『争奪MISSION ⑾─海上の救出劇─』
──海上。
相津が建物内へ向かって数分後、海上で待機していた心春のボートは、島陰に潜んでいた『サーペント』のボートに発見されてしまった。
「はぇぇ!?まだ敵さんが残ってたんですかぁー!」
心春は慌ててスロットルを全開にし、ボートを走らせる。
一方、『サーペント』のボートでは、二人の男が冷静に状況を分析していた。
「……もう戻っては来ないだろう。予定時刻を一時間以上過ぎている」
「『ヴァルハラ』にやられたってことですか?」
「いや……おそらく【Zero】だ」
「昨日、仲間をやった連中ですね」
「奴らを侮っていた。しかし、あの女を捕らえられれば、チップの代わりに組織への土産にはなる」
男たちはフルスロットルで心春のボートを追い始めた。
パンッ! パンッ! パンッ!
銃声が響き、次々と銃弾が海面を跳ねる。
「はわわわっ、どうしましょう……!」
「追いつかれはしなくても、このままじゃいつか当たっちゃいますぅ……!」
心春は必死にボートを蛇行させ、銃弾をかわし続ける。
だが反撃する手段はなく、一方的に狙われ続けるしかなかった。
その時だった。
前方から、一隻のボートが一直線にこちらへ向かってくる。
船首には、見慣れた大男が堂々と立っていた。
「ジョージさん!!」
心春の表情が一気に明るくなる。
「ガッハッハッ!よく頑張ったな、心春!」
「ここからは俺たちに任せろ!」
豪快に笑うジョージの横で、操縦席の翔が半泣きで叫んだ。
「ジョ、ジョージ!本当にこれで合ってる!?」
「僕、ボートなんて運転したことないんだけど!」
「ああ、大丈夫だ!」
「レバーを前に倒して、そのまま真っすぐ突っ込め!」
「その説明だけで分かるわけないでしょー!」
翔の悲鳴など気にも留めず、ジョージはロケットランチャーを肩に担いだ。
一方、『サーペント』の男たちも迫ってくるボートに気づく。
「兄貴、前方から妙なボートが突っ込んできます」
「……なんだ、あれは?」
二人は双眼鏡をのぞき込み──目を見開いた。
「お、おい……嘘だろ……」
「兄貴……あのデカブツが持ってるの……まさかロケットランチャーですか?」
ジョージはゆっくりと照準を合わせる。
「俺たちの大事な船長に──」
「何してくれてんだぁぁぁぁーー!!」
心春のボートとすれ違う、その一瞬。
ロケットランチャーが火を噴いた。
ドカァァァァァン!!
轟音とともに巨大な水柱が立ち上がり、『サーペント』のボートは爆炎に包まれて砕け散る。
心春はボートを旋回させ、ジョージたちの元へ戻った。
「翔くん!ジョージさん!」
「ありがとうございます!もうダメかと思いました!」
ボートを止め、立ち上がって頭を下げる心春。
「間に合ってよかったぜ!」
「真一から『すぐ心春と合流しろ』って連絡が来たから、そのままぶっ飛ばして来たんだ!」
ジョージは親指を立てて豪快に笑う。
その横では、翔が操縦席に突っ伏していた。
「僕は何回死ぬかと思ったことか……」
「もうジョージと一緒の任務はこりごりだよ……」
その言葉に、心春は思わず「あはは」と笑みをこぼした。
──その瞬間だった。
パンッ。
乾いた銃声が海上に響く。
「あぅ……っ!」
心春の胸元を銃弾がかすめ、その身体がぐらりと揺れた。
ドサッ。
力なくボートへ倒れ込む。
「心春ちゃん!!」
「心春っ!?」
翔とジョージは顔色を変え、慌てて心春のボートへ飛び移った。
海には、一人の男が木片にしがみついて浮かんでいた。
ジョージがロケットランチャーを構えた瞬間、男は咄嗟にボートから飛び込み、難を逃れていたのだ。
「はぁ……はぁ……」
「あいつら……全員ぶっ殺してやる……」
荒い息を吐きながら木片で体勢を立て直すと、男は拳銃を構え直す。
照準の先には、翔の姿。
