『争奪MISSION ⑽─アリスとセリーナ─』
──屋上。
ベリベリベリ──。
若い警備員の顔がゆっくりと剥がれていく。
プシュー。
空気の抜けるような音とともに体格まで変化し、やがて一人の女性の姿が現れた。
そこにいたのは──アリスだった。
「……アンタこそ、この変装をよく見破ったわね」
アリスが肩をすくめる。
セリーナは首を横に振った。
「見破ったわけじゃないわ……」
「海上にいる"アリス"が偽物だと気づいただけ」
「あとは消去法よ」
悔しさを押し殺すように歯を食いしばる。
「それより質問に答えなさい!」
「どうやってここまで私を欺いたの!?」
アリスはしばらく黙ってセリーナを見つめていた。
「……教えるわけないじゃない、と言いたいところだけど」
「いいわ。教えてあげる」
静かに語り始める。
「アンタは、最初からアタシが屋上を読んでたと思ってるみたいだけど違う」
「確率が一番高いと考えていただけ」
「だからアタシは、建物内を仲間に任せて、アンタよりずっと先に屋上で待っていたのよ」
セリーナは納得できず首を振る。
「でも警備は三人制、時間ごとに一人ずつ交代するはずよ!」
「もし交代を断れば、不審に思うじゃない!」
するとアリスは小さく笑った。
「セリーナ……」
「アンタ、自分で命令したじゃない」
「"見張りは今の三人で続けること"って」
セリーナの瞳が大きく見開かれる。
「……まさか」
「そう」
「アタシはアンタと同じことをしただけ」
「"今の三人で見張りを続ける"って言って、同じような文書を見せて交代を断ったの」
「でも……!」
「残りの二人が黙ってるはず──」
言いかけたセリーナは、自分で答えに気づいた。
アリスは口元だけで笑う。
「アンタなら分かるでしょ?」
「アタシが三人になれば、それで済む話」
そう言って髪をかき上げ、自らのボディスーツを軽く叩いた。
「それを可能にしたのが、このアタシ専用の変装用ナノスキン──『オル・ミラージュ』」
「PDAとリンクして、撮影した相手の顔も体格も瞬時に再現する」
「声だって録音すれば、その場で変声できる」
「【Zero】がアタシのために開発してくれた装備よ……ネーミングはダサイけどね」
「だからアンタが知らないのも当然よ」
その言葉を聞き、セリーナの表情が怒りに染まる。
だがその奥には、認めたくないという感情が滲んでいた。
「……何よ、それ」
「仲間ができたから、新しい力を手に入れたって言いたいの?」
「だから建物の中は仲間に任せて、自分はここへ来られたって?」
セリーナは首を振る。
「そんなはずない……」
「【Zero】だって、どうせアンタを利用しているだけよ」
「"信頼"すれば裏切られる」
「それを教えてくれたのは、アンタじゃない」
拳を握り締める。
「だから私は──」
「私だけを信じる」
アリスは静かにその言葉を受け止めた。
「……セリーナ」
セリーナは涙をこらえるように睨みつける。
「あの時……私を置いていったアンタなんかに──」
「私は絶対に負けない!」
その瞬間──。
セリーナは服の内側から閃光弾を取り出し、足元へ落とした。
ピカッ!!
強烈な閃光が辺りを包む。
アリスが思わず目を閉じた、その一瞬。
セリーナは素早く背後へ回り込み、ロープをアリスの首へとかけた。
アリスは咄嗟に左腕を首との間へ差し込み、締め落とされるのは防いだものの、ロープはなお首に食い込んでいる。
(ロープに意識を向けさせて、その隙にチップを奪い返す!)
冷静さを取り戻したセリーナは、勝機を確信した。
だが、その状況でアリスは静かに微笑む。
「ふふっ……相変わらず、この手の技は一級品ね」
「懐かしいわ……」
「昔からアンタは、大掛かりな変装なんてしなかった。視線誘導などで一瞬の隙を作り、鮮やかな手際で盗み出す……」
「でも残念」
「昔と変わらないアンタのことなら、今のアタシには全部読める」
アリスはロープに逆らわず、あえて全身の力を抜いてセリーナへともたれかかった。
「えっ……!?」
首を締め上げようと力を込めていたセリーナは、その反動を支えきれず、二人そろって後ろへ倒れ込んだ。
ドサッ。
「くっ……」
セリーナはすぐに起き上がろうと顔を上げる。
しかし、その目の前には──。
アリスの銃口が静かに向けられていた。
風だけが、二人の間を吹き抜ける。
屋上に静寂が訪れ、互いの髪が風になびいた。
やがてアリスが静かに口を開く。
「セリーナ……」
「あの時、アタシは依頼の品を持ち去って、アンタを残したまま姿を消した」
「でも、それは──」
「分かってるわよ!!」
セリーナが叫び、言葉を遮った。
「全部知ってる!」
「師匠から全部聞かされた……!」
「あれは全部、私を守るためだったって!」
セリーナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「それでも……私は許せなかった!」
「何も話してくれなかったあなたが!」
「対等だと思っていた自分が!」
震える拳を強く握り締める。
「信じてほしかった……」
「悔しかった……」
「何より、あなたに守られたっていう事実を……私は受け入れられなかった!」
張り詰めていた想いが、一気に溢れ出す。
「セリーナ……」
アリスは悲しそうにその名を呼んだ。
セリーナは涙を拭うことなく、まっすぐアリスを睨み返す。
「だからアリス!」
「あなたに勝って証明する!」
「私は……あなたに守られるほど弱くなんかない!」
アリスがゆっくりと銃を下ろす。
その想いを受け止め、アリスは静かに微笑んだ。
「ごめんね、セリーナ……」
「アンタの気持ちにも気づけなかったなんて……姉弟子失格ね」
少しだけ寂しそうに笑う。
「今のアンタは、もう十分あの頃のアタシを超えてる」
「でもね──」
アリスは力強く言い切った。
「今のアタシは"怪盗ファントム"じゃない」
「【Zero】のアリスなの」
「だから……アンタなんかに負けてあげないわ」
その言葉に、セリーナは目を見開いた。
(仲間ができたからじゃない……)
(アリスは【Zero】で"変わった"……)
(だから私は……勝てないの……?)
揺れていた心が、少しずつ静まっていく。
セリーナはゆっくりと顔を上げた。
そこには、昔と何ひとつ変わらないアリスの笑顔があった。
その瞬間、胸の奥に積もっていたわだかまりが、少しずつ溶けていくのを感じた。
セリーナは小さく笑う。
「ふふっ……本当に昔から欲張りすぎなのよ、あなたは」
その笑顔を見て、アリスも自然と笑みを浮かべた。
「知ってるでしょ?」
「アタシ、とってもワガママなんだから」
──まだ互いに譲れない想いは残っている。
それでも、この瞬間だけは違った。
屋上に立つ二人は敵ではなく、同じ師のもとで切磋琢磨した姉妹弟子として笑い合っていた。
吹き抜ける風が、二人の髪を優しく揺らしていた。
読んで頂きありがとうございます。
良ければ、ブックマーク、評価をお願いします。




