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『追憶file.桐島ジョージ⑷─ただの優しい奴─』

 ──十分後。


 膠着状態は、なおも続いていた。


 相津は黒板を背に、静かに銃を構える。


 廊下も、窓も、教室全体も視界に収められる位置。


 死角はない。


(……そろそろ来る)


 その時だった。


 ピキッ。


 背後から、かすかな亀裂音が響く。


(──っ!?)


 違和感を覚えた刹那──。


 ドゴォォォォン!!


 背中の黒板ごと壁が粉々に吹き飛んだ。


 瓦礫を突き破って現れたのは桐島だった。


 隣の教室から体当たりで壁ごと破壊して突っ込んできたのである。


「もらったぁ!」


 勢いそのままに桐島の蹴りが炸裂し、相津の銃が宙を舞う。


「どれだけお前の"眼"がすごくても──見えなきゃ意味ねぇもんな!」


 さらに巨体で押し込み、砕け散った壁ごと相津を床へ叩きつける。


 ドンッ!


 追撃の拳が腹へめり込んだ。


 衝撃で相津は転がり、手からナイフも滑り落ちる。


 桐島はそれすら見逃さない。


 ナイフを遠くへ蹴り飛ばすと、そのまま相津の胸ぐらを掴み、力任せに持ち上げた。


 相津も反射的に拳を突き出し、桐島の胸へ一撃を叩き込む。


 しかし──。


「ハッ!」


 桐島は笑った。


「そんなもん効くか!」


 そのまま首を締め上げる。


「銃もねぇ!」


「ナイフもねぇ!」


「そのうえ俺に捕まった!」


 勝利を確信した桐島が豪快に笑う。


「どうだ?」


「ここで『負け』を認めるなら終わりにしてやってもいいぜ?」


 だが、その時だった。


 相津は苦しそうに首を押さえながらも──笑っていた。


「……くっくっく」


 桐島の眉がひそむ。


「何がおかしい?」


「よく見ろよ……脳筋ゴリラ」


 相津はゆっくりと桐島の胸を指差した。


「もう……俺の勝ちだ」


「……は?」


 桐島は視線を落とす。


 そこには──。


 心臓の位置へ、鮮やかな赤いペイントが付着していた。


「なっ……」


 桐島は目を見開く。


「いつだ……?」


「一体いつ付けた……?」


 呆然と赤い跡を見つめる。

 そして、何かに気付いたように相津を見た。


「お前……まさか……」


「ああ」


 相津は首をさすりながら立ち上がる。


「銃からペイント弾を一発だけ抜いて、最初から握っていたのさ」


 そう言って手を開く。


 指先には、潰れたペイント弾の殻が残っていた。


「俺が壁を背に構えれば、《アイズ》を警戒したお前は正面からは絶対に来ない」


「必ず死角になる背後から来る」


「さらに俺が銃もナイフも失えば、お前は仕留めるために俺を捕まえに来ると確信していた……」


 相津は桐島を真っ直ぐ見据える。


「だから、その瞬間を待っていた」


「心臓に直接、ペイント弾を押し付ければ終わりだからな」


 静まり返った教室に、相津の声だけが響いた。


 桐島は顔を真っ赤にし、相津へ怒鳴った。


「ふざけんな!」


 悔しさを隠そうともせず、一歩踏み出す。


「たまたま俺がお前を捕まえただけだろ!

 捕まえるかどうかなんて分からねぇ!」


「もし俺がそのままナイフで心臓を突いてたら、お前の負けだったじゃねぇか!」


 拳を握り締め、叫ぶ。


「もう一回だ!

