第三十九歩「大人の決断」
「……(地獄絵図が出来上がってる。なんで?)」
手当たり次第という文字通り、私の影の中から生白い肌の腕が
何本も何本も何本も、おびただしい程のソレが兵隊さんを掴んでいく。
太さと大きさは私と対して変わらないのだが、腕の関節の数が
無限かと思える程に連なり繋がっている。蛇の様に指先を蠢かせた後
一度手の甲を引き、一気に掴みかかるその所作は完全に肉食動物の捕食動作だ。
「……(システムさん!? ええと、どういうこと!?)」
【現在、存在保全プログラムを履行しています。
貴女の肉体と生命維持の為に最善のスキルを自動的に発動しています】
私の頭のクエスチョンマークの乱発にようやくシステムさんは
答えてくれた。ええと、何これ? 安全装置? 暴走モード?
正直、心臓を貫かれた後、体中を針山の如く突き刺された時は
死の予感が流石にしたのだけど、そんな機能あったの?
頭の混乱とは裏腹、体の方はラナス君が突き刺した槍は微動だにせず
蝶の標本の如く、楔を打ち込まれたまま動けないでいた。
「お姉さん!? くっ、本気を出したんだね!」
「ぽぽっぽっ(違う違う)」
「でも、僕も負けられないから!」
私は首を左右に振るがラナス君の固い決意は変えられなかった。
この世界の奴はなんでこうも覚悟完了が早過ぎるんだろう。
そして、私はまるで口を開かされたまま無理矢理食べ物を
詰め込まれているかの様に、吸い取っている兵隊さんの甘い水飴味が
どぼどぼと腹に注がれていく。ただ、こっちも消耗が激しいのか
水龍ちゃんの時の様な満腹感と嘔吐の欲求は無かった。
兵隊さん達も〘黄泉より追い縋る手〙を突き刺して迎撃していたり
私の体に槍でぶっ叩いてダメージを与え続けているのだ。
「……(アレか。なんか小学生の無邪気な残酷さを感じるよ)」
背の小さい兎の兵隊さん達のがむしゃらな攻撃と進軍。
ソレをハエ叩きの様に〘黄泉より追い縋る手〙が掴み潰していく。
ボコボコと湧いてくる兎の兵隊さんもだんだんと数が減っていく。
しかし、それとは別に奇妙な光景の意味を私は考えていた。
青白い光となる兵隊さん達は霧散し、粉雪の様になるが
それが全て目の前のラナス君へと集まっていく。
あ、コレはなんかやばいかも。本能的に逃げないとイケないやつだ!?
私はなんとか手足をばたつかせようとするが
それでも胸元に深く食い込んだ槍が私の体を起こすことを許してくれない。
「散っていた兵の夢は全て僕に! 正義は!
為させねばならなぁああいい!! 〘兵共の夢霧散〙!!!」
「……(って!? ええええ、ちょ、ちょっとまっ)」
青白い光の粒はラナス君を包み、段々とその発光の色合いを強めていく。
そして、その高らかに叫ばれた言葉と共に光は槍先へと集う。
つまり、私の心臓部近くへとその光が集まり……爆散した。
大きな衝撃音と共にラナス君はぬいぐるみの様に軽々と吹っ飛び
私の体も消し飛ばしていく。ようやく体は自由になったが
石が吹き飛び、隕石の落下現場みたいに川底をえぐっては
其処にこんこんと川の水は溢れ満たし始めていく。
「……(わわわ、私の左腕!? む、胸がない!?
バストサイズ的な意味じゃなくてごっそり無いよ!?)」
自分の体を見下げては感覚の無い左腕となんだかすーすーする胸元を見る。
無い、無いのだ。左腕とか左胸とか脇腹とか!
慌てて私は右胸の周辺を手で抑える。見えちゃうじゃん!
ぺろっと胸元の服が捲れておっぱいが見えちゃうじゃん!
危ない……いや、待て! もっと色々危ないよ!? 私、動けんのか?
死なないの? なんで? もう事態が事態過ぎて頭が追いつかない。
【存在保全プログラム。二次段階へ移行します。
スキル使用範囲拡大。生命力搾取量を優先します】
「……(え? ええぇー? ま、まだ何かするの!?)」
流石にやばいというのはシステムさんも思っているのか間髪入れずに
次の行動へと移る模様。影からうにょうにょ湧き出てくる白い手は
先程までは兎の兵士さんだけを狙っていたが今度はその手は川の周りに
生い茂る木々にまで手を伸ばしていって、私を中心に片っ端から
枯らし尽くしていく。その様子にラナス君も驚嘆しているのか
頭をせわしなく左右へと動かしていく。くそ、動きがかわいいぞ。
「……(こっちは味無しサラダを延々と口に突っ込まれてるのに!)」
「あわわ、こ、これはちょっと大変かも?
怒らせちゃった? は、早く倒さないと!」
相変わらずラナス君のリアクションはくっそかわいいのだが
そんな事は言っていられない。ぼこぼこと私の左胸は再生し始めっぽい。
さっきから木々の生命力とまずい味覚を放り込まれているっぽい。
何故「っぽい」なのかと言うと、私が怖くて左胸を見られないからである。
感覚が戻ってきはじめているのだが、もうちょっと落ち着くまで
視線は向けない、向けたくない。怖いよね?
体が治ってくるところをリアルタイムで見るって相当怖いよね!
