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第三十五歩「百の英雄譚 Episode5 ”心は恐怖の水底へ”」

「覚悟ぉぉぉっ!」


 私、コアタル・ゼンズィーは決意の叫びを伴に

破廉恥で汚らしい化け物へと斬り掛かる。

正確にはこの水の刃は斬る事が得意という訳ではない。

水を魔力で凝固させているのではなく、水を媒介に魔力で叩き殴る術だ。

狙うのは相手の膝! おそらく、相手は[接触]系のスキルを使うのだろう。

私が散々水弾をぶつけても、ろくに攻撃を返さずに体当たりで接近した途端

それを狙い澄ましたかの様に水龍を通して、直接魔力を奪ってきた。

水龍を媒介に魔力をごっそり持ってかれたのは痛恨の極みだが

おかげでいい勉強になったのと相手の事で解った事も増えた。

私の予想が正しければ、相手は手で触れて力を吸うタイプの魔物だ。


「腹黒さに気付かなかったのは私の落ち度だが、もう油断はしない!」

「……ぽっ? ぽぽっ」


 横薙ぎの一閃が膝の皿を砕く様に振り切る。

切った後に相手の身体から白煙を上げていたのでおそらく有効打だと思いたい。

すぐ再生されてしまうがそれは良い。態勢を崩した所で私は相手の背中へと周り

後頭部の首筋へと刃を叩きつける。大きく揺らぐ巨体を前に再び印を組み始める。

回復も駆使した相手の凄まじい耐久力に翻弄されてはいるが

戦っている間に解った事もある。相手は受け身や体裁きはズブの素人。

私も〘ファイター〙系列の英傑ではないが格闘戦位は手慰みで対応出来る。

巨体の崩し方など初歩の内だ。


「水妖術〘粘縛錠(ねんばくじょう)〙!」

「……ぽぽっ!?」


 そして、巨体が前へと倒れると当然出るのは両手! 

倒れた身体を手で受け止めようと前に出した瞬間、術を使う。

先程まで棒状であった水の刃は手首へと叩きつけられた後

鞭の様にしならせては相手の両手を結び縛っていく。

これで両手はしばらく満足に動かせまい。接触出来る範囲も狭まる。


「ラナス、早く……早く目を!」


 英傑の奇跡という大技を使ってしまった私にこいつを殺し切る術はない。

決定的な弱点が無い上に、コイツの耐久力は常識から逸脱している。

〘雫の蛟〙の巨体は元が水とは言え、上位の龍種並の力がある。

それを用いて何度腕をへし折り、背骨を歪ませ、首を捻っても

あっという間に身体は元通りになっていく。腹を開けたのに冷静に

私への突撃を誘った事に気付いた時は戦慄を覚えた程だ。

あのふらついた様子も演技かあるいは好機を狙って待ち続ける事が出来る胆力か。

完全に戦術的な知性と経験を経ている古代からの悪霊、邪霊の類かも知れない。

それならば、ラナスが接近戦では圧倒しても絡め手で敗けたのは解る。


「だが、私達百英傑は負ける訳にはいかない!」

「ぽぽぽっ!?」


 手を封じた後、水の鞭はそのまま相手の首へと再び振るい絡め取る。

首へ掛けられた縄の様にそれを引っ張れば、そのまま反動で来る大きな背中へと

蹴りの一撃を入れる。背中がくの字の逆に折れ曲がるがそれでも倒れない。

首の縄を解けば、今度は水の刃を大斧の形へと変える。

この形態は切れ味が高いとは言えないが重みでダメージを与えるしかない。

身体の回転も合わせて、相手の無駄にでかくて邪魔で揺れ垂れている胸元に

水の大斧を叩きつける。腕で防がれる上にすぐに再生されてしまうが

手を休める訳にはいかない。少しでもラナスが倒しやすい様に

私の力を吸う暇も無く体力を削り続けるしかない。

この奔走は私が侮り、戦力の配分を誤ったのが原因だ。

私は私の不始末に最大限の対処をしなければならない!


