第二十二歩「百の英雄譚 Episode 2 "懲罰の肉宴"」
私、コアタル・ゼンズィーは此度、《封印の白き森》の調査及び偵察の任を帯び
現地に赴いていた。当初、交渉は上手くいかず、最低限の調査という事で
侵入した矢先、私達は見知らぬ存在の気配を察知し、追跡をする。
此処に住む《セイント・シール・エルフ》達が忌避し、封印しているらしい
伝説上の化け物かあるいはその眷属、子孫の可能性もあった。
しかし、すぐ気配は途絶え、追跡は不可能だった。
事態の報告と異変等が起きてないかそのエルフ達に確認と再度の交渉の為
彼らの居住する里を探り当てて訪問したのだが
やはり、結界を抜けた心象の悪さは大きかった様だ。
本来は、軽く偵察をして抜ける予定ではあったが事態が事態とは言え
これは悪手である。挽回をする事も叶わず、交渉は一時中断された。
「ねぇ、コアタル」
「なんだ、ラナス」
「……エルフって普段こんなに食べるの? 今まで我慢してたの?」
今、私と此度同行した同僚のラナス・ノタカハは彼らから出された食事に
目を向けては普段と変わらぬ、くりっとした大きな瞳でそれを凝視する。
私達は歓待という訳ではないが夕餉の席に招かれた。彼らの住む家屋ではなく
中央の広けた所に火が大きく焚かれており、そこに席を設けて集まっていた。
そして、出された料理。それは目の前に鎮座しているのは肉。
四足獣の内蔵と血を抜き、頭と手足の先を落とした豪快な丸焼きである。
鼻先に香草の香りが漂う事から、なんらかの味付けはされている様だ。
おそらく、イタチかアライグマ辺りのサイズだろうか?
彼の頭より少し大きいか同じ程度の大きさだ。
「いや、私も魚は食べるし、狩猟を生業とするエルフなら
肉は食べるでしょうけど」
「あ、やっぱ多いんだ」
「はい。というかラナスも食べるんですか?」
「う、うん。食べないと大きくなれないから。けど……こんなには」
そう、私の目の前にはラナスより更にでかい。仔豚位の大きさの獣の丸焼きが
鎮座している。香ばしい香りとその滴る脂を眺めれば、食欲を唆るのは当然。
まして、肉は結構な贅沢品である。
此処のエルフはなんというか色々と私の知っているエルフとは違っていた。
この量も『お嬢ちゃんと坊っちゃんじゃこれくらいじゃろ』と加減をされている。
「遠慮は要りませんぞ。わしらは普段食べ慣れておるし、ここは獣が多い」
「は、はぁ」
先程まで交渉で散々言い合った此処の族長殿は私より更に一回り大きい
丸焼きをかじりついている。老体とは思えぬ、食いっぷりに目を見張ってしまう。
漏れる脂は髭に付き前歯はまるで肉食獣の様に肉を強引に引き裂いている。
私も手渡された石作りのナイフで肉を切り分けながら、ちょっとずつ食べ始めるが
一回の食事で食べる量では到底無い。ラナスも見よう見まねで齧りついてるが
どっちが齧りついているのか解らない大きさの対比だ。
「ほら、切り分けて上げるから一旦置きなさい。
全く、子供ではないんですから」
「おふぇがいー!」
「ラナス殿は中々良い食べっぷりじゃのぅ。実によい。
貴方達に美味そうに召し上がって頂くのが、良い罰になりますからな」
「え、罰ですか?」
先程までの交渉とはうって変わって、本当にうまそうに肉を食らう族長殿。
丸焼きの胴体を抑えて足の部分を掴んで引き千切ってはそう語り始める。
ラナスもハフハフと熱くなっている肉に食らいつきながらも前歯を立てている。
その様子を横目に何やら空気が和んでいる様子なのはこの子の役得と言うか
ずるい点だ。勿論、当人は無自覚、一緒に居る私も良いことはあるのだが
心情的にきちんと受け止められない自らの未熟さがちょっと情けない。
「左様。わしらの里では掟を破ったり、問題を起こした者は
その夜の夕餉の支度をさせるのです。御覧ください」
「給仕が罰なのですか?」
そう言って族長は食いかけて剥き出しになった骨を里の焚き火で
せっせと肉を解体して、肉を炙り焼いているエルフの集団へと向ける。
皆、一応に熱に肌が炙られぬ様に前掛けと顔に布を巻いている。
うん。そうなのだ。私と族長でも量が多いと思っていたが
彼らが解体しているのはクマやイノシシの様な大型の獣の肉であり
里の者にせっつかれている。明らかに苛つかせているのは見て取れるというか
怒気も殺意もこちらにまで薄っすらと感じられるほどに露出していた。