「今度はてめぇだ……クソガキ!」
パンッ──。
乾いた銃声が海上に響く。
しかし次の瞬間、血を流したのは翔ではなく、その男だった。
「がっ……」
男はゆっくりと海へ沈み、その姿は深い青へと消えていく。
「お前ら、大丈夫か!?」
別のボートで柏木とレオが駆けつけてきた。
「海から狙っていた男を排除した。怪我はないかい?」
二人がボートを横付けすると、ジョージが険しい表情で振り向く。
「俺たちは大丈夫なんだが……」
「心春ちゃんがっ!」
翔は取り乱し、心春を抱えるジョージの隣で叫んだ。
「柏木さん!レオ!」
「心春ちゃんが撃たれたんだよ!」
「ごめん……僕らが目を離した隙に……」
震える声で何度も謝る翔。
柏木とレオも身を乗り出し、心春の様子を確認する。
「僕とジョージがもっと早く来ていれば……」
「もっとちゃんと敵を倒していれば……」
「心春ちゃん……ごめん……」
翔はその場に崩れ落ち、うつむいた。
そんな翔の肩に、そっと手が置かれる。
「翔、大丈夫だよ」
柏木は優しく手を差し伸べ、翔を立たせた。
「えっ……何が大丈夫なの?」
翔が戸惑っていると、レオが心春の胸元を指さした。
「よく見てごらん。
心春の胸から血は流れているかい?」
翔は慌てて目を凝らす。
「……出てない」
「えっ?でも、確かに当たったよね?」
目を丸くする翔を見て、レオは苦笑した。
「心春。恥ずかしいのは分かるけど、そろそろタヌキ寝入りはやめて説明してあげたらどうだい?」
「うぅ……」
観念した心春は、おずおずと胸元へ手を入れ、大きなパッドを取り出した。
「ご、ごめんね、翔くん……」
「アリスさんに変装したとき、胸の大きさが全然違ったから、大きめのパッドを入れてたの……」
「じゃ、じゃあ銃弾は?」
「当たったことは当たったんだけど……」
「このパッドをかすめただけで、わたしには当たってないの……」
「えっ!?じゃあジョージまで俯いてたのは!?」
翔の視線がジョージへ突き刺さる。
「いや……俺はすぐ気づいたんだけどよ」
「心春が『恥ずかしいから黙っててください』って言うもんだから……」
心春は照れくさそうに頭をかいた。
「あはは……運ばれてる途中で起きようと思ってたんだけど……」
「思ったより大事になっちゃって……」
ようやく事情を理解した翔は、がっくりと肩を落とした。
全身から黒いオーラが漂っている。
「ごめんなさい……」
心春がぺこりと頭を下げると、その場にいた全員から一斉に笑いがこぼれた。
張り詰めていた空気は、一瞬にして穏やかなものへと変わっていた。
──一方その頃 六階・個室。
笠井は手足を縛られ、口にはテープを貼られたまま床へ転がされていた。
(クソォォォ……!)
(どいつもこいつも、この私をコケにしやがって……!)
怒りに満ちた目で天井を睨みつける。
その時だった。
カチャリ。
部屋の鍵が開き、扉がゆっくりと開く。
個室の持ち主である研究員が戻ってきたのだ。
「えっ!?笠井さん!」
「いったい何があったんですか!?どうしてこんな姿に……!」
研究員は慌てて笠井へ駆け寄ると、すぐに廊下へ飛び出した。
「誰か来てくれ!」
「笠井さんが大変なことになっている!」
助けを呼ぶ声が廊下へ響き渡る。
その様子を見つめながら、笠井の胸の奥では黒い感情が際限なく膨れ上がっていた。
(この私を侮辱したこと……必ず後悔させてやる)
("白銀の魔女"セリーナ……)
(そして、"怪盗ファントム"アリス……)
(貴様らだけは──絶対に許さん)
もはや笠井の頭からチップの存在は消えていた。
そこに残っているのは、二人への底知れぬ憎悪と復讐心だけ。
(生きて……この島を出られると思うなよ!)
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