「だから、ラナス! 私が時間を稼ぎますから!」

「モテモテじゃのぅラナス殿は」

「ぽーっ、ぽぽっ」


 私が討たれたとしてもラナスならこの化け物を倒し切れるかもしれない。

私と違って、エルフの者達にも彼の心象も悪くなかった様に見えた。

故にコイツを倒せば、ラナスだけでも無事に出ていけるだろう。

いや、もうそうなると思い込む。だから、私は最後まで諦めてはいけない。


「私達は百英傑。今を在りし人々の最後の希望!」

「ぽぽっ? ぽっ」

「陽光照らす明日の平穏の為、この身朽ちても!」


 ふらつきそうな足に活を入れ、声を上げては気力を振り絞る。

斧の形状を水に戻し、今度は筒の両端から伸びる棒状に作り直す。

棒を川底に突き刺してはそのまま長さを伸ばして自らの身体を突き上げる様に

高く打ち上げる。続けて宙空で身体を捻り、回転を加えて右頬を蹴りつける。

打撃音も含め、相変わらず人を蹴ったり殴ったりする感触とは違う。

見た目は確かにでかいだけの人の型なのだが

骨や肉を殴っているのとは全く違った反動が手先へと感じられる。

底へと突き刺さった部分を引き抜き、相手の右首筋へと棒を叩きつける。

相手の身体がぐらついては居るが有効打に見えない!


「なんなんだ……なんなんですか、オマエは!」

「ぽっ、ぽぽぽっ」


 独特の破裂音に近い鳴き声を発している。何を言っているか解らない。

挑発か、侮蔑か、罵倒か、それとも意思すら持たぬ、亡霊か。

手を止めてはいけない。棒の形状を変えて、先端を鋭く一点突破を狙う。

槍の様に鋭くなった部分を相手の喉元へと突き上げる!

皮膚の切れ目からは黒泥に近い粘度の高い黒い何かが溢れているが

すぐにその傷口も塞がってしまう。きっと、さっきの水龍を吸った分を考えると

まだまだ体力の底は見えない。今更ながらに自分の失態からなる後悔の念が絶えない。


「下手に当たりどころを増やすとまた、吸われるが……仕方ない!」


 槍を引き抜き距離を取る。頭を潰すべきか?

いや、さっきの様子では頭を切り飛ばしても再生されるかも知れない。

牽制を続けるしかないか。そろそろ、魔力が底を尽きそうだ。

エルフの老人達との連戦で大分消耗し、英傑の奇跡まで使用してのこの有様。

なんとも情けないが目の前に立ち塞がる現実を対処しなければならない。


「水妖術〘雫連弾 (しずくれんだん)〙!」


 距離を取ったまま、手数を稼ぐ。おそらく持久戦では私一人では負ける。

少し離れた距離から私は水弾を撃ち続ける。聖水の効果かわからないが

相手に当たる度に白煙を上げていく。弾幕になってしまうので

加減をしなければ、私がそんな事を考えている間――声が聞こえてきた。


「ぽぽっぽっ(私ヲ見ロ)」

「なっ!?」


 頭の中に声が響いてくる。正確に言うと声は先程の破裂音とは違う//私ヲ見ロ

白煙にまぎれて、何やら桃色の布状の何かが忍び寄ってい//見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ

精神操作系の術式か!? やはり絡め手で来る相手//私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ

いけない、術に集中できな//私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ

うるさ//私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ私ヲ見ロ


「ぽぽっぽっ?(私を見て?)」

「くっ!? ああああああああっ」


 いけない、さっきより明確に言葉が//私を見て?私を見て?私を見て?

頭の中がぐちゃぐちゃになりそ//私を見て?私を見て?私を見て?

いけない見ては//私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

きっと//私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?//駄目だ//私を見て?

私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?


「あ……ぁー……あっ……ああっラ……」

「ぽぽっぽっ?(私を見て?)」


 視線が合//私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

私を見て?私を見て?//ラナs//私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?

私を見て?私を見て?私を見て?私を見て?//タスke//私を見て?私を見て?


「……見……ます」


 瞳を見てしまう、おしまいだ、でかい女が、私を恐怖の水底に溺れさせる。

息がもう……でキn


 第三十六歩「ゆー るっく あっと みー」に続く


[精神操作]

魔術等に限らず[精神操作]と言うのは効果が目に見えて現れ難いが

大変高度な技術を要し、また影響も計り知れない。

元来、判断基準というのは認識と体験と思考の積み重なったものであり

個々人の教養や人生経験の集大成でもある。


目の前の認識を変え、体験の感覚を忘却させ、思考の判断を歪ませるという行為は

もはや、今まで積み上げた生きている営みを否定、改ざんする行為に等しい。

《魅了》だの《混乱》の効果というの恐ろしいモノだと改めて考えさせられる。

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