第二十八歩「よろしい、ならば戦争だ」
「……(いよいよ洗濯を開始するよ、私!)」
洗濯機に放り込んでボタンを押す以外で服を洗うという行為が
人類はずーーっとやっていたし、この世界ではそれが常識なんだろうけど
いざ、自分がやってみるとこうも違和感と未知への体験に
胸を踊らせ、テンションが高くなるとは思わなかった。
「……(綺麗にするぞー! 綺麗になるのかなー!?)」
私はいそいそと服を脱げば、川にそれを浸していく。
全裸は流石に無防備過ぎるので持ってきた毛皮を羽織っている。
多少、〈天然聖水〉の効果で炭酸感を手先に感じるが問題ない。
聖水だろうが水は水、ちゃんと服も濡れてくれたから水洗いは出来る筈だ。
「……(さーて、こんな感じでいいのかな?)」
私は一度浸したワンピースを引き上げて
ぽたぽたと水を垂らしながらも、汚れがないかを全裸のままチェックする。
改めて見るとシンプルな作りのワンピースだ。
量販店で大量生産されてそうな形で、下手すればこの世界にもありそうだ。
「……(服かぁ。確保しないとなぁ、予備の1~2着)」
今朝方、脱いで洗濯の予行練習していた時に気付いたのだが
〘八尺様〙もとい、私は下着履いてないのね。
今更なんだが、それを気にしている余裕も気分も今まで無かったのだ。
ただ、ブラだのショーツだのあんな下手に破けたら
修復不可能そうな衣類は無いと解ると逆に助かる。
エルフ君達の服装は確かに実用的だったが単純に模様だの刺繍だのは
入ってない事から、私がイメージする下着類は超高級品扱いだろう。
とてもじゃないが無一文状態で手が出せるとは思えない。
「……(後から着れなくなるって方が羞恥心で大変だったろうしね)」
まさか、此処までシビアに思考出来る様になるとは自分でも驚きだ。
そんな事を考えながら私は襟口、袖口辺りを入念に揉み洗いしていく。
汗とか掻いてたら此処らへんが一番匂いが残る筈だ。
こんなもんでいいかな? さて、新入りの〈洗濯板〉君の出番だ。
そういって、水につけたワンピースを痛まない様に板に擦り付けていく。
加減がよく分からない。ただ、なんでか知らないがこの〈洗濯板〉は分厚く
丈夫に作っている様だ。やっぱり、小型化や軽量化って技術が要るのかな?
「……(ま、今のサイズ感だと丁度いいからいいや)」
私の身体から漏れた黒い暗黒物質みたいなのが洗っているワンピースから
溶け出す様に川へと流れ出ていく。なんか黒ずみみたいでこれはこれで凹むけど
汚れていた事が目に見えるのは、逆にやり甲斐があるというものだ。
意外と洗濯が楽しいのは発見だった。ま、これが最初だから目新しいだけで
後から何度もやらなきゃいけない作業に感じる様になるのかな?
ただ、今は楽しいのだからひたすらに楽しまなきゃ♪
【家事スキル〘洗濯〙を発現しました。Level1に上がりました】
「……(お、そんなのもあるんだ)」
意外なスキル取得にびっくりしつつも、認められたみたいで気分がいい。
しかし、これはこれでなんかこの世界はやり辛そうだね。
もし、他人にスキルが見られる仕様だったらお見合いとかで
『ああ、あいつの家事スキルあんなもんか』とか一発でバレてしまう。
くそ、花嫁修業がほぼ強制な上に、値踏みされるじゃないか!
「……(ファンタジー世界の女子も辛いのぅ)」
涙こそ出ないが、気分的に目頭が熱くなる事案だ。
この世界の婚活事情の殺伐さを推測するだけで憂鬱になってくる。
まぁ、私は貰い手とか無縁な話になりそうだけどね。
悪いが私が他人だったとしたら、よく分からん化け物を娶る気にはならない。
ふと、そんな事を思い足りつつも手が止まる。
「……(そっかー。私、ずっと一人なのかなぁ?)」
洗濯板の上で水と暗黒物質を滴らせるワンピースを眺めながら
そんな想いが頭を駆け巡っていく。〘八尺様〙って何年生きるんだろうか?
