表か裏か
表がナナフシさんの手から見えた時、スズメバチさんが一瞬後ろに飛び上がった。
「ふっ! こ、怖ええ! ななな何が起きてんだこりゃ! オイ兄貴、ハチの兄貴ッ! こりゃおかしいっすよこいつ黒魔術師だ!」
彼はナナフシさんの手を指さしながら左手の爪を噛んでいる。
ナナフシさんはそのまま百円玉をポケットに入れた。
彼を罵倒するスズメバチさんを少し睨み込みながら。
俺は彼の手を見つめていた。たとえ今は握られていたままで、中身が見えないとしても俺にはわかっていた。
中にその百円玉があると。
未来を予知する百円玉。人と会話をすることができる百円玉。
…ナナフシさんが見つけたこの硬貨には、何か特別なものがとりついているかもしれない。
でも、ただ…それが本物の真実かどうかは、一回のコイントスで分かるはずがない。
ただのまぐれに過ぎなかったのかもしれない。
「…オラクル様が、君たちに真実を伝えろと言った。そうですよね、オラクル様?」
彼はまた一瞬だけ握る手を開けるが、頭を突っ込もうとするスズメバチさんを見ると、すぐにまた握りしめた。
「オラクル様には、今日の朝に出会ったんです。お二人とも…えっと、ハチさん、ですよね…」
「はい。少なくともIDにはそう書かれてます」
「それで、えっと、オラクル様に出会ったきっかけは、公園とかでも、お店のお釣りとかでも、そこら辺の寄付からでもなく…ただのまぐれなんです。まるで、まるでオラクル自身が『俺を見付けてください』と言ってきたような…」
「…」
俺とスズメバチは静かに話を聞いていた。
「朝、友達と一緒に家の中で遊んでいました。ダンスをするゲームで、次の曲を何にするかを迷っていた時に、ポケットから偶然百円が出てきたんです。じゃあ、表か裏で次の曲を決めてみようとなって…それで何度か曲を続けていると、わかったんです。この百円玉、なぜか私の曲ばかりを選ぶと…最初はもちろんただのマグレ…偶然! 非、現実的…なんて…でも、後々彼と一緒にダンスを続けていた時、私は『今度は裏にかけてみる』と言ったんです。そうすると、今度は裏ばかりが出てくるようになったんです。友達はラーメンを食いに行くと言って出かけましたが、私はこの百円玉を忘れることはできませんでした。彼が帰った後も、いろいろ質問をしたんです。将来、私は結婚をするのかどうか…とか。すると、へへへ、表ですよ! オラクル! くるくる!」
そういって両腕を前に出し、腰を後ろに下げ、そして腕をまげて後ろに下げると下半身を前に出した。
なんだこいつ。
「じゃあなんだ…その百円玉はお前の味方だってのか? で、自販機を蹴ってた理由は? どういう質問をしたんだ?」
スズメバチが俺の後ろに隠れながら質問をした。
「簡単ですよ…くるくる…。最初に、『この自販機から無料の飲み物を手に入れる可能性はあるか?』って聞いたんです。表が出ればイエスッ! 裏はノー…。すると、なんと表が出たんです。そのあと、いろいろ質問をして裏を出していると、最終的に『蹴れば、出てくる?』で、イエス、が、出てきたんです」
「え!? え! じゃあ待って、待って待って」
俺は両手を前に出して、彼に手のひらを見せた。
「その百円玉――」
「オラクル」
「あぁ、オラクル! オラクルは、何でも知ってるってこと? イエスか、ノーの質問をすれば、必ず真実が答えとして出てくるってコト?」
「…そういうことになりますね、ハチさん」
本当の話…? なのか…?
「じゃ、じゃあ質問をさせてくれないかなナナフシさん」
「もちろんですよ、コイントスは私がするので、質問はハチさんがやってください。あぁ、それと、質問をするとき必ず『はいなら表、いいえなら裏』と言ってくださいね、じゃないとどっちがどっちなのか、わからなくなってしまいますので」
「…そうなのか。よし! 質問するぞー!」
俺は少し体を固くして、真剣な顔でオラクルを見つめる。
…よし、質問だ。質問だ。
うん。
……
質問だ!