「スルスミ! こっちにクマとイノシシ追加だ!」
「うるせぇ! まだ焼けてねぇよ!」
「こっちはイタチでもいいから早くくれ!」
「だーーー! うるせぇなぁクソがぁ! てめぇを焼くぞこのやろぅ!!」
どうやら女のエルフが身体の半身位のサイズはある石刀で熊肉をさばきながら
悪態をつき、凄い罵声を返している。しかし、決して手を休めない。
彼らの言葉が〘古代エルフ語〙という事で私が今回の任に抜擢された節もあった。
それでも途中聞き取れないレベルの激しい口調と罵倒語が食卓を乱舞する。
その割にもちゃんと丁寧に焼いたり、しっかりと味付けしているところが律儀だ。
同じエルフ種の〘レイク・エルフ〙である私ですら驚いているのだから
別種のラナスが驚くのは当然と言えば、当然である。
「凄いですね。これは」
「里の者は皆、肉が好きでの。罰を受けた者は最後に残りを食べる。
勿論、皆が食べ終えるまで一切食べてはならんという決まりじゃ」
「うわー。そのなんていうかー」
「故に里の者が皆、集まり監視しながら美味そうに食うのが罰なのじゃよ。
今回はそちら方も見た化け物に勝手に対処しようとしたので罰を与えておる」
「厳しいのだか優しいのだか」
ラナスは感心した様子、私は驚嘆したままその族長の話を聞きつつも
火の周りに居るエルフ達へと視線を向け直す。どうやら、怪我をして戻ってきた
若いエルフ達ばかりの様だ。皆、一応に手足に布を巻いたり、アザが残っている。
中央で一番大きい石刀を捌いているエルフの女など目から涙、口からよだれが垂れ
文句たらたらにやっているのだから、本当に堪えているのだろう。
「食いてーーー、食わせろーーー、爺、後でぶん殴ってやるぅぅー」
「スルスミー。こっちの皿には肉がねーぞー」
「だぁまってろやぁああああ! 今、やってんだろがぁくそがああああ!」
微かに聞こえたエルフの女の声はもうなんか見てて痛々しい。
それを嘲笑っているという訳ではないのだろう。煽っている老人たちは
ドコか微笑ましげな空気を漂っている。出来の悪い子ほど可愛いと言う奴か?
そんな風に視線を向けている中、私は一つ気づく事が出来た。
中年位のエルフが本当に少ない。反面、若い少年少女のエルフと老人は多い。
人間やラナス達の様な短命な人種とは寿命や年齢構成が異なるとはいえ
これは同じエルフから見ても歪に見える。
大体120~160歳位のエルフ達だけはごっそり居ない。
ちょうど働き盛りな年代ではあるが、戦に出ているというわけではないだろう。
「あ、族長様。木の実採ったり、畑とかはしないのですか?」
「そういう森の恵みは皆、喰らう獣に譲っておる。
ま、そこいらの《フォレスト・エルフ》と対して変わらんじゃろうて」
「コアタル、そーなの?」
ラナスが子供っぽい質問を族長殿にしている。
やはり、老人というのは子供っぽいのに弱いのはどの種族共通か。
私が話していた時よりもやはり、ラナスは受けが良い。
いや、私がこういう会話が苦手なだけかも知れないが。
取り敢えず、ラナスの皿に焼けた肉を解体しては取り分ければ
がつがつとかぶりついている。うむ、微笑ましいのは同意せざる終えない。
「まぁ、そうですね。エルフは基本住み着いた森や湖、各地の自然を
その生活の基盤とします。引き篭もっていると誤解されがちですが
その場その場の自然環境に最適化されているんですよ?」
「ふぇー」
「その通り、儂らはここでの生活ではそれは安定しておるが
森を一歩出たらそれは対応と試行錯誤の連続になってしまう」
私がラナスへと語りかけ、補足される族長の話は
一般的なエルフ族に対する典型的な偏見への回答だ。
私達エルフと呼ばれる長身で耳の先が尖っている種族は大陸に多く居る。
大抵は平原、平野を好まず森林地帯や湖、海など水源の近くに拠点を構える。
そんなエルフの産まれた頃からの当たり前は別種族からすれば奇異に見える。
勿論、種族間での生態や部族のしきたりの違いなど奇異に見えるのは当然だ。
隣の森同士ですら考えややり方に差異は出るし、個人の好みもある。
そういう事を言い出してはきりがないのだが、それでも高い壁として存在する。
こうやってラナスは目をくりくりとさせて感心してくれているから良いが
侮蔑や差別感情を持つ者が少ない訳でもない。
族長殿の言葉はやはり、年長者ゆえの経験からだろうか。
