第二十七歩「百の英雄譚 Episode4 "追跡の先の桃源郷"」
「うう、やっぱり勝手に入ったのを怒ってるのかな?」
「事はそう単純ではありません」
私、コアタル・ゼンズィーは今、ラナス・ノタカハと共に追われている。
ラナスの騎乗するグリフォンのアポロを先導する様に森を駆けているが
不慣れな上に真っ白い森と言うのは、これ程までに走り辛いものかと痛感する。
何回か枝にぶつかりそうになりながらも私達は川の方へと向かう。
想定していた手段の内、最悪のパターンに事態は移行してしまった。
口封じというつもりはないのだろうが手段が野蛮過ぎる。
いや、力を示す事で不干渉を願っているのかもしれない。
少なくとも私達二人を退ける戦力なら、小規模の軍隊にも対処出来る。
しかし、あの人数で一騎当千の百英傑を相手に出来る程の策を練っているのか?
「コアタル!? 後ろから!」
「何!? もう追いつかれ……くっ!」
「ちっちゃくなってない!? いや、僕もちんちくりんだけども!」
私は一度振り返る。目に映る何人もの白い肌のエルフの人影が
その白木の合間を縫う様に私達へと迫っている。
温和そうだったあの族長や他の老人たちも肉体自体は年相応に衰えている。
私達には追いつくのは難しいと考えていたが
その背格好から全てが合点いった。あのエルフ達は危険だ。
少なくとも1人で100人の雑兵を蹴散らせるだけの力を持っている事になる。
「いけない! アレはさっきの老人達です!」
「え? なんか男の子になってるよ!? それって弱くなってない?
え、お年寄りの方がエルフって強いんじゃないの?」
視界に捉えられる程に接近したエルフの老人達は一応に少年期の姿を取っていた。
肌は若々しく張りを取り戻し、背筋はよりまっすぐと伸びて、少し縮んだか?
ラナスが驚くのも無理はない。古代の術式の内、肉体と精神を若返らせる禁術は
確かにエルフの一部で使われていた。しかし、アレは体への負荷が大きく
一生に何回も出来る訳ではない。此処が勝負どころという事か?
いや、それにしても軽々しく使う訳ではないし、殺す事が前提になる。
「それは術士としての熟練度だけの話です!
エルフは少年期の方が下手な大人よりも強いんですよ! 」
「どういうことなの!?」
「今、講義している時間はありません。水妖術〘雫連弾 〙!」
私は振り向き様に牽制の術を放つ。
大気中の水分を弾にして射出する術なのだが当たりもしないし
何人かはそれに当たることすら躊躇なく、進んでくる。
森の中とはいえ、確保できる水は少なく威力の弱さは否めないか。
悠々と避ながらも枝と枝を飛び交う姿は手慣れた様子だった。
薄々感じていたがこの老人たちはかなりの手練だ。
エルフの老戦士というのは肉体の衰えはあれど
精神性や経験の積み重ねから、所作動作はかなり洗練される。
加えて、今の彼らは若返りの禁術を使用し、住み慣れた森の中を
その肉体のポテンシャルを余すことなく活用している。
それらを勘定に入れたとしても今の動きはかなりのものだ。
中途半端な牽制には意に介さず、余裕で頬先を掠めては迫って来る。
「すっごい早い! え? なんで!」
「あれだけ肉を食べているということはそれだけ筋肉と体力が
鍛え上げられているということです!」
「う、僕ももっと食べておけば良かったよ!」
「思い出させないでください! 名も知らぬ木よ、ごめんなさい!
水妖術〘雫裂波〙!」
く、この術式での発動はあまり遣いたく無かったが仕方ない!
私は手に持っている〈水術筒〉を木の幹へと当てて術を放つ。
これは木に流れ満ちている水分を拡散して飛ばす術なのだが
当然、水を抜かれた木は大きな音を立てて枯れ朽ちていく。
申し訳ない気持ちが胸中に溢れるが、纏まった水分の確保はこれしかない。
弾けた水の弾丸は散弾の様に周囲へと散らばっていく。
流石に木影に隠れて対処はされるが、少しは足を止められたか?
