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『追憶file.美月アリス⑹─アリスの想い─』

 ──ダクトルート内。


 アリスはワイヤーを使い、天井の排気口からダクトルートへ侵入すると、狭い通路を這うようにして進んでいた。


「はぁ……はぁ……」


 息を切らしながら、少しずつ前へ進んでいく。


 その表情には、さすがのアリスも疲労と苛立ちが浮かんでいた。


(とんだ失態だわ……)


(おそらく、あいつらは警備員じゃない)


(急遽、この屋敷の警備に配属された特殊部隊……ってところかしら)


(どういう経緯でここに配属されたのかは分からないけど、まさかこんなイレギュラーに当たるなんて……ツイてないわね)


 それでも、アリスの口元には僅かな笑みが浮かんでいた。


(でも……あと少し)


(あと少しで逃げ切れる……!)


 しばらく進むと、外へ繋がる排気口が見えてきた。


「……!」


 アリスは慎重に周囲を確認する。


 人の気配はない。


 問題ないと判断すると、排気口の格子へ手を伸ばした。


 カチャ……。


 音を立てないよう、慎重に格子を外す。


 そして、ゆっくりと外へ出ると──。


 トンッ。


 地面へ静かに着地した。


 アリスは周囲を見回し、誰もいないことを確認する。


 そして、変装していた顔のマスクへ手を掛けた。


 ベリベリ……。


 マスクを剥がすと、本来の美しい顔が露わになる。


「ふぅ……」


 アリスは大きく息を吐いた。


 そして、長いブロンドヘアを手でかき上げる。


「何とか逃げ切れた……」


「これで仕事も終わりね」


 アリスはそう呟くと、その場を立ち去ろうとした。


 そのとき──。


「そんなに急いで帰るなよ」


「…………!」


 背後から、男の声が聞こえた。


 アリスの足が止まる。


 ゆっくりと振り返る。


 そこに立っていたのは──。


 先ほど、屋敷の廊下ですれ違った黒髪の男だった。


 そして、その"眼"は──。


 深紅に輝いていた。


(こいつ……あのときの……)


 アリスは一瞬、適当に誤魔化そうと考えた。


 しかし──。


 男の"眼"を見た瞬間、その考えは消えた。


 まるで、その赤い瞳に全てを見透かされているような感覚。


 下手な嘘をつけば、すぐに見抜かれる。


 そんな確信すらあった。


「どうした?」


「てっきり、何か言い訳でもしてくるかと思っていたんだが……」


 その言葉に、アリスは少し苛立ちを覚える。


 しかし、それを表には出さず、冷静に答えた。


「あら?」


「どこかでお会いしたかしら?」


(この男とすれ違ったのは、アタシが変装していたとき……)


(今のアタシの顔は、この男にとって初めてのはずよ)


(これなら、まだ誤魔化せる……!)


 しかし──。


「とぼけなくてもいいぞ」


「お前とは一度、廊下ですれ違っている」


「そのときは別の顔と髪型だったがな」


「…………」


 アリスの表情が固まった。


(……なんで?)


(どうして分かるの……?)


 そんなアリスの表情を見て、男はニヤリと笑う。


「"なんで分かるの?"って顔だな」


「…………!」


 アリスは思わず息を呑む。


「俺のこの"眼"は特別でな」


「お前が変装していたことは、一目で分かった」


「だから、あいつらを向かわせた」


「そして──」


 男はアリスの背後にある排気口へ視線を向ける。


「唯一の脱出経路である、ここで待ち構えていたってわけだ」


「…………」


 男の不敵な笑みに、アリスの眉がピクリと動く。


 そして、ムッとした表情で言い返した。


「ふん……バカにしないでくれるかしら」


「アンタの眼が特別で、アンタが黒幕」


「それで、この状況は全部アンタの指示通りってわけ……?」


 アリスは腕を組み、男を睨みつける。


「で?」


「そんなスーパーマンみたいなアンタは、一体どこの何様なのかしら?」


 嫌味をたっぷり込めて問いかける。


 すると男は、落ち着いた口調で答えた。


「俺は相津真一」


「公安第零課──通称【Zero】所属の者だ」


(公安第零課……?)


