『争奪MISSION ⑶─嘘まみれの奪い合い─』
──一階メインホール。
『カルテル・ネグロ』の二人組が、『ヴァルハラ』の構成員たちに追われていた。
「待て、この泥棒!」
「チップを返しやがれ、この野郎!」
「はぁ!?どの口が言ってやがる!
てめぇらが先に俺たちから盗んだんじゃねぇか!」
「構うな!外へ出たら海へ飛び込むぞ!
ボートの連中にはもう連絡してある!」
『カルテル・ネグロ』の二人は、防水カプセルに収めたデータチップを抱えたまま出口へ向かって走る。
メインホールを抜け、正面玄関が見えた。
「へへっ!ようやく出口だ!」
「急げ!あと少──」
ドォンッ!!
突然、吹き抜けの二階から一人の男が降ってきた。
「……は?」
チップを持っていた男は、そのまま下敷きになって気絶した。
軽やかに着地したレオは、倒れた男の懐から防水カプセルを抜き取る。
「やあ。これは私が預かっていくよ」
爽やかに微笑むと、そのまま玄関から風のように去っていった。
「ま、待ちやがれぇぇぇ!!」
男が追おうとした、その瞬間。
ガシッ!
『ヴァルハラ』の構成員に腕を押さえ込まれた。
「ようやく捕まえたぞ、この盗人!」
「転んで気絶するとは間抜けな奴だ」
「違う違う違う!
今、別の奴に盗られたんだよ!」
「ああ、そうだな。
だからそのチップを返してもらおうか」
「だから持ってねぇって!」
「はいはい、言い訳は後で聞いてやる」
『カルテル・ネグロ』の男の悲痛な叫びが、メインホールに虚しく響き渡った。
その頃──。
レオは建物から少し離れた林の中で、防水カプセルを開いた。
携帯用小型ライトを取り出し、データチップへ光を当てる。
「……チッ」
「何も浮かばないか。外れだね」
レオは小さく肩をすくめると、インカムを耳に装着した。
「こちらレオ。チップは回収したが外れだった」
ザザッ──。
〈了解。まあ仕方ねぇな〉
〈それより相津から伝言だ。一度、拠点へ戻れとのことだ〉
「了解」
レオはダミーのチップをポケットへしまうと、静かに洞窟の拠点へ向かって歩き出した。
──四階 研究施設。
相津は奪った白衣をまとい、『ヴァルハラ』の研究員に紛れていた。
少し離れた場所から、マークしている二人の男を気取られないように観察している。
変装した男の一人が研究員たちの注意を引きつけ、何事もないように話し始めた。
その隙に、もう一人の変装した男が手際よくチップをすり替えていく。
《アイズ》で見ていなければ、おそらく気付かなかっただろう。
相津がそう思うほど、その連携はあまりにも自然だった。
チップを盗んだ男が足早に部屋を出ると、相津も少し距離を空けて後を追った。
男がトイレの前まで来た、その瞬間。
相津は素早く男の口を押さえ、そのまま中へ押し込んだ。
「中々の変装とすり替え技術だったが、そのチップは渡してもらおうか。
それは元々、俺たちのものなんでね……」
相津は男のポケットからチップを取り出した。
その瞬間。
男は袖口に隠していた携帯ナイフを抜き放ち、相津へ襲いかかった。
ババッ!
相津は素早く身をかわし、男との距離を取る。
「……なぜ、俺が変装していると分かった?」
男は戦闘態勢を取ると、鋭い眼差しで相津を睨みつけた。
「さあ?何でだろうな……」
相津は肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。
すると男が再び口を開いた。
「お前……日本の防衛省からの回し者だな……」
「お前みたいな奴が日本にもいたとはな。
少し甘く見ていたよ……」
男は言い終えると同時に、一気に間合いを詰めた。
相津は《アイズ》を発動させ、狭いトイレの中で繰り出される攻撃を次々といなしていく。
ナイフを握る腕を掴み、そのまま関節を極める。
ガランッ。
男の手からナイフが床へ落ちた。
相津はそのまま男の首を締め上げ、意識を刈り取る。
ドサッ。
「やれやれ……」
相津は気絶した男を個室へ座らせると、ボディチェックを始めた。
(こいつらの動きと連携は、明らかに『カルテル・ネグロ』とは違う……)
(戦闘経験も相当積んでいるはずだ。
いったい、どこの回し者なんだ?)
