『追憶file.美月アリス⑷─最初の出会い─』
──【Zero】オフィス。
フレデリカとアリスが日本へ到着した頃、【Zero】では他部署からの依頼が殺到していた。
「はい、申し訳ありません。お盆中の業務支援は、もうすべて予定が埋まっていまして……」
柏木は電話越しに、別部署からの依頼を丁重に断っていた。
「はい……はい……。すみません、それでは失礼します」
受話器を置くと、柏木は小さく息を吐いた。
すると、デスクの向かいにいる相津、ジョージ、翔の三人が一斉に柏木へ視線を向ける。
「また、お盆中の仕事のお願い?」
翔がお菓子を頬張りながら尋ねる。
「ああ、そうだよ。みんなお盆くらいは休みたいんだろうな。今年は特に依頼が多いわ」
「俺たちのこと、暇だと思ってんじゃねぇのか?」
ジョージもお菓子を食べながら不満そうに言った。
「まあ、実際暇なんだけどな」
新聞を広げていた相津が、淡々と答える。
もうすぐ始まるお盆休み。
その期間中、【Zero】には各部署からさまざまな業務支援の要請が寄せられていた。
容疑者の張り込みにおける代理や応援。
お盆期間中に開催されるイベントの警備強化。
警備システムの保守点検。
要人からの警備依頼。
休暇中の書類処理。
その他にも数多くの依頼が舞い込んでいた。
しかし、【Zero】にも対応できる限界がある。
これ以上の依頼を引き受けることは困難と判断し、柏木は一件ずつ丁寧に断っていた。
柏木はようやく一段落すると、自分の席へ腰を下ろし、お茶を一口飲む。
「ふぅ……。すまねぇが、三人ともお盆中は頼むな」
「最初の三日間は、それぞれの仕事をしてもらう。その後は、みんなで要人が所有する宝石の警備に入る予定だ」
柏木の言葉に、三人はそれぞれ返事をする。
「俺は明日から刑事課の応援で張り込みだ」
相津が答える。
「俺は地域課の応援でイベント警備だな!」
ジョージが腕を組んで笑う。
「たぶん、暴動鎮圧にも回されると思うけどな!」
「僕は明日から警察庁内の各課を回って、システムの点検をしていく予定」
翔も自分の予定を告げる。
「俺はここで書類処理をしてる。何かあったら連絡してくれ」
最後に柏木がそう告げると、三人は頷いた。
「お盆が終わったら、代休を取れるようにするからな」
「すまねぇが、よろしく頼む」
「「「りょーかい」」」
──その日の夜。
食事を終えたフレデリカとアリスは、ホテルへ戻っていた。
部屋に入ると、アリスはツインベッドの片方へ倒れ込むように寝転がった。
「はぁ~、美味しかった!」
「やっぱり日本のご飯は最高ね!」
「あんた、半分は日本人の血が流れてるんだから、単純に日本食が好みなんじゃない?」
フレデリカが呆れたように言う。
二人はしばらく食休みをしていたが、やがてアリスが起き上がった。
「フレデリカ。アタシ、明日から下調べに行くからね」
「ええ。ターゲットの正確な資料を送ってちょうだいね」
「あたしはそれを元に、レプリカの調整をしておくわ」
「どのくらいかかりそう?」
「明日中に資料を送ってくれれば、二日くらいで完成するわよ」
「オッケー!」
「じゃあ、決行は三日後あたりね!」
アリスは嬉しそうに笑った。
「そうね」
「ただ、あんたにレプリカを渡したら、あたしはすぐに出発するからね」
「三、四日は戻らないと思うから、くれぐれも慎重にやりなさいよ」
フレデリカが念を押すように言う。
「古い知り合いの人に会いに行くんだっけ?」
「本当、フレデリカって世界中どこに行っても知り合いがいるわよね」
アリスは感心したように言った。
そして、すぐに自信満々の笑みを浮かべる。
「まあ、仕事の方は大丈夫よ!」
「フレデリカが帰ってくる頃には、もう全部終わってるわ!」
そんなアリスの姿を見て、フレデリカは小さくため息をついた。
「……その自信が、いつか仇にならなければいいけどね」
しかし、その表情にはどこか娘を見守るような優しさが浮かんでいた。
──三日後 午前零時。
アリスはターゲットの宝石が保管されている大きな屋敷を、近隣のビルの屋上から双眼鏡で見つめていた。
屋敷の周囲には複数の警備員が配置され、一定の間隔で巡回を続けている。
しかし、アリスの表情に緊張はない。
「下調べしたときと、配置はほとんど変わってないわね」
「何人か交代しているけど……まあ、想定内ね」
双眼鏡を下ろすと、アリスは自信満々に笑った。
「これなら余裕ね!」
そして、立ち上がる。
「それじゃあ──」
「この"二代目怪盗ファントム"、アリス様が……」
「華麗に盗みに行くとしますか!」
アリスは事前に用意していた女性警備員の姿へ変装すると、何食わぬ顔で屋敷の中へ入っていった。
そのとき、入口にいた警備員の男から声を掛けられる。
「あれ? お前、今日休みじゃなかったっけ?」
アリスは一瞬も動揺することなく、何でもないことのように答えた。
「休みの予定だったんだけど、こいつが体調を崩したから代わってほしいって連絡してきたのよ」
そう言って、アリスは事前に用意しておいたメールの履歴を男に見せる。
「本当だ。道理でこいつ、今日来てないのか」
男は何の疑いも持たずに納得した。
もちろん、そのメールもアリスが事前に用意しておいた偽の証拠だった。
「じゃあ、私は室内の担当だから行くわね」
「おう。せっかくの休みだったのに災難だったな」
「ほんとよ」
軽く手を振ると、アリスはそのまま屋敷の奥へと歩いていった。
(本当、バカな男ばっかりね……)
(仕事も簡単だし……)
そんなことを考えながら歩いていると、前方から一人の男がこちらへ向かって歩いてきた。
(……あら?)
男は黒いスーツに身を包んでいる。
年齢は二十代半ば。
黒髪に整った顔立ち。
(見た目は、ちょっといい男ね……)
(アタシと同じくらいの年齢かしら?)
だが、アリスはすぐに違和感を覚えた。
(……でも、雰囲気が普通の警備員じゃない)
男はポケットに手を入れたまま、こちらへ向かってくる。
(何者かしら……)
アリスは警戒を悟られないよう、すれ違いざまに軽く頭を下げた。
「…………」
男も特に何も言わない。
そのまますれ違おうとした、その瞬間──。
アリスが顔を上げる。
男と視線が交わった。
「…………」
その"眼"を見た瞬間、アリスの足がほんの一瞬だけ止まった。
深紅。
まるで血のような赤い瞳が、怪しく輝いていた。
(……なに、あの"眼")
(変なの……)
アリスは不思議そうに男を見つめた。
しかし──。
(まあ、いいわ)
今はそれよりも、目の前の仕事が優先だ。
アリスは何事もなかったかのように視線を前へ戻す。
そして、そのまま屋敷の奥へと歩いていった。
その先にあるのは──今回のターゲットである宝石が保管された部屋。
このときのアリスは、まだ知らなかった。
今すれ違った青年との出会いが──。
やがて自分の人生を大きく変えることになるとは。
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