第四十歩「抱擁」
「……(全……えーと、手? 止まれ! ストーーップ!)」
私が念じると有象無象に掴みかかっていた手はぴたりと止まる。
シンクロナイズドスイミングの足の様に、きちっと静止しているのは
少しコミカルでもあり、不気味でもある。まぁ、そんなのはどうでもいいや。
私はんっと喉を鳴らして胸を張り、背筋を伸ばす。
改めて、胸でけぇな私。胸を張っているとたゆんたゆん揺れるぞ?
「……(総員撤収! 体を治してくれてありがとうね?)」
ぴくっと震えた白い手達は驚きという感情を抱いたのだろうか?
システムさんが勝手に出したモノとはいえ
それで命を繋いだ事には変わらないので感謝は当然だ。
私の号令と共に白い手達はずるずると影へと戻っていく。
時折、戻る手を撫でる。白い手達は嬉しさを表現する事は無かったが
あるいはただ、単に私が気付けなかっただけか。
「お姉さん? ……うん。一騎打ちをご所望なのかな?」
そして、私は謝らなければならない、子供じゃないんだから。
だから、こんな事は止めるの。私は両頬をぱんっと掌で叩いていく。
しんっと静まり返った白い森の中、その乾いた皮膚を叩く音だけが
木霊の様に響き渡る。よし、気合も入った。頑張ろう!
私の気合に決着を着けたいと言う判断だと思ったのか
ラナス君も私に向かって身構え直す。半分正解、半分不正解だ。
「けど、お姉さん。僕はコアタルを助けたい。
時に騎士は手段を選べない事もある。
……だから! この一撃でお姉さんを倒すよ!」
「……(まだあるのかと思うけど、嘘じゃないね)」
盗み聞きをしたり、戦うだけの相手だったが彼の幼いながらも
誠実さを貫いている様子だけは嘘偽りがないと私も信じたい。
彼の決意は手加減なく、私を本気で殺しに来るという事だろう。
掛け声と同時にラナス君は膝を曲げて両足で大きく跳躍する。
その先には先程の様に頭を踏み付け、その光を彼へと届ける
兎の兵隊が居る。また、あれで加速するつもりなのだろう。
「小さな兎の小さな一歩!
しかして勇気を持って奮い立ち、星の如き輝く心は月まで挑む!
〘兎にとっての大きな飛躍〙 」
その掛け声と叫ばれる技名に呼応し、ぎゅっと数名の兎の兵隊達が
ラナス君の着地地点へと集まってくる。数は10人程度だろうか。
そして、彼がそれを踏んだ瞬間、地響きと共にそこには
巨大な足跡の形をしたクレーターが地面へと描かれていった。
石や土が吹き飛び、風が唸りを上げながらもその巨大な足跡を発射地点として
兎耳の小さな騎士ラナス・ノタカハは跳んだ。
「……(来る! さっきとは比べ物にならない)」
まっすぐに私目掛けて、青い光を纏い、自身の体を弾頭にして
槍を向けて言葉通り跳んでくる。今までのジャンプの延長とか
そういった部類ではない。自らを射出される槍の部品の一つみたいだ。
――悲しいな
私はそう思う。故にだからこそ、私がすることは決まっていたのだ。
「……ぽぽっ。ぽぽぽっ(違うよ。違うんだよ)」
私は一度、頭を伏せて首を左右に振る。
違和感が解った。そうだよ。こんなのがそもそもおかしいんだよ。
だから、私は今、自分の意思と想いのままに行動する。
“まっすぐ、跳んでくる彼を私は両腕を大きく広げて受け止める”
「……え?」
「……(いた……痛くない!)」
私の体はラナス君の突進攻撃により深々と槍が突き刺さる。
勿論、それだけで終わらない。私の2mを軽く超えているであろう
その巨体ごと、彼の跳躍したエネルギーは押し倒して
私の体を浮かせそのまま森へと押し込んでいく。
途中、木が背中に当たるがそれすらも薙ぎ倒していく。
何本も何本も何本も木々は倒れ、ようやく止まった先は大木だった。
大きく幹にヒビを作りつつもそのまま釘で打ち付けられた様になり
私は足をつくことが叶わない。
――それがどうした
「……ぇ? あ、え?」
「ぽぽぽっぽっ? ぽぽぽっぽっぽぽっ。
(ごめんね? 怖がらせちゃって)」
私はぎゅっとラナス君を抱き締める。鎧も突っ込んでくる途中に
何箇所も壊れているし、顔も体も傷だらけだ。きっと彼は鎧を着て
ずっと前に立って、戦う日々を過ごしていたのだろう。
この小さい体に色んな人の希望を背負って
この小さい手で色んな人の救いの手を引っ張って
この大きな耳で色んな人の痛みを聞いて
この小さい足で色んな人の危機に駆けずり回って
そんな英雄譚の一場面に私は立っているのだろう。
だから、どうした? 英雄だか、騎士だか知るかボケ!