相津が男の袖をまくると、腕にはアラビア語の刺青が刻まれていた。
「……サーペント?」
──六階 セリーナの個室。
コンコン。
セリーナが部屋でノートパソコンを見ていると、ドアがノックされた。
パソコンを閉じると立ち上がり、ドアを開ける。
「お休み中に申し訳ございません。
二階でチップを盗みに来た賊を捕らえましたので、ご報告に参りました」
「詳しい内容をご説明したいのですが、少しお時間をいただけますか?」
そこには、ボブカットの黒髪の女性が立っていた。
「……いいわ。入りなさい」
セリーナは女を部屋へ通すと、静かにドアへ鍵をかけた。
「チップを盗みに来た賊は『カルテル・ネグロ』の二人組でした。
逃走を図りましたが、一階メインホールにて確保しております」
「チップはダミーですので問題ありませんが──」
「もういいわ……」
報告の途中で、セリーナが静かに制した。
「あなたも、いつまでその趣味の悪い変装をしているのかしら……?」
少し間を置き、口元を緩める。
「ねぇ……"アリス"」
部屋が静まり返る。
「うふふっ……あら不思議」
「どうしてアタシの変装がバレたのかしら?」
アリスはそう言うと、ウィッグとボイスチェンジャーを外し、床へ放り投げた。
「あなたの変装なんて、昔から嫌というほど見てきたもの。もう雰囲気だけで分かるわよ」
セリーナの言葉を聞きながら、アリスは胸元からヘアゴムを取り出し、髪を一つに束ねた。
「相変わらず下品な振る舞いね……」
セリーナは露骨に嫌そうな顔でアリスの胸元を見る。
「その無駄に見せびらかしている脂肪の塊は、どうにかならないの?」
「あら?嫉妬なんて醜いわよ」
「自分が貧乳だからって、アタシに当たり散らさないでくれないかしら?」
ピキッ。
二人の眉間に同時に青筋が浮かぶ。
互いに笑顔を浮かべているにもかかわらず、部屋の空気は凍り付いていた。
しばらく沈黙が続いたあと、セリーナが小さくため息をついた。
「はぁ……」
「牽制し合っていてもラチがあかないわね」
「あなた、私に用があるんでしょう?」
「聞いてあげるために、わざわざ部屋へ入れたのだから感謝しなさい」
そう言って、セリーナはベッドへ腰掛けた。
「防衛省から依頼を受けて、盗まれたチップを奪い返しにきたのよ……。
でもアンタを見かけたとき、どうやって防衛省からチップが盗まれたのか合点がいったわ」
「アンタ……最初から『カルテル・ネグロ』を利用するつもりだったんでしょ?」
「それに、どうしてアンタが『ヴァルハラ』にいるの?」
アリスはセリーナを見つめ、ゆっくりと問いかけた。
セリーナは気だるそうに肩をすくめる。
「ふふっ。
私にとっては、私以外の全てが利用対象よ」
「『カルテル・ネグロ』だけが特別なんてことはないわ」
「それに私は『ヴァルハラ』から依頼を受けて雇われただけ」
「日本にも、防衛省にも興味はないわ」
一呼吸置き、今度はセリーナがアリスを見つめ返した。
「それより、あなたこそ、この二、三年何をしていたのかしら?」
「二代目"怪盗ファントム"と呼ばれたあなたが、突然姿を消したんですもの」
「業界では色んな憶測が飛び交ったわ」
「だから『ヴァルハラ』も私へ依頼してきたのでしょうね」
「あなたの代わりみたいで癪だけど……」
セリーナは髪をかき上げ、そっぽを向いた。
「なるほどね……」
アリスは少し考え込み、再び口を開く。
「そんなことだろうとは思っていたけど」
「でも仕事が終わったなら、アンタはここでいったい何をしてるの?」
「チップはどこ?」
その問いに、セリーナは突然吹き出した。
「あはははっ!」
「普通に考えて教えるわけないじゃない!」
「あなたの腕も随分鈍ったのかしら?」
「まさか日本にいて、しかも警察側についているなんて思いもしなかったもの」
ひとしきり笑ったあと、呼吸を整え、口元を吊り上げる。
「……でも、いいわ」
「昔のよしみで教えてあげる」
「本物のチップは、この島の最高責任者──笠井が持っているわ」
「それは、おおよそ見当はついていたわ」
「ただ他の構成員が持っているチップも、本物だと信じ切っているように見えるのよ」
「誰一人、ダミーを持たされている素振りがない……」
「そこだけは、とても違和感を感じるわ」
セリーナはニヤリと笑い、ゆっくりアリスへ歩み寄る。
そして耳元で囁くように言った。
「うふふ……言ったでしょう?」
「私以外の全てが利用対象だって」
「全構成員に秘密裏に"あなたが持っているチップが本物"と伝えてあるわ」
「だから全員、本物だと信じて命懸けで守るでしょうね」
「ダミーチップとも知らずに」
アリスはセリーナを鋭く睨みつけると、ドアへ向かった。
ドアノブに手を掛けたまま立ち止まる。
「アンタのやり方は昔と全然変わってないわね……」
「本当、いい趣味してるわ」
セリーナは不敵な笑みを浮かべた。
「ええ、そうよ」
「信じられるのは、いつだって自分自身」
「あなただってそうでしょ?
あの時……私を切り捨てたのだから──」
アリスはその言葉を黙って聞き終えると、何も返さず部屋を後にした──。
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