『追憶file.二階堂翔⑴─姿なき犯罪者─』
──【Zero】オフィス 休憩室。
とある日の午後二時。
珍しく仕事の依頼もなく、メンバーたちは休憩室で思い思いの時間を過ごしていた。
トン、コト、トン──。
「──チェックメイト」
レオが静かに告げる。
「だぁーっ、また負けちまった……」
柏木は頭をかきながら肩を落とした。
「中々いい勝負だったよ。だが、私が相手では仕方ないさ」
レオは余裕の笑みを浮かべる。
「ちくしょう……。将棋なら負けねぇんだけどな」
柏木はぶつぶつ文句を言いながら、駒を並べ直した。
その隣では、アリスと心春がお茶を楽しんでいる。
「そういえば、他のみんなはどこ行ったの?」
紅茶を口に運びながら、アリスが尋ねた。
「相津とジョージは朝から刑事課の応援で外仕事。
翔は午前中までここにいたけど、本庁舎のシステムチェックに行ってるよ」
【Zero】は警察庁長官からの特命がない時は、公安零課として他部署の応援や支援業務を行うことも少なくない。
「へぇ~。みんなご苦労さまですこと」
アリスが感心したように肩をすくめる。
「しかし、翔が一人で本庁舎へ行って、初対面の女の子と普通に話してる姿は想像できないな……」
レオが苦笑すると、アリスがすかさず突っ込んだ。
「なんで"女の子"限定なのよ!
別に相手は男かもしれないでしょ!」
「……まあ、あの恥ずかしがり屋の生意気坊やが、知らない人とペラペラ話してる姿はアタシも想像できないけど」
すると、クッキーを頬張っていた心春が口を開いた。
「そんなことないですよ。
本庁舎のシステムチェックには、私も何度か一緒に行きましたけど、ちゃんと普通に話してましたよ」
「口調は、いつも通りでしたけど……」
もぐもぐ、とクッキーを頬張りながら付け加える。
「今でこそ一人でも安心して任せられるけどな。
最初の頃は大変だったんだぜ」
「本庁舎へ行く時は、俺か相津が必ず付き添って、翔が話す時も俺たちが通訳みたいなことしてたからな」
柏木は湯飲みに口をつけ、どこか懐かしそうに笑った。
「へぇ……。そんな翔が、どうやって【Zero】に入ったんだい?まさか普通に配属された訳じゃないんだろう?」
レオが興味深そうに身を乗り出す。
「アタシも気になる!あの生意気坊や、強がってばっかりで全然本音を話さないし」
「わたしも聞いたことないですね。
翔くん、自分のことってあまり話しませんし……」
三人の視線が、一斉に柏木へ向けられた。
「そうか……。翔が入った頃は、まだお前たちはいなかったんだな」
柏木はそう呟くと、ソファへ腰を下ろし直した。
「別に隠してた話じゃねぇ。
いい機会だし、話してやるよ」
湯飲みを静かにテーブルへ置く。
そして、少し昔を思い返すように目を細めながら、ゆっくりと語り始めた。
◆
──約三年前──。
柏木と相津は、警察庁情報通信局『サイバー犯罪対策課』から応援要請を受け、本庁舎を訪れていた。
サイバー犯罪対策課は、コンピューターやインターネットを悪用した犯罪を専門に取り締まる部署である。
設立からまだ日が浅い部署ではあったが、近年はサイバー犯罪が急増しており、扱う事件数は警察組織の中でも一、二を争うほどだった。
課長が二人に頭を下げる。
「柏木警視長、相津警視。
こちらが今回の犯人に関する捜査資料です」
二人は送られてきたタブレットの資料へ目を通す。
課長は説明を続けた。
「約二年前から、機密情報の閲覧、個人情報の流出、民間企業システムへの不正アクセスなど、ハッキングによる犯行が確認されています。
当初は被害額も小さく、軽犯罪として処理していました。
しかし半年前から、高額の不正送金事件が相次いで発生し、その被害額も日を追うごとに拡大しているため、対策本部を設置するに至りました」
説明を聞き終えた柏木が尋ねる。
「その不正送金犯と、過去の軽犯罪が同一犯だと判断した根拠は?」
「IPアドレスの追跡です。
最初の不正送金で使用されたIPアドレスが、過去の軽犯罪で使われたものと完全に一致していました。
複数のサーバーを経由していたため、発信場所の特定まではできませんでしたが、通信経路は同一でした。
ただし、それ以降はIPアドレスも侵入手法も毎回変えており、追跡は極めて困難です」
「なるほど……」
柏木は腕を組んだ。
「最初だけ、いつもの癖で同じ経路を使っちまったってことか」
「……だが、金は実際に送金されてるんだろ?
流れた先くらいは分かってるんじゃないのか?」
「はい。しかし送金先はいずれも実体のないダミー企業ばかりでして……」
「まあ、そうだろうな……」
柏木は小さくため息をつき、隣の相津へ視線を向けた。
相津は資料を読み進めながら静かに口を開く。
「過去の軽犯罪のアクセスログはありますか?」
「あります。すぐ共有します」
データを転送しながら、課長が不思議そうに尋ねた。
「何か気になる点でも?」
共有されたログへ目を走らせた相津は、ほとんど間を置かずに答えた。
「……犯人はおそらく学生だ」
「えっ?」
「平日は夜にアクセスし、昼間にアクセスしているのは休日だけ」
「時系列で並べれば一目瞭然だ」
相津はさらに画面を拡大し、一か所を指差した。
「そして決め手はここ」
「平日の昼間にアクセスしている日付……何だと思う?」
柏木と課長が画面を覗き込む。
「……これは……」
次の瞬間、柏木が目を見開いた。
「夏休みと冬休みか!」
相津は満足そうに口角を上げた。
「正解」
「そして最近の不正送金が昼間に集中している理由も説明がつく」
「二月だからだ」
「三年生なら卒業前で授業がほとんどなく、自由登校になっている可能性が高い」
「す、すごい……!」
課長は思わず息を呑む。
「これだけのデータで、そこまで読み取れるなんて……」
「だが、これだけじゃ犯人は捕まらない」
相津はタブレットの電源を落とし、課長を真っ直ぐ見据えた。
「犯人を見つけるために、皆さんへ一つ協力してもらいたいことがあります」
相津が作戦を伝えると、課長は力強く敬礼した。
「承知しました!」
すぐさま部下たちへ指示が飛び、サイバー犯罪対策課は一斉に動き始めた。
──数日後 【Zero】オフィス 休憩室。
「なあ、俺にも仕事ねぇのかよぉ」
バリッ、ボリッ。
ジョージはソファでテレビを眺めながら、煎餅を豪快に頬張っていた。
「今のところはないな。コンピューター相手なんて、お前が一番苦手そうだし」
柏木も煎餅を一枚つまみながら笑う。
「なんだと?俺だってその気になれば──」
「いや、無理だろ」
柏木が即答すると、ジョージは「ちぇっ」と口を尖らせた。
そんな二人を見ていた相津が静かに口を開く。
「安心しろ。もう少ししたら、お前の出番が来る」
「おっ、本当か!」
ジョージは勢いよく立ち上がる。
その瞬間──
コンコン。
休憩室のドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、サイバー犯罪対策課の課長だった。
「相津警視。ご依頼いただいた準備が整いました」
「ご苦労さまです」
相津は立ち上がると、柏木とジョージへ視線を向ける。
「行くぞ」
「ああ」
「待ってました!」
三人は休憩室を後にし、サイバー犯罪対策課へ向かった。
──相津が仕掛けた"罠"は、すでに完成していた。
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