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道草日記  作者: 西村系
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6/15

捕食するカマキリ。

 凍った店内が急に、いつものように戻る。

 気が付くとおじさんはいなかった、自動ドアに目を向けると、その瞬間に閉じた。


 ロミオは地面に両手をつけて過呼吸になっている。

 ジュリエットは彼の背中をこすっている。

 アシナガさんはまだ祈っている。

 そしておばさんは倒れたまま、息をしていない。



 約2日後だった。

 おばさんについて警察から事情聴取されるために警察署に来て、小さな部屋に連れていかれた。

 そとにはお母さんとセミが待っている。

 質問に答え終わってから俺は外に出た。


「大丈夫…?」

 笑顔でスマホを上げていたセミが俺の顔を見ると真剣になる。

 母は俺を静かに見つめる。


「…警察はフレンドリーじゃないから、嫌いだよ」

「あぁハチ、俺もそう思うよ。みんなまるでカチカチに固められているのにゆるゆると動く人形のようなんだ、魂なんてすでに抜けている」

「…うん」

「警察はなんていってたのよ?」

 母が口を開けた。両腕を組みながら。


「俺たちが、あのカフェで見たのはカマキリって呼ばれる殺し屋らしいよ、お母さん」

「聞いたことがあるぞハチ! 指紋もない、名前も本名じゃない、IDも免許も生きた証そのものが、少なくとも日本にない。噂以上に、まずまずそう簡単に聞かない名前だろ!」

「…なんでセミはそんなことを知ってるの?」

「ま、俺なりの情報源があるんだよ…」


 なんだか怪しそうに見えた。セミは小さい頃から隠し事をするような人じゃない。

 警察の人たちは冷たい。

 はぁ、冷たい。


「…お、オイハチ! そういえばお前警察に何を言ったんだ? まさか全部話したわけじゃないだろうな!?」

「なんで? ハチは全部話しちゃいけないの?」

 腕を組むお母さんがまた口をはさんだ。


「俺…? えっと、俺プリズンブレイクしなくちゃいけなくなるから嘘も隠し事も…」

「馬鹿ッ! 馬鹿かテメェッ! ハチ、あぁハチなんてことをッ!」

 セミは頭を両手で抱えて、椅子にあった自分のスマホを手に取ってから立ちあがり、それから振り向かずに階段を走って下りて行った。

 途中彼を止める警察の人の声が聞こえたが、次の瞬間にその人が壁に対して押され、そのまま倒れるのが聞こえた。


「あんたの弟がおびえる人って、どんな人なのよ」

「…わかんない」



 二日前だった、カフェで事件が起きたのは。

 今は夜の7時。俺は自分のソファーのクッションを外してお家を作ったままだったから、中に入って玄関を見ている。

 誰かが入ってきたら、すぐにわかるように。

 

 今日の昼だった、警察署で突然セミが逃げたのは。

 今は太陽も沈み切ったのに、彼の行方は家族誰にもわからない。

 母も、彼をバーだったり、インフルエンサーが行きそうなところで探しているが、まだ何もつかめていないみたい。

 なのに、なのに俺は家の中にいる。

 …


「…俺は怖がりだから」

 暗く、電気のついていない部屋で俺はつぶやいた。

「でも警察署にいた時は、私より警察を優先した。それは本当の怖がりなのだろうか、それとも民間の思考に操られる一人の、考えない人形だからだろうか」


 部屋の角、俺の目の前。

 全くの暗闇の中から声が聞こえた。

 黒。

 それしか、俺の前にはない。


「他言は、決められた結果へと君を導くことになった。八君」

「…おじさん」

「目を閉じたほうが、早い。力を抜くんだ。ゆっくり、近づくから」


「この家には角が四つある。一つの角にカマキリが一匹、もう一つの角に蜂が一匹、そしてもう一つの角にはもう一匹の虫がいる」


 しずかな影が動きを止める。

 もう一つの角から声がした。

「近距離のスナイパーを撃つ人間を見たことがあるか、カマキリ。いぃや、ないと断言させてもらおう。俺自身君と出会ったことがないからね。 ハチ。君の安全は保証されている、そう思った方がいい」

「…近距離のスナイパー」

「そうだッ! 近距離のスナイパーだッ! 考えてもいなかっただろう殺し屋、カマキリ目ッ!」


 そのとき玄関から電気をつけてソファーに片足をつけるのはセミだった。

 キッチンのカウンターに体と細長い機械、いや、機械じゃない。

 本物を見たことがなかった。これは銃だ。スナイパーだ。

 見知らぬ男はそれをカマキリへとむけている。


「ヘンテコな兄弟の御守り役はしたことがなかったが、正直セミの兄なら仕方がない。俺はファンなんだ、あぁ、今もこんなこと…光栄で光栄でとにかくうれしくてぇ…あぁぁぁ」


