ワニ救出
「特定の病気のワクチンをとるとワニになるって知ってたかハチ?」
「ならないよ」
「いや、前にな? 俺の友達の友達の塾の先生のお父さんがな、ワクチン腕にぶち込んでな、ワニになったんだ」
「ならないよ?」
「なるよ」
「ならないよ」
今日は弟のセミを家に招待して、二人でテレビを見ていた。
テレビではさっきまでアニメが流れていたが、セミの話を聞いているうちに終わってしまったみたいだ。
…録画してたかな。
「ワニとって言っても普通のワニじゃなくて、ブラジルに生息するコビトカイマンっていう種類のワニになるらしいんだこれが! いやもうびっくり! ほんとびっくり!」
「…ならないよ」
「俺も最初はさすがに嘘だって思ったさ! でもな、これな、ブラジルの大統領も言ってたんだぜ! 信じるしかないだろ!」
「ブラジルの川に行ったらワニになった半人間を見付けられるってこと?」
「可能性が高い…よりも、可能性しかないッ! これは絶対だ! ヤバイ、やばいぞハチ! 日本にもワニになった人がいるかもしれない! 彼らを人間に戻さなければ!!」
もちろん弟のセミはこんな嘘っぱちな話を信じてるわけじゃないと知っている。
信じてるわけじゃない。信じてるわけじゃあ…
俺は今、彼のキラキラしたまんまる~いぱっちりお目目をみて、確信した。
彼はしんじきってる。
そして本当にワニを人間に戻そうと思っている。
……そう考えると、最近流行っている吸血鬼映画が頭に浮かんだ。吸血鬼を狩る映画はあるが、吸血鬼を人間に戻そうとする映画はないよね。
だとすると、セミは正しいのかもしれない! 俺たちが正義のヒーローとしてテレビに出れたときは、アニメ以上に、日本中で話が広がる!
「ハチッ! あぁ我が兄ハチよッ! 手伝ってくれるのか、世間のワニたちをもとの人間に戻すこの大いなる仕事をォッ!」
「もちろんだセミッ! 俺手伝うよ! もちろん手伝うよ! 二人でテレビに出よう!」
さっそくソファーから立ち上がり二人で急いで入り口まで走っていった。
俺は自分のリュックをもって背負い、セミはスマホをだして急にしゃべりだした。
そうして半ワニ人間救出計画が始まった。
「やあ、セミでーす! 今日は夏のとっても暑い日なのでちゃんと熱中症に気を付けて過ごしてくださいね!」
高くスマホを上げてセミが大きな声でしゃべっていた。
俺はその隣で熱いアスファルトを一歩ずつ進みながらゼエゼエ言っていた。
アツい。外が熱すぎる。ワニも熱中症で死んでしまう。そんなことになったら救出しなくてもいいから逆に助かるかもしれない。
ワニ死ね!
「それでね、今日外にいる理由はいたってとっても簡単! お兄ちゃんとおでかけでーす!」
セミが俺の首に腕を巻くと、俺はつぶやくように彼の耳元でこういった。
「ワニ救出についていわないの?」
すると彼はスマホをしまい込んで俺の目を見た。
「一般ピーポーにはわからないんだ俺たちのすごさが。だからニュースに出た時用のサプライズでなくちゃならない、どんなヒーローもレボリューションをした偉大な人たちは最初やり切れることを誰も信じてもらえなかった、だからやりきるまで秘密にするんだハチ!」
「秘密ね!わかった!」
しばらく街中にある小さな川のたどっていくが、一向にワニは見つからない。
「下北はやっぱり風景がきれいだよねぇ、木もいっぱいあるし、緑っぽいし」
「緑っぽいのが好きだったら俺たちのお母さんのドレスでもみてたらどうなんだハチッ! 集中するんだ、この街の人達が全員ワクチン反対組織のメンバーたちじゃなければ、少なくとも一人くらいはワニになっている。それを探すんだ」
「この一メーターもなさそうな浅~い川で?」
「そうだハチ」
「…わかった」
川は長く、結構先まで続いている。途中途中におもしろい公園だったり、お金持ちそうなお家があったり、逆にまったくお金持ちじゃなさそうな人たちがうろついていたりする。
この前なんて、近くの小学生たちが革の中にドライアイス入れて遊んでいたのをみた。
貧乏人間の究極体か、子供の面白い探求心のどちらかだと思ったが、隣に大人もいてみていたので、家にゲームもテレビもないから、こんな遊びを思いついたのかもしれない。
貧乏人の究極体なんだろうなぁと結論が付いた。
そして、この川に本当にワニがいるとしたら、ドライアイスを飲み込んで喉に詰まって窒息死してしまったワニもいるかもしれない。かわいそうだが、そんなのが浮かんでいたら触りたくないかな。
「オイみろハチッ! ハチハチ! 見つけたぞワニだ!」
セミがスマホをぽっけから出しながら俺の肩を何度もたたき、そして川の方向にスマホを向けていた。
川の中にいたのは、緑の服をした清掃員だった。
たしかに腰が弱そうで、歯も出ていて、川の中から何かゴミなどを出すと毎回面白い喘ぎ声を出している。
しかしワニなのかどうかは俺にも判断できない。
「こんにちは! ワニですか!」
俺は思い切ってワニに声をかけてみたが、セミに口をビンタされてしまった。
「いて…」
「ワニが本当にワニだったらワニですって返事するわけないだろ! 考えろよハチ! 普通ワニだったら動物園に入れられるのが怖いからなにも答えないで逃げるはずだ、俺たちはその瞬間を狙う」
「でもどうやって? ワニを捕まえる道具もないよ、セミ」
「大丈夫だハチ、俺はここでワニ観察をしているから君は商店街で虫取り網を買ってきてくれ」
「虫取り網…? 一応スーパーにも寄ってワニが好きそうなものも買ってくるよ、そうしたら捕まえやすいかも」
「そうだなハチ!」
俺は走った! さっきまで歩いていた道を今度は逆方向に、商店街へと走った!