80歳で死ぬ現代人、エルフ君達はもっと長生きなんだろうか。
しかし、それでも寿命というものが来る。では、化け物の寿命はどれくらいだろう。
吸血鬼は長生きなイメージがあるが、あれもそもそもフィクションだ。
「……(おおぅっ、バタバタ周りが死んじゃうよね、長生き出来たら)」
そう、仮に仲良くなったとしてもエルフ君達もいずれ死んでしまう。
彼らの子供と、孫と、ひ孫と延々と仲良くし続けるのだろうか?
それはそれでこう、なんか別の現実とリンクして辛そうだな。
逆に犬猫よろしく10~20年位で死ぬ可能性もある。
うーむ、そっちのパターンだと一日一日が大切にしないといけないが。
「……(システムさんは教えてくれないか)」
【求められる情報は種族情報〘八尺様〙のLevelが足りない為、提示出来ません】
むー、まぁ仕方ない。むしろ、教えられる材料がある事は僥倖だ。
今は洗濯に専念しよう。うむ、段々と黒ずんだ暗黒物質の染み出しは減っていく。
綺麗になっているのかな? というか、あんだけ黒いのが混じってても
ワンピースは元から真っ白な事に驚く。一体どういう原理なんだコレ。
「……(まぁ、そんな事を気にしても仕方ない。洗濯したという事実が大事!)」
輝く程の真っ白さを誇るワンピースを、私は突き刺した枝へと引っ掛ける。
端っこをちゃんと伸ばさないとね! 洗濯ばさみが欲しいが仕方ない。
続く帽子もちゃっちゃと水を付けて軽く揉み絞っていく。
これは簡単でいいや。折角のきれいな形が崩れちゃうと嫌だしね。
こちらも水に付けるとどす黒い暗黒物質が真っ白い帽子から漏れていた。
マジでどうなんだろう、コレ。ちょっと川も白煙上げているし
やっぱり、この黒い汚れも聖なる力で祓われているのかな?
「……ぽぽっ、ぽぽぽっぽっ!(よし、洗濯終了!) 」
うむ、一仕事やり終えたのは気分がいいね! 私は背筋を伸ばしていく。
毛皮を羽織ったままでなんだかワイルドスタイルだが
他に着替えがないのだから仕方ない。うむ、さて、後は水浴びだ。
「……(見てないよね? 誰も見てないよね?)」
私は毛皮を畳んで枝の根元に置いた後、川へと入っていく。
深い部分を求め、ざばざばと歩いては足先で川の中を探索する。
お、此処らへんがいいかな? ちょっとくぼんでいる部分があれば
手探りで石を並べて、簡易のお風呂と言うかプールにする。
肩まで浸かる事は出来ないが、下乳房位までの水が浸かる深さになった。
「……ぽぽっぽぽっ。ぽぽぽっぽぽっ。ぽっ~。
(〈炭酸冷泉〉みたい。冷たくてきもちー。初めてぇ~)」
相変わらず祓われながらの入浴だが、これはこれで何となく気分がいい。
えーと、炭酸泉で冷泉って中々無いんじゃないかな?
これは想像より全然いいぞ。涼しくて、冷たくて、気持ちい~♪
汗も流されて清涼感が半端ないね! これ、人間サイズだったら
ちょっと流されるのが怖かったかも知れないが
この巨体だとそんな心配も無いからのんびりまったり出来る。
「……ぽっ~(ほぇ~)」
私は久しぶりのまったりタイムを堪能する。
川のせせらぎが悩みや考え事など色んなモノを流してくれる。
雑事が頭に留まらず、なんとも気持ちが良いもんだよ、ほんと。
実際にキャンプとか田舎の川遊びでもこういうのって体験出来たのかな?
何となく過去のイメージの感覚がつかめないのは
私はそーいうアウトドアとは無縁だったのかなー?
「……ぽぽっ~、ぽぽぽっ(はぁ~、絶景かなっと)」
なんか日差しも木々の合間から漏れる位で明る過ぎず、暗過ぎず♪
こう、川のど真ん中から川辺を眺めるというのは中々の絶景だ。
周りの木々や石が白いのも相まって、水の煌めきが眩しく見える。
大自然の中での優雅な入浴? こういうのは沐浴って言うんだっけ?