 電気をつけた時に見えた物はもう一つあった。

 目の前に止まっていたのは、片手にナイフをもつカマキリ。

 今は完全にセミと見知らぬ男に気をとられている。


「ハチ動くなよッ!? 今助けに行くからな!」

「…」

 カマキリは黙って、三方向を順番に見つめる。

 しかしかすかに微笑んだ。

「何をわらっているんだ。今度はお前が俺の仕事のファンだって言うのか? 俗に言う我、スズメバチッ! 登場…とでも自己紹介しておけばよかったかな?」


「プロのスナイパーにリロードされたスナイパーと、されていない物の判別がきかなければ、それはプロとは呼べない。セミと言ったな、よくスズメバチという男をここに連れてこれたと思う。それは本当にほめよう。でも、私は常に君たちの二歩先を歩いていると思った方がいい。今は暗闇に影を戻そう。そのスナイパー、一度確認してみてはどうだ」


 突然、また部屋が暗闇に飲まれた。

「なんだッ!? セミ消したのか!?」

「消してない、消してない…電気が…つかない…」


 つかない。つかないと言えば語呂が似ている一文がある、その一文は今の状況に意外にもぴったりと似合う。

 それは脳が追い付かない。である…

 な、何が起きてんだこりゃ。


 また真っ暗になったことから、セミの姿や、スズメバチさんの姿も見えなくなった。

 まるでスクリーンもつかなくなったシネマの中、誰かが前を通るのか、それとも画面がやっと付くのかを待つ瞬間のようだ。


 そのとき

 カチャっと何かが鳴った。

「お、オイ本当に装弾されてねぇ!」

「ハ!?」

 スズメさんが叫ぶと、セミが声を上げた。

 

 何かに転びそうになったのかバタンっと音がして、セミは口から息をスーッっと吸っている。

「どうした?」

「小指やった」

「マジかぁ」

「まじまじ…」


「セミの兄貴もハチさんも、二人とも気が付かないんすかね…? あいつ消えてる。それにいつの間にか俺のスナイパーから弾を抜いてやがるんだ。小指の話をしている暇なんてあったらナイフ構えたり準備してみるのはどうなんだ?! スズメバチと言うのは静かな夜の狩りを好まない…早く終わらせたいんだよぉッ!」

「ナイフなんてあったら殺し屋なんて一発だよねセミ」

「ナイフがあっても殺し屋を殺せると思うなら、兄ちゃん。兄ちゃんはあんまり裏社会向いてないと思うよ」


 俺はもう少しだけクッションのお家の奥に身を寄せた。

 もしもカマキリってやつが今この部屋にいても、暗闇の中で見えてるはずがないんだ。

 多分。

 だからちょっと奥行くだけでナイフとか振られたら一応回避できるよね。

 うん。たぶん。


「セミ、窓を確認してくれないか。俺はこの家に来たことがないから構造がわからないんだ。暗闇の中でもお前ならわかるだろ」

「…週末だけ来てる。それはハチに聞いたほうがいい」

「え、俺?」


「ギャアアアアアアアアッスゥゥ!!」

「何だって?! まるでポケモ…すごい叫び方だ!」

「地面ッ! 地面だってッ! 誰も歩くな一歩もッ! 兄ちゃん、兄ちゃんその家から出るなァッ!」

「え?え?」

「まさか…なんかやられたのかセミ」

「マキビシなのか何なのか知らんけど地面にすんげえ鋭いのが落ちてやがる。小指以上に足の裏やられちゃったよ」


 トイレに絆創膏あるけどなぁ…殺し屋さんがとってきてくれるかな。

 あ、いや。

 マキビシを撒いた張本人だからさすがにそこまで優しくないか…


 ギシシシシィっと手にあったフライパンと、お家の中に残しておいたキッチンのヘラを手に取って、地面を探り、落ちてるものをホウキみたいにフライパンの中に集めた。

「おい? ハチ何してんだ」

「…マキビシあるなら掃除しようかなって」

「はぁ…?」

 セミがびっくりしている。

 少なくとも、そんな声を出している。


「スズメさんは靴してる?」

 俺は暗闇の中でフライパンを使いながら聞いた。

「他人の家に入る時は靴脱がなきゃダメだろ…しかもセミ兄貴の兄貴の家だし」


 へへへ。面白い。

 兄貴の兄貴だってさ。


「雀”さん”。靴をしていないのか? 残念だな。もしも私が君の状況に置かれていたなら、まずはよく考えると思う。相手が自分に対してどんな情報を持っているか、自分は逆に相手に対してどんな情報を持っているか。雀…君には準備が足りなかった。ここで死んでもらうには正直、惜しい人材な上に、私の名前が広まって…いや、あはは。いぃや。誰も残さなければ私の名前なんて広がらない。君もそれに気が付いたかい八君? 掃除を続けているんだ、すぐに地面に倒れた兄のところへ行きつくさ」


