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第二十一歩「百の英雄譚 Episode1 "水くみエルフの交渉"」

 僕、〈ラナス・ノタカハ〉と今回相棒となっている〈コアタル・ゼンズィー〉は

未確認の化け物の襲撃を受けることも無く、古来よりこの森を守っている

〘セイント・シール・エルフ〙の集落へと辿り着く事が出来た。

外に繋いでいる〘ライディング・グリフォン〙の〈アポロ〉から

視界をリンクすれば外の様子が解る。警戒はしておけという事だったけど

このまま監禁、暗殺なんてのは無いと思いたいな。全く、コアタルは心配性だよ。


「どう、ラナス? あのエルフたちは」

「ん、んー。どうやら集団は戻って来たみたいだね。あ、なんか怪我してるかも?

 若い子が歩くのもやっとで、お爺ちゃん達が支えているね」


 この森は本当に真っ白だった。

木々も土も空まで白くなるんじゃないかと思える程に

この〈封印の白き森〉は白一色に染まっている。

一定の地域が真っ白に染まるこの現象は古くは以前の大戦からと言われている。

当然、住んでいるエルフ達も白髪で真っ白い肌……あれ? 迷彩かな?

何やら戻ってくるエルフ達の集団が戻ってくるがそのうち若そうなエルフたちは

身体に黒い線が入っている。刺青かもしれないけど、まぁそれはいいや。

ドコかで一戦交えてきたらしくボロボロなエルフも数名いる。


「……っと、何か小さい声で言ってる。扉を見張っていて!

〘怖がりの兎耳〙を使うよ!」

「解りました」

『族長、申し訳ありません。早急のご用件が……』

『いきなりなんじゃ? こちとら一戦交えて疲れておるんじゃが』


 お、大人のエルフが一番ご高齢っぽいエルフの人に駆け寄って耳打ちするね。

あの人がリーダーだろう。年齢はお爺ちゃんだが、身体はかなり屈強そうだ。

コアタルに目配せをした後、壁に耳を当てては聴覚に集中する。

〘ウェア・ラビットリア〙自慢の聴力で会話を拾い上げていくが

うう、あまり聞きたくない内容だったよ。


『例の遣いが結界を抜けて来ました』

『なんじゃと!? 追い返したのでは……いや、そもそも超えて来たのか?

結界に何かあればわしへ知らされる仕組みの筈じゃ。

まさか既に壊されていたか?』


 族長と呼ばれているご老人は何やら苛立ちを抑え切れていない様子だ。

うーん、やっぱり僕達は警戒されていると言うか、うん。

本当は一回追い返されていたからね。それは仕方ない。

無理を押し通っているのは事実だし、引き返せない。

何としてでも情報を貰って交渉の糸口を見つけないとね。

僕達は手ぶらでは帰れないんだから!


『ですから、抜けてきたのです。結界は依然健在。

なんらかの魔術を使ったのでしょう。まったく、この忙しい時に』

『無礼な。何のための結界じゃと』

『言い分としては見た事もない化け物を居たので緊急事態と判断したそうです。

「ぽぽぽっ」と鳴くらしいのですが』

『例の奴か! くっ、タイミングの悪い。いや、まさか何体も出たのか?』


 どうやらエルフの人達も僕達が一瞬だけ気配を見つけた何かについては

把握というか接触はしている様だ。確かに相手の言う通り

同じ個体とは限らないけど逆に言ってしまえば、僕が探知出来ない化け物が

何体もうようよ居るとなると、この森の危険度はかなり高い。

タイミングという言葉から察するに来訪するのと同時期に出没しているのだろう。


「不味い。さっきの奴が出たのは最近らしいよ」

「私達が連れて来た、あるいは謀略を疑われる可能性もありますね」


 ラナスが額に手を当てながらも項垂れていく。生真面目な分

先程からぶつぶつと呟いて、交渉に関しての策を練っている様だ。

頼りになるのは当然で、僕も自分で出来る事をなんとかしないと。

そう意気込んでいると族長達が僕達の通されている家へと近づいてくる。

ちらっとアポロの視線と目が合いかけたのですぐにリンクを切る。

見透かされていたか、あるいはされて当然とも考えているかも知れない。

此処は毅然としておかないと。


「ふむ、これはこれは。こんな田舎の森にまで噂の英雄殿が来訪されるとは。

 おまたせして申し訳ありませんでしたの。わしがこの里の代表ですじゃ」

「お初にお目にかかります、族長殿。〈ケントゥリア勇国〉の百英傑が一人。

 〈コアタル・ゼンズィー〉と申します」

「同じく百英傑が一人。僕は〈ラナス・ノタカハ〉です!

 って、なんだかボコボコですが大丈夫ですか!

