『争奪MISSION ⑹─セリーナの思惑─』
──六階 セリーナの個室。
セリーナも笠井と同じく、部屋の窓から双眼鏡で海上の相津とアリスを見ていた。
「あの男が……相津真一」
笠井から【Zero】の存在を聞いたあと、セリーナは島内のコンピューターシステムを使い、独自に【Zero】について調べていた。
「警察庁の"天才"と謳われた男……」
「特殊な"眼"を持つ、と記録にはあったわね……」
双眼鏡の先で、相津がボートを一隻撃沈させる。
その光景を見届けると、セリーナは小さく笑みを浮かべた。
「なるほど……」
「彼の"眼"を最大限に生かすため、見通しのいい海上を戦場に選んだというわけね」
だが、それでもセリーナは警戒を解かなかった。
(……アリスの狙いは何?)
(二人そろって海上へ姿を現した意味は……?)
セリーナは静かに目を閉じ、思考を巡らせる。
やがて答えにたどり着いたのか、ゆっくりと瞳を開いた。
「……そういうこと」
「狙いは、私たちをこの状況へ誘導すること」
「つまり囮ね……」
セリーナは荷物をまとめると、静かに着替え始めた。
(自分たちへ注意を引きつけている間に、別動隊が笠井のチップを奪う……)
(私のことも警戒しているだろうから、おそらくここにも誰かを寄越すはず……)
(わざわざ私に接触してきたのも、私たちの意識をアリスへ向けさせるための布石……)
(二代目"怪盗ファントム"の名は伊達じゃないわね……)
白いパンツスーツへ身を包み、長い銀髪をかき上げる。
その姿は、まさに"白銀の魔女"の異名にふさわしい気品と妖艶さを漂わせていた。
「それでも──最後に勝つのは、この私」
「アリス……あなたにだけは絶対に負けないわ」
セリーナは静かに微笑むと、部屋を後にした。
──二階 機械室。
カタカタカタカタ……。
翔の指が、凄まじい速さでキーボードを叩いていた。
「よし!うまくいった!」
翔が嬉しそうに声を上げる横で、ジョージは退屈そうに腕を組んでいた。
「え?何がだ?」
翔は手に持っていたダミーチップを掲げながら説明する。
「これは相津が盗んできたダミーチップなんだけど、実は微弱な電波を発してるんだ」
「もしかしたら、他のダミーチップも同じ周波数の電波を出してるんじゃないかと思ってね」
ジョージは首を傾げた。
「……で?」
「だから、この部屋のコンピューターから建物のシステムへハッキングして調べてみたんだ」
翔はパソコンを操作し、画面をジョージへ向ける。
そこには建物内部のマップが表示され、いくつもの赤いマークが点滅していた。
「結果は予想どおり!」
「この赤いマークが、ダミーチップのある場所を示してるんだ!」
ジョージはようやく理解すると、勢いよく立ち上がった。
「つまり、このマークの場所へ行けばチップがあるってことか!」
「やるじゃねぇか、翔!」
褒められた翔は得意げに胸を張る。
「まあね!僕にしてみれば簡単なことだけど、普通の人にはできない芸当だからね──」
「だったら、みんなにも教えてやろうぜ!」
ジョージがインカムへ手を伸ばした瞬間、翔が慌てて止めた。
「待って待って!」
「みんなには知らせなくていいよ」
「これはあくまでもダミーチップの位置だから。
本物のチップの場所は分からないからレオたちには意味がない……」
「それに相津たちは今、島外の海上にいるからそもそも通信が届かないよ」
「だから、この仕事は僕たち二人でやるしかないんだ」
翔の言葉を聞くと、ジョージはニヤリと笑った。
「お前もやっと調子が出てきたじゃねぇか!」
「それじゃあ、一丁やったろうぜ!」
二人は素早く装備を整えると、機械室を飛び出していった。
──三階 廊下。
翔は手にしたPDAを確認しながら、小声でジョージに囁いた。
「ジョージ、あいつが持ってるよ」
「あの白衣を着た長髪の男……」
ジョージはターゲットへ視線を向けると、翔へ確認する。
「間違いないんだな?」
「うん、間違いない」
翔は頷いたものの、すぐに困った表情を浮かべた。
「でも、ここからどうしよう……」
「さすがにどこへ隠してるかまでは分からないし、僕らじゃアリスみたいに盗めないよ……」
翔が頭を悩ませていると、ジョージが「俺に任せろ」と親指を立てた。
「えっ、ちょっ──」
止める間もなく、ジョージは長髪の男へ真っすぐ歩いていく。
そして──
ドンッ!!
