『FIRST MISSION ⑷─ミッションクリア─』
──九頭龍会 敷地内倉庫。
レオは倉庫へたどり着くと、窓越しに静かに中をうかがった。
敵幹部は一人。
周囲に気配はない。
レオは倉庫の扉へ歩み寄ると、指先で軽く叩いた。
コン、コン。
「誰だ!?」
男は即座に拳銃を構え、扉へ照準を向ける。
「答えろ!答えなければ撃つぞ!」
返事はない。
焦れた男は引き金を引いた。
バンッ!
バンッ!
銃声が倉庫へ響く。
「ぐあっ!」
次の瞬間、男の右肩と左脚に激痛が走った。
自分が放った銃声に紛れ、窓の外から放たれた二発の銃弾。
男は何が起きたのか理解できぬまま膝をつく。
レオは静かに窓から室内へ降り立った。
床へ転がった拳銃を足先で蹴り飛ばし、硝煙の残る部屋で淡々と告げる。
「チェックメイトだ」
男は苦しそうに肩を押さえながらも、不敵に笑った。
「はぁ……はぁ……。くっくっく……。
お前が《アサシン》だってことは分かっていたさ。だから……ここへ誘い込んだ」
男は息を荒げながら続ける。
「お前が二階で俺たちをおびき寄せたことと……同じだよ。残念だったな……」
「組長は今ごろ屋上だ。もうすぐヘリも来る。
今からじゃ……いくらお前でも間に合わねぇ」
そう言い残すと、男は力尽きるように意識を失った。
──九頭龍会屋敷 屋上。
「ヘリはまだ来ないのか!」
九頭龍会組長・九頭龍直樹は、逃走用ヘリコプターの到着を今か今かと待ちわびていた。
その表情は焦りと怒りに歪み、苛立ちを隠せない。
「申し訳ありません!
到着まであと五分とのことです!」
「遅ぇんだよ!役立たずが!」
舌打ちをしながら夜空を睨みつける。
(クソッ……何なんだ、あいつらは!
俺の計画が台無しじゃねぇか!)
(だが、爆破による陽動は成功した。
あの殺し屋も、今さらここには間に合わねぇ……)
その時だった。
「──こんな時間に、どちらへお出かけですか?
組長さん」
月明かりの中、一人の男が静かに姿を現す。
相津真一だった。
「なっ……!?
貴様、どこから現れやがった!」
九頭龍は目を見開く。
「特殊警備部隊公安第零課、相津真一。
お前の行き先は地下の牢獄だ。
安心しろ。最後までエスコートしてやる」
「公安風情が調子に乗るな!国家の犬が!」
九頭龍が怒鳴ると、五人の部下が一斉に前へ出る。
その直後──。
ババババババ……。
夜空にヘリコプターのローター音が響いた。
「ふははははっ!」
九頭龍の表情が一変する。
「運が悪かったな!ちょうど迎えが来た!
機関銃の餌になりたくなければ降伏しろ!
土下座でもするなら命だけは考えてやる!」
勝ち誇ったように両手を広げ、高笑いする。
ヘリコプターの機関銃がゆっくりと相津へ照準を合わせた。
ザザッ。
「ジョージ……最後の仕事だ」
相津は静かにインカムへ告げる。
〈あいよー!〉
次の瞬間──。
ドゴォォォォンッ!!
対面のビル屋上から放たれたロケット弾が、ヘリコプターへ直撃した。
轟音とともに機体は爆散し、炎を撒き散らしながら夜空に砕け散る。
「……へ?」
九頭龍は口を半開きにしたまま立ち尽くした。
目の前で起きた現実を、脳が理解できない。
「う……嘘だ……。
こんなの、ありえねぇ……!」
やがて我に返ると、半ば叫ぶように怒鳴った。
「やれっ!あいつを殺せぇぇぇ!」
五人の部下が一斉に引き金を引く。
ダダダダダダッ!!