(そんなの、聞いたことない……)


(それに、なんで公安が宝石の警備なんかにいるのよ……?)


 アリスが疑問を抱いていると、相津が続けた。


「お前も状況は分かっているみたいだな」


「素直に捕まってくれると、手間が省けて助かるんだが……」


 そう言って、相津は手錠を取り出した。


「ふふっ……」


 アリスは小さく笑う。


「あら?」


「確かにアタシは屋敷に侵入したけど……」


「何も盗ってないわよ?」


「なんなら、中の宝石を確認してくればいいじゃない」


 挑発するように言うアリス。


 しかし、相津は動じない。


「その必要はない」


「…………?」


「だって──」


 相津はアリスの右腕へ視線を向ける。


「お前の右腕の袖に、本物の宝石があるからな」


「…………!」


 アリスの顔から笑みが消えた。


(なんで……?)


(本当に見えてるっていうの……?)


(一体、何なのよ……こいつ……!)


 これまで、どんな警備も欺いてきた。


 完璧な変装。


 完璧なすり替え。


 そして、完璧な逃走。


 その全てを──。


 目の前の男は、まるで最初から分かっていたかのように見抜いていた。


「もういいか?」


 相津は手錠を構える。


「それじゃあ、一緒に来てもらおうか」


 カチャリ。


 乾いた音が響く。


 こうして──。


 予期せずして、二代目『怪盗ファントム』と謳われる大物を【Zero】は捕らえてしまったのだった。




 ──アリスが捕まってから三日後 正午。


 用事を終えたフレデリカが、ホテルの部屋へ戻ってきた。


「ただいま」


 しかし、返事はない。


 部屋を見渡しても、アリスの姿はどこにもなかった。


 脱ぎっぱなしの服。


 乱雑に置かれたペットボトル。


 出掛ける前と、ほとんど変わっていない。


「…………」


 その光景を見たフレデリカは、深いため息をついた。


「はぁ……」


「あれほど"慎重に"って言ったのに……」


「何も連絡がなかったから、"もしかして"とは思っていたけど……」


 フレデリカは呆れたように肩をすくめる。


「まったく……」


「世話のかかる娘だこと……」


 そう呟くと、フレデリカは荷物を置き、再び部屋を出ていった。



 一方その頃──。


 アリスは留置場にいた。


 固いベッドの上に横たわり、ぼんやりと天井を見つめている。


「もうそろそろ、フレデリカが帰ってきたかな……」


 アリスは小さく呟くと、深いため息をついた。


「はぁ……」


「こんなことで捕まってたら……」


「お父さんとお母さんが死んだ原因なんて、いつまで経っても探れないわよね……」


 アリスは5歳の頃から、フレデリカと二人で暮らしていた。


 そして6歳のとき──。


 両親を亡くした。


 表向きには、ただの事故として処理された。


 しかし、幼いアリスはどうしても納得できなかった。


 両親が死んだ理由。


 あの事故の裏に、何かがある。


 そんな疑念だけが、幼いアリスの心に残り続けていた。


 その後、アリスはフレデリカから泥棒としての技術を叩き込まれた。


 鍵の開け方。


 人の視線を欺く方法。


 変装。


 潜入。


 そして──生き抜くための術。


 やがて一人前の怪盗へと成長したアリスは、フレデリカの目を盗んでは、一人で両親の死の真相を調べ続けていた。


 そして一年ほど前。


 ついに、両親の死と関係していると思われる組織へと辿り着いた。


「……【SENSE】」


 アリスは天井を見つめながら、その名を呟く。


「早く忍び込んで、真相を掴まないと……」


「アタシが絶対に暴いてみせる……」


 アリスの瞳に、強い決意が宿っていた。


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