『追憶file.桐島ジョージ⑵─悲しき怪物─』
──勾留から二日後 【Zero】オフィス。
「相津、奴の素性が分かった」
柏木は資料の映ったタブレットを相津へ差し出した。
相津は無言で受け取り、画面を指で滑らせながら目を通していく。
やがて動きが止まった。
「……軍人だったのは予想通り」
低く呟く。
「だが、思っていた以上に複雑な経歴だな」
その表情には怒りと悲しみが入り混じっていた。
柏木も静かに頷き、資料を整理しながら話し始める。
「名前は桐島ジョージ。26歳。
父はアメリカ人、母は日本人のハーフだ」
「アメリカで生まれ育ったが、両親の離婚を機に母親と日本へ渡り、現在の『桐島』姓になった」
相津は黙って続きを促す。
「18歳で陸上自衛隊へ入隊。
21歳で退職すると、そのまま渡米してアメリカ軍へ入隊した」
柏木は資料をめくる。
「戦場では目覚ましい戦果を挙げ、敵国からは"クレイジーモンスター"の異名で恐れられていたらしい」
そこで柏木は一度言葉を切った。
「……だが一年前、大量虐殺事件の責任を問われ、不名誉除隊となって日本へ帰国している」
相津は静かに画面を閉じた。
「表向きは……そういうことか」
「ああ」
柏木はペットボトルのお茶を飲み干す。
「だが、真相はまるで違う」
その声にはわずかな怒りが滲んでいた。
「桐島は命令に背き、敵地へ単独潜入した。
目的は、捕虜となった仲間の救出だ」
相津は何も言わず耳を傾ける。
「ようやく仲間を見つけた、その直後だった。
味方が救出地点ごと爆撃した」
部屋に沈黙が落ちる。
「敵も味方も全員死亡。
生き残ったのは桐島ただ一人だった」
柏木は苦々しく息を吐いた。
「しかも、桐島は敵と交戦こそしていたが、誰一人として殺してはいなかった」
「……」
「だが軍上層部は、自分たちの爆撃を隠蔽するため、すべての責任を桐島へ押し付けた」
静かな怒りが部屋を満たす。
「唯一の生存者だったこと。
以前から命令違反を繰り返していたこと。
その全てを利用された……」
柏木は静かに言葉を結ぶ。
「こうして桐島は、『大量虐殺を犯した兵士』という汚名だけを背負わされ、軍を去ることになった」
相津はしばらく黙っていた。
やがて柏木が続ける。
「今回の騒動も、帰国後、行く当てもなく酒を飲んでいたところ、ヤクザに絡まれたのが発端らしい」
説明を終えた柏木は、やるせない表情で視線を落とした。
しばらくの沈黙。
相津はタブレットを机へ置き、静かに立ち上がる。
「おい、どこに行くんだよ?」
柏木が問いかける。
「少し、確認したいことがある」
相津は扉へ向かいながら答えた。
「心配するな。……一人で行く」
そう言い残し、静かに部屋を後にした。
──留置場 桐島の独房。
カツ、カツ、カツ──。
静かな足音が廊下に響く。
独房の前で足を止めた相津は、鉄格子の向こうを見つめた。
「お前……」
ベッドに寝転がっていた桐島がゆっくりと身を起こす。
「あの時の警官だな。……何か用か?」
相津は真っ直ぐ桐島を見据えた。
「お前、なんで日本に帰ってきた?」
一瞬だけ、桐島の表情が揺らぐ。
だが、すぐに不敵な笑みへと戻った。
「……ずいぶん調べたみたいだな」
肩をすくめる。
「物好きな警官もいたもんだ。
理由なんてねぇよ」
「退役させられて、行く当てもなくなったから戻ってきただけだ」
桐島は相津を見据える。
「それで?今さら俺に何の用だ?」
その言葉が終わると同時だった。
相津の右手が胸元へ走る。