銃声が屋上を埋め尽くした。
「無駄だ」
相津は静かに呟く。
その瞬間、彼の瞳が赤く輝いた。
──《アイズ》。
この"眼"は捉えた相手の動きを予測し、数秒先の未来を"軌跡"として視ることができる。
迫り来る銃弾を最小限の動きでかわしながら、相津は迷いなく引き金を引く。
ガンッ。
ガンッ。
ガンッ。
ガンッ。
ガンッ。
「ぐあぁっ!」
「がはっ!」
「なっ……!」
部下たちは、自分たちが撃たれた理由すら理解できないまま、その場へ崩れ落ちた。
静寂が戻る。
倒れ伏す部下たちを前に、九頭龍は呆然と立ち尽くしていた。
相津はゆっくりと歩み寄る。
「さて……残るはお前一人だ」
九頭龍の目の前で立ち止まると、冷え切った眼差しを向けた。
「迎えのタクシーは用意してある。
ご同行願おうか……」
一拍置き、低く言い放つ。
「──このクズ野郎」
──九頭龍会 敷地内倉庫。
「ふふっ……。私がもう間に合わないって?」
「違うよ。
間に合う必要なんて、最初からなかったのさ」
レオは倒れた敵幹部を見下ろし、愉快そうに微笑んだ。
ザザッ──。
〈ターゲット確保完了。
各員、撤退ポイントへ移動開始〉
インカムから相津の声が響く。
〈〈〈〈〈〈了解〉〉〉〉〉〉
次々と返ってくる仲間たちの声には、任務達成への安堵が滲んでいた。
「ほらね。言ったとおりだっただろう?」
レオは小さく呟くと、倉庫の奥へ視線を向ける。
そして、設置されていた爆破装置の前へ静かに歩み寄った。
「さて……こちらも片付けるとしよう」
そう言って解除装置を取り出し、爆破装置の解除を開始した。
──周辺の公園駐車場。
装甲車両車内。
人質二人を護送車へ引き渡し、四人は車内で戦況を見守っていた。
そして──。
ザザッ。
〈ターゲット確保完了。
各員、撤退ポイントに移動開始〉
相津からの報告がインカムに流れる。
「よし!」
「やったぁ!」
車内に安堵と歓喜の声が広がった。
柏木はニヤリと笑い、心春へ声をかける。
「さあ、心春ちゃん。お仕事の時間だぜ!」
「はいっ!
お役に立てるよう、精一杯がんばります!」
心春は勢いよく運転席へ座り、ハンドルを握る。
ブォォォォン!
エンジンが唸りを上げた。
「それではっ!
行っきまーーーす!」
キュルルルッ!!
タイヤが激しく空転し、白煙を巻き上げる。
次の瞬間、《ヴァンガード》は凄まじい加速で飛び出した。
「……心春って、ハンドル握るとワイルドになるわよね」
アリスが苦笑する。
「人格が変わるっていうか……。
何かが憑依してる感じだよね。
正直、ちょっとひきそう……」
翔も引きつった笑みを浮かべた。
「今日もご機嫌な運転だね、心春ちゃん!」
柏木が楽しそうに声を張る。
「はいっ!お任せくださーーーーい!」
夜の街を切り裂くように、《ヴァンガード》は闇の中を駆け抜ける。
そのステアリングを握るのは、若干22歳の女の子。
だが、そのハンドルさばきは、誰よりも豪快だった。
──九頭龍会敷地内。
装甲車両が勢いよく敷地内へ突入する。
「心春ちゃん、屋敷の前で旋回して停めてくれ」
柏木が指示を飛ばした。
「了解しましたであります!」
キィィィィィッ!
心春はアクセルを踏み込み、車体を豪快にドリフト旋回させる。
その反動で車内が大きく揺れた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
翔とアリスは揃って床へ転がり、そのまま顔を擦りつける格好になる。
「心春サン……。
精密機器も積んでありますから、安全運転でお願いします……」
翔が床に這いつくばったまま抗議する。
「心春、アンタ明日ケーキバイキング奢りなさいよ……」
アリスも恨めしそうに呟いた。
「はえぇぇっ!?
ご、ごめんなさい!
ごめんなさい、ごめんなさい!」
慌てて何度も頭を下げる心春。
柏木は苦笑しながら肩をすくめた。
「ハンドルから手を離すと、いつもの心春ちゃんに戻るんだよなぁ」
その時だった。
ドンッ!!
車両の屋根へ何かが降り立つ音が響く。
続いて、ワイヤーを伝って相津が姿を現した。
その肩には、拘束された九頭龍直樹が担がれている。
「相津さん!ご無事でよかったです!」
心春はぱっと表情を明るくした。
柏木とアリスはすぐさま九頭龍の身柄を引き受ける。
逃走や自害を防ぐため、両手を拘束し、口には布を当て、さらに目隠しも施した。
相津はそのまま車内へ入り、翔の隣へ立つ。
「翔、レオは?」
「GPSだと、まだ離れの倉庫だよ」
ザザッ。
「レオ、まだか?」
〈あと少しで爆破装置の解体が終わる。
先に脳筋ゴリラを回収してくれ。
現地で合流しよう〉
レオは軽口だけ残して通信を切った。
相津は頷き、運転席へ視線を向ける。
「心春。ジョージの回収ポイントへ向かってくれ」
「了解です!」
柏木は助手席へ戻り、アリスは九頭龍の隣へ腰を下ろして監視につく。
《ヴァンガード》は再びエンジンを唸らせ、次の仲間のもとへ走り出した。
──対面の四階建てビル付近。
「もうすぐ到着します」
《ヴァンガード》を走らせながら、心春がバックミラーへ視線を向ける。
「あれ……柏木さん。後ろから来ているバイク、レオさんじゃありませんか?」
「ん?……ああ、本当だ」
柏木は目を細め、小さく笑った。
「俺たちとほぼ同時の到着か。
普段は軽薄そうに見えるけど、仕事だけはきっちりしてるんだよな」
二人は顔を見合わせて笑う。
キキッ。
《ヴァンガード》とバイクがほぼ同時に停車した。
「レオさん、お疲れさまです!
