『争奪MISSION ⑼─"怪盗ファントム"を継ぐ女─』
──三階 研究室。
三つの勢力との戦いを終えたジョージと翔は、建物から脱出するため三階まで降りてきていた。
タタタタタッ。
先を行くジョージへ、翔が声をかける。
「ジョージ、ちょっと待って」
ジョージは足を止め、不思議そうに振り返った。
「どうした、翔?真一の作戦じゃ、俺たちは敵を片づけたらすぐ撤退だろ?早く行こうぜ」
「それは分かってるよ。でも、この先のフロアには上階から避難してきた人たちが大勢いるんだ」
「少しくらい変装しないと、さすがに目立つよ」
翔は辺りを見回し、変装に使えそうな服を探し始めた。
「変装って言ってもなぁ……」
ジョージは自分の服をつまんで見せる。
「俺、こんなに汚れちまったぞ?
これじゃ全部着替えねぇと無理だろ」
「分かってるよ!
だから探してるんじゃないか!」
翔は半ば呆れながら周囲を見回す。
「ったく……無駄にデカいから、ジョージが着られそうなサイズが全然ないよ」
しかし、どれだけ探しても見つからない。
「なあ、翔」
「うん?」
「別に変装しなくても、見つからないように出ればいいんだろ?」
「そうだけど……他に方法なんてないでしょ」
翔はまたジョージが突拍子もないことを言い出したのだろうと、服探しを続けた。
するとジョージが自信満々に胸を張る。
「だったら俺に任せろ!いい方法がある!」
「何言ってるんだよ、ジョージ──」
ガシッ。
「えっ?」
振り向いた瞬間、翔の体がふわりと宙に浮いた。
ジョージは翔を軽々と抱え上げ、そのまま窓へ向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って!」
「いい方法って何!?どうするつもり!?嫌な予感しかしないんだけど!?」
翔は青ざめながら叫ぶ。
ジョージは当然のように答えた。
「ガッハッハッ!決まってんだろ」
「ここから飛び降りるんだよ!」
「そうすりゃ誰にも見つからねぇし、時間も短縮できる。一石二鳥じゃねぇか!」
そう言って窓を開ける。
「バカバカバカッ!」
「僕はジョージと違って普通の人間なんだよ!三階から飛び降りたら死んじゃうって!」
翔は抱えられたまま必死にもがく。
「心配すんな!」
ジョージは親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
「俺が抱えて一緒に飛び降りてやる!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「人の話を聞けぇぇぇ!!」
翔の叫びも虚しく、ジョージは窓枠へ足をかけた。
「えっ……うそでしょ?」
「ほ、本当に飛ぶの……?」
「口は閉じとけよ。舌、噛むぞ」
「やっぱり脳筋筋肉ゴリラなんかと組むんじゃなかったーーっ!!」
翔の悲鳴を残し、二人は窓の外へと飛び出していった。
──屋上 展望室。
コンコン。
「失礼します。紅茶をお取り替えに参りました。交換してもよろしいでしょうか?」
展望室へ入ってきたのは、セリーナが屋上へ来た際に警備をしていた若い男だった。
ティーセットを丁寧に運びながら、一礼する。
「ええ、ありがとう。お願いするわ」
セリーナは椅子から立ち上がり、男が作業しやすいように場所を空けた。
セリーナの指示どおり、屋上の警備は三名による交代制で行われていた。
若い男、壮年の女性、そして中年の男性。
三人は交代のたびに必ずセリーナへ声を掛け、異常の有無を報告していた。
「どう?あれから屋上へ来た者はいたかしら?」
セリーナが何気なく尋ねる。
「いえ、誰も来ておりません」
男は即座に答えた。
「仮に来たとしても、セリーナさんのご指示どおり、誰一人として屋上へは通しません」
男はそう言うと、慣れた手つきで新しいティーセットを並べ終えた。
「そう……ご苦労さま」
セリーナは満足そうに頷き、展望室の外へ出る。
双眼鏡を手に取り、ゆっくりと海へ視線を向けた。
そこには、ボートの上で談笑している相津とアリスの姿があった。
「ふふっ……余裕ね」
その姿を見て、セリーナは小さく笑う。
しかし、その直後だった。
「……?」
違和感──。
ほんのわずかな、本当に些細な違和感。
セリーナは眉をひそめると、急いで鞄から望遠鏡を取り出した。
レンズ越しに、ボートの上のアリスを見つめる。
長い沈黙が流れた。
アリスはサングラスを外し、相津と笑いながら話している。
「……瞳の色が違う」
セリーナは小さく呟いた。
次の瞬間──
「──クソッ!!」
ガァンッ!!
望遠鏡を床へ叩きつける。
今までの優雅な微笑みは消え失せ、その顔は怒りと焦燥に染まっていた。
作業を終えた若い男が展望室から出てくる。
セリーナは慌てて荷物をまとめ始めた。
だが──
「……ない」
あるはずの物が、ない。
(なぜ……?)
(いつから騙されていた……?)
(どこで見抜かれた……?)
(何を見落とした……?)
