『争奪MISSION ⑻─"魔女"の罠─』
──五階 事務室。
三勢力による乱戦が始まって数分。
ジョージがやや優勢に戦いを繰り広げていた。
「オラァッ!どうした!そんなもんか!」
ジョージは丸腰にもかかわらず、机や椅子など、周囲にあるあらゆる物を武器代わりにして暴れ回る。
(くっ……こちらの残弾はあと四発……)
(無駄撃ちはできん)
(しかし、なんて奴だ……)
(距離を取っても、机や椅子をまるでボールのように投げつけてくる……)
(室内戦では、銃よりよほど厄介だ)
ジョージが次々と物を投げつけていると、その背後から『サーペント』の男がナイフを突き出した。
ガンッ!
「残念だったな……」
ジョージは今まさに投げようとしていた机を咄嗟に盾にし、その一撃を受け止める。
(チッ……これでも駄目か)
(こんな雑な戦い方のくせに、殺気には異常なほど敏感だ……)
(まるで野生の獣と戦ってる気分だぜ)
ジョージが反撃に転じようとした瞬間、男は机に突き刺さったナイフをあっさり手放し、素早く距離を取る。
(その上、打撃はほぼ一撃必殺……)
(あんなの、まともにもらった時点で終わりだ)
ジョージを挟み込むように、『ヴァルハラ』と『サーペント』の男が左右へ散開する。
二人は互いを警戒しながらも、同じ結論に達していた。
(奴は危険すぎる……)
(『サーペント』は後回しだ。先にあいつを殺る)
(あいつを狙えば、『ヴァルハラ』も合わせてくるはずだ……)
二人の視線が一瞬だけ交差する。
言葉はない。
だが、互いの考えは一致していた。
((最優先で、あいつを仕留める))
──出入口付近。
翔はジョージの戦いを見守ることしかできなかった。
「ちくしょう……」
「これじゃ二対一じゃないかよ……」
何もできない自分が歯がゆくてたまらない。
「僕なんか……何の役にも立たないよ……」
悔しさに天を仰いだ、その時だった。
「……ん?」
翔の目が天井に向く。
一定間隔にあるシャッターボックスが目に入った。
「これは……」
何かを思いついた翔は、周囲を素早く見回した。
「……ない……どこだ……?」
次の瞬間、給湯室へ駆け込むと室内を探し回る。
「……あった!これなら……!」
翔は素早くPDAを取り出すと、給湯室に設置されていた配電盤へ接続した。
ガンッ! ガンッ! ドンッ!
二人を相手にしても、ジョージは攻めの姿勢を崩さなかった。
だが戦況は次第に拮抗し始める。
(チッ……こいつら、だんだん連携が噛み合ってきやがった……)
(こりゃ早めにケリをつけねぇと面倒だな)
そう考えた、その時だった。
ザザッ。
〈ジョージ、そのまま黙って聞いて──〉
インカムから翔の声が届く。
翔は手短に作戦を伝えると、ジョージは口元に笑みを浮かべた。
「オラァァァ!!」
ジョージは鋼製ロッカーを豪快に振り回す。
二人は再び左右へ飛び退き、一定の距離を取った。
「はっ、さすがのアンタも二対一じゃ疲れてきただろ?」
「卑怯だなどとは言ってくれるなよ」
「これは勝負ではないのだからな」
二人の言葉を聞き、ジョージは豪快に笑う。
「ガハハッ!」
「まったく問題ねぇ!」
「それにな──」
「二対一でもねぇよ……なぁ、翔!」
その瞬間──。
ガラガラガラガラッ!!
二人の頭上から、防火シャッターが勢いよく落下した。
「「なっ!?」」
ドォンッ!!
二人は咄嗟に両手で受け止めたものの、そのあまりの重量に身動きが取れなくなる。
「くそっ……いったい誰がこんなことを……」
『ヴァルハラ』の用心棒は歯を食いしばる。
そして次の瞬間、何かに気付いた。
「あの小僧か──!」
気付いた時には、すでにジョージの拳が目の前まで迫っていた。
ドゴォォォン!!
「がはっ!」
渾身の一撃をまともに受けた用心棒は吹き飛び、そのまま意識を失う。
その隙に、『サーペント』の男が防火シャッターの下を転がるように脱出した。
(少し【Zero】を見くびってたな……)
(あの小僧もメンバーの一人……何か秀でたものがあるってことか)
男はナイフを構え、一気にジョージの首元へ飛び込む。
バンッ!
銃声が響いた。
「なっ!?」
放たれた銃弾が男の頬を掠める。
ジョージは倒れた『ヴァルハラ』の用心棒が落とした拳銃を拾い、発砲していた。
男の意識が拳銃へ向いた、その一瞬。
ジョージは一気に間合いを詰める。
「終わりだぁ!!」
男の身体を豪快に掴み、そのまま壁へ向かって投げ飛ばした。
ドカァァァン!!
