第三十七歩「勇気を掻き集めて」
「……(どうしよう!?)」
「お姉さん! コアタルを離して!」
私は失禁しているコアタルちゃんを両手で持ったまま
相方で兎耳の騎士ラナス君と対峙している。
この時点の字面で既に意味がわからない!
本来ならラナス君にコアタルちゃんをとっとと返すべきなんだけど
おそらく、ラナス君の純朴すぎる対応はコアタルちゃんの心に
最後のトドメを刺してしまう可能性がある。いや、確実だろう。
私だったらもう顔が合わせられる自信がない。
し、仕方ない! ちょっとラナス君には退いて貰おう。
少年エルフ達は何故か途中から追ってこなかった。
これでラナス君から時間を稼げればコアタルちゃんの
失禁を誤魔化す位の時間も作れる筈だよ。頑張れ、私!
「ぽぽっぽぽっ(ちょっと通してねぇ)」
「くっ!? 何?」
【怪異スキル〘畏怖の眼差し〙を発動します。
対象は重度の〘恐怖〙状態になりました 】
よし! ちゃんとスキルが通じた。この隙にって――あれ?
私はそのまま怯えている相手を通り抜けようとしたが……おかしい。
ラナス君はまっすぐに私を見つめ返したままだ。
く、ガッツか!? 気合と根性でその場に踏み留まっているのだろうか?
いや、流石にそんな都合良くいくのかな? スキルだよね、一応コレ。
「ぼ、僕は負けない! もう誰も連れて行かせない!
咆えろ我が心! 獣の覇者の蛮勇を我に!
獣王技〘獅子勇猛〙!!」
【対象の〘ウェア・ラビットリア〙の少年の〘恐怖〙状態は解消されました。
各ステータスの上昇を確認しました】
「……(おおぅ、男前なスキルを)」
ラナス君が叫んだ瞬間、彼の髪の毛と体毛は総毛立ち、バチバチと身体には
電気の様なエフェクトを纏っている。冬場にはなかなか辛そうなスキルだが
凄く男の子っぽくて格好良い印象を与える。コアタルちゃんを抱えているから
無茶な攻撃はしてこないだろうが〘恐怖〙状態を自分で解除してきたか。
うう、私は通り抜けたいだけなんだけど、彼は不退転の決意を持って
私の前へと立ちはだかるつもりだ。くそ、羨ましいな、ほんと。
「……(もう一回やるしかないかな?)」
「お姉さん! 僕は絶対に退かないからね!
我が義は虚空をも超え、高みに昇る!
鳥の王者の高潔を我に! 鳥王技〘大鷲廉潔〙!!」
「……(まだ、パワーアップするのか!?)」
私がもう一度スキルを放とうか算段している中
ラナス君は更にスキルを発動したのか、彼の周りには旋風が巻き起こる。
砂煙と足元の小石を飛ばしつつもうっすらと半透明の大翼が
彼の背から生えては守る様に前へと折りたたまれていく。
また、格好いい系かつ本当に強そうなスキルだ。
「もう、お姉さんの怖いのは効かないよ!」
【状態異常防護スキルが発動されました。
各ステータスの上昇を確認しました】
これって状態異常耐性!? 困った、先手を打たれてしまったよ!?
最初にステータスアップ系スキルの重ねがけはそりゃ戦士系の基本か。
おそらく最初のスキルと一緒で今、攻撃力とか防御力マシマシなのだろう。
彼が一歩進むだけでずしんっとその小柄な体躯からは想像も出来ない
重量感溢れる効果音が聞こえてくる。普段だったら『ぴこぴこ』だの
『もきゅもきゅ』みたいな子供用の効果音の方が似合うのに
なんて悲劇的なことだ。畜生、こんな暴挙は許されない!
「コアタルをぉ……離せえええええ!!!!」
「ぽぽっ!? ぽぽっぽぽぽっ!(いやっ!? コアタルちゃん居るよ!)」
凄い、弾丸みたいにあの小さい体がぶっ飛んで来た。
流石、兎さんの跳躍力と言った所か。あの距離を数歩で詰めて来たよ。
私が右上方向へと気絶しているコアタルちゃんを掲げると
左膝へと狙い澄まして斧槍で突き刺してくる。
深々と太もも付近へとささった斧槍で横に薙ぎ払われると
そのままバランスを崩しそうになる。当然、すっごく痛いんだな、コレが!
ただ、持ってきてしまった手前、コアタルちゃんごと倒れる訳にはいかない。
庇う様に背中を向け、体は倒れるがそれを狙っていたかの様に
斧の部分の刃が振り下ろされてくる。ラナス君も容赦無いな、ほんと!
