『追憶file.美月アリス⑺─真夜中の侵入者─』
──【Zero】オフィス。
フレデリカがホテルを出た頃、【Zero】では相津たちが昼食の準備をしていた。
今回、無事に宝石を守り切ったご褒美として、柏木が出前で鰻重を取ってくれたのだ。
「おおっ!めちゃくちゃウマそうだな!」
「鰻なんて久しぶりだぜ!」
ジョージは目を輝かせながら、鰻重を覗き込む。
「みんな頑張ってくれたからな!」
「たまには、こういうご褒美もないとな」
柏木はそう言いながら、鰻重に山椒を振りかける。
「僕は毎回ご褒美をもらってもいいと思うけどね」
モグモグ……。
翔は早くも鰻を頬張りながら、満面の笑みを浮かべていた。
「お前は少し遠慮しろ……」
柏木が呆れたように言う。
「まあ、仕事の結果に対する報酬なんだから、当然と言えば当然だな」
相津も箸を進めながら、満足そうに頷く。
「お前らは素直に『ありがとう』と言えないのかね、まったく……」
柏木はそう言って、呆れたようにため息をついた。
───。
「「「「ごちそうさまでした」」」」
四人が食事を終えると、それぞれ湯呑みを手に取り、しばしの休息を取っていた。
そんな中、おもむろに相津が口を開く。
「そういえば……あの泥棒の素性は分かったのか?」
相津は柏木へ視線を向ける。
「いや、それが……」
珍しく、柏木の歯切れが悪い。
「名前が『美月アリス』ということ以外、何も分からないんだ」
「本人に事情聴取しても黙秘を貫いているし、こちらでも色々と手を尽くして調べてはいるんだが……」
「ここまで何も出てこないとなると、もうお手上げ状態だ」
柏木はそう言うと、お茶を一口飲んだ。
「日本人じゃないんじゃないの?」
翔が何気なく言う。
「『アリス』って名前だし、きっと海外にいたんだよ」
「もしかしたら、それすら偽名かもしれねーぞ」
ジョージが面白半分に口を挟む。
「偽名だとしたら、何も見つからない方が自然じゃねーの?」
二人が笑いながら話していると、相津が少し考え込んだ。
「……いや」
「海外にいたにしろ、偽名にしろ……」
相津は静かに三人を見る。
「警察庁の調査で、ましてや柏木が裏調査を使って調べているのに、名前以外の情報が一つも出てこないことの方が、むしろ不自然だ」
「…………」
相津の言葉に、三人も口を閉ざす。
確かにそうだ。
素性を隠している人間は珍しくない。
しかし──。
警察庁が本気で調べて、何一つ情報が出てこない。
それは、あまりにも不自然だった。
しばらく考え込んだ後、翔がぽつりと呟く。
「だったらさ……」
「意図的に、情報が隠されているとか?」
その言葉に、三人は一斉に目を丸くした。
「…………」
「えっ?なに?僕……なんかマズいこと言った?」
オフィスに、しばらく沈黙が流れた。
──その日の夜 午前零時。
翔は昼間の話がどうしても気になり、奥の作戦指令室にきていた。
メインコンピューターを使い、色々な角度からハッキングで『美月アリス』について調べていたのだ。
「……本当に何も出てこないや」
いくつもの検索結果を確認しても、アリスに繋がる情報は一向に見つからない。
翔は頭の後ろに手を回し、椅子の背もたれを倒した。
「うーん……」
すると──。
「グォォォォ……」
休憩室の方から、地鳴りのような大きなイビキが聞こえてきた。
「ここまで聞こえるって、どんなイビキかいて寝てるんだよ……ジョージのやつは」
翔は呆れながらも、少しだけ頭の中が軽くなった。
「……どうせダメ元だし、決め打ちで調べてみるか」
そう呟くと、翔は再びコンピューターへ向き直った。
そして──。
高速でキーボードを叩き始めた。
一時間後──。
「……いた」
翔は空港の乗客履歴へアクセスし、名簿と顔写真を照合していく。
すると、そこにアリスの姿を見つけた。
「やっぱり……」
そこから得られた僅かな情報を手掛かりに、さらに一つずつ糸を辿るように調査を進めていく。
ドイツから来日していたこと。
二人で行動していたこと。
そして、同行者の人物の名前が──。
「フレデリカ・フォン・アイゼンベルク……」
翔は画面を見つめると、今度はアリスと一緒に来日したフレデリカという人物のことを調べ始めた。
もちろん、こんな調査が正規の手続きではないことは分かっている。
違法アクセスは犯罪だ。
バレれば、注意で済むような話ではない。
それでも、危険を冒してまで調べた甲斐はあった。
次々と新しい情報が浮かび上がってくる。
「……何これ?」
翔の指が止まった。
画面に表示された資料を読み進める。
「今代における大怪盗……」
「『怪盗ファントム』……?」
翔は眉をひそめる。
その直後──。
リィィィィン!