「ごふっ……」
男は壁へ激突すると血を吐き、その場へ崩れ落ちた。
防火シャッターを上げて、二人が倒れたことを確認すると、給湯室から翔がゆっくりと姿を現す。
「ジョージ!やったね!」
「ああ!翔もサンキューな!」
二人は笑顔を交わし、勢いよくハイタッチを決めた。
──七階 笠井の部屋。
コンコン。
扉がノックされると、メイドが応対した。
「はい。ご用件をお伺いいたします」
「下のフロアで侵入者同士が交戦しているため、ご報告に参りました。また、研究員の避難も完了しましたので、併せてご報告いたします」
メイドは笠井へ視線を向け、指示を仰ぐ。
「ふん……そんなことは分かっています。お引き取り願いなさい」
笠井がそう告げると、メイドも来訪者へ向き直った。
「申し訳ございません。お引き取り──」
「承知しました。その前に一つ、お渡ししたいものがございます」
来訪者は言葉を遮るように続けた。
「侵入者が所持していたPDAを回収しました。何かお役に立つかと思い、お持ちしました」
その一言に、笠井の目が鋭く光る。
(PDA……確か【Zero】の連中が使っていた端末)
(くっくっくっ……うまくいけば何かデータが残っているかもしれませんね)
笠井は口元を歪め、メイドへ命じた。
「……いいでしょう。中へ通しなさい」
メイドが扉を開けると、白衣姿の柏木が部屋へ入ってきた。
「あなたがPDAを回収したのですか?」
笠井が尋ねると、柏木はポケットからPDAを取り出しながら肩をすくめた。
「ああ、いや……回収したっていうかさ」
「このPDAは──俺のなんだよ」
その軽い口調に、笠井が眉をひそめた。
次の瞬間──
バキィッ!
天井が破れ、一つの影が舞い降りる。
ザシュッ!
「がっ……!」
護衛の男は反応する暇もなく首を斬られ、血を噴き出して倒れた。
「きゃあっ!」
メイドが悲鳴を上げた瞬間、柏木が背後へ回り込み、薬品を染み込ませたハンカチを口元へ押し当てる。
メイドはそのまま意識を失い、静かに崩れ落ちた。
「ふぅ……これで邪魔はいなくなったな」
レオはナイフに付いた血を布で拭き取り、笠井へ刃先を向ける。
「逃げ場はないよ。それと、このフロアにはもう誰もいない。助けを呼んでも無駄さ」
笠井は顔を引きつらせながら後ずさる。
「貴様ら【Zero】なんぞにチップを渡すくらいなら、いっそのこと──!」
ポケットへ手を伸ばした、その瞬間。
ヒュッ──ザシュッ!
「ぎゃあああっ!」
レオが放ったナイフが笠井の腕を貫いた。
悲鳴を上げて床へ転げ回る笠井を見下ろし、レオは静かに言う。
「そこで大人しくしてな」
レオは笠井からチップを取り上げ、そのまま手足を素早く拘束した。
受け取ったチップを柏木が特殊ライトで照らす。
「……まあ、分かってたけど偽物だな」
そう呟くと、柏木は部屋の奥へ歩いていく。
「本物は、こっちなんだろ?」
クローゼットを開けると、その奥には厳重なセキュリティボックスが鎮座していた。
「な、なぜ貴様らが、それを知っている!?」
笠井は狼狽し、叫ぶ。
二人は答えない。
柏木は翔から預かったロック解除装置をボックスへ取り付けた。
電子音とともに解析が始まる。
それを見た笠井が歯を食いしばる。
「あの女、ファントムの仕業か……」
怒りで身体を震わせながら吐き捨てた。
「あの時……捕まえておけば、こんなことには……!」
「もう諦めな」
レオが肩をすくめる。
「チップさえ回収できれば、命までは取らないよ」
ピッ……
ガコン。
解析が完了し、ボックスがゆっくりと開いた。
「よし、これで任務完了──」
レオが立ち上がろうとした、その時。
チップにライトをあてた柏木が呟いた
「嘘だろ……」
レオが柏木に声をかける。
「どうしたんだい?」
柏木の声が低く響く。
「……これもダミーチップだ」
部屋の空気が凍りついた。
レオと柏木は無言で笠井を見据える。
「そ、そんなはずはない!」
笠井は顔面蒼白のまま叫んだ。
「このセキュリティボックスの解除番号を知っているのは私だけだ!」
「チップを保管してから、一度もこの部屋を離れてはいない!」
「本物じゃないなど……あり得るはずがない!」
狂ったように叫び続けた笠井だったが、不意に言葉が止まる。
何かを思い出したように目を見開いた。
(まさか……あの時、すでに……!)
笠井は歯を食いしばり、憎悪を込めて叫んだ。
「……あの"魔女"め!!」
──屋上 午前十時。
セリーナは展望室で優雅に紅茶を口に運んでいた。
「うふふ……そろそろ笠井のチップが奪われた頃かしら」
ティーカップを静かにソーサーへ戻し、満足そうに微笑む。
「さあ、建物中を隅から隅まで私を探し回りなさい……」
「もっとも、私はどこにもいないけれどね」
その光景を思い浮かべたのか、セリーナは堪えきれず笑みを漏らした。
「あはははっ!」
「残念だったわね、アリス」
「海上戦で囮になっているように見せかけて、本当の狙いは彼の"眼"を使い、海上から屋上にいる私を監視することなのでしょう?」
セリーナは一度ゆっくりと深呼吸し、静かに目を閉じる。
「その判断自体は間違っていないわ」
「でも、その"信頼"こそがあなたたちの敗因なのよ」
再び目を開くと、口元に妖艶な笑みを浮かべた。
「建物へ潜入した仲間たちは、あなたたち二人を信じている。だからこそ、誰一人として屋上へは来ない」
「そして私は動かない」
「ヘリが到着したその瞬間、一瞬だけロープを掴めば、それで終わり」
「あなたたちが気づいた頃には、私はもうこの島にはいないわ」
セリーナはティーカップを手に取り、勝利を確信したように微笑んだ。
「結局、あなたは他人を"信頼"したから負けるのよ……アリス」
そう呟くと、双眼鏡を手に取り、海上で戦う相津とアリスへ静かに視線を向けた。
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