ガチャッ。
一瞬で拳銃を抜き放つ。
その刹那──
桐島は床へ身を投げ出し、横へ転がる。
そのまま机を盾にして姿勢を低く構えた。
一連の動きに、一切の迷いはなかった。
相津は静かに笑う。
「……何もしてない奴の動きじゃねぇな」
銃を下ろす。
「日本へ帰ってきてからも、鍛錬は続けてたのか?」
桐島の眉がぴくりと動いた。
「…………何が言いてぇ」
相津は真っ直ぐ桐島を見つめる。
「桐島ジョージ」
一拍置いて告げる。
「──お前、俺のチームに来い」
──翌日 【Zero】オフィス。
「……で?」
新聞を広げた柏木が顔を上げる。
「結局、断られたってわけか」
「ああ」
相津はコーヒーを一口飲んだ。
「想定内だ」
「想定内って、お前なぁ……」
柏木は苦笑する。
「この後どうするつもりだよ?」
相津は一枚のメモをデスクへ置いた。
「このリストに書いてある物を用意してくれ」
柏木は紙を手に取り、目を通す。
「それと、少し広めのCQB訓練施設も借りたい。
学校のワンフロアくらいあれば十分だ」
「……何を始める気だ?」
柏木は訝しげな表情を浮かべる。
相津は口元だけをわずかに緩めた。
その考えを聞いた瞬間――
「はっはっはっ!」
柏木は思わず吹き出した。
「なるほど、そう来たか!」
新聞を放り出すと、そのまま勢いよく部屋を飛び出していく。
「関係部署に話をつけてくる!」
扉が勢いよく閉まる。
オフィスには、一人静かにコーヒーを飲む相津だけが残っていた。
──さらに翌日 留置場 桐島の独房。
相津と柏木は、再び桐島のもとを訪れた。
足音に気づいた桐島は、ベッドから二人を見上げると、呆れたように鼻で笑う。
「……またお前か」
ため息をつきながら立ち上がる。
「で、いつになったら釈放してくれるんだ?」
相津は真っ直ぐ桐島を見据えた。
「『俺の仲間になるまで』──と言いたいところだが、その話は一旦忘れていい」
桐島が眉をひそめる。
「俺とタイマンで勝負しろ」
静かな声だった。
「もし、お前が勝ったら釈放してやる」
一瞬、沈黙が流れる。
「……あぁ?」
桐島は呆れたように笑った。
「何言ってんだ、お前。意味が分かんねぇよ」
相津は表情を変えない。
「じゃあ負けたら仲間になれってことか?」
「それも嫌なら別に構わない」
相津は淡々と言う。
「またここへ戻ってくるだけだ」
「だから意味が分かんねぇって言ってんだよ!」
桐島は苛立ちを隠さない。
その瞬間──
相津の目つきが鋭くなった。
「分からねぇか?」
一歩、前へ出る。
「なら教えてやる」
静かに、しかし挑発するように言い放つ。
「日本へ逃げ帰って、いつまでもクヨクヨ腐ってる奴の根性を──叩き直してやるって言ってんだ」
ピクリ。
空気が凍りつく。
桐島から、肌を刺すような殺気が溢れ出した。
「……何だと?」
低く唸るような声。
「お前……俺が何者か知った上で、その口を利いてるんだよな?」
相津は一歩も引かない。
「もちろんだ」
口元に笑みを浮かべる。
「意気地なしを更生させるのも、俺の仕事だからな」
沈黙。
やがて桐島の口元が歪む。
「……上等だ」
獣のような眼光で相津を睨み据える。
「その挑発、乗ってやるよ」
一歩ずつ鉄格子へ近づく。
「あとで後悔するなよ」
相津は満足そうに笑った。
──相津の思惑どおり、盤面は整った。
三人は、それぞれの想いを胸に最後の舞台へと歩き出す。
果たして相津は──
この"悲しき怪物"の心を、解きほぐすことができるのだろうか。




