバランス悪いよねー。

    いや、バランスってなんだよ!?)」


 一瞬、納得し掛けたが取り敢えずノリツッコミで活を入れ直す。

うん、別ユーザーライクに利便性と手応えを求めたい訳ではないのよ。

まぁ、このスキル達が無かったら、あっという間に飢えて

倒されていましたけども! うう、システムさんはほんと飴と鞭だよ。


「わうーっ」

「あ、おかえりなさーい」


 私は一人で勝手にボケたり突っ込んだりして忙しく意識を動かしつつも

なんとか小屋までたどり着く。水瓶には水がたっぷり入ったし

こぼすこと無く出来た。タワラの遠吠えと共に小屋から埃に塗れた

イケヅキ君が出迎えてくれる。うっそ、あんなになるまで汚かったの?

私、そういうの気にしないでふっつーに寝泊まりしてたんですけども!


「って、その手は!?」

「……(『スキル』『お手伝い』っと)」

「なるほど、ああ、そういうのが使えるとは聞いてましたが

こういう使い方もするんですね」


 そして、驚くリアクション二人目を獲得する〘黄泉より追い縋る手〙。

うん、まぁー普通に影から手が出て来たらびっくりするよね。

ただ、私はそれを〘霊話〙伝え終えるともう意識が朦朧とし始めた。

う、ひょっとして〘霊話〙も精神力とか体力使う系か?


「……ぽぽぽっ、ぽぽっ(ちょっと、疲れたぁ)」

「え?」


 そう言って私は水瓶を地面においた後、イケヅキ君に向かって

倒れ掛かる様に意識を失う。そういや、バトルも色々あったけど

その後、何も食べてないよ、私。

           第五十二歩「老人たちの皮算用」に続く

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