(いったい、誰が──)
思考が渦を巻き、冷静さが崩れていく。
セリーナは荷物を放り出し、そのまま展望室を飛び出した。
「待ちなさいっ!!」
見張り棟へ向かっていた若い男が足を止め、ゆっくりと振り返る。
セリーナは息を切らしながら男を睨みつけた。
「ハァ……ハァ……」
「どうやって……分かったの……?」
男は首をかしげ、淡々と問い返す。
「……何のことでしょう?」
その一言で、セリーナの感情が爆発した。
「とぼけないでっ!!」
「その変装は何!?私も知らない、その技術はどこで手に入れたの!?」
「どうやってここへ来た!?」
「いったい、いつから私を欺いていたの!?」
セリーナは怒鳴るように叫ぶ。
「答えなさい──」
男は静かに口元を緩めた。
「"アリス"!!」
──セリーナが気づく少し前。
相津とアリスに変装した心春は、『ヴァルハラ』の残りのボートを撃墜した。
「これで、ようやく落ち着いて屋上を監視できるな」
相津はライフルを片付けると、心春の隣へ腰を下ろした。
「相津さん、お疲れさまです!」
心春はサングラスを外し、にっこりと笑う。
「……言葉遣いが元に戻ってるぞ」
「はぇ!?す、すみません! ……じゃなくて、ご、ごめんなさい……」
慌ててアリスの口調を真似しようとする心春を見て、相津は思わず吹き出した。
「ははっ、悪い悪い。
もう普段通りでいいぞ、心春」
「ふぇ?」
心春はきょとんと首を傾げた。
「お前にアリスのふりをしてもらったのは、敵の注意をこっちへ引きつけるためだ」
「はい。だからアリスさんがわたしを自分そっくりに変装させて、お化粧までしてくれたんですよね」
「そうだ。だが、海上のボートを全部沈めた今、向こうが俺たちを確認する手段は遠方からの目視しかない」
「つまり、どれだけ大声で話しても、ここでの会話は聞こえないってことだ」
説明を聞き終えた心春は、ほっと胸をなで下ろした。
「ほぇ~……よかったですぅ~」
「正直、いつバレるかと思って、ずっとヒヤヒヤしてました……」
「俺は、お前のモンキーターンのほうがヒヤヒヤしたけどな」
相津が苦笑すると、心春は照れくさそうに頭をかいた。
「えへへ……でも、ちゃんと成功してよかったです」
穏やかな空気が二人の間に流れる。
しかしその視線は、変わらず屋上へと向けられていた。
──しばらく休憩していた心春が、ふと相津の横顔を見つめた。
普段と変わらない表情。
だが心春には、なぜかその顔がとても心配そうに見えた。
海上は島の外になるため、通信は一切使えない。
それは最初から分かっていたことだった。
だからこそ、心春も仲間たちのことが気掛かりだった。
「相津さん……私のことは気にせず、アリスさんのところへ行ってあげてください」
「……心配なんですよね?」
「何言ってんだ、心春。そんなわけないだろ」
相津は苦笑して答える。
だが、もし笠井のチップが偽物だったなら、本物を持っているのはセリーナである可能性が高い。
相津がアリスを案じていたのは事実だった。
「とぼけてもダメですよ」
「私には分かるんですから」
心春は優しく微笑んだ。
「"信頼"することと、"心配しない"ことは同じじゃありません」
「いつも皆さんの帰りを待っている私が言うんです。間違いありません」
そう言って、心春はぎゅっと両拳を握る。
「私なら大丈夫です!」
「もし敵さんが来ても、すぐボートで逃げますから!」
そして、にっこりと笑った。
「それに……相津さんが言ったじゃないですか」
「"みんな"を元気づけてくれって」
「"みんな"の中には、もちろん相津さんも入ってるんですからね!」
満面の笑みを向けられ、相津は何も言えなかった。
ただ、しばらく心春の顔を見つめる。
「相津さんがそんな顔してたらダメですよ」
「いつもみたいに、自信満々に笑ってください!」
静かな沈黙が流れる。
やがて相津は、小さく笑みを浮かべた。
「……ありがとう、心春」
「しばらくの間、一人でみんなの回収を頼めるか?」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「はい!」
「もちろんです!お任せください!」
力強い返事を聞いた相津は頷くと、島へ向かってボートを飛び出していった。
その背中を、心春は笑顔のまま見送るのだった。
──六階 セリーナの個室。
レオと柏木は拘束した笠井を連れ、セリーナの部屋へ入った。
だが、室内はもぬけの殻だった。
「やっぱり、もういねぇか」
柏木は抱えていた笠井をベッドへ放り投げる。
ドサッ。
「となると、アリスが待つ屋上にいる可能性が高いね」
レオは部屋を見渡しながら静かに言った。
「ただ、まだ建物内のどこかへ身を潜めている可能性も捨てきれない……。決めつけるのは危険だ」
柏木は腕を組み、小さく息を吐いた。
「とはいえ、屋上はアリスに任せたんだ。俺たちはこいつを使って建物内をしらみ潰しに探すしかねぇだろ」
そう言って柏木は、ベッドに転がる笠井を見た。
「わ、私に聞いても知らん!」
笠井は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「むしろ私のほうが、あの魔女の居場所を知りたいくらいだ!」
その必死な様子に、レオは肩をすくめた。
「……どうやら本当に知らないみたいだね」
そのときだった。
ザザッ──。
インカムにノイズが走る。
〈こちら相津。柏木、レオ、聞こえるか〉
「真一!?」
レオが思わず声を上げた。
「なんでお前が島の中にいるんだ?」
驚く二人をよそに、相津は落ち着いた声で続けた。
〈説明はあとだ。それより先に、そっちの状況を教えてくれ〉
〈時間がない。頼む〉
柏木とレオは顔を見合わせ、小さく頷いた。
そして、これまでの経緯を手短に相津へ報告し始めた──。
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