こんな小さい子供にこんな事をさせるのが正義なんかであってたまるか!
「ぽぽっ。ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっぽっ?
(大丈夫。コアタルちゃんは無事。驚かせちゃったね?)」
「ぁ……声が……頭に」
唇の端からどろどろと黒い液体が漏れてくる。
声を出す度にそれは気泡と共に漏れていく。
胸元に深く突き刺さる槍からもそれは垂れ流されていく。
彼の握りしめた手と槍の柄にそれはダラダラと垂れていく。
私の命が漏れていき、聞こえる音は当然『ぽぽぽっ』という破裂音だけ。
だから、どうした? 私は今から彼から命を吸い取るのか?
こんな健気に頑張るまっすぐに前を向いた少年から魂を削り
生きながらえる為の化け物としてスキルを使って戦うのか?
そんなのはごめんだね。
「ぽぽっぽっ。ぽぽぽっ……ぽぽぽっぽぽっぽぽぽぽっぽっぽっ
ぽぽぽっぽぽっぽっぽっぽっ? ぽぽぽっぽぽっぽぽっ。
(君は良い子だね。だけど……これから先は解かんないけど
今はもう戦わなくて良いんだよ? 私は君を傷つけない)」
「……お、ねえ……さん? ええと」
笑う。笑えよ、笑うんだよ! 痛いとか知るか!
てめぇがおろおろぐだぐだ右往左往してるから子供が
こうなって必死こいて、戦ってるんだろう! バカか、私!
言葉が通じないとか知るか! 確かに私は解かんないよ。
この世界のことも、彼のことも、今どうしてこうなっているのかも。
そして、私自身が立派な大人だったか、そもそも成人してたのか。
けど、そんなのはどうでも良いんだ。私は、私の良心の大人像は
子供に武器をもたせ、スキルを使わせ、戦いで命を散らして
正義を為させるなんてのは決して正しいとは言わないんだ。
だから、精一杯伝わらなくてもいいから声を掛けてあげるんだ。
「ぽぽぽっ。 ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっぽぽっ。
ぽぽっ、ぽぽぽっぽぽっぽぽっぽっ?
(大丈夫。すぐにコアタルちゃんも目が覚めるから。
だから、君はあの子の傍に居て上げて?)」
私はラナス君の頭を撫でる。可愛くて小さい男の子の頭だ。
髪の毛は汗でちょっと湿ってる。耳もきっと乾いたら
もっともふもふな感触なのかも知れない。
こんな子がさっきまで必死になってグリフォンに跨り
斧槍をぶん回して、飛んで跳ねて化け物を殺そうとしているんだ。
武器の部品みたいに命を削って……無茶をしちゃ駄目でしょ?
そんなの悲しいでしょ? こんなに可愛い子なんだよ?
「ぽっ、ぽぽぽっぽぽぽっぽぽっぽぽっぽぽぽぽっ?
(ほら、子供がそんな怖い顔してたら心配するでしょ?)」
「……コアタルは……大丈夫なの?」
【怪異スキル〘深淵――スキル所得を一時停止します。
データの変更申請を受理。現在、表記と性能を変更しています。
スキルデータをアップロードしています。 】
唇の両端を上げる。何度も頷く。良いか、私?
伝わらないって勝手に決めちゃ駄目だ。
身振り手振りすら怖がっちゃ駄目だ。子供だ、相手は子供なんだ。
大人は子供から逃げちゃ駄目なんだ。
大人に逃げられたら子供は泣いちゃうでしょ?
そんな泣いた子供を誰が助けてあげるの? 大人でしょ?
だから、私は逃げちゃいけないんだ。
かつて私も泣いてしまう様な子供だったんだから!
【神秘称号〘母なる者の面影〙を取得しました。
神秘スキル〘愛念の抱擁〙を発現、Level1に上がりました】
「あ……お姉さん。その……僕は」
「ぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっぽぽぽっ。ぽっぽぽぽっぽぽっぽっ。
ぽっ、ぽぽぽっぽぽっ? ぽぽっぽっ。ぽっ、ぽぽぽっぽぽっ?
