『追憶file.美月アリス⑴─フレデリカ来日─』
──十月下旬。
北海道の孤島での任務を終えたのも束の間。
心春はその後も忙しく警察庁内を駆け回っていた。
午後二時。
書類を本庁舎へ届け終えた心春は、少し休憩しようと正面玄関へ出た。
「ふぅ~……」
外の空気を胸いっぱいに吸い込むと、両手を高く上げて大きく伸びをする。
「ん~~っ!」
そんな心春に、ふと声を掛ける女性がいた。
「すみません。もしかして、公安零課の方ですか?」
「えっ?」
心春が振り返る。
そこに立っていたのは、大きなキャリーバッグを手にした外国人女性だった。
金髪のショートボブに、大きな眼鏡。
流暢な日本語を話すその女性は、40歳前後だろうか。
整った顔立ちに知的な雰囲気を漂わせており、落ち着いた物腰も相まって、どこか大人の女性ならではの気品を感じさせる。
そして何より──。
抜群のスタイルと、思わず目を奪われるほどの色気。
「…………」
心春は一瞬、その姿に見惚れてしまった。
「あの……」
「あっ!」
女性に再び声を掛けられ、心春は慌てて我に返る。
「す、すみません!」
そして姿勢を正すと、胸元にぶら下げていたネームプレートを手に取った。
「は、はい!わたしは公安零課所属の立花心春と申します!」
ビシッ。
妙に気合いの入った自己紹介に、女性は思わずクスッと笑った。
「ふふっ……」
「わ、笑わないでくださいよぉ……」
「申し訳ありません。
とても可愛らしい方だと思いまして」
「か、かわい……っ!」
心春の顔がほんのり赤くなる。
そんな心春を見ながら、女性は優雅に微笑んだ。
「フレデリカと申します」
「本日は公安零課の柏木さんに用事があって参ったのですが、どこへ行けばいいのか分からなくて困っていたのです」
「柏木さんにですか?」
「ええ」
フレデリカが頷く。
心春は少し考えると、すぐにスマートフォンを取り出した。
「それなら確認してみますね!」
心春は柏木へ電話を掛け、フレデリカが訪ねてきたことを伝えた。
しばらくして通話を終える。
「お待たせしました、フレデリカさん」
「柏木さんに確認が取れましたので、わたしがご案内します!」
「まあ、ありがとうございます。助かりますわ」
フレデリカは微笑みながら、心春の後をついていく。
しばらく歩いたところで、心春はふと気になっていたことを尋ねた。
「あの……フレデリカさん」
「はい?」
「柏木さんとは、どういったご関係なんでしょうか?」
聞いてはいけないかな──。
そう思いながらも、心春は好奇心に負けてしまった。
フレデリカは足を止めることなく、少しだけ考えるような間を置いた。
そして──。
「ふふっ……」
意味深な笑みを浮かべる。
「簡単に言うなら──」
フレデリカは心春へ視線を向けた。
「柏木さんに預けている娘の……"保護者"かしらね」
「…………え?」
心春の足がピタリと止まった。
フレデリカはそんな心春を振り返り、何事もなかったかのように優雅な笑みを浮かべていた。
──【Zero】オフィス。
柏木と相津がデスクで仕事を進める中、レオは暇そうにスマホを眺めていた。
そのとき──。
♪♪♪
柏木のスマホが鳴った。
「ん?」
画面を確認すると、心春からの着信だった。
「はい、柏木……」
電話に出た柏木だったが、しばらくすると驚いたように声を上げた。
「えっ!?本当に!?」
相津とレオが同時に柏木を見る。
柏木は少し間を置くと、心春へ告げた。
「とりあえず、本庁舎の応接室じゃなくて、こっち。【Zero】のオフィスへお連れしてくれ、心春ちゃん」
そう言って電話を切る。
すると、すぐさま相津が尋ねた。
「どうした、柏木?」
「えらく驚いていたが……誰か来たのか?」
「ああ、それが……」
柏木は少し言いづらそうに口を濁した。
その横で相津は何気なくコーヒーを口に含む。
「フレデリカさんが来てるって」