…
何聞こうかな。
えぇ、何聞けばいいのかな。ていうかまずまずこういうとき専用の本物か一発で分かる質問とかないのかな?
なんだろう、まず…すぐに確認できるものにしよう。
例えば、ナナフシさんが知りえないもの。
そうすれば、ナナフシさんがオラクルを操っているのかが知れるしね。
「俺の弟は今家にいる? はいなら表、いいえなら裏」
そしてトス!
チャリンと音が鳴ると、コインが宙にあげられた。
そして、ナナフシさんの手の甲に落ちる。
ゆっくり手を離すと、そこには確かに
裏
と、あった。
これは真実である。今、弟は病院にいるのだから。
「ねえ、ナナフシさん。もう一つ質問をしていいかな」
「いいですよ、ハチさん」
「……」
少し前から気になっていたことを、聞かなくてはならない。
「ロミオと、ジュリエットは…カマキリから攻撃を受けた? はいなら、表…いいえなら、裏」
そしてコインが宙に上がる。
答えは、表だった。
「ロミオとジュリエットって誰なんだ?」
スズメバチさんが俺を見つめながら質問をしてきた。
「…カフェで起きた出来事を実際に、俺と一緒にみたカップルだよ。あの時から全然あってないから、心配だったんだ。でも、これで分かる。二人は、無事じゃないのかもしれない」
「…ハチの兄貴。お前の仲間を守れなくてすまないな、いつか暇があったら彼らの家か何かに寄ってみよう、そうしたら安否がわかるはずだ。大事な友達だったのか?」
「…ワニの餌だったんだ」
「じゃあどうでもいいな」
スズメバチさんは自販機によって水を買い、何口か飲んでから眉間にしわを寄せながら水を飲み込み、それからペットボトルの閉めた。
そしてナナフシさんを見つめる。
「俺も質問していいか」
「もちろんです! ちなみにお名前は? 私はナナフシです…くるくる」
「え、あぁ。スズメバチだ。参上ヨロシクな?」
「…はい。それで、質問は?」
「さっき、そのコイン…いや、オラクルが、ダンス対決の時の曲選びで君に加担したと聞いた。それであれば、そのコインに意識があるかもしれないんだ。それならば、少しオラクル自身について聞いてみるのはどうなんだ? 例えば、彼はオレたちのことをどう思っているか…とかな。ま、本当に意識があればの話だけどな、なかったらまずまず答えられなくて、地面に落ちたり、手の指に挟まって表と裏を出さない可能性すらある」
「…ほう!」
両足を広げて、楽しそうにナナフシさんは構える。
次の質問を待っている。
「聞くぜ! オラクル様オラクル様、あんたには意思はあるのか? 人を好き、嫌いだと思える思考回路があるのか? イエスなら表、ノーなら裏だ!」
そしてコインが宙に上がるッ!
答えは
表だった。
「兄貴、これは…」
「私も知りませんでした…」
「なんてこった!」
オラクルに意思が本当にある! いや、いやいやいや…まだ、まだマグレかも……
うぅ…
「スズメバチさん、何かもう一つ質問は!?」
「あ、あぁ! あるぜあるぜ、そうだな、意思があるとわかったからには、そのオラクルがまずまず何なのかを知りたいようになった。なのであれば、次の質問はいたって単純。オラクル様オラクル様、あんたは、何かしらの神なのか? それとも百円玉にとりついた幽霊なのか?」
そうしてまたコイントス。
手の甲に落ちた百円玉には、表が出る。
「表…表!?」
「ひょえええ!!」
「も、もう一つ! オラクル様は最初からその百円玉にとりついていたのか、それとも、今…今来たのか。私とずっといて、私がコインを拾ったからやっとしゃべれるようになったのか…!」
ナナフシが質問をし、そしてコイントスをする。
答えは表だった。
ということは、最初から百円玉にいたのか?
いや、そんなそんなわけがない。
ならば、ならばなぜ今俺は
首元に熱くかかる、この吐息を感じてしまうのだろうか