「スズメバチ、なんとかして場を明るくしてくれないか!? 周りさえ見れればそれでいいんだ、まったく何も見えない中で――」

「兄貴?」

「セミ…?」


 急に、セミが喋ることをやめた。

 地面に散りばめられた、鋭い何かを無茶苦茶なまでに早く拾い上げた。

 フライパンじゃだめだ。フライパンじゃ早くない。

 何も見えない、弟の声が聞こえない。 

 目をかっぴらいても静かな部屋の中は全くの暗闇だった。

 すると、静かな空間が遮られる。

「セミの兄貴!? 返事! 返事返事!」


 フライパンじゃ追いつけない。フライパンでこんなチリチリなものを拾っていれば、足りない。

 足りないんだ。

 冷たい汗が、俺の眉間から、目に流れてくる。

 あるかもわからない地面を見つめて、俺はフライパンを放した。

 手を大きく開けて、地面にそのまま突っ込む。

 

 ゆっくりと指を閉め、何かをつかむ。

 ポタっと、音がした。

「ハチの兄貴…? なにしてんすか?」

「拾ってるよ。こっちのほうが、早いんだ」

「ハチの兄貴…あんたはすんげえさ! 俺、武器もあるのに一歩も進めやしねぇ! あんたは合っているッ! その哲学は間違ってねえんだ! カマキリを何とかするより、カマキリを楽にさせるものを何とかさせた方が、早いんだ。ハチの兄貴、俺あんたのこと今まで知らなかったが、セミの兄貴と同じくらい尊敬さ! 尊敬! 尊敬だ!」

「…」


 この人は急に何を言ってるんだろう。そんなことより手伝ってくれた方がうれしいんだけどなぁ…

「ハチ、気を付けるんだ。俺にはわかった、カマキリは敵を見て戦闘するようなやつじゃない、それに気が付いたんだ。ただのオヤジだあいつは! 自分の仕掛けた戦場がなければ何もできない、頭脳した役に立たないヤツレたオヤジだ!」

「…例えば?」

「ハチ、俺は行動する。行動してやるよ! 窓の位置を教えてくれ、カーテンを開ければ外から光が入ってくるはずだ」

「俺は今ソファーの前、部屋の角にいる。スズメさんはキッチンのテーブルの前にいるでしょ? こっちを向いているってことは左側に裏庭につながる扉がある。真後ろを向いてくれればキッチンのカウンターには外壁をそのまま見つめることができる絶景に直通の窓もある。もう一度俺のほうを向いて」


 ススッっと音がした。


「俺は玄関から約5,6歩離れてる。ソファーを超えてね。俺の隣は裏庭が見れるサッシがある、ただそこまで行くのにマキビシがあるかもしれない。何なら君の地面にもマキビシがあるかも」

「そうだったな、忘れるところだった」

「スズメさん。キッチンの地面、多分ちょうど立ってるところに床下収納がある。ジャンプをしてそのまま鍵を壊して中の懐中電灯を取り出してほしい」

「わかった」


 ドドっと音が聞こえて、何かが崩れる。

「床下収納に落ちた。今懐中電灯を…」


 カチャッ


 キッチンの白い天井が明るくなると、周りも少しくらいは見えるようになった。

「セミッ!」

 左右を確かめても誰もいない、まだ暗すぎるんだ。

「スズメさん、懐中電灯で周りを確かめて! 動かして!」

 

 ただ、自分のいた先の地面はよく見えた。

 赤く濁ったソファーの角と、自分の目の前に広がる自分の手から出てきた血。

「あぁ糞! これマキビシじゃない、少なくとも普通のマキビシじゃあよお!」

 立ち上がって俺の前を照らして言ったのは、スズメさんだった。

  

 地面に撒かれていたのは、チリチリに粉砕された細長い銃弾と、灰色の粉だった。

 それが、そこら中に。どこを見ても、ある。


「八君。君はいつまでも私の予想斜め上を行ってくれる。普通ならすでにパニックに陥った人間は、君の呼ぶその”お家”から抜け出し、地面を強く踏みつけ、そしてソファーの前で倒れてくれる。しかし君はそうしてくれなかった。ここで、ここで待っていてあげていたのに」

 地面を照らしてくれる光がの向こう。

 ソファーの下から、その声が聞こえた。

 慎重に言葉を選び、俺に微笑みかけてくるのはカマキリだった。


「顔をここに見せてくれていれば、そのまま私は君を刺すことができたのに」

「…カマキリ」

「君は今日起きたことも、二日前に起きたことも。すべてを誰にも語らず。私たち四人だけの小さな秘密にしてくれると誓えるかな? 約束は、予想するのが簡単なんだ」

「…セミはどこにいるの」

「地面には私だけがわかる、私の通るためだけの、火薬も銃弾もない個所が何個かある。君の兄弟の頭を打ってトイレに入れこませていただいた。あとで様子を見てあげて」

「…うん」

「掃除は君たち二人に任せることにするよ。二人が気が付かないうちに、出ていくから、そのまま日常を送ってほしい。雀にも挨拶をしておいてくれないか八君? 照明は、1,2,3――」


 そして照明が戻る。

 ソファーの下をもう一度確かめようとしても、明るすぎるせいで目を閉じるしかなかった。

「なんだ!? 電気が付いたじゃないか!?」

「うん」

 俺は、目を再び開けてソファーの下を見た。


 永遠に続くような暗闇しか、俺には見えなかった。

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