しかし一キロも立たないところで熱くなったのでベロ出して汗かきながら地面に倒れてしまった。
なんてこった、これではヒーローになれないじゃないか!
テレビ報道もなければ、家にワニを飼うこともできないし、セミはこんな大人げない兄に失望してしまう…
コーヒーが欲しかったなぁ。
アイスコーヒー…ブラックでもシロップ入りでも…あぁ、ラテでもいいなぁ…
コーヒー欲しいなぁ…
ちょっと立ち上がって、商店街にある俺の普段働いているカフェまでちょこっと立ち寄ることにした。
川のある道から歩いて約5分とかですぐについた。
東京はすべての場所が5分程度つける設計になっているからいいよね! 逆に言えば殺人鬼に追われている時は、どこにでも5分で追いつかれてしまうから困るのかもしれない。
自動で開くガラスの扉の前に一度立ち、開いた瞬間に横を向いてすらっと中に入る。
「あぁハチさん! 今日は休みじゃなかったの?」
カウンターで肘をつけてスマホを触りながらお客さんを待っていたのは、俺と普段一緒に働くアシナガさんだった。
「働きに来たわけじゃないんだ、コーヒーが欲しくなってさ」
「恥ずかしくないの?」
「えなにが?」
「君のお金がこの無限のサイクルに巻き込まれるんだぜ、考えてみろよ。ここでお金を使っちまったらなハチ、これが来週のお前の給料になるんだハチ!」
「アシナガさんそういうのいいよ、ひえっひえのやつちょうだい」
「ブラックでいい? それともガキみたいに砂糖入れてあげようか? あぁ、それともハニーがいいかなぁ?」
俺は彼に満面の笑みを見せつけて、カウンターに手を置いた。
「…」
彼は一瞬俺を睨み込んでからすぐに仕事にとりかかった。
「俺は疲れたんだ! このコーヒーをただただしらない人に注ぐ糞みたいな仕事にな!」
「うん知ってるよ、毎日文句聞いてるからね」
「なんでお前はそれを知ってて、休日の時もここに来るんだッ!」
コップを手に持ちながら機械に触り、怒鳴っている。
「コーヒーすきだから」
「俺のことをわざとおちょくりに来てんだろッ!?」
「ううん、コーヒー好きなだけだよ。ここはマシーンも高品質だし、それに対してコーヒーの値段が安いし、だから店員割引なくても来れるよねー」
「糞! テメェのすべてがイラつきやがる! 消えやがれほらコーヒーだッ! 戻ってくんなよ、来週のシフトも外してやる」
「うん、俺もアシナガさんとの来週楽しみにしてるよ、バイバイ!」
コーヒーを手に持って商店街を歩いた、ここ先に100円ショップがあるから、そこで虫取り網を買おう。セミが待ってるんだ、寄り道なんて禁物だぞ!
タピオカ店、古着屋、レストラン、ドドーンと置かれたデカい肉の看板。
商店街は好きだけど、なんだか目が回るなぁ。
人も多くて、やっぱり得意じゃないや。
人が多いところって多ければ多いほど面白いところもあるし、全く面白くないところもある。
例えば、下北駅の近くは古着屋さんの量とかで結構有名だけど、意外とそこら辺を見ていると同じような、いや、まったく同じブランドの服と、デザインも全く同じ服を着ている人を何度か見かける。
緑と白色の混じったジャケットを着ている人を今日だけで三度は見かけた気がする。
そんなことを考えていると、百円ショップを過ぎて、ペットショップ近くまで来ていることに気が付いてしまった。
どうせ来てるんだし、アゲハさんに挨拶と、ガイガーの様子を見てみようかな。
「こんにちは!」
中は冷房が効いていて気持ちい。
「あ、ハチさん!」
「ハチです! 実は今からワニ捕まえに行くんです!」
「え! あ、だから猫ね! ワニのエサならあの売れ残ってるトランスフォーマーって子が――」
「あいや、そういうわけじゃなくてね。挨拶だけ」
「あ、そう? こんにちはハチさん」
「こんにちはアゲハさん」
「…バイバイハチさん」
「またねアゲハさん」
俺は片手にコーヒーのこっぷを持ちながらそのままお店を出た。
ん、あれちょっと待ってよ…
アゲハさん、猫をワニに食べさせようとしてたのか、まさか。
あのひと静かに怖いところがあることは知ってたけど、微笑みながらあそこまで言う人だったなんて…
背筋が凍る! ラクトアイスになってしまう!
とりあえず、そうだとりあえず…
百円ショップ! 百円ショップに行かなくては!
続く…




