『追憶file.桐島ジョージ⑶─タイマン─』
──都内 山中にある廃校 午後五時。
西へ傾き始めた陽が、山あいの校舎を赤く染めていた。
柏木の車が静かに停まり、相津、柏木、桐島の三人は校舎の中へ足を踏み入れる。
ここは、警察がCQB(近接戦闘)訓練用に改装した廃校施設だった。
三人が案内されたのは三階フロア。
「なんだここは?訓練施設ってやつか?」
桐島が辺りを見回しながら尋ねる。
「その通り」
柏木が頷いた。
「今回はこの三階フロア全部を戦場に使う。もちろん、この階にある備品は好きに使って構わない」
桐島は廊下をゆっくり歩きながら周囲を観察する。
四階建ての校舎は、ごく普通の学校そのものだった。
長い廊下には七つほどの教室が並び、机や椅子、黒板が残る部屋もあれば、何も置かれていない空き教室もある。
「ちなみに備品を壊しても問題ないよ」
柏木は近くの机を軽く叩いた。
「全部、廃棄予定の物を集めただけだからね」
その時──。
廊下の奥から、戦闘服へ着替えた相津が姿を現した。
「お前の分も用意してあるぞ」
顎で制服を示す。
「いらねぇ。このままで十分だ」
桐島は即答した。
相津は肩をすくめると、柏木へ視線を送る。
柏木はロッカーから二人分の装備を取り出し、床へ並べた。
「それじゃ、ルール説明だ」
二丁のエアガンと、ゴム製のナイフを手に取る。
「フィールドは三階全域。階段の使用は禁止」
「武器はこのペイント弾入りエアガンと、このペイント付きナイフのみ──」
「あぁ?なんだその──」
桐島が口を挟もうとした瞬間、柏木が手を上げて制した。
「まあまあ。最後まで聞いてくれ。質問はそのあとだ」
一度咳払いをして、説明を続ける。
「武器はこの二つだけ。
ただし、フィールド内にある物は自由に使っていい」
「素手による攻撃も制限なし。
勝敗は頭部、もしくは心臓にペイントが付いた時点で決着」
「あるいは、どちらかが敗北を認めた場合だ」
柏木は二人を交互に見た。
「スタート地点は両端の教室。
俺は四階のモニター室から監督する」
「開始の合図は館内放送」
「制限時間は一時間だ」
桐島はルールを頭の中で整理すると、小さく頷いた。
「要するに──。
肉弾戦は何でもあり……」
「頭か心臓にナイフか銃を当てりゃ勝ちってことだな」
「ああ、その認識でいい」
柏木が答える。
桐島はゆっくりと相津へ視線を向けた。
「お前……本気でこの条件で俺に勝てると思ってんのか?」
「軍じゃ室内戦なんて嫌ってほどやってきた。
しかもペイント弾だ」
「こんなもん、防ぐ方法なんていくらでもある」
相津は表情一つ変えない。
「問題ねぇよ」
そして不敵に笑った。
「今のお前なんて、楽勝だ」
ピクリ、と桐島の額に青筋が浮かぶ。
「その余裕ぶったツラ……。
今日こそぶん殴って、土下座させてやるよ」
「やれるもんならな」
二人はエアガンとナイフを手に取る。
互いに一度だけ視線を交わすと、何も言わず反対方向の教室へ歩き出した。
静まり返った廃校に、二人の足音だけが響いていた。
──四階 モニター室。
柏木は監視モニターに映る二人を確認すると、マイクのスイッチを入れた。
「──両者、配置を確認した」
一拍置き、静かに告げる。
「それじゃあ……始めようか」
柏木は口元を緩めた。
「用意──スタート!」
──三階フロア 廊下。
放送が終わると同時に、二人は教室から飛び出した。
ダダダダッ!
一直線に中央へ向かって駆ける。
バンッ! バンッ! バンッ!
互いに引き金を引きながら距離を詰めていく。
しかし、その弾はどちらにも当たらない。
桐島は教室の机を片手で持ち上げ、そのまま盾代わりに突進。
一方、相津は《アイズ》で弾道を先読みしながら、近くに落ちていたランドセルを盾にして銃撃を受け流す。
バンッ! バンッ! バンッ!