「ブーーーッ!!」
次の瞬間。
相津が盛大にコーヒーを吹き出した。
「おい、真一……汚いぞ」
レオが呆れながらティッシュを手に取り、机を拭く。
「な、なんでフレデリカが日本にいるんだよ!?」
普段は滅多に取り乱さない相津が、珍しく声を荒らげる。
「俺に聞かれても知らねぇよ」
柏木は肩をすくめた。
「アリスはこのこと知ってんのか?」
「たぶん、知らねぇんじゃねぇか?」
「もし知ってたら、俺たちに言うだろうし……アリス本人が迎えに行くだろ」
「相変わらずだな、あのババァは……」
相津が小さく呟く。
「お前、本人を前にして絶対『ババァ』なんて言うなよ」
二人がそんなやり取りをしている横で、レオだけが状況を理解できず首を傾げていた。
「そのフレデリカというのは誰なんだい?」
「ああ、そうか。レオは知らなかったな」
柏木が思い出したように言う。
「たぶん、心春も知らないだろ」
相津が付け加えた。
「そうだったな……」
柏木はレオへ向き直る。
「フレデリカさんは──」
その瞬間──。
ガチャリ。
出入口のドアが開いた。
三人が一斉に入口へ視線を向ける。
「ただいま戻りました!」
心春の明るい声がオフィスに響いた。
そして、その後ろから一人の女性が姿を現す。
大きなキャリーバッグ。
金髪のショートボブ。
大きな眼鏡。
そして──どこか含みのある笑み。
「久しぶりね……柏木、相津……」
フレデリカはそう言った。
先ほどまで心春に見せていた上品で柔らかな雰囲気はない。
どこか挑発的で、自信に満ちた口調だった。
相津の顔が引きつる。
「……マジで来たのかよ」
思わず本音が漏れた。
一方、柏木は笑顔でフレデリカのもとへ歩み寄る。
「お久しぶりです、フレデリカさん」
「突然どうしたのですか?」
「事前にご連絡いただければ、お迎えの手配くらいはしましたのに」
「ふふっ。そんなことしなくても一人で来られるわよ」
フレデリカは肩をすくめた。
その様子を、レオは黙ってフレデリカを見つめていた。
「…………」
事情はまったく分からない。
だが、一つだけ分かることがあった。
──美しい。
それだけは確かだった。
フレデリカもそんなレオの視線に気づいたのか、微笑みながら口を開く。
「あら?」
「あなたは初めましてかしら──」
その瞬間だった。
スッ。
レオがフレデリカの前へ進み出る。
そして流れるような動作で片膝をついた。
「!?」
心春が目を丸くする。
相津は無表情。
柏木はため息をついた。
お構いなしにレオはフレデリカの手を取り、その甲へそっと口づける。
「お初にお目にかかります、マダム・フレデリカ」
「私はレオナルド・ガルシアと申します」
レオは優雅に微笑んだ。
「あなたのあまりの美しさに、思わずお手を取ってしまいました」
「どうか無礼をお許しください」
そして立ち上がると胸に手を当てる。
「私のことは気軽にレオとお呼びください」
「歓迎いたします」
レオは休憩室へ向かって優雅に手を差し出した。
「こんな場所で恐縮ですが、どうぞこちらへ」
フレデリカは一瞬だけレオの目を深く観察した後、楽しそうに笑った。
「あらあら……」
「素敵な紳士さんなのね」
「ありがとうございます、マダム」
二人はそのまま休憩室へ歩いていく。
残された三人は呆然としていた。
「……何やってんだ、あいつは」
柏木がぼそりと呟く。
「アホだな」
相津が即答した。
「す、凄いです……」
心春だけは変なところで感心していた。
すると休憩室の方からレオの声が飛んでくる。
「何をしているんだい?」
「客人にお茶も出さないつもりか?」
「早く"おもてなし"をしたまえ!」
「「「お前が言うな」」」
三人は同時にツッコミを入れながら、休憩室へと向かった。
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