 もう一回勝負しやがれ!」


「次は絶対、俺が勝つ!」


 相津はその勢いに思わず吹き出した。


「はははっ!」


 肩を揺らしながら笑う。


「最初に言っただろ。

 別に負けても、お前は留置場に戻るだけだって」


 桐島を真っ直ぐ見据える。


「もう一回と言わず、二回でも三回でも付き合ってやるよ」


 口元に自信満々の笑みが浮かぶ。


「……まあ、全部俺が勝つけどな」


 桐島は言葉を失った。


 ただ黙って、相津を見つめる。


 すると相津は、静かに続けた。


「それとな──」


「武器を失った相手に、お前はいきなりナイフを突き立てたりはしない……」


「俺はそう確信していた」


 桐島の瞳が揺れる。


「軍じゃ『クレイジーモンスター』なんて呼ばれていたらしいが……お前は戦闘狂でも殺人鬼でもない」


「命令違反も暴走も、全部仲間を守るためだったんだろ?」


 相津は笑う。


「お前は単純で、バカで、ゴリラだけど……」


 一拍置いて、優しく言った。


「仲間思いの、ただの優しい奴だってことくらい、俺には見えてたさ」


 その言葉を聞いた瞬間──。


 桐島の中で張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた。


 怒りも、悔しさも、憎しみも。


 胸を支配していた感情が、ゆっくりと溶けていく。


 桐島は力なく笑う。


「何だよ、それ……」


 額に手を当て、天井を見上げた。


「お前の"眼"は……

 心の中まで見えんのかよ」


 涙が滲む。


「……とんだオカルトだな」


 静かな声で呟いた。


 そして俯いたまま、本音を漏らす。


「……もう嫌なんだよ」


「俺の"力"が権力に利用されるのは……」


「バカな上官の命令で死んでいく仲間たちを……

 もう、見たくねぇんだよ……」


 声が震える。


 相津は静かに頷いた。


「そうか……」


「なら、ちょうどいいじゃねぇか」


 真っ直ぐ桐島を見据える。


「俺はそんなくだらない命令は絶対にしないし、

 お前は必ず俺の命令には従うようになるさ……」


 桐島は苦笑したが、相津は構わず続けた。


「それにお前は一つ勘違いをしている……」


「俺が欲しいのは、"力"じゃない。」


 一歩近づく。


「俺が欲しいのは──」


「"桐島ジョージ"、お前だよ!!」


 桐島の頬を涙が伝い、床へ落ちた。


「……まったく」


 涙を拭いながら笑う。


「俺が素直に命令を聞くなんて……

 何を根拠に言ってやがる……」


 相津は不敵に笑った。


「そんなもん──」


「この俺が言ってるんだ。

 これ以上の根拠はねぇだろ」


 一瞬の静寂。


 そして桐島は吹き出した。


「はははっ!」


「何言ってるか、さっぱり分かんねぇよ」


 涙を拭きながら、笑う。


「でもよ……」


「俺が欲しいってことだけは分かった……」


 肩をすくめる。


「はっ!いい趣味してるな、お前!」


 そして、豪快に笑った。


「しょうがねぇ……どうせ暇だったし、付き合ってやるよ!」

 


 ──いつ以来だっただろう。

 こんなにも胸が軽くなったのは。


 ──いつ以来だっただろう。

 世界がこんなにも色鮮やかに見えたのは。


 桐島ジョージは、心を覆っていた厚い雲が晴れていくような感覚を覚えていた。


 二人は窓から差し込む夕日を、並んで眺める。


 眩しく輝く夕焼けが、新たな始まりを静かに祝福していた。



 

     ◆


 ──現在──

 

 ──ショッピングモール内 カフェ。


「ぐすっ……ぐすっ……」


 チーン!


 心春は盛大に鼻をかんだ。


「ジョージざんに……ぞんな悲じい過去があっだなんでぇぇぇ……!」


 再び涙があふれる。


 相津は苦笑した。


「いやいや、昔の話だから」


「今のジョージを見てみろよ。どこにそんな悲壮感があるんだよ?欠片もねぇぞ」


 時計を見る。


 午後六時。


「心春、そろそろ戻るか」


「話し込んでたら、すっかり遅くなったな」


 二人は席を立ち、会計を済ませて店を出た。


 外へ出ると、夕日が相津の目に差し込む。


(……あの日も、こんな夕焼けだったな)


 自然と、あの日の勝負を思い出す。


 その時。


「おっ?」


「真一と心春じゃねぇか!」


 聞き慣れた豪快な声が響いた。


「こんなところで何やってんだ?」


 ジョージだった。


「買い出しだよ」


 相津が短く答える。


 次の瞬間。


「ジョージざぁぁぁん!」


 心春が勢いよく飛びついた。


「わだじはぁぁぁ……!」


 チーン!


「うおっ!?何だ何だ!?」


「鼻水つけるなって!離れろ離れろ!」


 必死にもがくジョージを見て、相津は思わず吹き出した。


 ジョージが心春を引き剥がすと、二人に提案した。

 

「腹減ったから飯食いに出てきたんだけど、お前らも一緒に焼き肉食いに行こうぜ!」


 すると心春が元気よく手を挙げた。


「いいですね!」


「せっかくならオフィスにあるホットプレートで焼いて、みなさんも呼びましょう!」


「決まりだな」


 相津が笑う。


「じゃあ、もう一件買い出しだ」


「「おーっ!」」


 二人が同時に拳を突き上げた。


 相津は歩きながらスマートフォンを取り出し、メンバー全員へメールを送る。


> 『今から焼肉! 食べたい奴はオフィス集合!』



 夕日は静かに街を茜色へ染めていく。


 数多くの仲間の"死"を見届けてきた大男は──


 今では、新しい仲間たちと笑い合い、その背中で"生き様"を見せる存在となっていた。

 

 

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