「遊ばれていますね」
「ふぇ? 追いかけっこなの?」
「相手は襲う事に気付く事、こうやって逃げる事
自分が有利な地形への誘導している事も見抜いています」
「え、でもそれって」
いけ好かない! つまり、私達がどんな小細工や罠を仕掛けても
悠々と突破出来るという欺瞞を心に抱いているという事だ、あの老人たちは。
殺す事も傷つける事も目的ではなく、ただただ力の差を見せつけて、叩き伏せる。
それが出来ると圧倒的な自信と勝算を有している。故に私は疑い、考える。
『〘セイント・シール・エルフ〙の言う“邪なモノ”は本当に実在するのか?』
この懸念は想定の内にあった。以前の大戦、勇者が魔王を打ち倒したが
周辺地域の混乱はその後も続き、地域が平定されたのは数十から百年前だ。
終戦前後に誕生したのがこの森という事になっている。混乱の中で力を持っていた
魔王陣営の残党が異界や別の術式を組み、召喚した化け物という可能性もある。
もう一つは架空の化け物をでっち上げて、地域の混乱を理由に人を遠ざける目的。
今まで討伐を志した者が向かった話はあれど、その後の話は聞かない。
いや、今の状況を見るに『帰って来れなかった』というのが真実だろうか?
「この老人たちはずっと続けていたのか? こんなことを」
「お爺ちゃん達ーーー! なんでこんなことするのーーー!」
ラナスの叫びに老人達は応える事なく老人達の走りは止まらない。
時折、地面の石を拾っては私達の移動ルート先を掠める様に投げつける。
私の術やラナスの斧槍で弾いてはいるが、防具を着ていない素人が当たったら
一発で気絶させられる精度と木にめり込むほどの威力がある。
「ラナス、駄目です。今は川に出ることだけに集中を!
水があれば話は別です!」
「わ、解ってるけどー! でもっ!」
こういうラナスの優しさは美点であり、弱点でもある。
その分、私が彼の為にも真面目に冷徹にやらないといけないのです。
見た目は対して変わらないが、私の方が数十年は年上だし、きちんとしないと。
その為には兎にも角にも水が無ければ駄目。ようやく、水音が聞こえ来る。
これで川に出られて反撃出来る! そうした安堵は一瞬にして消える。
そう、茂みを抜けた先に“ソレ”は既に居ました。
「くっ、なんて間の悪い!」
初めて姿を確認する。確かにでかい。私達の1.5倍以上はあるでかい身の丈。
黒い艶髪、艶めかしい程に輝く白肌の裸の大女。水浴びでもしていたのだろうか?
その体と髪は水に濡れ、ぽたぽたと滴り落ちている。
茂みを抜けたラナス、それに追い付いてきた少年化したエルフの老人達。
それらの視線が一斉に向けられて、しばしの沈黙。
大女もあまりの出来事に体が固まって先程から石像の様に微動だにしない。
そして、指揮者が居て、声を出すタイミングを合わせた様に
ラナスと追跡していたエルフの老人たちの声が一斉に上がる。
「「おぃっ!? おっぱいすっごぃでかくねぇ!!!?」」
「ぽっぽっ、ぽっぽっぽっーーーーー!?」
よし、真面目な私が悪いんですね? そうなんですね?
第二十八歩「よろしい、ならば戦争だ」
〘水妖術〙[水属性][妖術]Level1
東方由来の術式と言われる水の操作を中心とした魔術の一種。
主に〈水術筒〉と呼ばれる特殊な魔道具を使っている術式の系統。
戦闘での柔軟な対応は勿論、普段の日常的な使用も考慮されている。
海水より淡水、そしてより純水の方が操作がし易いらしく
純水化をする術式も組み込まれている。
元々は形式等は無く、個々の種族が勝手に使っていた術式なのだが
大戦をきっかけに実用性と体系化の追求が始まり、前述の東方の術式に擬えた形で発展する。
詳しい内容は後日更に追記する形とする。