ご無事で何よりです!」
心春が運転席の窓から笑顔で声をかける。
柏木も助手席から軽く手を挙げた。
相津、アリス、翔も車から降り、レオを出迎える。
「アンタにしては遅かったわね」
アリスが肩をすくめる。
「爆破装置の解体に少し手間取ってね。
でも、倉庫にバイクがあったから追いつけると分かっていた。問題ないさ」
「ああ、問題ない」
相津が短く頷いた。
その時だった。
ウゥゥゥゥゥ──。
何台ものパトカーがサイレンを響かせながら、九頭龍会の屋敷へ向かって走り去っていく。
三人の視線が柏木へ集まる。
「相津から確保の連絡を受けた時点で、本庁へ連絡を入れておいたんだ」
柏木は煙草に火をつけ、煙をくゆらせながら続ける。
「レオが爆破装置も解除してくれた。もう大きな危険はない。あとは刑事局の仕事さ」
一同が走り去るパトカーを見送っていると、車内から翔がひょっこり顔を出した。
「ジョージに『到着した』って連絡したんだけど、まだ来てない?」
「『おう、分かった』って返事したあと、そのまま通信が切れちゃったんだけど……」
全員が辺りを見回す。
その時──。
ヒュゥゥゥゥゥ……。
何かが落下してくる音が聞こえた。
ドガァァン!!
ビル前の花壇へ何かが激突し、土煙が勢いよく舞い上がる。
一同の動きが止まった。
やがて土煙の中から、傷ひとつないジョージが平然と歩いてくる。
「……え?」
アリスが目を丸くする。
「まさか……ワイヤーなしで飛び降りたの?」
「いや……さすがに、そんな人間いる?」
レオは静かに目を閉じた。
考えることをやめたらしい。
「もう!バカすぎて信じられないんだけど!」
翔も呆れ果てる。
「ジョージさん!お元気そうで何よりです!」
「だーっはっはっはっ!(笑)」
心春と柏木だけは楽しそうに笑っていた。
「おう、心春!出迎えご苦労!」
ジョージは豪快に笑い飛ばす。
「下から敵の追っ手が来たからな!
戦うのも飽きたし、そのまま屋上から降りてきた!」
「『降りてきた』じゃなくて『落ちてきた』でしょう!?」
「ここ四階よ!?ワイヤーは!?」
アリスが思わず叫ぶ。
「……何を言ってるんだい、このゴリラは」
レオは深いため息をついた。
「もうこのゴリラと同じ人類って思われたくない……」
翔も力なく肩を落とす。
三人が呆然と立ち尽くしていると、ジョージが車内から顔を出した。
「ごちゃごちゃうるせぇ!
ほら、さっさと帰るぞ!」
その声に、相津は小さく笑みを浮かべる。
「よし。帰るぞ、心春」
「了解でありまーーーす!」
心春は勢いよくハンドルを握った。
その瞬間。
翔とアリスの表情が凍りつく。
「心春サン……もう急ぐ必要はないからね?
ゆっくりでいいからね?」
「そうよ。今回は安全運転。
お願いだから、安全運転で帰りましょう?」
「はい!もちろんです!」
心春は満面の笑みで頷く。
そして──。
ギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。
キュルルルルルッ!!
ブォォォォォン!!
「「全然分かってなーーーーい!」」
二人の悲痛な叫びは、パトカーのサイレンとともに夜空へ吸い込まれていった。
──警察庁敷地内。
《ヴァンガード》がゆっくりと敷地内へ入り、心春は所定の駐車スペースへ車を滑り込ませた。
エンジンが止まり、静寂が訪れる。
柏木は車内を見渡し、穏やかに笑った。
「みんな、よくやってくれた。お疲れさん」
そして心春へ視線を向ける。
「心春ちゃんも、お疲れさん」
「ありがとうございます!」
心春は嬉しそうに笑顔で返事をした。
一人、また一人と車を降りる。
「あ~、さすがに疲れたわ」
「今日はぐっすり眠れそうだね」
「僕はまだ機材の片付けが残ってるんだけど……」
張り詰めていた空気から解放され、メンバーたちはそれぞれ安堵の表情を浮かべる。
柏木は相津の肩へ軽く手を置いた。
相津はその手に気付き、小さく笑みを返す。
時刻は午前二時。
つい先ほどまで銃声と爆発音が響いていたとは思えないほど、夜は静まり返っていた。
涼しい風が吹き抜ける。
相津はゆっくりと身体を伸ばし、月明かりに照らされた夜空を見上げた。
そして、静かに口を開く。
「──ミッションクリアだ」
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