「……っ!?(痛いなおぃっ!? うう、ラナス君もガチか)」
背中の傷は先刻吸った水龍の体力で自動回復はしているがそれでも
本気の接近戦を仕掛けるラナス君の対処は大変だ。
そもそも、向こうのリーチが長過ぎるし、戦闘に慣れている。
コアタルちゃんも文字通り荷物になっている。いっそ、投げちゃう?
けど、変に河原の石に当たって怪我をさせる訳にもいかない。
救護を抱えて戦闘ってのはほんと大変だよ。
「……(うーっ! これで気付かれても面倒だし、どうしよう!?)」
コアタルちゃんを抱えたままでは流石に無理だ。
ええぃっ、仕方ない! ごめん、私も命は大事だ。
けど、一度やってしまった事の放棄と自分の中で後悔する行動だけは
絶対に取るもんか! 私はよろよろと立ち上がりつつも向き直る。
何としてでもこのまま誤魔化し切らないと私はこの子に対して
一生申し訳ない気持ちを抱いていく事になる。
ちゃんと、言葉で謝るなりすれば良いんだけど、それも叶わない。
なら、私が今、出来る事は全力でやらないとね!
私は足元の小さい石ころを手で掴んで砕く! うわっ、砕けた!?
振り返りざま、兜を脱いだラナス君へと砕けた石をぶつける。
石つぶてなんて手は流石に予想してなかったのか視線を集中していた
ラナス君は思わず後ろへと飛び退いていく。
「なっ!」
「……(ごめん! ただ、私はラナス君の良心に賭けるよ!)」
私はコアタルちゃんを盾にする様にラナス君の方へと向けて掲げる。
左脇腹から掴み上げる様にしている今の私の腕力凄いな!
流石にこれで攻撃はしてこないだろう! 無茶しないでよ?
念のため、手を手刀の様に指を揃えて喉元に突きつけてアピールをする。
いや、そんな喉を切り裂いたりとかは本当は出来ないよ?
むしろ、私の指が突き指で痛い事になるからね? ただ、ポーズは大事!
じりじりと距離を開けさせた後、私はカニ歩きで上流の方へと後ずさる。
「お姉さん! そういうのは僕の騎士道が許せないよ!」
「……(もうちょっと、もうちょっとだから!)」
そう心の中で何度か謝った後、背中を見せ、一気に上流へと駆け上がる。
最悪、少年エルフ達も追い上げて来るかも知れないし、当然ラナス君も追うだろう。
だから、コアタルちゃんを川にぶち込んだ後は即土下座だ。もう、謝るしかない。
ただ、私もこんな子供に恥を掛け倒して終わるのだけは許せない!
冷静に振り返ればくだらなくてしょうもない事かも知れないが……良いじゃない!
「……(そういうのが人間らしさってもんでしょう!? ねぇシステムさん!)」
【同意要求を解析。回答を保留します】
「くっ、どうするか解らないけど……もう、コレを使うしかないね」
「……(追いかけて来ない? いや、これは不味そうだよ!?)」
今、猛烈に嫌な予感が私の背筋へと襲って来ている。
おそらく、ラナス君は諦めない。もとい、コアタルちゃんもそうだが
この少年少女達の不屈っぷりは異常だ。全く、何をどう育てたら
年端の行かない子供にこんな覚悟をさせられるのだろうか?
そんなのは本来、私は知ったことではないが
すぐに走って追ってこないという事はその覚悟と不屈を持って
相応の行動を取るという事だ。もう、次に何を繰り出すのか怖くて仕方ない。
「集え、我らが夢の灰燼よ。
踏み出せぬ後悔を我と共に粉砕する!
立ち上がれぬ恐怖を我と共に打倒する!
果たせなかった勇気を携え、我と共に奮い立て!
百の英傑ラナス・ノタカハが望みしは駆け朽ちた古強者との大合戦!
英傑の奇跡〘月兎達の夢の跡〙」
ラナス君の男らしい詠唱と同時に斧槍の先端から綿菓子の様に
何やら青白い何かかが形状を成していく。メトロノームの様に
リズミカルに振られていく斧槍はその振っている間に何やら
紅い光で兎の顔が縁取られていく。かわいい筈のそれは
今はただただ底知れぬ恐怖を駆り立たせる骸骨マークにしか見えなかった。
そして、私は気付くのだ。私の周り、森の木々の合間から先程まで
何も居なかった筈の周囲から、おびただしい程の紅い眼が私を見つめている。
「総員突撃! 朽ちても進め! 死んでも進め!
我らが小さな勇気の所在を示せええええええええええええ!」
『『うおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっーーーーーーーーーーーー!!!』』
赤い目は一人一人が兎の兵隊さんで、私に向かって突っ込んで来る。
その数はもう数える事を脳が拒否するドカ盛り具合だった。
第三十八歩「ハートを釘付け(物理)」に続く