まぁ、そんな素敵な時間を堪能していた。
「……(っと、いかんいかん。髪も洗わないと)」
このまま、大自然に溶けてしまいそうなっているのを止めて頭を左右に振る。
ほんとに魂ごと流されそうだったよ、大自然凄いなー。
私は、立ち上がっては中腰で川に髪の毛を浸していく。
うー、結構長いから濡らすのすら一苦労だ。
私はちまちまと川の水を手や持って来た〈木桶〉で掛けていたのだが――
「……(ええい、面倒だ!)」
私は瞼を閉じて、そのまま川へと潜ってしまう。
毛根までピリピリと刺激される感覚には結構驚きつつも髪を沈めていく。
髪の毛が揺らめく感覚を手先だけで感じ取り、ざばっと一気に川から頭を出す。
これはこれでなんか別の妖怪みたいで怖いな、傍から見たら。
ただ、おかげで腰元以上はあったであろう長い髪の毛が一気に濡らす事が出来た。
うー、これシャンプーとか乾かすの大変そうだなぁ。
生乾きだけは気をつけないとね。匂いが残ったら本末転倒だよ!
「……(しっかし、無駄にキューティクルってるな〘八尺様〙)」
ツヤツヤとした黒髪。これ、シャンプーのCMとか来そうな感じである。
ホラー映画の幽霊みたいなゴワゴワなロン毛じゃなくてよかったよ。
指通りが良くて、触っているだけでも結構楽しい。
枝毛も無いというのがこれは自然に生えているのではなく
そういう形の造形なのかも知れない。
髪先を眺めてまた、時間を忘れそうになるがあんまし、長居をしても仕方ない。
天日で乾かす時間とか午後どうするかとか考えないと。
「……(どのくらい掛かるかなぁ?)」
それに冬とか寒期に入ったらしばらく水浴びも無理そうだ。
ふぅ、今が程よい季節でよかったよ。これから、夏みたいな暑い時期だったら
もっとこの水浴びも気持ちよくなるのかも知れない。
あ、これはちょっと素敵な希望だね! 少し明日への活力になったよ。
「……(アレかな、猿山のお猿さんもこんな感じなんかなぁ?)」
なんとなく、ニュースで見た猿が温泉に入るシーンを思い浮かべる。
今の私も似たようなもんなんだろうか? 温泉とかもあったら入りたいなぁ。
そんな事に想いを過ぎらせながらも立ち上がる。
身体も洗いたかったがスポンジ類が無いし、今日は流すだけにしておこう。
今度、探索する時は食料もそうだがそれに代用出来そうなのを探さないとね!
「……(ふぅー、気持ちよかった~。さっぱり、さっぱり♪)」
私は中腰にかがみ込みながらぎゅっぎゅっと根元から髪の毛を絞っていく。
髪の毛からは墨汁の様にまた、黒い何かが滲み出ているが気にしない。
今はこのさっぱり感が最高なのだ。
「……(いい気分転換になったぁ♪)」
心機一転。リフレッシュした心持ちの中、身体をひねる様に
肩周りと腰を軽く回していく中、ふと視線が誰かとかち合う。
おお、先日見かけたカップルさんだ。
いやん、二人で水浴びイチャイチャでも画策してたのかな?
一瞬、視界に入ったの見てはそんな事をボケっと考えている。
「……(あれ? ちょっと待て!?)」
まるで首元が錆びついたブリキの人形の様にぎこちなく向き直る。
今、私はめっちゃ見られている。当然だ、相手は目が見えるんだから。
見ているのは兎耳の少年騎士君と法衣のお嬢さん。
おまけにがさごそと藪を抜けてくるのは少年エルフの集団。
え、何? どういうことなの? ちょっと待って!?
今、えーと、私……裸じゃね? 裸だよね? マッパっすよね!?
「「おぃっ!? おっぱいすっごぃでかくねぇ!!!?」」
【〘セイント・シール・エルフ〙の集団と〘ウェア・ラビットリア〙の少年は
〘蠱惑の少年愛〙の効果で〘魅了〙状態になりました。
〘蠱惑の少年愛〙がLevel2に上がりました。 】
OK、解った。よろしい、ならば戦争だ。
第二十九歩「投石雨あられ」に続く
〈炭酸冷泉〉[地形][鉱泉]
地上で稀に現れる摂氏25度未満の炭酸水の鉱泉の一種。
炭酸泉と冷泉もこの世界でも珍しいモノではないが
両方の特性を備えているというのは意外と珍しいらしい。
温めの温度に炭酸カルシウムの効能を併せ持っている為、半身浴等に有効。
また、飲料としても炭酸水なので砂糖や果汁を入れるだけで十分美味であり
酒で割るというのも楽しみ方もある。
故に観光資源、特産品として幻想世界でも有益である。
ちなみに〘封印の白き森〙の河川はカルシウムを多分に含むが
炭酸水ではないので厳密にはこの項目には該当しない。