 僕達も変な化け物の気配を察したのですがまさか、そいつに!?」


 入ってきたエルフの族長は恭しく挨拶をするも態度としては一線を引いている。

猜疑心とまではいかないが警戒の態度を崩すことはない。

それでも、僕達に対して礼を尽くしてくれているところに人徳というか

大人の態度を感じさせる。ただ、僕としてはそれとは別にそのご老人が

大層な大怪我というか顔のあちこちが腫れており

喋ることもつらそうなのが手に取る様に解る。僕は思わず身を乗り出すが

族長殿はそれを手で制する様にしては席へと促していく。


「ああ、ちょっとあったものでしてな。お見苦しい姿で失礼を。

ただ、詮索は無用。そして、お話は伺いますが良い返事は無いですぞ?」

「それは全て伺った後に、改めて判断して頂きたく願います」


 そう言ってコアタルは巻物を一枚広げては机の上に魔術を浮かべていく。

〈マップ・スクロール〉、魔術で情報と暗号を描き込んだ地図の巻物だ。

近辺の大まかな地図と共に名前が浮かび上がり、そして海の向こう側が

暗雲立ち込める様子はオドロオドロしいとまではいかないどこか

絵物語の様な印象すら与えていく。そして、この森の場所も文字で浮かび上がり

大まかな距離感が掴める様という演出を加えていた。


「親書で事前にお伝えしたとおり、協力を改めてお願いしたいのです。

 我々〈ケントゥリア勇国〉は、あなた方の力添えを求めています」

「お願いします! 魔王復活の兆しに僕達百英傑も集められています。

 また、以前の大戦の様な大きな戦が始まるかも――」

「ラナス、貴方は黙っていなさい」


 僕が身を乗り出して言い掛けた所をコアタルが制止させる。

うう、いけないいけない。キッと睨みつける様な視線は本当に怖い。

全く、コアタルはちょっと表情がツンケンし過ぎだと思うなぁ。

ま、兎も角、これ以上無駄口を叩かない様に両手で口をふさいでおく。

僕が何度もうなずいた様子を見れば、族長へと向き直って話を再開させる。


「族長殿。再度、御一考を願いたく私達が来ました」

「以前、お返事を返した通り、この森に住むわしらの人数は多くないのです。

 若人を戦で失える余裕もない。他のエルフとも連携は取りづらいでしょう」

「頭数が戦力がという話ではありません。ある程度立場を表明していただく事と

有事の際のご協力を願いたいのです。募兵に来た訳ではありません」


 族長殿は訝しげに体重を椅子に預けながらも蓄えた髭を撫でている。

コアタルも全く引く様子はないというか、意思だけは強く向き合っている。

テーブルを向かいにじりじりと気配の食い合い、押し合いを続ける中

族長殿は力が抜けた様に大きな吐息を吐いては、視線を僅かに逸らして口を開く。


「と言いましても逆に言ってしまえば、我々が声明を出した所で

 何の助力も出さねば、口だけということになりますな」

「ご安心下さい。流石に規模や働きの御事情は考慮されるでしょう」

「ほぉ、それを“水くみエルフ”のアナタがおっしゃいますか」


 無い胸を張った後、続く言葉にコアタルの顔が強張る。

じっと見つめられていく横目の老人の視線はその図星を狙っていた。

僅かな手の震えの振動が、拳に入る力が、肌をこする音が僕の耳にも入ってくる。

うう、怒ってるなぁ。怒らせてるというよりも図星って感じだ。


 簡単に事情は僕も聞きかじっている。〘レイク・エルフ〙の暗い過去への

言及の言葉であり、当人が言われるとそれだけの衝撃なのだろう。

あれだけ饒舌に語っていたコアタルの口が、真一文字に閉じられてしまった。

重い沈黙と流れる空気に僕も自然と背筋に力が入ってしまう。

こーいうのは嫌だなぁ。思わず耳をへたらせて塞ごうとしていたので

慌てて立て直す。解らなくてもちゃんと聞く事が大事!


「失礼。ただ、我々がいくら田舎暮らしの引き篭もりと言えど

 前大戦の事位は知っておかねば、世事を渡っていけません」

「いえ、我が部族の汚名は濯ぐ為にも、私“共”は粉骨砕身の努力をしております。

 その名を呼ばれ、信任を得られないのは私及び部族の怠惰ですので配慮は無用。

 むしろ、率直な心象を述べていただく事は大変ありがたいことです」


 感情を押し殺しながらもコアタルの言葉は力強くそれでも前に出ようとする。

戦場では慎重で立ち位置が後ろなコアタルがこんなに前に出て主張するのは

ちょっと珍しくて僕も見ていてはらはらする。

鎧もまとわず、騎馬にも乗らず、盾も持たずに自らの身だけで

言葉をぶつけ合うのだから凄い立派だし尊敬してしまうよ、ほんと。


「汚名と申されますか」

「汚名です。いくら理由と事情を並べ立てようと現実に私達レイク・エルフ

 その様な感想を持たれてしまった事は事実。故に奮い立つ時が来たのです」

「汚名を雪ぐのは良いことなのでしょうが、それに巻き込まれましてものぅ」

「巻き込むしかないのです! 大戦の後の平和の世が乱れつつある昨今

 幸か不幸か我らが英雄は今世、今生100を数える!

