『争奪MISSION ⑿─信じてるから─』
──屋上。
二人の怪盗による騙し合いは、アリスに軍配が上がった。
アリスは仰向けのまま空を見上げていたが、ゆっくりと身を起こし、隣のセリーナへ視線を向けた。
「アンタ……これからどうするの?」
セリーナは寝転んだまま、小さく息を吐く。
「さあ……どうしようかしら……」
「まあ、依頼された仕事は、終わってるし。
予定どおり、『ヴァルハラ』本部のヘリに乗って帰るわよ」
「でも、笠井が今回のこと連絡したら、アンタ本部で捕まるんじゃない?」
「それは、そうよね……」
その瞬間だった。
バァン!!
屋上へ続く扉が勢いよく開かれた。
現れたのは笠井だった。
その後ろには十人の部下が並び、一斉に二人へ銃口を向ける。
「ごきげんよう……ペテン師ども」
「よくもまあここまで、この私をコケにしてくれましたねぇ……」
葉巻をくわえた笠井は、ゆっくりと煙を吐き出した。
「これほど怒りに震えたのは久しぶりですよ……セリーナ」
笠井の鋭い視線がセリーナへ向けられる。
「あら?」
「私が何かしたかしら?」
「自分の失敗を私のせいにするなんて、器の小さい男ね」
「それに教えてあげたでしょ、『誰も信用してはいけない』って……」
「当然、私のことも信用しちゃダメよ」
その言葉を受け、アリスも口元を吊り上げた。
「ふふっ……所詮、その程度だったってことよ」
「最初からアンタに、人の上に立つ器なんてなかったのよ」
その一言で、笠井の中の何かが音を立てて切れた。
プチッ──。
「口の減らない雌猫どもだ!」
「撃てぇっ!!」
パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!
号令と同時に銃声が屋上へ響き渡る。
二人は同時に身を低くすると、見張り棟の陰へ飛び込んだ。
「っ……!」
アリスが右腕を押さえる。
銃弾が腕をかすめ、鮮血がにじんでいた。
「大丈夫……かすり傷よ」
セリーナは無言で懐からスカーフを取り出し、手際よく傷口へ巻き付ける。
「応急処置くらいにはなるでしょ」
結び終えると、壁越しに敵を警戒しながら尋ねた。
「すぐに包囲されるわ」
「アリス、武器になりそうな物は?」
「使えそうな物は、全部あっちのバッグの中……」
アリスはポケットを探り──小さく目を見開く。
「あっ……」
胸元からインカムを取り出した。
それを見たセリーナが思わず呆れた。
「またそんな所にしまって……」
アリスは何も答えず、静かにインカムを耳へ装着した。
「アリス!」
「武器がないなら、二人で突破するしかないわ!」
セリーナは小型拳銃で応戦する。
しかし、十人を相手では焼け石に水だった。
その時──。
アリスがふっと笑う。
「ええ……」
「"アンタ"のこと……信じてる」
笠井は片手を上げ、部下たちを制した。
それは二人を警戒したからではない。
自らの誇りを踏みにじった二人を、じわじわと追い詰めて楽しむためだった。
「どうですか?」
「見下していた男に蹂躙される気分は?」
「今から泣いて許しを乞えば、私の気が変わるかもしれませんよ?」
笠井は愉快そうに煙を吐き出し、高笑いを響かせた。
「ふふっ……ははっ……はっはっはっ!」
──しかし、その頃には。
アリスとセリーナは、すでに脱出の糸口を見つけていた。
「……あとは実行するだけ」
「セリーナ、アタシが──」
言いかけたアリスの言葉を、セリーナが静かに遮る。
「私が囮になるわ」
迷いのない一言だった。
「別にあなたのためじゃない」
「今はあなたより、私が囮になった方が二人の生存率は高い……それだけの話よ」
「それに接近戦なら私の方が向いているわ」
「でも、それじゃアンタが──」
アリスは言葉を詰まらせた。
その先を言えば、セリーナが危険に飛び込むことを認めることになる。
セリーナは優しく微笑む。
「……あなたも分かってるでしょ?」
「あの時の"借り"──」
「今、返させて」
「セリーナ……」
アリスは何も言い返せなかった。
セリーナはいつもの気品ある笑みを浮かべる。
「それに──」
「あなたには待ってる"仲間"がいるんでしょ?」
「ずっと見てたわ」
「あなたにしては、いい男を見つけたじゃない」
セリーナはくすりと笑う。
「"赤い瞳の彼"……」
「飽きられないように、ちゃんと気を引いておきなさいよ?」
「ち、違うわよ!」
アリスは思わず頬を赤くして言い返す。
「あいつはそんなんじゃないんだから!」
張り詰めていた空気が、その一瞬だけ和らいだ。
だが次の瞬間、二人は再び真剣な眼差しで互いを見据える。
言葉はもう必要なかった。
互いを信じる──その想いだけで十分だった。
アリスの頬が赤く染まるのを見て、セリーナは小さく笑った。
そして次の瞬間──。
拳銃を構えたまま、壁の陰から勢いよく飛び出した。
その一瞬で敵の視線がセリーナへ集中する。
その隙を逃さず、アリスも反対方向へ駆け出した。
目指すのは──海。
一直線に屋上の縁へ向かって走る。
「バカがっ!」
笠井が叫ぶ。
「ここから飛び降りる気か!?」
「これだけ包囲されてワイヤーなんか使えるものか!そのまま崖へ落ちて死ね!」
笠井は勝ち誇ったように笑った。
一方、セリーナは銃弾をかわしながら展望室へ飛び込む。
カバンを開き、中からいくつもの道具を掴み取ると、窓ガラスを拳銃で叩き割った。
ガシャァァン!
そして、そのまま外へ放り投げる。
「下がれっ!」
笠井の部下たちは、とっさに爆薬だと思い身を引いた。
次の瞬間──。
ボンッ!
「なっ!?」
炸裂したのは爆薬ではなく、煙玉だった。
白煙が一気に噴き上がり、屋上を瞬く間に覆い尽くしていく。
「くそっ!煙幕だ!」
視界を奪われた部下たちは不用意に引き金を引けない。
下手に撃てば、味方を撃ち抜く危険があった。
その混乱の中、セリーナは煙の向こうへ駆けるアリスの背中を見つめ、小さく微笑む。
「──またね、アリス」
アリスは一直線に海へ向かって駆けた。
笠井も、その部下たちも、誰一人として彼女の真意には気づかない。
このまま海へ飛び込むつもりだ──。
誰もがそう思っていた。
だが、アリスの狙いは違う。
『七階、笠井の部屋の真上』。
最初からそこを目指して駆け抜けていた。
「はぁ……はぁ……」
息が上がる。
鼓動が速まる。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
この高さから飛び降りればどうなるか。
着地が海でも陸でも関係ない。
即死だ。
それでも──。
アリスは一切ためらうことなく、大空へ身を投げ出した。
「──信じてるから!!」
その瞬間──。
ガシャァァァン!!
七階の窓ガラスが砕け散る。
飛び出してきた相津が、落下するアリスの身体を力強く抱き寄せた。
同時に、腰のコードを引く。
バサァッ!
パラシュートが大きく広がり、二人の落下速度が一気に緩んだ。
「悪い、待たせたな」
アリスは力が抜けたように相津へ身を預け、小さく笑う。
「……ほんと」
「待たせすぎよ……」
そう呟くと、安心したように相津の胸へ顔を埋めた。
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