重々しくも悲しさを感じられる言の葉をゆっくりと漏らしていく。
「ラナス殿。コアタル殿。儂ら少数民族というのは
何分、他種族、多民族と軋轢しか産まぬのじゃよ」
「〘ケントゥリオ勇国〙は連合軍運用の経験とノウハウはあります」
「しかし、行軍するとなれば儂らだけ肉を食うという訳にはいかぬ。
豆や芋や麦粥が主食となれば、儂らは力も出せんし、身体も壊す」
「あー、コアタルも干し魚とか乾燥水草いつも食べてるもんね」
「食料配給に関しましては私達も苦労がない訳ではありませんが」
言葉が詰まる。ラナスが言う様に私にも種族特有の常食はある。
アレがないと私も調子が悪くなるし、長い行軍や旅路では準備が必要だった。
勿論、族長の言った量の確保と保存が安易な穀物も食べられない訳ではない。
引き篭もっては居るが《フォレスト・エルフ》に比べて
《セイント・シール・エルフ》には違いはないと思っていた。
いや、そう思い込んでいた。確かに差異はあれど、エルフ族という括りでは
連携が取れた実績は過去に何度もある。だから、大丈夫であろうと。
しかし、この食事の説得力の重みは目の前の肉の質量と同様に果てしない。
「畜産をする土地やノウハウもない。誰か大人数を森に入れては食べる肉が
どれだけ賄えるか分からん。いざ頼られても断る事しか出来ぬのじゃよ」
「……うー、コアタル」
「解っています。私もあれから考えてはいますが」
不思議だ。いくらエルフで狩猟が得意という事であれ
こんなに中毒的に肉食が中心の食生活と言うのは見聞きしたことがない。
そう、本来であればここまでの量が確保できる程にこの森の規模も大きくなく
生態系も維持し続けられる訳ではない。食料になる動物が滅んでしまう。
ギリギリのバランスだからこそ、排他的になっているのだろうか?
深く考えを巡らせていると相変わらず困った視線をラナスは向けてくる。
私は決断する。今回の交渉は失敗だ。情報が少な過ぎた上に
これ以上無理強いをしても関係の悪化から、相手の態度がますます硬化する。
情報が足りない。この《封印されし白き森》に対しても彼らに対しても。
故に別のアプローチをしよう。予め考えていた腹案に行動を移す。
「では、族長殿。私達もこのまま馳走になっただけで帰る訳にはいきません。
宜しければ、その封印している箇所の記録を取らせて頂きませんか?」
「ふむ。どういった理由でしょうかの? わしらは百数年、維持しておりますが」
族長殿は手を止めること無く、肉へと齧りついている。
老体とは思えぬ豪快な食べっぷりもさることながら、おそらくこの提案すら
想定の内だったのだろう。となると、見せられる範囲や箇所などは
もう事前に取り決められている可能性もあるが、かといって何の成果もないのは
流石に不味い。この一手を次の交渉に繋げるしかありません。
「私も術士の端くれ。どれほどの脅威か分かれば
私達も勇国側に申し開きをする材料になります。
危険度が高いのなら、お力になれずとも周囲への警戒の保証にもなるでしょう」
「……ふむ。夕餉が終わり次第、村の者と話し合ってみすかの。
ま、今はこの肉を楽しんで頂きたい」
「はぁ~い」
「ご検討、お願い致します」
そして、私とラナスは半刻ほど目の前の肉と格闘し
二体目の準備に掛かるのを止めて頂いた。もう無理だってほんと。
ちなみに族長殿は3体目を食べた時点で最近少食になったと零していた。
やっぱり、このエルフはドコかおかしい。
第二十四歩「溶けない白雪」に続く
〘レイク・エルフ〙[種族][エルフ]
主に湖畔や湖上に生息するエルフ族の一種。
肌は褐色や青緑色の様な色合いとそれぞれの環境によって多岐に渡るが
一般的な色合いはやや、緑がかった青い肌にうっすらと鱗が見える。
他はエルフ種の特徴と同一で尖った耳先や高身長、長寿命である。
彼らは湖での漁や魚の養殖、水草の育成などを主な生業としており
水質の改善や水の移送に関して古来より魔術を使っていたが
ある時期を境に攻撃的な妖術の研究、駆使をする様になる。
本来、彼らの住居は船の上や湖上の浮草に作られたりと
外敵に対しての自衛がメインであったがそれも魔術や戦争の発展での
自衛手段の向上が求められたのと、とある戦乱で徴兵されたのがきっかけと言われている。
その頃に彼らの不名誉な蔑称として”水くみエルフ”と言われ始めた歴史がある。