男の首元を掴み、そのまま壁へ叩きつけた。
「よう、お前の持ってるチップを渡せ」
廊下が一瞬で静まり返る。
「な、なんだ貴様!?いきなり何を──」
ポキッ。
乾いた音が響き、男の左腕が力なく垂れ下がった。
「肩の関節を外した」
「次は右肩。その次は左足だ」
ジョージは男を睨みつける。
「もう一度だけ言う、チップを渡せ」
長髪の男は顔面蒼白になり、震える手でチップを差し出した。
ジョージはそれを受け取ると、翔へ向かって満面の笑みを浮かべる。
「ほらな」
次の瞬間──。
「キャーーーーッ!!」
廊下中に悲鳴が響き渡った。
『ヴァルハラ』の構成員たちの視線が、一斉にジョージへ集まる。
「ちっ!」
「翔!こうなったら仕方ねぇ!」
「力ずくでチップを回収して回るぞ!」
「次の場所を教えてくれ!」
ジョージはそう叫ぶと、翔を脇に抱えて全力で走り出した。
「このバカ!何が『こうなったら』だよ!」
「ジョージが『こうした』んじゃないかー!」
「だから脳筋筋肉ゴリラと組むのは嫌だったんだよーー!!」
ジョージに抱えられた翔の悲痛な叫びが、廊下に虚しく響き渡った。
──島周辺の海上。
アリスは『カルテル・ネグロ』のボートとの距離を徐々に詰めていく。
100……90……80……70……60……。
そして残り50メートルほどまで接近した瞬間、アリスは舵を九十度切り、大量の岩礁が並ぶ海域へとボートを突っ込ませた。
『カルテル・ネグロ』のボートも、そのまま後を追う。
「おもしれぇ……!」
「俺たちと潰し合いのレースでもする気か!」
「はっ!上等だ!」
「岩にぶつかって自滅する前に撃ち落としてやる!」
男はサブマシンガンを構え、引き金を引いた。
ダダダダダッ!!
銃弾が海面を跳ねる。
しかし、ボートは銃弾を避けるように左右へ蛇行し、一発も命中しない。
「ちっ!全然当たりゃしねぇ!」
「おい!伏せろ!」
「この先は岩礁が密集してる!狭いぞ!」
アリスは速度を落とさないまま、岩礁の隙間を次々とすり抜けていく。
「くそっ……!なんて操船技術だ!」
「おい!女なんかに負けるんじゃねぇ!」
やがて岩礁地帯を抜けると、ボートはさらに加速した。
その先には、一際巨大な岩礁がそびえ立っている。
その瞬間──。
アリスは巨大な岩礁を支点に、水しぶきを高く巻き上げながら鋭くボートを旋回させた。
グワァァァァッ!!
「なっ!?モンキーターンだと!?」
「嘘だろ!?あんなデカい船体で!?」
二人が驚愕した、その刹那。
すれ違いざま、相津が静かに銃口を向けた。
バンッ!バンッ!
「じゃあな……」
銃弾は正確にエンジンを撃ち抜く。
制御を失ったボートは巨大な岩礁をかすめるように突っ込み──
ドカァァァン!!
轟音とともに炎を上げ、木っ端微塵に爆散した──
──屋上 午前九時。
作戦開始から一時間が経とうとしていた頃。
セリーナは荷物を抱え、屋上へと姿を現した。
「おはようございます、セリーナさん」
見張りの若い男が敬礼しながら声を掛ける。
「おはよう」
「私のことは聞いているでしょう?」
「ヘリが迎えに来るまで、展望室で待たせてもらうわね」
屋上にはヘリポートのほか、島全体を見渡せる展望室と、見張り番が詰める見張り棟が設けられていた。
「はい、承知しております」
「何かございましたら、何なりとお申し付けください」
男は再び敬礼する。
「ふふ……いい子ね、あなた」
「それじゃあ、お言葉に甘えて少しお願いしようかしら」
セリーナは柔らかく微笑むと、ふと思い出したように尋ねた。
「その前に聞くけれど、今、屋上の見張りは何人いるの?」
「自分を含めて三名です」
「三十分ごとの交代制で、現在ほかの二名は見張り棟にて事務作業と休憩をしております」
「あら、そうなのね」
セリーナは満足げに微笑んだ。
「お願いは二つあるわ」
「一つ目は、私がヘリで本部へ発つまで、見張りは今の三人だけで続けること」
「二つ目は、その間、屋上には誰一人立ち入らせないこと」
「たとえ責任者の笠井であっても、例外はなしよ」
突然の命令に、見張りの男は戸惑った表情を浮かべた。
「ですが、それは……」
するとセリーナは妖艶な笑みを浮かべ、一枚の書状を取り出した。
「安心なさい」
「あなたたちは、ただ命令に従っただけ」
「──『ヴァルハラ』本部会長の命令にね」
男は書状を受け取り、内容を確認する。
そこには、セリーナへの全面的な権限委任と、彼女の指示は会長命令と同等に扱うよう記されていた。
「……確かに、本部会長からの正式な書状です」
男は姿勢を正した。
「承知いたしました」
「屋上には一切、誰も立ち入らせません」
「また、見張りやセリーナさんへの報告も、すべて我々三名のみで対応いたします」
その返答に満足そうに頷くと、セリーナは静かに展望室へ入っていった。
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