『追憶file.美月アリス⑸─何者かの策略─』
──宝石が保管されている監視室前。
アリスは扉の前に立つ警備員へ声を掛けた。
「お疲れ様です。交代の時間となりましたので、引き継ぎをお願い致します」
そう言って敬礼する。
警備員の男は三十代後半くらいだろうか。
不精髭を生やし、灰色のスーツを着た男は、どこか気だるそうな雰囲気を漂わせながらアリスを見る。
「ああ、交代ね。はいはい」
「それじゃあ、一緒に中の点検に行きますか」
男はそう言うと、アリスの顔をまじまじと見た。
「それにしても、随分と綺麗な女性が来たもんだ。あっはっは!」
「あ、ありがとうございます……」
アリスは苦笑いを浮かべる。
(……こいつも変な男ね)
(警備員のくせに、気安すぎるでしょ……)
そんなことを考えながら、アリスは男の後をついて監視室へ入っていく。
室内へ入ると、アリスはさりげなく周囲を見渡した。
監視カメラの位置。
警備システム。
出入口。
そして、宝石を保管しているガラスケース。
(よし……)
(下調べしたときから何も変わってないわね)
アリスは誰にも気付かれないよう、袖の中に隠していたレプリカを準備する。
その間に、男がガラスケースのロックを解除した。
「では、一緒に確認をお願い致します」
「ええ」
アリスはゆっくりとケースへ近づく。
手袋をはめ、宝石へ手を伸ばす──。
その直前。
アリスは男へ視線を向け、ニコリと微笑んだ。
視線を誘導する。
ほんの一瞬だけ生まれた死角。
その隙に、アリスの手が素早く動いた。
宝石とレプリカが入れ替わる。
一瞬。
まるで何も起きていなかったかのように。
(セリーナから教えてもらったミスディレクション……)
(結構、使えるじゃない)
アリスは今度はわざと男に見えるよう、宝石をじっくりと確認する。
「はい。大丈夫です」
「問題ありません」
「オッケー。じゃあ閉じるよ」
男はガラスケースを閉じると、再びロックを掛けた。
「ありがとうございます」
「では、この後は私が引き継ぎますので、また一時間後にお願い致します」
アリスはそう言って部屋を出ようとする。
そのとき──。
「いや~、残念だけど……」
「君に"一時間後"はないんだよね」
「…………」
アリスの足が止まった。
ゆっくりと振り返る。
「……どういうことでしょうか?」
男は相変わらず、飄々とした態度で笑っていた。
「君みたいな綺麗な子に、こんなことするのも気が引けるんだけど……」
「こっちも仕事だから、許してね」
「…………」
アリスの眉が僅かに動く。
(……なんなのよ、こいつ)
さすがのアリスも、少しずつ苛立ちを覚え始めていた。
「だから、何の話──」
バァン!!
突然、入口の扉が勢いよく開いた。
「おめぇを捕まえるって言ってんだよ!」
「この盗っ人がっ!!」
大きな声を上げて部屋へ入ってきたのは、筋骨隆々の大男だった。
男は室内へ入ると扉を閉め、そのままアリスの退路を塞ぐ。
(くっ……! なんでバレたのよ……!?)
(アタシの変装も、盗みの技術も完璧だったはずなのに……!)
アリスは二人から距離を取り、警戒しながら後ずさる。
すると、大男が隣にいる飄々とした男へ尋ねた。
「孝治……真一に言われるがまま来たけどよ、本当にこの女が盗んだのか?」
孝治と呼ばれた男は、困ったように頭を掻く。
「いや、俺も間近で見ていたけど……さっぱり分からなかった」
「でもまあ、相津が言うんだし、大丈夫だろ」
「…………」
目の前で交わされる会話に、アリスは困惑する。
(えっ……?)
(なに……どういうこと?)
アタシが宝石を盗んだことに、目の前の二人は気付いていない。
それなのに、誰かに言われたから自分を捕まえに来たという。
(まさか……)
(こいつら、アタシが盗んだことすら見抜けてないのに、誰かの指示だけで捕まえに来たってこと……?)
アリスが必死に状況を整理している間にも、大男は話を続けていた。
「まあ、そうだな」
「俺たちが考えてもしょうがねぇし、とりあえずこの女を捕まえるか」
大男が一歩、アリスへ近づく。
(くっ……!)