激しい銃撃を交わしながら、互いの距離はみるみる縮まっていく。
やがて教室一つ分の距離まで迫った、その瞬間──。
二人は同時に隣の教室へ飛び込んだ。
「ほぉ……」
四階のモニター室で柏木が思わず笑う。
「考えることは同じか」
画面に映る教室は、机も椅子もない空き部屋だった。
「何も遮蔽物がない。ここからは純粋な力勝負だ」
銃撃戦は終わりを告げ、一瞬で近接戦闘へ移行する。
(……こいつ、正気か?)
桐島の口元がわずかに歪む。
(自分から俺の土俵に入ってきやがった)
次の瞬間。
巨体からは想像もつかない速度で踏み込む。
ブンッ!
右ストレート。
さらに左。
ローキック。
回し蹴り。
息つく暇もない連撃が相津へ襲い掛かる。
だが──。
すべて空を切った。
(なっ……!?)
桐島の表情が変わる。
(あり得ねぇ……!)
拳は紙一重でかわされ、蹴りはわずか数センチ届かない。
まるで攻撃を最初から知っていたかのようだった。
痺れを切らした桐島は、そのまま相津を力任せに掴もうと腕を伸ばす。
しかし、その瞬間。
相津は懐へ滑り込んだ。
「遅い」
ドンッ!
鋭いボディブローが桐島の腹部へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が体を揺らす。
だが、強靭な肉体の桐島は一歩後ろへ下がっただけだった。
(大丈夫、こいつの攻撃は大して効かねぇ……)
だが、それ以上に理解できなかったのは──。
(俺の攻撃が……一発も当たらねぇ)
二人は再び距離を取る。
そこで初めて、桐島は相津の瞳に違和感を覚えた。
「……!?」
赤く輝く、その瞳。
「何だ……その赤い"眼"は?」
相津は視線を外さないまま、静かに答える。
「ようやく気付いたか」
赤い瞳が、妖しく光る。
「これは《アイズ》──特殊な能力を持つ"眼"だ」
「この眼は、お前の動きを予測する……」
「だから、お前の攻撃は俺には当たらない」
「チッ!」
桐島は舌打ちすると、残っていた弾を一気に撃ち尽くした。
バンッ! バンッ! バンッ!
銃が空になったのを確認すると、すぐさま教室を飛び出し、廊下へ退避した。
──四階 モニター室。
柏木は腕を組み、モニター越しに二人の動きを見つめていた。
「ここまでは予想通りだな……」
口元に小さく笑みが浮かぶ。
「《アイズ》の存在を知った桐島が、この先どう動くか……」
この勝負の本番は、ここからだった。
柏木は純粋に、この二人の戦いの行方へ強い興味を抱いていた。
──三階フロア 中央の教室。
相津は素早くマガジンを交換し、ペイント弾を補充する。
カチャッ。
(さすがに、もう真正面から突っ込んではこないか……)
カチャン。
(退避するために残りの弾を撃ち切った。今の奴にある武器はナイフだけ)
相津は静かに黒板を背にし、教室全体を見渡した。
(なら、ここで迎え撃てばいい)
遮蔽物はほとんどない。
視界は開け、《アイズ》の能力を最大限に発揮できる。
(この教室なら、見失うことはない)
相津は微動だにせず、桐島を待ち構えた。
一方──。
廊下へ退避した桐島は、壁に背を預けながら呼吸を整えていた。
ゆっくりと顔を出し、教室の中を覗く。
(チッ……)
相津は黒板を背にしたまま、一歩も動かない。
(待ち構えるつもりか……)
桐島は舌打ちする。
(あの"眼"を相手に正面から飛び込めば終わりだ)
しかも銃は撃ち尽くした。
残る武器はナイフ一本。
(このままじゃ勝負にならねぇ……)
桐島は周囲へ素早く視線を走らせる。
そして──。
(……そうか)
その目に、あるものが映った。
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