(良いの。君は正しい騎士様なんだ。ただ、時に間違う事もある。
まだ、子供だからね? 私も間違う。だから、一緒に謝ろう?)」
ラナス君はその大きな瞳を潤ませて涙を溜めている。
私は優しく語り掛ける。少年の緊張の糸が切れる瞬間を
こんな間近で見る事になるとは思いもしなかった。
どんな武器を、スキルを、称号を持とうが子供は子供なのだ。
彼は私の手の中で震えていた。今まできっと怖かったんだ。
けれど、彼しか立ち上がれなかったんだろう。
喚び出された兎の兵隊達も手は震え、膝をついては徐々に消えていく。
「良かった……コアタル……無事なんだ……暖かい。
お姉さん……ありが……と………ごめんなさい」
「ぽぽっ。ぽぽっぽぽぽっぽぽぽっぽっぽぽっ?
(はい。こっちも驚かせてごめんなさいね?)」
【対象の〘ウェア・ラビットリア〙の少年の戦意を消しました。
英傑のレガシーピース〘戦場ヶ原のその先で〙を獲得しました】
力なくラナス君は気を失ってしまう。これはスキルの効果だろうか?
まぁ、そんな無粋な事はどうでも良い。戦いが終わる、それだけでいい。
そう思った瞬間、私も気が緩んでしまった。胸元がいってぇなほんと。
槍はよく見たら柄の半分以上まで突き刺さって簡単に抜けそうにない。
「……(こういうのはもっと恋愛的な胸のズキズキでいたい訳ですよ)」
そんなアホな事を考えていると私の手が限界を迎えたのか
それともダメージの蓄積による意識の乱れか解らないが
ラナス君が手の中から滑り落ちてしまう。
冷静に考えて子供一人分の重量に加えて手足に金属の具足を付けて
胸当てを付けてとなれば、結構な重量になる訳だ。
まして、私は木に釘付けになっている訳で腕力だけでそれを支えている。
「……(そりゃ無理だよねぇ!? って、動けな……)
落下するラナス君に手を伸ばすがそれも叶わず
地面へと落ちてしまう。慌てて手を伸ばすが胸元に槍が刺さって
動く事すらままならない。なんか、私ってこの森に着てから
矢とか槍とか胸に色々刺さり過ぎじゃね? いっそ、恋の矢も頼むわ。
「っとと、折角良い所なのに締まらんのぅ!」
「英傑殿を受け止めろ! こんな間抜けに死なれても困るわい!」
そんな瞬間に姿を見せていなかったエルフの少年達がいつの間にか
追い付いていて滑り込む様にラナス君を数人で抱き止める。
む、そういえばすっかり忘れていたがこの子達はなんなんだろう。
こんなガツガツと突っ込んでくるやんちゃな少年集団は見たことがない。
やっぱり以前見たお爺ちゃんや黒い線の迷彩をしてたエルフ達とは
別のエルフ集団なのかな?
「ま、何はともあれ片付いたかの。さて、後はこのお姉ちゃんじゃが」
そして、ラナス君を少年エルフの一人が担ぐと
その場に居た全員が一斉に視線が私へ向ける。……あれ?
終わったと思ったら、コレってピンチ継続なんじゃね?
第四十一歩「言霊を交じらせて」に続く
英傑の奇跡〘月兎達の夢の跡〙 [百英傑][英傑の奇跡] Level1
百英傑の一人、ラナス・ノタカハの所有する必殺技。
百英傑個人がそれぞれ一つ持っているオリジナルの戦技、魔術等の一つ。
彼個人のイメージとは大分かけ離れるが[死霊術]に分類されるスキルである。
〘ウェア・ラビットリア〙は多産な種であるがその分、戦闘能力は高くない。
以前までは彼らが戦場に出る事は殆ど無かったのだが、戦争の変革があった際に
彼らが大量に徴兵される様になり、戦死者も増大していった。
無論、臆病な彼らが戦場で兵士として役には立たなかったが
それ故に目の前で次々と同種の仲間たち、特に少年兵が死ぬ事が多かった。
その無念や踏み出せなかった勇気の残り香が、ラナスの槍から発する旗印を目指し
魔力の塊である霊体へと姿を変えて集い戦って無念を晴らす術である。
その召喚数は膨大で、草原などで使えばその地平線を覆い尽くすほど。
しかし、死霊全体のコントロールが上手い訳ではないので
都市部や森などの狭所では展開し辛く、数が上限より出せない。
また、戦術的運用も出来ないので基本突撃するのみである。