「うわっ!?」
突然、スマートフォンが鳴り響いた。
翔は驚きながら画面を確認する。
「……緊急回線?」
嫌な予感がした。
翔は慌てて通話ボタンを押す。
「もしもし!?」
〈良かった、繋がった!〉
「えっ!?柏木さん!?」
電話の相手は柏木だった。
「こんな夜中に、いったいどうしたの?」
翔が尋ねると、柏木は明らかに焦った様子で答えた。
〈落ち着いて聞いてくれ……〉
〈たった今、何者かが留置場へ侵入した〉
〈おそらく狙いは──『美月アリス』だ〉
「えっ!?」
翔は思わず立ち上がった。
「でも、こっちは警報も何も鳴ってないよ?」
不思議そうに尋ねる翔。
すると、柏木は低い声で答えた。
〈……だからマズいんだ〉
〈お前らには言ってなかったが、【Zero】管轄の犯罪者や容疑者が留置場に収容された際、警報とは別に俺と相津にだけ通知される緊急装置がある〉
〈この装置の発動条件は──警察署員以外の誰かが留置場へ入った場合だ……〉
「……え?」
翔の表情が強張る。
「それって……つまり……」
〈ああ〉
〈何者かが許可なく、侵入したということだ〉
〈しかも、警察庁内では騒ぎにすらなっていない……〉
柏木の声から、焦りが滲んでいた。
〈おそらく……相当な手練れだ〉
「ど、ど、どうしよう!?」
翔が慌てて声を上げる。
〈落ち着け〉
〈俺と相津も急いでそっちへ向かっている〉
〈本庁にも連絡を入れてあるが、どこまで対応できるかは分からない〉
〈幸い、今日はジョージもそこにいる〉
〈俺たちが到着するまでの間、お前たち二人で時間を稼いでくれ〉
「わ、分かった!」
翔は戸惑いながらも、柏木の指示を了承した。
しかし──。
翔の脳裏には、先ほどコンピューターに表示されていた名前が浮かんでいた。
『フレデリカ』
『怪盗ファントム』
まさか──。
そんな考えが頭をよぎる。
翔は慌てて首を振った。
「……いや、そんなわけない」
そう呟くと、翔は急いで作戦指令室を飛び出した。
──留置場内 午前一時半。
「ふわぁぁ……。なんで俺たちが、こんな時間に留置場の見回りなんかしなきゃいけねぇんだよ」
本庁舎で夜勤に就いていた二人の男性署員は、突然の指示を受けて留置場へとやって来ていた。
「しょうがねぇだろ。上からの指示なんだから」
「だいたい、何かあったんなら、とっくに警報が鳴ってるっつーの」
「まあ……確かにそうだよな」
二人はそんな愚痴をこぼしながら、留置場内を歩いていく。
やがて、通路の分かれ道へ差し掛かった。
「じゃあ、俺はこっちを見てくるわ」
「了解。じゃあ、こっちは任せろ」
二人は別々の通路へ進んでいく。
「…………」
一人になった署員は、薄暗い通路を歩き始めた。
カツ、カツ、カツ──。
足音だけが静かな廊下に響く。
そして──。
五歩ほど進んだところで。
「……っ!?」
男は背後から何者かに掴まれた。
だが、声を上げることすらできない。
次の瞬間──。
ドサッ。
男は何をされたかも分からないまま、その場に崩れ落ち、意識を失った。
薄暗い通路には、再び静寂だけが残った。
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