「……(兎なのに猪突猛進とか! 色々盛り込み過ぎじゃないかな!)」
「ま、まだだ! 僕は諦めないよ!」
無駄にこの子達はガッツがあるな、本当に。
そうは思いつつもふっ飛ばされた後、兵隊さん達にキャッチされては
起き上がるラナス君は再び突撃をしてくる。
と言っても今度は先程の様には上手く行かせない。
白い手の群れは容赦なくラナス君を掴んで河原へと叩きつけるし
その際にスキルの効果で私のお腹に美味しい味と共に体力を与えてくれる。
それでも彼は立ち上がるし、兎の兵隊さんはボコボコと現れる。
「……(これがまた、美味いんだ)」
「くっ! 離せぇええ!!!」
ほんっと、木々と比べるとラナス君の生命力は美味である。
黒蜜の掛かったきなこもちの様な触感と甘さが滲み出る。
口の中でもっちゃもっちゃと噛み応えのする感覚と濃厚な蜜の甘み。
それに加えて噛んでいけば、お団子みたいな蛋白な甘みも加わる。
改めて思うがやはり、〘八尺様〙というのは少年を襲って喰らうのだろう。
味の嗜好性はその本質に沿う形であるのか。
しかし、それで『はい、そうですか』と納得して襲うのはやはり嫌だなぁ。
「……(っと、左腕戻ったー。ほっ……ああ、服も戻ったよぉ)」
「な、また元通りに!? お姉さんなんで倒れてくれないの!」
「……(いや、そりゃ死にたくないもん)」
私は何とか冷静なツッコミを返す程度には体も元に戻ってくれた。
元通りの真っ白な左手を眺めては指を動かしてみる。
うん、思った通りに動く。指先をうねうねぐねぐねと曲げ動かして
その意思と動作が一致している事に安堵を覚えていた。
しかして、目の前の現実を見つめ直すため息が漏れる。
相変わらず影から伸びた手はラナス君御一行様を襲い続けている。
健気にも立ち向かうラナス君や兎の兵隊さん達が
いくら白い手を潰して叩き折っても、手は影からずんどこ湧き出て来る。
ラナス君が呼んでいるであろう兎の兵隊さんも数は減っているが
ボコボコと湧き出てくる。……どうしよう、収拾がつかない。
「……(システムさーん、これ止めたいのだけど)」
【存在保全プログラムが認定した脅威の排除が終了しておりません】
「……(ラナス君の事か)」
システムさんの返答から推察する。ラナス君との戦闘で一時的に
私が生命の危機に直面したことで発動しているこのプログラム。
自動で終わるのは目下の脅威であるラナス君の排除が必要という事だろう。
排除ねぇ? 気絶してしまったり戦闘不能と見れば、排除になるのだろうか?
殺して相手が死体になって初めて排除確認なんてのは流石に嫌だ。
となると私自身から逃げて脅威が無かった事にする手もあるが……。
「……(システムさん。私、コレ止めたい)」
【脅威は依然健在です】
再び、私は視界を戻す。ラナス君も必死だ。
当たり前だね。事情は不明、相手は正体不明、行動動機も不明。
見たこともないスキルで抵抗して来る私という化け物。
コアタルちゃんは川に浮かんでいるがまた、連れ去られるかも知れない。
それは彼が必死になって抵抗し、戦い続けるには十分な動機と言える。
私がそんな当たり前を受け入れられないのは
命を吸い取る化け物としても、この厳しい世界の生き方としても不正解だ。
だが、理路整然とした正論の選択よりも、生き残る事への合理的判断よりも
私がこの場でしたい事への気持ちを固められた。もう決めたんだ。
だから、このプログラムは一度止めないといけないんだ。
「……(解ってる。けど、私は止めたい。なんとかするから!)」
【申請を確認。検討します】
「……」
【再び存在の存続が危ぶまれ、同対象への対応で
プログラムが履行される場合、二度目の停止は出来ません。
また、プログラムも現在のデータを元に修正されて実行されます。
存在保全プログラムを本当に停止しますか? 】
システムさんは今回、慎重に私の確認を取ってくれる。
これは私の願望も混ざっているが、システムさんも私が存在をしないと
存在なり何か失ってしまうのかな? それ故にシステムさんは
システムさんなりに考えて今回のことを起こしている。
実際に私は今、システムさんに命拾われている様なものだ。
そう考えれば、私達は運命共同体って奴だね。
「……(大丈夫、ちゃんとするよ。停止して?)」
【申請を受諾します。存在保全プログラムを一時停止します。
怪異スキル〘黄泉より追い縋る手〙の操作を停止します 】
「……(うん、ありがとうシステムさん。私、頑張るよ!)」
けどね? やっぱり、こういうのって駄目だと思うんだ。
私は何も知らない、自分も解らない、今の事態すら理解出来ていない。
けれど、それでもやっぱり、私は自分で選んで考えて
誰の所為でも無く、この姿でも……〘八尺様〙と言う化け物でも
自分の意思で生きていたいんだ。
【ご健闘を】
最後にシステムさんに応援されちゃった。ほんっと、大好きだよ!
第四十歩「抱擁」に続く
『存在保全プログラム』概要
対象の生命活動に支障が出る行動及び、戦闘や事故等において
存在の存続が危ぶまれた際に発動する様に設定する。
ただし、対象に対して極度の依存が発生しない様に発動タイミングは
シビアに判定すべきであり、極力発動させない事。
過保護な状態は存在保全対象のモチベーション維持に大変支障が出る。
また、このプログラムの前提に行動する場合、事故死率の上昇は不可避である。
プログラム履行の際は制御中のスキルや身体特徴等の一時開放が許されるが
その選択も慎重を期す事が推奨される。状況対処の為の一部スキル開放と
既に取得済みのスキルとの併用の可能性を示す事が対象の成長を促す効果が見込める。
以上をもって対象の存在保全には最善を、対象の成長の阻害は最小を判断し
適切にプログラムが履行される事を願う。