(とりあえず、今はこの状況から逃げなきゃ)
(ターゲットも手に入れた。もうこの屋敷に用はないわ)
アリスは懐からナイフを取り出した。
そして──。
一気に大男へ向かって走り出す。
「おっ!?」
「やっぱり泥棒で正解だったな!」
大男は怯むことなく前へ出ると、アリスのナイフを掴もうと手を伸ばした。
しかし──。
ナイフを掴まれる、その瞬間。
アリスは自ら手を離した。
「なっ!?」
そのまま身を低くすると、大男の股の間へ滑り込む。
シュッ!
大男の後ろへ抜けたアリスは、そのまま出入口へ駆け寄った。
「これで……!」
扉へ手を掛ける。
ガチャガチャッ!
「…………」
開かない。
「えっ……?」
もう一度、力を込めてドアノブを回す。
ガチャガチャッ!
「な、なんで!?」
焦るアリスの背後から、飄々とした男の声が聞こえた。
「ここの扉には、ちょっとした細工がしてあってね」
「遠隔操作でロックできるようになってるんだよ」
「…………!」
アリスの表情が凍りつく。
(そんなバカな……!)
(下調べしたときには、そんな仕掛けなんてなかったはず……!)
アリスは思わず振り返った。
「昨日までは……そんなものなかった……」
思わず口から漏れた言葉に、男がニヤリと笑う。
「そうだな」
「だって、今朝方に付け加えたばかりだからな」
「…………っ!」
アリスが驚愕する。
すると大男が、監視カメラへ向かって親指を立てた。
「おう! 翔のやつも中々やるじゃねぇか!」
そして、カメラに向かってガッツポーズ。
「…………」
その様子を、別室の監視モニターから見ている人物がいた。
モニターに映るのは、誇らしげにポーズを決める大男。
その横には、困惑した表情を浮かべるアリスの姿が映っている。
「まったく……本当にジョージはバカなんだから……」
「柏木さんも注意すればいいのに……」
若い青年──翔は、呆れたように呟いた。
「そんなポーズしてる暇があるなら、さっさと捕まえてよね」
そう言いながら、翔は手にしたジュースを一口飲む。
そして、再び監視モニターへ視線を戻した。
完全に逃げ場を失ったアリスは、その場にしゃがみ込んだ。
(くっ……!)
(こいつら、いったい何者なのよ……?)
(絶対に、ただの警備員なんかじゃない……!)
アリスは俯いたまま、必死に頭を働かせる。
そして──。
(……最後の手段ね)
アリスはしゃがみ込んだまま、両足首に固定していた小さな器具を外した。
さらに懐へ手を入れる。
取り出したのは、耳栓とサングラス。
それを素早く装着すると──。
次の瞬間。
ドォン!!
「チッ……!?」
スタングレネードの凄まじい爆音とともに、強烈な閃光が部屋を包み込んだ。
「ぐっ……!」
二人の男はたまらず耳を塞ぎ、目を閉じる。
しかし──。
二人の頭には、まったく同じ考えが浮かんでいた。
(こんなことをしても無駄だ)
(翔が監視カメラから全部見ている)
(この女に逃げ場なんてない)
やがて閃光が収まり始める。
二人はゆっくりと目を開いた。
「…………?」
しかし、そこにアリスの姿はなかった。
部屋の中は、白い煙で満たされている。
「やられた……!」
飄々としていた男、柏木が煙を見渡して呟く。
「スタングレネードは、煙幕を隠すための囮だったんだ」
「でも、だからってこの部屋からは出られねぇだろ?」
大男のジョージが不思議そうに辺りを見回す。
「何のために、こんなことを……」
そのとき──。
柏木が何かに気付いた。
「…………」
煙が、ある一点へ向かって流れている。
「これは……まさか……」
柏木は煙の流れを目で追っていく。
そして、その先にあったものを見上げた。
「……排気ダクトか」
天井に設置された排気口。
その周辺だけ、煙が吸い込まれている。
「排気ダクトのルートを使ったんだ……!」
ジョージも天井を見上げる。
「……マジかよ」
そして、悔しそうに拳を握った。
「あの女……ここから逃げやがったのか!」
「ちくしょう!」
「すぐに追って捕まえてやる!」
そう言ってジョージが天井を見上げる。
しかし──。
「やめとけ、ジョージ」
柏木が冷静に制止する。
「お前じゃデカすぎて、そこには入れねぇよ」
「うっ……」
ジョージが言葉に詰まる。
柏木は天井の排気口を見つめたまま、静かに笑った。
「それに……問題ない」
「予想通りだ」
「…………」
その言葉には、どこか確信めいたものがあった。
柏木はそう言うと、何事もなかったかのように静かに笑った。
読んで頂きありがとうございます。
良かったら、ブックマーク、評価をお願いします。