 今、この戦が最後の好機! これを逃せばもう二度とその汚名を背負ったまま

 挽回の機など得られないでしょう! それを見過ごす悲劇はあってはならぬのです」

「……むぅ」

「私はその辛さを一番近い場所で見ていました。だから、駄目なのです。

勝つ勝たない、出来る出来ないではない。どの種も血筋も関係なく

今この時に出来る事をやらねば『やらなかった歴史』だけが残るのです」


 鬼気迫るというのはこういう事を言うのだろうか。

此処まで感情を剥き出しにしているコアタルは僕も初めて見る。

人前で怒ったり、泣いたりなんて一度も無かったのに僅かに目が潤んでいる。

テーブルに叩きつけられる手でカップが揺れるのを僕は抑えている。

気圧されているという訳ではないが、族長のおじいさんも構えている姿勢だ。


 難しい言葉のぶつけ合いは続いていく。話はさっぱり解らないが

なんだか険悪な空気がどんどん濃くなっているよ?

むぅ、どうしよう。これは不味いな。よし、僕がなんとかしないと!

僕は揺れを抑えていたカップをぐっとコアタルの方へと押し付ける様にしては

二人の間に入る様に顔を覗かせる。エルフの人は背が高いからテーブルも高いね。

けど、届かないならば、僕が跳べばいいんだ!


「はぁーい、止めて」

「ラナス。なんですか」

「もぅ、そんな怖い顔だと僕達が脅しに来ているみたいじゃない。

 駄目だよ。無理を言っちゃぁね? 族長様もごめんなさい」

「ふむ……わしも言葉が迂闊じゃった。ご無礼許していただきたい」


 族長様も謝ってくれたけど相変わらず空気が重い。

耳が勝手にぴこぴこと動かして気持ちが忙しないのが隠せないよ。

うー、うー。どうしようどうしよう。僕はナニが出来るだろう。

戦場ならどんっといって、がーんっとやって、ばーんっと終わらせるんだけど。


「あ、僕はその偉い人同士の話し合いってのは上手く出来ないからその。

 ええと、僕もコアタルも族長様を困らせたい訳じゃないんです。

 ただ、そのえーと前の戦いでその色々あったのは族長様も知ってのとーりで」

「ラナス。あなたは上手く言えないんだから」

「で、でもぉ……そのほら、えーと。

 うう、なんて言えばいいか解らないけど、仲間はずれは寂しいでしょ! 

 皆が頑張っている時に、ナニも出来ないって悔しいし!」


 地団駄を踏んでしまいながらも落ち着かない。

頭がぐるぐるぐつぐつ煮えて迷ってる中、思いついた言葉を

考えて、考えて、多分大丈夫、きっと大丈夫。

だから、気持ちを取り敢えず、えーとなんだなんだ?

僕は言葉が上手く纏まらず両手を握って上下に振り続けて、足踏みをする。

うう、もうちょっと僕の頭がよかったらいいんだけど!

それを見かねてか族長様も大きく溜息を吐いて、話を仕切り直す。


「ふむ。その話は一度こちらも預からせていただきましょう。

 もう日も落ち始めておる。今夜は泊まっていきなされ」

「かたじけない」

「なに、どちらにせよ今宵は夕餉が大げさになる予定ですので」

「大げさですか?」


 僕とコアタルはきょとっと顔を見合わせつつも長い髭を撫でながら

族長様は窓へとちらりと目をやる。すっかり、空は夕焼けを終えて

暗い夜へと差し掛かろうとしていた。うう、コアタルが話し込んでたからね。

確かに夜の森の道を抜けるというのは一苦労しそうだし、野宿も大変だ。

うん、ちゃんと優しいエルフさんみたいなんだから話せばわかると思うんだよ。


「ああ、時にお二人」

「なんですか?」

「嫌いな肉などはおありかな?」


            「百の英雄譚 episode2 懲罰の肉宴」に続く


〘ライディング・グリフォン〙[魔獣][使い魔]

鷲の頭と翼と前足、ライオンの胴体と尾と後ろ足を持つ魔獣。

大変傲慢かつプライドが高い魔獣でその背に誰かを載せることは殆どない。

そもそも、彼らは馬などの騎乗動物の外的要素を含んでおらず

人類、亜人類問わず、まして鎧などを着込んだ者などが騎乗したら

機動力がかなり落ちる上に鞍も特注で作らないといけない。


故に厳密に言えば〘ライディング・グリフォン〙という種の魔獣は居ない。

正確に言うと『自身に騎乗する価値のある存在を認識したグリフォン』が

〘ライディング・グリフォン〙と呼ばれる個体となり

種の中では比較的大型の〘グリフォン〙が

特別な存在と関係を交わした際の個体を〘ライディング・グリフォン〙と称する。


また、姿を見ての通り、大型の肉食獣なので牛、羊、豚などの家畜は勿論

〘ウェア・ラビットリア〙を始めとする小型の亜人類を積極的に襲って食べる獰猛な魔獣でもある。

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